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今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」として「駿府96ケ町」を巡ってきた。今回は「駿府96ケ町」の総集編。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。〇駿府城址の堀脇にある「駿府96ケ町」が画かれた古地図のモニュメント96ケ町を羅列してみる。静岡まつりの提灯を参考に整理しやすいように仮に番号を付けた。1呉服町一丁目
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「研屋町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。現在の町名「金座町」に「日本銀行」と「清水銀行」が並んでいる。両銀行の間を通っているのは「茶町通り」。「茶町通り」に入り、一つ目の信号機の角、1階が店舗のビルの一画に、花に囲
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「茶町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「呉服町通り」を北西に向かい本通を越えて直進すると「茶町通り」と名を変える。現在の町名「金座町」にある「日本銀行」と「スルガ銀行」の間を北上し信号を越え30m。放置自転車の
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「安倍町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。前回、浅間神社の門前町「宮ヶ崎町」周辺を探索した。今回も浅間神社の近くから巡る。浅間神社から「県道27号井川湖御幸線」へ出て南へ80m程に「安倍町」の町名碑がある。
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「宮ケ崎町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。浅間神社の門前となる「浅間通り」の蕎麦屋の前に「宮ケ崎町」の町名碑はあった。〇宮ヶ崎町の町名碑説明書きを読む。駿府96ケ町のうち「宮ケ崎町」(みやがさきちょ
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「馬場町」「四足町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「四足町」は現在の「中町」の辺りにあって、駿府城の「四足御門」の門前にあった町。中町の尼崎稲荷神社前に「四足町の町名碑」が設置されている。〇四足町の町名碑
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「安倍川町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「96ケ町」には静岡市の文化財課が、各町内へ「町名碑」の設置を進めている。安倍川には橋の敷設が禁止されていたことから、渡渉で越えるしか無かったので川越人足が大勢必要だ
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「新通」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「96ケ町」には静岡市の文化財課が、各町内へ「町名碑」の設置を進めている。〇「新通」の町名碑石碑は「新通三丁目」と書いてある。説明書きを読む。駿府96ケ町の
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「本通」を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「旧東海道」は「七間町通り」が「寺町」に突き当たり、迂回して「新通り」によって安倍川へ向かっていた。「新通り」が整備される以前は「本通り」が東海道だった。〇本通町の町名碑
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「七間町」を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。前回探索した「寺町」の町名碑があった常磐公園から北西へ進むとすぐに、七間町通りが駒形通りに変わる交差点へ出る。駒形通側から七間町を見通すと正面には県庁が見える。七間町
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「寺町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。前回「青葉通り」の「下石町」まで探索した。今回、さらに「青葉通り」を分断する国道362号線を越えて「常磐公園」方面へ向かう。2個目の交差点角地にある「教覚寺」の一角に「常慶
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。「駿府96ケ町」の「両替町」周辺の探索。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。以前訪ねた「平屋町」のあった歓楽街「玄南通り」と交差する、静岡市の歓楽街を代表する「両替町通り」。静岡の商店街を代表する繁華街「呉服町通り」から100m南西側を並行して栄えている夜の町だ。
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「呉服町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。静岡の商店街の中心地として栄える「呉服町通り」。かつての繁栄ほどでは無くなったが、今でも様々な商店が立ち並ぶ繁華街。〇呉服町商店街600m続く「呉服町通り」
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」のうち「玄南通り」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。葵区昭和町にある静清信用金庫本店の前に「鍛冶町」の町名碑がある。〇鍛冶町の町名碑説明看板を読む。駿府96ケ町のうち鍛冶町(かじちょう)江戸時代に多くの鍛冶
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「紺屋町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「紺屋町」は前回立ち寄った電電ビル前「江川町交差点」の南にある町。「江川町交差点」の300m南に「浮月楼」という結婚式にも使われる料亭があって、その前に「紺屋町」の町名碑が立っ
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では「駿府96ケ町」を巡っている。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。今回は「駿府96ケ町」の「伝馬町通り」周辺を探索している。「伝馬町通り」を行ったり来たりして「駿府96ケ町」の所縁の地を巡っている。前回と前々回に見つけられなかった「町名碑」を見つけた!!「台所町」と「八幡小路町」の2ヶ所が
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では前回から「駿府96ケ町」を巡っている。今回は「駿府96ケ町」の「横田町」周辺を探索してみる。大御所となった徳川家康が駿府城の改修と町づくりのために呼び寄せた職人や商人を区画ごとに住まわせた96区画の街並みを「駿府九十六ヶ町」と呼んだ。「駿府」の東側入り口になる「東見附跡」が国道一号線脇にある。〇東見附跡説明文を読む。府中宿東見附横田町は駿府でも古い地名のひとつで、横田の名は平安中期の書物にも登
今回のテーマは「駿河の国の見どころ」。「駿河の国の見どころ」では前回まで12回にわたって「ヤマトタケル」ゆかりの地を巡った。今回は「駿府96ケ町」に目を向ける。静岡市の文化財課は、平成5年から「96ケ町」の町名碑を設置していて、すでに40基あまりが設置済み。全部で50基ほどの設置を予定しているらしい。以前から「町名碑」を時々見かけていて気になっていた。「96ケ町」の町名碑を探索してみる。徳川家康が大御所となり駿府にやって来た際に全国から職人と商人を呼