ブログ記事23件
咲いたら花だった吹いたら風だった『美術手帖/アーカイヴの創造性過去をどう活かす?未来にどう残す?(2021.04)』の記事「誰かに見せるためのものではないアートの歴史:原田裕規」から。写真やイラスト(骨董・ガラクタでもいいのだが)個人的なアーカイブって、確かに「何?」っていうのはある。他人にとっては無意味なものの集積だよね。記事にある。見せる目的がないゆえに、反作用的に見たいといった磁場が生じるみたいな。無意味な蒐集自体がやがて自律的に意味を持ち始める。20世紀的サブカルチャ
なにもそうかたをつけたがらなくてもいいのではないかなにか得体の知れないものがありなんということなしにひとりでにそうなってしまうというのでいいのではないか咲いたら花だった吹いたら風だったそれでいいではないか高橋元吉時々ふと口にでるこの詩の緑色のとこそうすると落ち着くなんだかすべてが腑に落ちてしまう羽ばたける~原画~minne.com5,000円商品を見る
胸の底が胸の底がいきなり陥ち込み悲しみがなだれこんできたひとりになり窓のところへ行ったその瞬間みるみる世界が凝縮するかと思はれた絞られるかのやうに......(高橋元吉)胸が痛いと、ボクらは言う。悲しい時、凄惨な状況を見聞きした時、例えばテレビのニュースであるいは、大きな道路に放置された猫や鳩の礫死体を目にした時、想像した時、胸が締めつけられ、気持が重くなる。世界が凝縮する。高橋元吉の詩は、これまで
一本の冬木のやうにあの一本の冬木のやうにわれわれも唯立ってゐればいい。漏斗の水を受け入れるやうに揺落の空から降りてくるさまざまなおもひを胸のまんなかの筒抜けに深くなってゐるところへ流しこんでゐればいい。.....(高橋元吉「耶津」より)あの一本の冬木どんな木なんだろう?寒々とした曇り空に向かって葉を落とした木がそびえるように立つ。もう数百年も前から、何億年も前から、ずっとずっと、そこに存在していたような大木。空から降りてくるのは
桐の葉にずたずたに破られ吹きおとされ庭の隅にちぢこまってゐる。桐の葉よお前はそれでいいのか。来い、おれが火をつけてやる!...(高橋元吉「耶津」より)掃き溜められた葉っぱを見て、「お前はそれでいいのか。」と、問いかける。愛情かな?なんだろな?なあ、そんなんでええんか?いろんな物に尋ねたくなる。パジャマ代わりに着ているトレーナー。ほんまはどうやろ?電車に乗りたいんかもしれん。外の風を浴びたいのかもしれへん。
結縁は日々に深まり永別の日、日々に近づく深夜、この一事に想到する時。.............(高橋元吉「耽視」より)愛妻・菊枝と死別した高橋元吉は再婚する。その毎日の暮らしの中で、元吉は思う。別れの日が近づいていることを、考える。人は死ぬ。それが真実ならば、刻一刻と別れの時は近づいている、そのことを。再婚した元吉に耶津という名の娘が出来るが、4歳の時、世を去ってしまう。この詩は、その頃に書かれた。.................
傷心人は思ひ出をさけよといふおれは思ひ出よわれをとりまけとおもふ外の思ひのまぎれ入る隙のないやうに思ひつめ、思ひつめつつこのひとすじの路を行きつくせば菊枝に逢へると思ふのだ.............(高橋元吉「耽視」より)「菊枝」とは26歳の若さで他界した、元吉の愛妻の名前です。「思ひ出をさけよ」と、周囲からのアドバイス。ところが彼は、「思ひ出よわれをとりまけ!」と、念じる。元吉は別の詩で、「地獄であってもいい、自分は再び彼女とめぐりあひた
又或時或街角へきてそこに硝子の大戸があった時いきなり石をたたきつけたい欲望を感じた。兇暴の気持の胸をつきつつあること凡そかくのごとしだむろん僕の理性は――或ひはこの余計なおせっかい者はそれをやめさせたしかし僕は行く行く、衝きとばさうとする者のやうに歯をくひしめてゐる僕に気がついた。一体それはどういふわけだ?まあいい!.............(高橋元吉「耶律」より)ガラスってのは、確かに割りたくなる。大きいのんや、きれいなんや、そんなのに限って
なにもそうかたを……高橋元吉なにもそうかたをつけたがらなくてもいいのではないかなにか得体の知れないものがありなんということなしにひとりでにそうなってしまうというのでいいのではないか咲いたら花だった吹いたら風だったそれでいいではないかこの「なにもそうかたを……」が私の心をトントンしました全くその通りだからクリックよろしくお願いしますにほんブログ村
『みづのたたへのふかければおもてにさわぐなみもなしひともなげきのふかければいよよおもてのしずかなる』高橋元吉(高村光太郎賞を受賞した詩人)
2015年05月18日(月)16時06分00秒テーマ:自分に向ってぼくは純粋な人間だ。この純粋さが何かぼくは痛いようにじぶんのうちで実感している。よく、〈自分は寛容だ〉と言う者がいる。これは何の徳でもないとぼくは思っている。むしろ自認寛容は俗物のしるしだ。そしてこれこそ自惚れである。これとは違う、ぼくが自分は純粋だと言うときは。偽りでも通用する〈寛容〉に比して、何人のひとが自分は純粋だと偽りなく言い得るだろうか。ここでは偽りは通用しないのである。寛容そのものが偽りでも通用するような、そう
四年前のきょうの節。高田博厚と高橋元吉の友情を描くあたりがいちばんぼくにとって情緒的に落着くんじゃないだろうか。それだけに、それいがいの課題を感じる。2015年01月27日(火)20時09分26秒テーマ:自分に向って「遠望」1981高田博厚作清春白樺美術館先生の親友高橋元吉の第一詩集と同じ名をつけられた先生の代表作の一つといってよいと思われる作品。「彫刻にも詩魂がなければならない」という先生の確信そのままに量感と叙情性(リリシズム)とが甘くなく緊密
2016年03月30日(水)02時20分50秒テーマ:自分に向って高田博厚と高橋元吉6252014年12月23日(火)19時06分15秒テーマ:自分に向って「あるがまま」とは何だろうか。人間が意識をもつゆえに、人間は即自と対自の間を運動する存在である。「あるがまま」とは、対自を排した即自なら、人間には不可能で不自然である。それは意識的に動物となることである。「本来的在り方」は、即自と対自を全人格的に運動する果てに達せられる「本来的自己」である。「いい子」とは何だろうか。こ
荒涼と星一つ光る藍の空無限宇宙の重みを感ずと、ぼくも高校の頃書いた。上の元吉の詩を読んで自分の和歌を連想した。そして、ぼくの歌から、裕美ちゃんの「星空の曲」をね(今夜、さっき、聴いていて、やはりきみは天才だと思っていた)。本質がつながるんだ愛することを知ったらそこから動かないがいい。どんな知への関心にも。こころを籠めている瞬間はいかなる学習にも優る。言葉を失って悔いないのが愛だ。
先節で「品格」ということを高田さんの文章から言ったが、これは「思索性」、「思想」性と換言されるものである。大事なことは、ただ思索・思想ということではないことである。もっと正確には、思索・思想をして思索・思想たらしめるものが問題なのである。すなわちこれが「品格」なのである。品格を品格たらしめるものは、ヤスパースのいう「絶対的意識」である(その重要性ゆえ、この欄で彼の叙述をほぼ全訳した)。その内的運動が思索なのである。そして絶対的意識は、「神」に関係する人間の自己意識である。芸術ばかりでなく
(昨日、『高橋元吉の人間』より「序」高田博厚で、高田さんの文章をせっせと書いて公開したが、ぼくの大概の読者の関心を惹いていない。じぶんのために書いてゆくしかない。)『「高橋元吉詩集」全五巻刊行に寄せて彼と私高田博厚高橋と私が知り合った時、彼は三十歳私は二十三歳だった。五十数年前である。しかし、会う以前から私は彼の詩と、友人が持っていた写真で彼の顔を知っており、作品にも容貌にも「卑しさのない」品格があるのに注目した。彼に
「元吉の書」本書より『序高田博厚高橋元吉は私の一生の友だった。それにしても、彼は郷里前橋に住みつづけ、私は東京、年に一度会うぐらいで、会えばばかばなしばかりしていた。「お前は俺を表から見ても裏から見ても好い。上からでも下からでも、また着物を裏返しにして吟味しても好いよ……」互いの信頼はそういうものだった。しかも私は、大人になる年頃に日本を去り、それからほとんど三十年彼に会えなかった。この年月の間に世界
高橋元吉詩集1、2、3巻および、梁瀬和男氏より頂いた貴重な資料。これらを今年の主題にしよう。
詩人・高橋元吉の詩碑。友・高田博厚の設計である。フランスに居たわたしに、元吉研究者の梁瀬和男氏が撮って送ってくださった。高田さんと高橋さんの友情は、稀有の伝説的な歴史となっている。これについてもいずれ書くことを以前、公言していて、いままできた。愛がなければ愛さないがいゝ愛さねばならぬといふ愛はない愛さずにはゐられないといふのが愛だ―「愛」『耽視』より―___〔公開したら瞬時にこ
新潟県埋蔵文化財センター講演会新潟文化物語各時代の専門家が遺跡の発掘成果を織り交ぜながら歴史を解説します。第10回は「縄文の墓から探る精神文化」です。新潟県の縄文時代の墓は土葬や火葬、土坑墓や配石墓、副葬品など様々な種類があります。県内にはどのような墓があり、どのような特徴があるのかを明らかにし、その葬法や副葬品をとおして、彼らの...徳川家康母の墓です。フォートラベル伝通院には、徳川家ゆかりの人の墓が多くありますが、於大もその一人。というより、伝通院という寺の名前が於大の
美術の本質【高田博厚】HigashimatsuyamaCity2017/05/18に公開彫刻家高田博厚による講演『美術の本質について』の音声1984(昭和59)年群馬県前橋市にある書店「煥乎堂」の煥乎堂文芸講座司会:岡田芳保※煥乎堂は、高田博厚の親友であった詩人「高橋元吉」が経営していた書店である。___はじめて高田先生の声を聞いて安心しました。東松山市はよいことをしてくれました。亡くなる数年前の講演だが、熱情
「空」第25回日版会版画展平野智子作(現在不詳)その人の眼高橋元吉作その魂も自分とおなじ星座に属してゐるのだらうきよらかなものの交流してゐる煙霧ながれる夕がた空遠く星をみつけるおもひでまだ知らぬその人の眼をおもひみるのだ2014年05月22日(木)22時29分05秒___欄最上部にもつねに紹介してあるが、評価の高い節であるようなので、再呈示する。版画作品と高橋元吉の詩とはほんらい相互に独立しており、
Seigneur,resteavecmoi,carlesoirs'approcheetlejour(est)danssondéclin.『写真(上)は自宅の二階に母が作った「一元館」です。彫刻家高田博厚がひいおじいちゃんの高橋元吉に送った色紙の左に、そのひいおじいちゃんの高田による彫刻が佇んでいます。』――高橋在也氏――