ブログ記事39件
Theater𝑹𝒆𝒏𝒅𝒆𝒛𝒗𝒐𝒖𝒔【2026-No.4】𝐖𝐨𝐦𝐞𝐧𝐨𝐟𝐭𝐡𝐞𝐍𝐢𝐠𝐡𝐭夜の女たち日本75分1948年©松竹1948戦争が終わり、それまでとは異なる新たな自分の表現方法を模索していた溝口健二がロベルト・ロッセリーニの作品などに刺激を受け、路上で春をひさぐ女たちの悲哀を感傷に流されることなく冷徹なタッチで描いた日本版のネオレアリズモ。溝口を象徴する「ワンシーン・ワンショット」の演出スタイルが物語の写実度を高め、本家本元に劣らぬ迫真性を生む。町外れの廃
『家族會議』映画トーキー72分白黒昭和十一年(1936年)四月三日封切製作国大日本帝國製作言語日本語製作松竹原作横光利一脚色池田忠雄音楽早乙女光撮影桑原昴水谷至宏編集桑原昴水谷至宏録音土橋武夫美術監督脇田世根一助監督吉村公三郎編集木下恵介生方敏夫配役重住高之佐分利信仁礼泰子及川道子梶原清子桑野通子池島忍高杉早苗仁礼文七志賀靖郎池島信助藤
『大忠臣蔵』第二回「渦まく黒い霧」感想記事を再編した。元禄十四年。不破数右衛門は赤穂の製塩方法を探ろうとして塩田に忍びこんだ狼藉者を斬った。大石内蔵助は数右衛門を浪人させ、密偵として江戸に派遣する。江戸で堀部彌兵衛・安兵衛父子、磯貝十郎左衛門と合流した不破は、取り逃がした狼藉者の一人山際三左衛門が吉良家用人松原多仲の仲間であることを突き止める。昭和四十六年(1971年)の世相として産業スパイの問題を反映している。数右衛門役の新克利は豪快
令和八年(2026年)一月十七日日京都文化博物館『家族會議』鑑賞『家族會議』映画トーキー71分白黒昭和十一年四月三日封切製作国大日本帝國製作言語日本語製作松竹主演佐分利信監督島津保次郎泰子/及川道子清らかな美しさに感動した。泰子は繊細な清純ヒロインだ。桑野通子・高杉早苗は逞しくて強いヒロインだった。ナンパの高田浩吉、素敵だった。二枚目佐分利信はカッコいい。悩みの探求も印象的だった。詳しい感想は記事
京都にいる父(笠智衆)を訪ねる満里子(高峰秀子)。父は「人がやるから自分もやると言うんじゃつまらないね。よく考えて、自分がいいと思ったらやるんだよ。自分を大事にするんだね」。うぐいすが鳴く。姉(田中絹代)と三村(山村聡)のことを案じる父。*****気に入った神戸まで来て宏(上原謙)と会う満里子。姉に好きだと言い出せなかった宏を「だらしがなかったのね」。昔のことだから忘れたと言う宏に、姉から言うのを待っていたのだろうと「そこが彼のいけないところである。…プロポーズする元気も、断る元気もないので
ドン・キホーテの台詞として節子のバーに飾ってある「Idrinkuponoccastion...」は、同じく小津安二郎作品の「淑女は何を忘れたか」に登場するバー「セルバンテス」にも見られるのだ。観光客の姿などない薬師寺に京都御所…。*****医学部教授の内田(斎藤達雄)が節子(田中絹代)に、友人でもある彼女の父、宗方忠親(笠智衆)の余命が長くて一年だろうと告げる。そしてこのことを宗方は知らず、節子の妹、満里子(高峰秀子)にも知らせない方がいいと言う。*****姉妹は父が部屋を借りて
さっそく、銀座にあるビルの持主で薬局店主の久保(大山健二)に掛け合う彼とは旧知の修三(佐分利信)。独身で美人の美容師だと聞いてその気になる久保。レストランで話の続きをしようとしているところに、その店に入ってきたのは卯女(桑野通子)。彼女も紀久枝を推薦するのだ。帰り道、卯女はビルの三階を一郎(上原謙)の写真スタジオにできないかと修三に持ち掛ける。成功した夫の姿を彼の両親に見せたいのだと彼女は言う。尽力すると修三。*****後篇。*****一郎と鐘吉(トーチカ小僧)が修三とともに八王子へ
三年前の「人生のお荷物」では端役だった佐分利信が主役。「トーチカ小僧」が他の「小僧」たちと共演したことがあるのかは知らない。「卯女」は「卯女子」と呼ばれたりもしている。*****株で失敗した兄からの学費援助を止められた卒業を一年後に控えた藤井修三(佐分利信)はとにかくカネの工面が必要なのだと言って恋人の紀久枝(三宅邦子)に別れを告げ、これまでの恋文を燃やしてしまう。そして修三は学費を負担してくれる家の養子となり、そこの娘と結婚することが決まっていた。二人はお互いの幸せを祈るのだった。**
高杉早苗さん高杉早苗(たかすぎさなえ)本名:喜熨斗弘子(きのしひろこ)別名義:清水ヒロ1918年10月8日生まれ、1995年11月26日、満77歳没。東京府東京市浅草区生まれの女優。夫:三代目市川段四郎長男:二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)次男:四代目市川段四郎長女:市川靖子孫:香川照之、四代目市川猿之助曾孫:五代目市川團子新橋ホールでダンサーをしていた昭和9年(1934年)、ミスコンテストで3位になり、その美貌を見込まれスカウトされ松竹に
『妻』映画トーキー96分白黒昭和二十八年(1953年)四月二十九日封切製作国日本製作言語日本語製作会社東宝製作藤本眞澄原作林芙美子(『茶色の目』)脚本井出俊郎撮影玉井文夫音楽斎藤一郎美術中古智録音三上長七郎照明森茂編集大井英史製作担当真木照夫現像東洋現像所出演中川十一上原謙中川美穂子高峰三枝子相良房子丹阿弥谷津子松山栄子中北千枝子松山浩久伊豆肇新村良美新珠三千代美穂子の叔
『隣の八重ちゃん』(『隣りの八重ちゃん』)映画松竹フォーン/オールトーキー77分白黒昭和九年(1934年)六月二十八日封切製作国大日本帝國製作言語日本語製作会社松竹蒲田撮影所配給松竹キネマ監督島津保次郎監督補豊田四郎吉村公三郎清補輔佐藤武撮影桑原昴撮影助手寺尾清木下惠介蟹文雄小峰正夫録音土橋晴夫橋本要録音助手神保幹雄西山整司作詞大木淳夫
●風の女王(1938年)監督:佐々木康主な出演:三宅邦子佐野周二高杉早苗笠智衆森川まさみ奈良真養葛城文子化粧品商社でタイピストとして働く、由起子(三宅)と多恵子(森川)。2人はスキーに興じつつ、話題はおのずと気になる男性のことで盛り上がる。会社に三瀬(笠)という男がいる。多恵子は由起子に、「私も行くから彼をデートに誘ってみたら」と持ち掛けるが、多恵子は都合が悪くなり、結局、由起子は三瀬と2人で会うこととなった。とんかつ屋に入った由起子と三瀬。三瀬は専務の福井(佐野)と
●愛より愛へ(1938年)監督:島津保次郎出演:佐野周二高杉早苗高峰三枝子坂本武河村黎吉水島亮太良葛城文子良家出の売れない作家・茂夫(佐野)は、バーの女給・美那子(高杉)の働きで食わせてもらっている。自身の将来に美那子との関係が大きな障壁となっていることを知りながら、捨てられない茂夫であった。伯父(坂本)の紹介で新聞社の採用に臨むも、面接した影山(河村)からは「立派な家があるのに、なぜアパート暮らしなのか?女と一緒なら、わが社はそうしたことにウルサイから、早急に
●母の戀文(1935年)監督:野村浩将出演:小林十九二坪内美子吉川満子高杉早苗徳大寺伸突貫小僧坂本武山内光斎藤達夫磯野秋雄葛城文子笠智衆「愛する者は幸せなりー」というイエス・キリストの言葉で物語は始まる。熱烈な恋愛の末、スピード結婚した良一(小林)と夢子(坪内)。一見すると、のほほんとしたイメージの夢子だが、新婚当初から賢妻ぶり全開で、良一はどうにも頭が上がらない。そして、家に泥棒が入ったことで、彼女の実力が発揮された。刃物を向ける泥棒に機転を利か
『宗方姉妹』(むなかたきょうだい)映画トーキー112分白黒昭和二十五年(1950年)八月二十五日封切(八月八日封切説あり)製作国日本製作言語日本語製作会社新東宝配給新東宝製作児井英生肥後博脚本野田高梧小津安二郎原作大佛次郎撮影小原譲治音楽斎藤一郎美術下河原友雄録音神山正和照明藤林甲編集後藤年男製作主任加島誠哉工芸品考撰沢村陶哉配役宗方節子田中絹代宗方満里子高峰秀子三村亮
昭和二十八年。世相は甚だしく混乱している。新日本は戦前戦中の日本が真っ逆さまになったようだったが、朝鮮戦争や共産党の取締り、また警察予備隊の創設など、すでに「逆コース」が始まっていた。話はニュース映像や親子の回想場面を挿入しながら進む。夫を戦災で亡くした春子(望月優子)は熱海の旅館「伊豆花」で女中として働く。闇米売りや酔客相手など、戦後の苦労ゆえに子どもが命といった愛情を、洋裁学校と英語教室に通う歌子(桂木洋子)と医学生の清一(田浦正巳)に注ぐ母でもある。母親と離れ、強欲な伯父(日守新一)と伯
●挽歌(1957年)監督:五所平之助主な出演:久我美子森雅之高峰三枝子石浜朗渡辺文雄斎藤達夫高杉早苗浦辺粂子加賀ちか子中村是好山口弘子森・久我コンビ、恋愛劇の決定版とも言える五所監督作品。例によってとても複雑な恋愛模様が描かれているため、ストーリーは他から引用した。北海道、最果ての港釧路。霧の深いその街を、兵頭怜子(久我美子)は右手で関節炎を患って以来硬直してしまった左肘を抱え、ゆっくりと歩いている。父(斎藤達雄)は、そういう娘を不憫に思って何回となく縁
●朱と緑前篇朱の巻・後篇緑の巻(1937年)監督:島津保次郎主な出演:上原謙高杉早苗高峰三枝子東日出子奈良真養岡村文子佐分利信河村黎吉とにかくストーリーがややこしすぎるのと特に面白くも感動もなく、感想を書く気にもなれない。VHSテープのパッケージ写真を貼っておいたので、それを見て内容を確認してほしい。原作がそうなのだから・・・と言ってしまえばそれまでだが、まず、瀬川(佐分利)の千晶(高杉)宅への侵入事件のエピソードは不要。これ自体、全体のストーリーを左右する
●家庭日記(1938年)監督:清水宏主な出演:上原謙桑野通子佐分利信高杉早苗三宅邦子三浦光子藤野秀夫吉川満子トーチカ小僧タイトルからは平凡な家庭を描いたファミリードラマのようだが、然にあらず。修三(佐分利)は学費を出してもらうため、恋人の久枝(三宅)と別れて裕福な家の品子(高杉)と結婚する。修三と親友の一郎は両親の反対を押し切り、女給上がりの卯女(桑野)と結婚し大連へ。数年後、日本に帰国した一郎は修三と旧交を温めるが、両家のお嬢さんを嫁にもらった修三の生活を目の当たり
『日本の悲劇』映画トーキー116分白黒昭和二十八年(1953年)六月十七日封切製作国日本製作言語日本語製作・配給松竹企画提供新映株式会社製作小出孝桑田良太郎脚本木下惠介音楽木下忠司撮影楠田浩之美術中村公彦録音大野久男照明豊島良三出演望月優子(井上春子)佐田啓二(達也)高橋貞二(佐藤)桂木洋子(井上歌子)上原謙(赤沢正之)淡路恵子(若丸)高杉早苗(赤沢霧子)日守新一(一造
えー禮子さん。「禮」は「礼」の旧字です。そこをはじめに説明しておかないといけない。北見禮子さん=北見礼子さんもとい、前回の記事で慰問用絵葉書の↓↓この面長美人の正体がわからない、と書いたのですが、hiki-take40さんにいただいたコメントで正体がわかりました!ありがとうございます!手持ちの文藝春秋「ノーサイド1995年9月号総特集キネマの美女」の北見礼子さんの写真と例の写真を並べてみる。・洋装―和装・微笑んでる―おすまし顔と、ぱっと見別人に見
まず。うちのゆり坊12歳になりました。はやいものです。とても元気です。さすがに年相応に大人しくなってきました。が、暴れる時は暴れます。□□□□□□□□あいかわらず古いものを集めてしまいます。特に戦前松竹のスタア、「桑野通子」「高杉早苗」のものとなると……ついつい買ってしまう。以下、三枚桑野ミッチーグッズです。これは皇軍慰問用繪葉書というやつ↓↓支那との戦争にひきずりこまれてしまった頃のものです。(支那なんぞに関わると碌なことにならないのに
高杉早苗さんの昔の写真清楚な感じの美人さんですね。何時もの様にわたくしの勝手なイメージで加工させて頂きました。
『夜の女たち』映画トーキー75分白黒昭和二十三年(1948年)五月二十六日封切製作国日本製作言語日本語製作会社松竹京都製作絲屋寿雄脚本依田義賢原作久坂栄次郎(『女性祭』)撮影杉山公平美術水谷浩音楽大沢寿人演奏中村寿士とM・S・C楽団装置松野喜代春装飾山口末吉録音高橋太郎照明田中憲次編集記録坂根田鶴子衣裳中村ツマ床山井上力ミ結髪木村よし子普通写真三浦専蔵移動吉田六吉演技事務藤井キヨ製作進行桐山
氷川丸の記事が途中なのですが、国防婦人会の写真を大量にゲットしてしまったのでその記事です。「大日本國防婦人會」というのが正式名称なのか?↓のボールペンと比べると分かるが、小さな写真。7㎝×9㎝一体どういうものなのか?不明。活動のPRなのか。割烹着着てる写真ばかりではなく、華やかな格好が多い。絹代ちゃんは割烹着着て、日の丸の旗振って、というのが絵になる。まあ、工場に託児所作って、家庭の奥さんたちに飛行機作らせていたアメリカ合衆国相手にこれでは勝てない、という
1995年に心筋梗塞のため77歳で死去した、女優の高杉早苗さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。高杉さんには、成功するが、不和に注意。友人、知人、仕事に恵まれる。人の上に立つが、結婚運や家庭運に注意。厄難、病難、家族縁に注意。虚栄心や異性に注意。といった暗示があります。引き続き高杉早苗さんの本名、喜熨斗弘子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。喜熨斗さんには、強情さに注意。苦労や病難に注意。浮き沈みや家庭運に注意。成功するが、極端な衰運の危機もある。結婚運に注意。不注意に注意。と
『夜の女たち』1948年日本映画74分監督:溝口健二酒井辰雄、岡田光雄脚色:依田義賢企画:絲屋寿雄原作:久板栄二郎『女性祭』より撮影:杉山公平太田真一、荒井満次郎照明:田中憲次山本行雄美術:水谷浩荒川大録音:高橋太朗舟野鬼子雄、藤田茂音楽:大澤壽人演奏:中沢寿士とM.S.C.楽団編集記録:坂根田鶴子装置:松野喜代春装飾:山口末吉衣裳:中村ツマ床山:井上カミ結髪:木村よし子普通写真:三浦専蔵移動:吉田六吉演技事務:藤井キヨ製作進行:桐
アナザー「ヤスジロー」……島津保次郎の「家族会議」(1936)をみたのですが、なんだか、わたくし・トマス・ピンコのために作られたかのような作品でした。すなわち、世界一イケてる自動車メーカーモーパー……a.k.a.クライスラーの戦前の大傑作「エアフロー」を、1936年当時、おそらく世界で一番かわいかったであろう高杉早苗たんが運転、爆走する、という……エアフロー&高杉早苗それでお腹いっぱいのところに、ツヤコお嬢さまこと、三宅艶子著「ハイカラ食いしんぼう記」で読んで以
つづき、です。前回、さいごのあたり「高杉早苗時代」ということを書いたが、補足しておきます。まあ、わかりやすく書くと今の猿之助さんやら香川照之さんやらのお祖母さんにあたる方です。まず、アサヒグラフ昭和11年1月8日號。「スタアの食慾」という特集。蒲田結髪部で焼き芋を食べている高杉早苗↓↓同年昭和11年9月30日號には↓↓「高杉早苗時代?」……とあります。「ラヂオはナショナル」という広告も気になるが……高杉早苗時代?全く以て當時の高杉早苗の人氣の程は
目下、「古川ロッパ昭和日記・戦前篇」を読んでいるのですが、「全日記小津安二郎」と対照させて読んだところ、けっこうおもしろかったのでメモがわりに、この記事を書きます。はじめに書いておきますと――日記を読む限りでは小津安二郎と古川ロッパこの二人が会ったことはなさそうです。(あくまで戦前のはなし)会ったことがないだけではなく、「全日記小津安二郎」には古川ロッパの名前が出てこないし、「古川ロッパ昭和日記」には小津安二郎の名前が出てこない。お互いに関心ももっていなかったようで