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皆さん、おはようございます。吉村涼子です。今日は12月29日。今年もあと2日を残すという年の瀬になりました~~。今年もお世話になりました。今年は慌ただしく、記事を毎日お伝えせず読者の皆さんにはご迷惑をお掛けしました。毎日、楽しみにして下さったのに、ごめんなさい。来年は精進いたしますのでどうぞよろしくお願い致します。え?今年はもう記事を出さないのか?ですって?大丈夫です。例年通り、年始年末もお届けする予定。どうぞよろ
千代田衣紋道研究会の記事を今さらながら発見したこと(國學院大學のサイト)いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!以前も書いた「千代田衣紋道研究会」の記事がこのようなところにありました。別件で國學院大學を調べていて発見したのです。記事のアップは2020年4月なので少し遅いですが・・・。國學院大學の特性を考えれば納得といえば納得の内容です。(今回発見)大嘗
立涌向かいあった波状の曲線は、雲がむくむくとたちわく様に見立てられ立涌「たてわく」と呼ばれる有職文様です。光秀に秘めたるものを表現するかの文様に思えます。麒麟がくる毎週末楽しみです📺この曲線によって合成される瓢形の中に雲が入ると雲立涌と呼ばれます。蒸気が立ち上がり雲がたちおこる様子を象する吉祥紋様なので、我が家の内裏様にはこの柄を着せて頂きました。🎎御内裏様束帯『黒雲立涌』毎年、この季節に記事にしております、我が家の雛人形🎎反物、屏風や、ぼんぼり等の調度品、一点
を大鎧高倉流の会員で、装束(十二単・男性装束)お服上げの勉強をしています。今日は端午の節句にちなんで大鎧のお勉強してきました。この大鎧は、12年もかけて色の染めから制作まで全て1人で作成された鎧だそうです。
郵便局に行ってきました🏣こちらの切手帳のほうが欲しかったのですが行った先の郵便局では無くなっていました※画像お借りしました実は、こっちに↖️興味あったんですが…退位と即位により、これからは行事が続くのが楽しみです来年の御内裏様は黄櫨染が流行るかもしれませんね。唐衣男雛の黒雲立涌に合わせた落ち着いた、お色目にしました。男雛から裂を先に選びました。唐衣は地紋が花菱。菱餅を一緒に飾るご家庭もあるかと思いますが、菱は厄除けの意味合いがあります🔶裳は地紋が亀甲。亀甲は
日本の五節句や歳時記は、結婚式の飾りにとてもよく合います。七夕の短冊はみなさんもご存じですが、元は芸事の上達を願うので、楽器なども飾ります冷泉家の飾りは、琴や琵琶高倉流では琴が飾られていました日本古来の楽器だとなんだか敷居が高そうですが、バンドをやっている人は、ギターやピアノなどもいいと思います。お二人らしさも出ますね季節のアイテムを入れるとゲストの方もその時期になると毎年結婚式のことを思い出してくれるかもしれません日本ならではの歳時記を是非とりいれてみてね
ホテル日航奈良で開催された…NPO和装教育国民推進会議の…総会&懇親会(人魚のつぶやき:2017年6月8日『NPO和装教育国民推進会議の…』)総会の後は…懇親会ランチヾ(@^(∞)^@)ノそして…高倉流衣紋道十二単の着付け
3日の日は衣紋道たかくら会のひなまつりの会に高倉流東京道場へ行って来ました。一昨年と今年で2回目ですが、仙石先生は同じお話しはなさらないそうです。いくら話しても話し足りないような感じでした。もともとは日本のみそぎによる祓えの考えに似たことだそうです。人形の藁の人形を自分の穢れを移し水に流しで厄を払うから遊びに用いる華麗な装いのひいなが混合されるようになったようです。ですから厄を払う雛人形を枕元に置いて人形代わりにとってくれてそれをお寺に持ってる行って祈祷をしてもらうという厄除けの風習
3月3日は雛祭り。上巳の節句ですリアルお雛様古来の日本は左上位でした。「天子南面に座す」という言葉があります。天から認められた統治者である天子(すなわち皇帝、天皇)は不動の北極星を背にして南を向いて座るのが良しという意味です。そして天子からみると太陽は左の東から昇り右の西へ沈むことから、左上右下とされ、左上位の考え方となりました。これは、着物の着付けの「右前」にも生きています。なので雛飾りは本来は左側(向かって右側)が玉座となります。明治になり西欧の王室流儀
衣紋道高倉流の衣文はじめの儀へ●衣文はじめ●衣紋道高倉流の1年間の有職故実・衣紋道の興隆発展を祈願しつつ一門の研鑽を誓願する式典のことです。高円宮久子殿下もご臨席されます。参列者一同を御祓いしていただく、修祓の儀(しゅばつ)御霊を神籬(ひもろぎ)にお迎えする、降神の儀(こうじん)※神籬とは神社や神棚以外の場所において祭祀を行う際の神さまをお迎えする依り代神饌物(みけもの)を神前にお供えする、献饌の儀(けんせん)1年の事跡をご報告する、詔奏上の儀(みことのりほうじょう)榊を神前に捧
衣紋道高倉流のふたあいの会へ衣紋道とは、装束の着装法のこと。本来は装束も衣服のひとつですので、平安時代摂関政治の頃までは装束は緩やかなゆったりしたもの(柔装束)を自分で着用していたと考えられています。平安末期、院政を行った鳥羽上皇は装束に対して並々ならぬこだわりがあり、生地を厚くし糊を利かせて、かっちりした姿を好みました。衣紋道の祖と称される源有仁と共に装束のデザインに取り組み、威儀正しく美しい装束を考案しました。これが強装束です。強装束は、ごわごわして着にくいため特別な着付け技術が必要と
一昨日衣紋道高倉流たかくら会東京道場でふたあいの会がありました。特別講話「鞠あそびの装い」で仙石宗久先生のお話をお聞きしました。何時もながら先生のお話は分かりやすく楽しいです。これが鞠ですがこちらは飾り用です。鹿の皮で出来ているそうです。蹴鞠は身分の高い貴族たちが楽しむ優雅な遊びではなかったそうです。身分の低い人の遊びだったようです。この後白河院などが内裏や院の御所なとでたびたび催すようになると身分の高い貴族たちも参加する遊びとなったそうです。投扇興やってみました。お方様体験髪
2016年6月9日は旧暦の端午の節句です端午とは端(はし)の午のこと。元来は月はじめ(端には始まりという意味合いもあり)の午の日のことでしたが、午は五と音が通じることから毎月5日のこととなり、のちに奇数月と同じ日が重なる日を特別な日と考える中国の重日思想と、田植えの前に女性だけが家に籠もり身を清める日本の五月忌みの風習が結びついたのが、端午の節句の始まりといわれています。端午の節句に鎧兜を飾るようになったのは鎌倉時代。旧暦では端午の節句は現在の6月頃になり(2016年は本日!)、この頃に甲