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こんにちは、水城真以です。10月いつお休みを取るか?をずっと悩んでいます。防府で泊まるなら、土日を挟んでもそんなに高くないよなぁ、とか。湯田温泉で泊まるなら夕食はどこにしようか?とか。予算内で妄想しつつ、いっそ萩に全力投球もありか?と夢のまた夢を妄想します。(萩のお宿はとても高級です…)萩温泉郷萩城三の丸北門屋敷楽天トラベルとはいえ、「予算とか考えずに泊まるなら」を想像するのも楽しいです。予算とか全く考えずに憧れるなら、「萩城三の丸
みなさん訪問ありがとうございます『中国5県道の駅スタンプラリー』中国5県108駅ある道の駅でスタンプを押していない道の駅が残すところあと3駅となりました本日は残り3駅を巡ってスタンプを全て押して完全制覇達成させようと思いますGW最終日5/6(水)記念すべき最後の道の駅は息子と巡ることになりました残り3駅まずやって来たのはチャリでも行ける距離の超近場山口県『潮彩市場防府』です!!鳥取、岡山など超遠方まで巡ったけど最後の〆は地元山口県と決めていました今日
上士の井上薫聞多と軽輩の伊藤博文俊輔、長州のふたりの若者が高杉晋作、桂小五郎とどう関わって明治維新の元勲となっていくのか。その夜明け前のお話ですなぁ。プレーヤー|NHKONEらじる★らじるNHKAM・NHKFM放送の音声をライブストリーミングで同時提供しています。聴き逃し対象番組は、放送された音声を楽しむことができます。www.nhk.or.jp
3/20夕方、デパートでお土産等を購入して外にでると、雨は本降りになっておりました☔上海でも雨女ぶりを発動する私・・・(ノД`)シクシク…3月中旬とはいえ風もあり、冷え込んできています。天気は最悪ですが、本日のメインイベントでもある外灘の夜景を見逃すわけにはいきません。南京東路の歩行者天国を荷物を抱えて歩いていくと目の前に煌めく光景が広がりました。美しくライトアップされておりますが、上海租界の歴史ある建造物が醸し出す、”まがまがしさ”もあり、これぞ魔都。「逢魔が時
明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業1604年に毛利輝元が指月山の麓に萩城を築城したことに由来する、江戸時代約260年間続いた長州藩の拠点です。政治・行政の中心だった「城跡」、上級武士が住んだ「旧上級武家地(堀内)」、商業を支えた「旧町人地」の3エリアがあります。今でも江戸時代の古地図を使って歩けるほど、道筋や街路が当時のまま残っています。散策自体が開運につながるとされ、幕末の志士たちの情熱や歴史の息吹を感じられます。萩城跡(指月公園)は、石垣や堀が残り、春は桜の名所とし
こんにちは山口県に来たら萩は外せない!ということで、萩市内散策の一日。まずは歴史ある藩校明倫館。綺麗に手入れされた中庭。明倫館の中に入っている萩暦でランチ。混むかなと思い、11時開店と同時に入りました。11時半には満席状態に。山口県の味を楽しめる、萩暦特選ランチセットを注文。美味しかったお腹を満たしたところで、萩城城下町へ。高杉晋作誕生地。素敵な萩焼のお店発見。萩焼の落ち着いた色合いが好き。色合いが可愛くて買っちゃいました。700円。萩焼使用にあた
トンネルを抜けると雪国だったトンネルを抜けると異次元の世界が広がっていたというのだが人生のドラマチックな展開は必ずしも他力的なそういうケースばかりではないトンネルを抜けると十代の瑞々しい自分に戻っていたトンネルを抜けると自分の中にエネルギーが充満していたトンネルを抜けると高杉晋作のような自分がいた坂本龍馬のような、ゴルゴ13のような自分がいたスーパーバージョンアップした自分がいたそういう展開があっていい自分が変わることは世界が変わることと同じ
見応えありすぎのちるらん最終回。芹澤鴨と沖田総司の壮絶な死闘が。刀がぶつかり、足を掬い、体を掴んで投げつける。いまだかつて、こんなに激しい斬り合いは見たことがなかった。沖田の一撃に、口から血を吐きながら不敵な笑みを。驚異の体力で手首切られても相手を投げ飛ばす。狂っている。脳内破裂しそうだった。子供の頃の二人の様子も描かれていた。生まれた時から最強の沖田と鴨。鬼の子と呼ばれた当時。そんな沖田を可愛がり、育ててきた近藤勇の思いも切なく伝わってきた。熱すぎる。このドラマ。そして、ラス
内容紹介(「BOOK」データベースより)日本の転換期に多大なる足跡を残した二人の英傑。膨大な知識と全国を巡って得た見聞をもとに、志士たちの啓蒙者として大いなる影響を与えた吉田松陰。師の教えを胸に、その炯眼と行動力を武器に、新しい日本を創る具現者として活躍した高杉晋作。激動の幕末を閃光の如く駆け抜けたその生涯を描く。吉田松陰と高杉晋作さんどちらかというと晋作さんの生きざまに憧れますもっともこのお二方、一般的に言われる常識人ではなくファンの方々には叱責を受ける表現ですが「半
2026-04-24久しぶりにの🙏しました。山茶花の花がさいていました。GW期間中は特別公開されるようです。普段は入ることができない建物の中に入ることができるらしいです。近くの高杉晋作像の文字は安倍元総理の書なんですね。こみあげてくるものがありました。
おはようございます🤗今回は山口市にある十朋亭を訪れた時の事を書いていきますねヽ(=´▽`=)ノ前に来た時より綺麗になってましたよ😳💦(全く別物でした💧)看板も十朋亭維新館に変わっていましたよ((o(´∀`)o))ワクワクそして入り口も違う場所にΣ(゚Д゚)💦💦十朋亭の新しい説明板です(≧∇≦)ノ✨こちらが十朋亭になります(≧∇≦)ノ✨ここで高杉晋作さん達が話し合いをしていたのですね(人´∀`).☆.。.:*・゚✨✨
入院経験のない人でも見聞きしてなんとなく想像できると思うけど、ご想像通り病院のご飯は美味しいものではない。かと言って首から下の内蔵系の病気でもないので味のないクソ不味い食事でもない。が「案外美味しいで!」とも言い難い(T_T)前回話したデイルームだが、幣束感のある病室よりここはガラス張りで広々とした明るい感じの部屋で4階からの見晴らしはなかなか良い。だからここで食べるのはなかなか良いものだ(o^^o)この時期、世界を騒然とさせた”コ○ナV”は既に収束していたが病院はお見舞いについもまだま
さて皆様、本日もご乗車まことにありがとうございます。舞台は、雨に煙る長府の朝。宿の朝餉はバイキング。湯気をほのかに立てる温泉卵に、粘り気の艶やかな納豆を一膳。さらに素朴なきんぴらごぼうを添え、静かに箸を運べば、旅人の身体にじんわりと熱が戻ってまいります。これぞ一日の燃料補給。しかし空はご機嫌ななめ。しとしと、というには些か勢いのある雨が、軒先を絶え間なく叩いております。バスに揺られること、わずか三分。辿り着いたのは、時の堆積した城下町・長府。石畳に落ちる雨粒は細かく弾け、その一つひ
ここ数日は、もう、じっと雌伏の時を過ごしていたわけですが、満を持して、明後日ですよ明後日。テクノポップの神様、クラフトワークのライブ@SGC有明。もう、ね!!半年以上前にチケットの販売が開始され、半年後の予定なんぞ皆目見当もつかない中、それでも(もう2度と見ることはできないだろうなぁ)と思い、一念発起して、S席2万円のチケットを購入。2万円だって!!行けるかどうかも分からないチケット2万円を買うの、本当に勇気がいりまし
🟣古今東西縦横無尽の哲学カフェ第二十回:吉田松陰──志と覚悟──「至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり」🪶「至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり。」⸻【吉田松陰って誰?】吉田松陰(1830年–1859年)は、幕末の思想家・教育者。🔸松下村塾を開き、🔸高杉晋作・伊藤博文らを育て、🔸わずか29歳で刑死した。だが──彼の本質は「革命家」ではない。👉“志を生き切った人”である。⸻📖【志とは何か】松陰の思想の核は、
ダジャレの研究?ダジャレの勉強会?●物価が高杉晋作?ちょいちょい!そこは「高杉真宙」やろ!!
じっくりと熱いブラックコーヒーでも飲むように司馬遼太郎「世に棲む日日」全4巻を再読したたまたまある時期、天から遣わされこの世に棲んでいたとしか言いようのない稀有な二人の天才を、司馬遼太郎自身小説と言えるものかどうか分からないと前置きしながら書いた実に味わい深い珠玉の小説である小説と言えるものかどうかは分からないというのは、司馬遼太郎が極力史実や証言に沿いながら勝手な小説家の創作を排除し、誠実に実際の吉田松陰と高杉晋作を浮き上がらせようとしたことを意味するのだと思う明治維新
「十一番目の志士上・下」(司馬遼太郎)この司馬遼太郎さんの作品は、主人公が実在しない架空人物ということで今まで興味がわかなかったが、まだ読んでいない司馬遼太郎さんの代表作品が残り少なくなり、今回読んでみた。主人公の天堂晋助は宮本武蔵の二天一流を継ぐ天才剣士。天才だけが二天一流の真価を発揮でき、そのすごさはにらむだけで相手の動きを制御できてしまうほど。漫画のような超人的強さ・鮮やかさで、何度も絶対的危機を切り抜け、ありえないような瞬殺を繰り返す。ここまで超人的な活躍
泉秀樹の歴史を歩く幕末の異端児高杉晋作高杉晋作の都々逸三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたいそう言えば、「銀魂」にもありました。さて、意味としては「三千世界の鴉を殺し」仏教用語で、宇宙全体を指す「三千世界」にいる、朝を告げる鴉を全部殺す↑遊郭に於いて、夜明けに泣くカラスは客と遊女の別れを告げる不吉な鳥(営業時間の終了の合図)「主と朝寝がしてみたい」愛する人(あなた)と朝まで一緒に寝ていたい↑遊女目線なるほど、遊女目線の都々逸だったんだ…さすが、女遊び
先週の土曜日、萩市を訪れ、明倫館や城下町を散策しました世界遺産萩城下町田中義一像高杉晋作の生誕地にも足を運び、歴史の息づかいを感じる観光となりました。その後は「新ニッポンヒストリー」のリアル稽古。夜は稽古場のすぐ近くのお店で懇親会が開かれ、皆様と楽しいひとときを過ごしました宿は別館で離れた場所にあり、かなり歩きましたがその分とても静かで落ち着けて良かったです。翌朝は近所の喫茶店へ。モーニ
「困ったことは起こらない」と考える人には本当に困ったことは起こらない。幕末の長州藩士高杉晋作はどんな窮地に相対しても決して「困った」という言葉を口にしなかったという。おそらくピンチの時はチャンスの時だと知っていたからじゃよ。窮地に陥った時というのは活路を見い出すチャンスでもある。それなのに「困った困った」と言っているだけではさらに困った状態が現れるだけじゃろ?「ピンチはチャンスだ!」そうやってピンチをピンチと捉えずに常に活路を見い出す姿勢があったからこそ、高
山口間萩市にある萩博物館駐車場に車を止め訪れたのは萩城城下町と呼ばれる地区「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録されているそう重要文化財の建物もあるみたいです菊屋横丁日本の道100選なんだそう萩と言えば夏みかんですねデザインマンホールも🍊田中義一生誕地誰やねんって看板見たら内閣総理大臣になった人でした萩焼のお店があちこちにありましたのんびりと見て歩くのも良いですね高杉晋作誕生地身
初めてもらった手紙は誰から?▼本日限定!ブログスタンプ(*'▽')[今日は郵政記念日]「候文」について江戸時代の「候文」の手紙の「名文章」江戸時代の候文の名文といえば、幕末の志士・高杉晋作が父へ宛てた決別の手紙や、坂本龍馬が姉・乙女に送った近況報告などが有名ですが、ここでは「候文の美しさ」が際立つ福沢諭吉の筆致や、武士の覚悟が伝わる一節をご紹介します。もっとも有名な「名フレーズ」の一つは、特定の書簡というより、当時の手紙の様式美を象徴するこの一節です。1.幕末の志士の覚悟(
【東行庵】東行庵ふれあい市場地元野菜100円也こちらの野菜よく購入させてもらいます。「今日は何があるかしら」たけのこ発見💡茹でるたけのこと茹でたたけのこ両方あるも茹でた方チョイス2袋買って帰ります高杉晋作さんのお墓にお参りに行っていた主人が、降りて来て「またどこで引っかかっとんで❓」ははは(笑)「たけのこ選んでました」いつもこんな感じ😊✨晋作餅も欠かせません紫蘇巻きの方これが美味しいのです。またおまんじゅう買ってしまった(笑)😅今回の山口旅クーラー
山口県萩市にある宵待ちの宿萩一輪に宿泊朝起きてそのまま露天風呂にザブン入浴後はテラスで自然のままの姿で仁王立ちしましたよ朝食は夕食と同じ半個室でした河豚入り鍋😊山口名物瓦そば😊😋これが旨かった川棚温泉に有名店があったみたいで食べとけば良かった烏賊のお刺身😊小物はセルフで🙋♂️見蘭牛カレーみそ汁は出汁が効いてて旨かった😊秋田のおはよう納豆あった冷凍だけどこれが旨いんですよねオンラインショップで
萩博物館の隣の15,000坪は400年前の毛利時代から変わらぬ町並みで恐ろしく道幅が広い。この田中義一氏は、駕籠かきの三男から内閣総理大臣にまで上り詰めた人だ。恐るべし!どの家の庭の樹木も大木で趣があるこの庭は、萩藩医の蘭学者、青木周弼の旧宅の庭だ。これは高杉晋作の生家だ続いて、木戸孝允の旧宅、など有名どころを回る。木戸孝允は8歳の時近隣の桂家に養子にいき桂小五郎と名乗り江戸に出るまで約20年間をこの家で過ごしている。木戸孝允の誕生した部屋や庭園は当時の姿を残しているため国史跡と指定
山口県は江戸時代は長門国と周防国だ。長門国は、現在長門市と萩市になっている。昨日は長門市の仙崎、今日はその北東へ40分のドライブの萩市を歩く。萩博物館、城下町、その中心にある明倫館、吉田松陰の松陰神社、最後は初代総理大臣、伊藤博文を訪ねる。写真は100枚近く撮ったので、三つ位のトピックにしよう。萩博物館は城下町の西にある。毛利藩主の生誕400周年を記念して2004年に建立した日本最大級の木造建築だ。山口は夏みかんの産地。士農工商の身分制度の時代、武士は城主から給金をもらって生活、いわば公
マヤのリズムで生きるテンポが整うだからミラクル続きで面白いことばかり・・・・先日まぁしぃの話題をしたとたんまぁしぃから突然電話がかかってくる!えっ?まるで話を聞いてたかのようでびっくりした整ってる時ってこうなんだよね!あるあるだけど「今日は高杉晋作の命日なんだよー」とまぁしぃが・・・さすが山口県のふるさと大使まぁしぃはその日、高杉晋作に思いを寄せていたことがわかった電話の向こうには、阿波ひろみさんも居て山口県の下関で阿波さんと一緒にお話と音楽
なかなか拓郎コンサートの興奮が冷めやらないので、ここでもう一つ。「人生を語らず」(作詞作曲吉田拓郎https://www.uta-net.com/song/13139/)という曲がある。「今はまだまだ人生を語らず」と拓郎は唄っているのだが、カウンセリングでは「やりたいことがない」とか「夢は持っていない」、深刻なケースでは「本当はもう死んでしまいたい」というクライアントの言葉を聴くことも少なくない。悲観的な話としては、「やりたいこと」について、フランスの文学者ラ・ロシュフコーはこう
こんにちは、水城真以です。桜も散り、徐々に新緑の若葉が目に映る季節になりました。新緑というと、私はなぜか青春のシンボルというイメージがあります。あなたは、どんな青春を送りましたか?ちなみに水城は教室の隅っこで本を読んだり、小説を書いたり、そういう陰キャな青春時代を送っていました。学生時代から現在まで続くような友人関係って、本当に数えるほどしかいないですね。きらきらとはなんぞや。今、ほぼ毎月のように全国どこかに行きたくなるのは、そういうあの時得られなかった青春に想いを馳せ