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足利兄弟[岡田秀文]楽天市場足利氏がいかにして天下をとったのか。源氏の頭領がなる征夷大将軍も、北条家の傀儡に過ぎなかったころ、由緒正しい源氏として足利氏が名乗りを上げる。しかし足利家にも北条家が深く入りこみ、表面上はうまくやっているように見えて、足の引っ張り合いはえげつない。そんな頃に、後醍醐天皇が登場。それを利用して鎌倉幕府から足利幕府へと変貌を遂げる武士の世界。北条の血筋の、強さが最後に明かされますが、尊氏と直義兄弟の覚悟の違い。天賦の人たらしである尊氏が
垣根涼介文藝春秋2023年5月発行はい、苦労してたのはこの本です。垣根涼介さん、久しぶり。「君たちに明日はない」のシリーズがお気に入りで何度も読みました。『君たちに明日はない』垣根涼介新潮文庫このシリーズ5冊出ています。だいぶ古い本ですが・・たぶん今読んでも得るものはたくさんあるのではないかと・・リストラ請負会社に勤める村上真介…ameblo.jpそのあとは・・「涅槃」『涅槃』垣根涼介朝日新聞出版2021年9月発行年末年始、年越しで読みました。垣根涼介さんの作品は
こんばんはいつもお読みくださりありがとうございますまったり期7日目(夜)36.08572歩:今日はあまり歩かなかった快晴だったが空気がキンと冷え込んでいる耳が痛くなる寒さ昨日の雪は舗装された道路には残らなかったが土や葉には残っていた頭の中がぼんやりとして自分の思考だけひどく遅いのではないかと感じる食欲はやはり旺盛で無駄遣いも制御し難い感じになっている気がする吐き気や腹痛はなく身体は調子良く思う久しく料理をするということがなかったのだが心を入れ替えてお味噌汁から習慣にして
極楽征夷大将軍垣根涼介:著あらすじ第169回直木賞受賞作やる気なし使命感なし執着なしなぜこんな人間が天下を獲れてしまったのか?動乱前夜、北条家の独裁政権が続いて鎌倉府の信用は地に堕ちていた足利直義は怠惰な兄・尊氏を常に励まし幕府の粛清から足利家を守ろうとするやがて後醍醐天皇から北条家討伐の勅命が下り一族を挙げて幕府に反旗をひるがえした足利家の重臣・高師直(こうのもろなお)は倒幕後朝廷の世が来たことに愕然とする後醍醐天皇には武士に政権を委ねるつもりなどな
本年7月から公開しております森町新調だんじりのご紹介シリーズも8回目の最終回を迎えました。いよいよ大詰め、最終回はズバリ「見送り」です。まずは全体像から見ていきましょう。地車後方の姿見から順にセンター(馬乗り:楠木正行)へと迫っていく構図。しかも網無しというシーンは、見学会でしか体験できないもの。ド迫力のその題目は「四条畷合戦」。四条畷の合戦南北朝時代の正平3年(1348年)1月5日に河内国の四条畷で発生。この戦いは、南朝の楠木正行とその弟正時が、
本日発売の週刊大衆。歴史偉人「裏素顔」は、南北朝時代の武将高師直の特集です。原作/跡部蛮イラスト/萩山明日香次回掲載は10月27日です。歴史偉人「裏素顔」をよろしくお願い致します。
⚔️観応の擾乱―足利兄弟の大ゲンカが日本を揺らした!👑二人のトップ?室町幕府の特別ルール室町幕府はちょっと変わった政治体制でスタートしました。足利尊氏(たかうじ):将軍として軍事を担当。新しい武士や地方の国人を味方につけた。足利直義(ただよし):弟で政務を担当。裁判や政治を仕切り、古くからの守護や官僚の支持を受けた。つまり「軍事は兄、政治は弟」の二頭政治。最初はうまくいっていましたが…?⚔️火種―尊氏の側近・高師直尊氏のそばにいたのが高師直(こうのもろなお)。
はい!奈央です。高市さん、各党との連立・連携協議で大変な状況ですね。でも頑張って!ところで、高市という名でまず思い出すのは、天武天皇(大海人皇子)の第一皇子高市皇子(たけちのみこ・たけちのおうじ)ですね。たのしい万葉集HPよりお借りしました。高市皇子は、大海人皇子の皇子(長男)として誕生し、大和国高市郡で育ったといわれています。高市皇子の系図西方浄土筑紫嶋高市皇子と高松塚古墳よりお借りしました。高市皇子は、天智天皇の子、大友皇子と戦った壬申の乱におい
八代目中村芝翫(はちだいめ・なかむら・しかん)昭和四十年(1965年)八月三十一日生まれ。本名中村幸二。父は七代目中村芝翫、兄は九代目中村福助。中村幸二・三代目中村橋之助を経て八代目中村芝翫を襲名。『獅子の時代』で幸二さんの気品の良い徳川昭武を拝見して以来のファンです。『義経千本桜』の知盛、『仮名手本忠臣蔵』の塩谷判官・斧定九郎・寺岡平右衛門。当たり役です。令和七年(2025年)三月二十六日歌舞伎座において『仮名手本忠臣蔵』を鑑賞しま
こちらも日曜日に購入してきた本です。『歴史研究四条畷の戦い』初めて太平記を読んだ時――確か小四――少年武将が少数の兵に指揮をとりながら善戦健闘するもついに全滅、みたいなイメージを持っていました。小五~六になり読み直してみるとそれらしきシーンはこの四条畷の戦いしか存在しない。辛うじて本当に少年が大将になってるのは北陸戦線の杣山城くらいのもの。しかしその大将だった脇屋義治はほとんど合戦に参加していない。よって、あれは自分が楠木正行を少年だと勘違いしたため、と言えるでしょう。
手元不如意というのは、普通は「いま、お金がない」という意味ですよね。「近眼で、手元のものを思うように取り扱えない」っていうのが元々の意味なんですな。私は初めて知りました(笑?)。ていさん、面白い!風間俊介が、いつまでも悪役でいるはずがない、と思ってましたけどね。に、しても、ていさんをも上回る、電光石火の和解!体育祭か文化祭ですよね、嫌いあってたやつと、一転、親友になっちゃったりするきっかけって。一緒に泥まみれ、絵具まみれ、灰まみれ、汗まみれ、になるのが、仲間になる近道です
観応の擾乱とは、足利尊氏と足利直義兄弟による政権内部の紛争といえる。1335年、時の権力者・後醍醐天皇の元に、共に鎌倉幕府を倒した足利尊氏に関する驚くべき知らせが届いた。尊氏は後醍醐天皇の許可を得ずに独断で、配下の者たちに恩賞を与えたというのである。建武政権にとっては由々しき事態である。11月、後醍醐天皇は激怒して討伐軍を差し向けると、尊氏は一端九州へ落ち延びたものの翌年再び巻き返した。1336年12月、後醍醐天皇は京を捨て吉野に南朝を樹立、かくして50年にも及ぶ南北朝動乱が幕を開けたのである
高師直?-1351(高:高階の略)というお方、源氏の棟梁・八幡太郎義家の庶子と云われる高階惟章が、義家の三男源義国とともに下野国に住して以来高氏と称して、足利氏の執事職を代々つとめた。弟の師泰とともに古典『太平記』に記される逸話や後世の創作などによって「悪逆非道」の烙印を押されている高兄弟である。元禄時代に実際に江戸城内で起こった刃傷事件「赤穂事件」を描いた「仮名手本忠臣蔵」での最大の悪役として登場する。当時の人形浄瑠璃では、赤穂事件をそのまま取り上げることができなかったために、実際の
楠木正行は南北朝時代の後醍醐天皇の忠臣・楠木正成の嫡男で、父正成が大楠公と尊称されたのに対して小楠公と呼ばれた。生年については父・正成同様明確な史料が存在せず、『太平記』には父との「桜井の別れ」の当時は11歳であったとあることから1326年とも推測されるが、不詳である。正行は亡父の遺志を継いで、楠木家の棟梁となると南朝方として戦い、足利幕府の山名時氏・細川顕氏連合軍を摂津国天王寺・住吉浜にて打ち破っている。しかし1348年には河内国北條で行われた四條畷の戦いにおいて足利尊氏の腹心である高
室町幕府が設立されたのは1336年、建武式目という幕府の基本法が発布されたときである。この時楠木正成は湊川の戦いで戦死し、尊氏は京を奪回して後醍醐天皇を軟禁し神器をとりあげた。実はこの時幕府の将軍の御所は室町にあったわけではなく、三大将軍義満の時に室町御所ができたのである。幕府は本来東国武士団の政権であり足利氏も東国であったが、幕府軍の中核が畿内の武士であったために京に幕府が置かれた。建武式目は鎌倉幕府の全盛体制を理想とし、保守的なものであったため、足利直義の政治体制に激しい不満を示した人
村上源氏庶流・北畠親房1293-1354は万里小路藤房、吉田定房、と共に後三房と称せられ、後醍醐の皇子・世良親王の養育を託されるなど後醍醐の信任厚く、これまで北畠氏には許されていなかった源氏長者に任命されるが、1330年世良親王急死の責任を感じて38歳の若さで出家しています。しかし後醍醐天皇の建武の新政がはじまると再び政治の舞台に登場した。第97代後村上天皇の中宮・源顕子こと新陽明門院の父にあたります。室生寺を訪れたときに親房の墓を見つけましたので紹介します。1333年、後醍醐天
Youtubeジャンプチャンネル松井優征:原作逃げ上手の若君アニメ第一期1話~4話期間限定配信https://youtu.be/783eIcV56iY?si=_loWHkVdaqzCD9hx-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be期間限定配信第一期1話~4話わーい!嬉しいです😆✨中村芝翫さんの襲名を支えてくれた日本画家の朝倉隆文さんが単行本の表紙の
子どもの頃(1983~1984年)に放送されていた『まんが日本史』の歴史認識を照らし合わせたくてヒストリーチャンネルで放送されていたので観ました。南北朝の対立に、足利幕府内の対立(ヒストリーチャンネルの『まんが日本史』より)内容について建武の新政が後醍醐天皇の理想倒れに終わり、ついに足利尊氏が光明天皇を擁立して北朝を建てたことから始まる。南北朝時代についてです。後嵯峨上皇から始まった皇統分立が南北朝にこの時代が鎌倉末期からややこしくなってしまっていることが両統迭
私:『太平記』(たいへいき)という、日本の古典文学作品がある。鎌倉時代の末から南北朝時代・室町時代の初期までの出来事を書いた軍記物語である。14世紀頃に書かれたものであろうと云われている。で、この中に、非常に不思議な一文がある。足利尊氏(あしかがたかうじ、足利高氏、源尊氏)に側近として仕えた武将の高師直(こうのもろなお)が、天皇について「天皇なんか木か金の像にして安置すればいい」と云った、という話があるのである。(原文:「若王ナクテ叶フマジキ道理アラバ、木ヲ以テ
今村翔吾さんの歴史小説新刊、読みました。ひとまず上巻のみです。この作品は少し前に新聞で連載していたのですね。楠木正成の子である楠木正行を主人公にした物語です。楠木正成があまりにも有名人なので、そういえばその子供ってどうしたんだっけ?と、うろ覚え・・・確か『逃げ上手の若君』にも出てきてたと思いますが、あまり記憶がない。楠木正行というと、「桜井の別れ」が有名ですね。こちらは吉野に行った時に撮影した石像。みなさん手で撫でるから、もはやツルツルやん・・・そんな感じで
毎年の恒例になっている、この時期にある神社に行くことにしています。今年で3回目。何となくですが、この時期には行かなくてはと不思議に思うものです。で、先日行ってきました。この僕のイベントでは、いつもよりも朝、早起きをしないといけない。家を出る時間がちょっと早いので、あまりのんびりとしてはいられないからです。バタバタしながら、この駅に到着。昨年の10月から、月に1回、京阪電車を使って、京都に行くので、なんだかあっけなく到着したという感じです。実は当初の予定の電車に乗り遅れて、次の電車に乗っ
追記、足利尊氏について謀叛の理由、元弘の変で父貞氏の喪中にもかかわらずに拒否したにもかかわらず出兵と矢銭をを催促され、最後にやむなく出兵、この時に北条の世は、短いと北条得宗に見切りをつけたという。足利尊氏については改訂版(かきたし)の必要性を感じている。そして高師直も書くのが難しかった。いかに自分の知識の主流が太平記であることを、師直に偏見をもってしまうこと。太平記では、好色で傍若無人で粗野と荒々しい武者と偏見をもって描かれている。今川貞世他、細川頼之、足利義満等が監修のてを入れた可能
歌舞伎座での「仮名手本忠臣蔵」の通し狂言は、いよいよ十一段目で締めです。「表門」、「泉水」、「炭部屋」、「引揚げ」と続き、これといった筋はなくても、見せ場はたっぷり。お気に入りの役者を追うのもよし、好きな浪士の活躍を見つけるのもよし、歴史と比べるのもよし。自分なりの楽しみ方があるのが、この段。そうして、「引揚げ」での大物役者の登場。どんどんどん、どん、どんどん、、、山鹿流の陣太鼓が響き渡る中、表門に由良之助らが集合。きりっとした愛之助、風格ある錦之助、それから松江、男女
《仮名手本忠臣蔵》昼の部•Aプロ•忠臣蔵の人気のワケは、けっきょく“人間のはかなさ”が描いてあるからだと私は思う。生きて行くうえで不可避な義理、人情、恋、死、これらが運命の悪戯よろしく巧妙に織り込まれている。芝居を観おわって、みなはそれぞれに「あぁ人間とは◯◯だなぁ」と、感嘆する。その◯◯は、各人各様だけれどもちゃんと各人に用意されているのだと思う。•【大序•鶴ヶ岡社頭兜改めの場】四十七士に合わせて47回の拍子木が打たれ、幕がゆっくりゆっくり開く。そして上手上段の御簾内(みすう
令和7年2月6日に大阪市阿倍野区と大阪府堺市に行ってきました。以前から南北朝時代と室町時代の史跡を訪れていて、いつか行こうと思っていた場所です。きっかけは大河ドラマ「太平記」や北方謙三氏の小説南北朝シリーズでした。ここ最近、週刊少年ジャンプで連載中でアニメ化もされた「逃げ上手の若君」の主人公北条時行の仲間として北畠顕家が登場しました。その単行本中のお知らせで、漫画とコラボした御朱印を阿部野神社で販売しているということだったので早く行かねばと思いやってきました。阿部野神社本殿顕家が足利軍
三代目桐竹勘十郎(さんだいめ・きりたけ・かんじゅうろう)本名宮永豊実昭和二十八年(1953年)三月一日生まれ。文楽人形遣い昭和四十二年(1967年)七月文楽協会人形部研究生。三代目吉田簑助に師事し初代吉田簑太郎を名乗る。平成十五年(2003年)四月三代目桐竹勘十郎を襲名。令和三年(2021年)七月十六日、重要無形文化財指定保持者認定。三代目桐竹勘十郎七十二歳誕生日の本日は『菅原伝授手習鑑』の松王丸・宿禰太郎・四郎
『高師直室町新秩序の創造者』を読みました。著者は、亀田俊和。吉川弘文館・歴史文化ライブラリー406(2015年8月1日一刷)。高師直というと、『仮名手本忠臣蔵』に登場する悪役。という認識しかありませんでした。『太平記』に記されている実在の人物で。実際の人物を登場させることが、幕府によって許されていなかったので、赤穂事件を、南北朝時代に設定し、吉良上野介を、高師直に。そのこともあって、高師直は、「神仏や皇室・貴族などの伝統的な権威を徹底的に軽視し、非道徳的で極悪非道な所業も数多く
塾長の書斎:「野望の憑依者(よりまし)(167)」をUPしました。https://fusanokuniinoujuku.vitaly.jp/book_blog/book167/#文庫#徳間文庫#伊東潤#歴史小説#時代小説#南北朝時代#高師直#足利尊氏#後醍醐天皇
スタバで、さくらドーナツ。スターバックスに入りました。「NEW」と書かれた『さくらドーナツ』に、目がとまり。少しずつ、春は近づいて。映画『セプテンバー5』を見ました。1972年のミュンヘン・オリンピック。テロリストに襲撃された、イスラエル選手団。それを、生中継した、ABCのスタッフを描いて。緊迫した場面の連続。で、スターバックス。で、さくらドーナツ。『高師直室町新秩序の創造者』(亀田俊和・吉川弘文館)を読んでいます。『仮名手本忠臣蔵』にも登場する高師直。その実像をよ