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もう先週のことになるが、三連休の最終日は三ノ輪へ出かけた。翌日に疲れを残さないように、近場で済ませたのである。南千住駅で電車を降りて、ここから歩く。まず立ち寄ったのは、駅前の首切り地蔵。カミさんと来るのは初めてだ。かつて、江戸三大刑場の一つ、小塚原刑場が側にあり、その横に供養のために鎮座されているのが首切り地蔵(延命地蔵尊)である。お地蔵さまを拝んでから散歩を始める。線路に沿った道を進むと、すぐに尾花があった。尾花。鰻の名店である。どのくらい混むのか、後で様子を見に来たが、この日は定休日だっ
〈昨日、書いてます〉今日は、産業まつり…こんなのも、体験ということで走ってました…😁ボンネットバスってやつですね…😊ネコバス…では、ない…😁午後は特殊任務で、水沢江刺駅へ…乗せるのは、転勤してきた若夫婦…眠気覚ましのサービストーク…炸裂です…😁明日から、2連休…😊今宵の宴…😁🍶🍺真イカの唐揚げ南蛮漬け…😊🍶これはお惣菜ですが…うまい…❗🤣自分で作れるようになりたいもんですね…🤔今宵の肴は…昔作った「鬼平酒、肴セレクション」…😁時代劇の食事(お酒)のシー
五葉山に出かける前にせっかく遠出するので五葉温泉の周辺にでも見所がないかGマップで周辺を探索してみました。先ず見つけたのは縄文時代から人間が住んでいたとされる洞窟。そして、ん!????座敷童の墓!?んで、首切り地蔵。どれも超マイナーな史跡?みたい。話のタネに行ってみます。県道193沿いのすぐ傍らにぽっかりと?・・・空き地駐車場の看板を見落とせば問題無く気付きません!工事用重機も止められていたので尚更です。(笑)少し冷気が感じられます。
前回は吉見町の東側低地に造られた横堤を見てきたが今回は西側の吉見丘陵へ街歩きしに行ってきた。(吉見観音参道)吉見丘陵で見所と言えば東側の御所に源範頼館跡である息障院光明寺と吉見観音安楽寺、南西側の北吉見に吉見百穴と松山城がある。通常の観光客はそれらのスポットを巡るだろうし私もこのエリアを訪れた当初はそこらへんを観光した。が、今回行くのはそこではない。行くのは北西側の長谷(ながやつ)である。長谷はあるものと言ったら住宅地と長谷工業団地だけという史跡の無いエリアなので普通の人なら興味を持たないと
≪明暦2年(1656)に創建!山号:宝珠山!市川に有る真言宗豊山派・「延命寺」!≫真言宗豊山派・延命寺にやって来ました。山号:宝珠山院号:地蔵院住所:市川市新井1丁目9-2明暦2年(1656)に創建、当寺の首切り地蔵は駆け落ちをしようとした男女が捕らわ処せられた哀れみとったものだと言います。本尊:大日如来開山:真誉江戸川区の善養寺の末寺!聖漢音四国八十八ヶ所霊場日本百観音参拝記念ドアップでみましょう!!頭にも仏が
「於節地蔵と女川騒動・飯田口説」泉区七北田の向原のバス停近くに、仙台藩の刑場跡があります。仙台藩の刑場は、当初仙台の琵琶首(現在の花壇)にありましたが、寛文6年(1666年)米ケ袋に移り、さらに元禄3年(1690年)に、米ケ袋から郊外の七北田へ移されました。以降178年間、この地で罪人の死刑が執行され、約7千人の人が処刑されたと伝えられています。刑場は七北田川の河原から現在の地下鉄南北線の八乙女駅周辺一帯にかけてありました。ここで刑が執行されるのは主に庶民階級の百姓町人で侍は除かれていまし
12/30大宮の氷川神社を後にして、南千住の素盞雄神社に向かうというシーンなのですが、氷川神社で言い忘れたことを書きます。氷川神社の拝殿でなんですが、大きな大きな箱型の賽銭箱があります。幅が長いので多数の人が同時に賽銭を入れられるのはいいのですが、横並びで賽銭を入れるので余計に他人の行動に目が行くのかもしれませんが、賽銭を投げ入れる人がとても多いんです。氷川神社拝殿の賽銭箱は縦断面で描くと、こんな感じになっています。構造的に見ても投げ入れたくなる気持ちは分かるんですが、ドサ回りの役者に投げ
先週日曜日の朝、主催するセミナーまで時間がありましたので、いつものように街歩きをしました。東京における私の最近の定宿は南千住です。南千住の辺りはどういうわけか安宿が多いです。そして、大阪の西成のような雰囲気があります。南千住について調べてみると、やはりそれには理由がありました。かつて北千住が宿場町として発展し、それが南にも伸びたのだそうです。宿が多いのはそんなわけです。しかし、安宿が多いのはどういうわけでしょう。それは、実はここが江戸時代、首切り処刑場であったことに由来します。
お次は、鳴川峠を目指します。僅か500m、しかも縦走部分ですから、上りが続くなんてこともないのです。それなのに、すぐ着かない、遠く感じるのは何故でしょうか?くそポンコツ老いぼれだからに、決まってるがなった、多少は、暑さのせいもありますかと。首切り地蔵さんです。実際には、斬られたのではなくて、雷とか倒木とか、ひょっとすると悪戯のせいなのではと。オマエの考えなんか聞きたくないから、くそポンコツドアホっで、鳴川峠には着きました。ここから、奈良県側に下って、亀の井ホテル平群さんで、日帰
はようございます最近のスクーリングは安ホテルに落ち着いていますそれまでは学生寮に泊まったり、スーパー銭湯行ったり苦労しよった…『24-2東京泊まるところ①両国・江戸遊』おはようございます東京スクーリングの続きやっただけのことはある!ここのところ両国に泊まっている『23第6回/東京の安うておいしいもん②甘味処瓢たん』おはようご…ameblo.jp南千住は下町やけども、ドヤ街ではない(山谷のドヤに近い距離wwやけど)南千住の駅近でスーパーもあって便利駅周辺は再開発できれいになっている
4月の藤の花がまだ蕾の頃のことです前から歩いてみたかった春日山原始林へ春日山原始林|奈良県観光[公式サイト]あをによしなら旅ネット|奈良市|奈良エリア|自然|観光春日大社の背山一体は、大社の神山として1000年以上も伐採が禁じられていたため、スギなどの大木が生い茂る原始林となっており山内には、モリアオガエル、ルーミスシジミ(天然記念物)など珍しい動物が生息して春日山原始林。奈良市。奈良エリア。自然。観光。奈良県観光公式サイト「あをによしなら旅ネット」(旧大和路ア
香川県心霊スポット旧仲村トンネル(立石隧道)↑からの続きです。旧仲村トンネルの訪問を終え、次は首切峠に向かいました。首切峠に到着!KubikiriPass名前の由来は?↓↓↓首切峠(香川県)-Wikipediaja.wikipedia.org罪人を斬首した場所だとか。。( ̄▽ ̄;)そして県道17号の首切峠の旧道を上って行くと・・・祠発見!ちょっとここに車停めさせて頂きます<(__)>これが噂の首切地蔵かな?すみません、お邪魔してまーす(―人―)
剣豪の憧れ追いて滝坂の辻に地蔵の首に祈りし😸柳生街道が三つにわかれる所に、「首切り地蔵」と呼ばれる、首のところで切断されたようになっているお地蔵さまが立っています。日本三大仇討ちで有名な「鍵屋の辻の決闘」で名高い、柳生新陰流の剣豪荒木又右衛門が試し切りしたと語り伝えられています。滝坂のもみじに照りし石畳古き茶屋あり柳生名残(なごり)し😸柳生街道の石畳を行くと、古い峠の茶屋があります。柳生十兵衛が、団子でも食べていそう
◇月曜日にクリニックでうおのめを削ってもらって、ようやく本日からジムでのトレーニングを再開しました。足裏の腫れも引き、うおのめの白い芯も無くなりました。ただ、右足首の痛みはまだ残っています。今日は「一日七千歩」で取りやめました。◆2022年11月9日(水);萩往還を歩く2日目は、中作バス停~山口駅までを歩きました。その1では、中作バス停~国境の碑までを紹介します。新山口駅8時24分発;宮野行きに乗車宮野駅で、津和野行きに乗り換え、8時50分、山口駅に着東萩駅行
今日は、倉敷市郷内地区にある木見駅の方に行ってみました。JR瀬戸大橋線、茶屋町駅から児島駅に向かう途中に、木見駅は、あります。木見駅を、南から見たところ。さて、今日、ここに来たのは、宝篋印塔、そして、「波止岡の首切り地蔵」を見るため。こちらに、標柱が。「波止岡の首切り地蔵・血洗の池」と書かれています。「波止岡」という名称から、昔は、この辺りまで海が迫っていたことが分かります。さて、まずは、「首切り地蔵」とは、何か。宝篋院塔の隣に、お地蔵さんが祭られているお
昨日の続きから民家の塀にさりげなくキリスト看板が駅前公園と木見駅を背景に駅前公園のすぐ横、なんだかとってもおどろおどろしい。なにがあった?首切り地蔵?血洗い?ちゃんと頭はついてるように見えるんだけども。ここにも由加山参道の表示、どんだけ有名なんだって。ということで駅まで戻ってきました。m(__)m
土曜日は路麺の日みなさま、ちゃんと実行してくださってますか?東京メトロの三ノ輪駅に来ました。Goodday.Idon'tknowreader'sreactionafterIclosedacommentbox.Doyoustillfollowtheimportantcampaign"SaturdaysareRomenDays"?IgotoffatMinowaStationofTokyoMetro.駅前は大きな交
ぼくらの広場からは、鳴川峠へと縦走します。何故か、この辺りだけは、虫虫攻撃が酷い状態で。写真も撮れない有様でした。その状態で、ようけ撮ってるがな、くそポンコツドアホっ鳴川峠を目指します。首切り地蔵さんがおられました。柳生街道滝坂道を思い出します。やはり、剣豪が試し斬りされたのでしょうか?とにかく、お参りをいたしまして。こちらが、鳴川峠であります。となりますと。千光寺さん経由で、東山駅または元山上口駅へと下るのです。こちらの道は、メジャーな登山道ではありませんが、案内はしっ
東海自然歩道、滝坂の道を登っていきます。夕日観音さんに続きましては。高いところに、朝日観音さんがおられます。そして、そのすぐ先には。剣豪・荒木又右衛門によって、首を落とされてしまいました、首切地蔵さんもおられます。しかし、いくら剣豪と言えども、日本刀で石造りのお地蔵様を一刀両断できるのかと思いますし。そんなバチアタリなことをされるのも、疑問ではありますから。アホなんやから考えるな、くそポンコツっさて、ここからなのですか。今回は、春日原始林に踏み込んでみたいと思いますので。春日
浄瑠璃寺の参拝、猫ちゃんたちに癒されて後にします。バス停で次のバスの時間をみると、まだ40分ほどあります。それなら、近くの石仏巡りを続けようということになりました。とはいえ、乗り遅れるとまた1時間後になるので、あまり遠くへは行けません。近くに首切り地蔵と大門石仏群があると分かり、そこへ向かいます。集落の中の細い道を進みます。クロガネホーリー(クロガネモチ)の赤い実がぎっしり。クリスマスみたいできれいです。紅葉もまだ少し。地図で見ると遠そうだったけど、案外すぐ
館長前回ブログの訂正前回ブログの冒頭でユニクロが薄利多売だと言った内容があった。その部分を削除した。削除した理由は、私がブログを書く際に他の用事を幾つもこなしながら書くもんだから、切り抜きのような文章に成っていたからで、ユニクロや100円ショップが安売りで薄利多売のように錯覚して、しかも価格の企業努力に感謝してる人があまりに多いので、実際の物の原価は驚くほど安価なんだと言う記事を書きたかったのだが、その前後が抜けていたので削除した。------------------------------
(東京都荒川区南千住南千住駅)今日は11時に西荻窪で打合せ。「相談がある…」と言われていたので「何だろう…」とやや不安だったが、なんと、句集制作依頼という嬉しい相談であった(。なんだ、仕事の相談だったのか(笑)。指導句会に参加している方だったので、「句会をやめたい」とか「人間関係に悩んでいる」とか面倒くさい相談かもしれない、と思ったのだ(笑)。「相談がある…」と言われるのは実に妙で不公平なものだ。「相談する側」は内容がわかっているから不安になることはない。しかし、「相
6月12日(月)東京遠征③川崎大島劇場で観劇してから夜は添乗員Nシャン(東京在住の大衆演劇ファン)が上野の焼きトン屋と居酒屋に連れて行ってくれました。🐖前回と同じお店超安くて美味しいお店で大満足東京遠征の2日目は各自、自由行動バンビちゃんは東京在住の先輩に会いにいくとのことMジイは川越の長谷川劇団へ私とTさんは南千住付近をパトロールしてから篠原演芸場のTEAM純弥を観劇し夜は、北千住で飲む🍺ことにしました。(夜飲みには、Mジイも参加🍺🍺🍺)歩くのも、
なんか怪しい…🙄とりあえず、朝練はできそう❗😆あ〰️〰️、楽し〰️〰️❗🤣先日のセッティング(B)を試してみたところ、なんか前の方がいいような気がして戻してみました(A)…😊いい感じ…😁やっぱりこっち(A)なのかなぁ…🙄いつもより早めに始めたので、いつもより早めに終了〰️〰️❗😄今日は施設の関係者と顔を合わせずに済みました…😅そのあと、2度目の洗濯機を回してる間に久しぶりの筋トレフルコ〰️〰️ス❗👊😆🎵一週間以上空いてるのに筋力は落ちてないもんなんですね…💪😳引き
首切地蔵場所:郡家街道(岩本病院駐車場角)住所:香川県丸亀市郡家町刻像:丸彫り塔型:座像特徴:首が折れている由来:建立:願主:資料:撮影日:2014年9月17日
2023/01/13(金)天気も思わしくないので奈良へ天然記念物春日山原始林をろーば4人でテクテク歩いてきましたぁ(^^)近鉄奈良公園駅を9時過ぎにスタート奈良公園を突っ切り柳生街道(東海自然歩道)から春日石窟仏鶯ノ滝~若草山~東大寺二月堂~大仏殿南大門~近鉄奈良公園駅大したアップダウンはなかったもののゴールしてみると6時間45分16.3㎞登り620m下り619m結構歩いたんですね(^^;############奈良公園の梅が開花標準
JR大和路線、奈良駅をスタートしまして。春日大社さん、柳生街道滝坂の道と走ってきました。そして、それも、今回はここまでと決めていました、首切り地蔵さんまでやってきたわけです。しかし、いくら剣豪の荒木又右衛門と言えども。石のお地蔵さんを、一刀両断できるものでしょうか?仮にできたとしましても、今度は、人として。オマエが斬られたら、良かったのになっい、今の職場で、首を切られないよう、気をつけます。さて、ここからは、春日山原始林遊歩道を走るわけです。今回は、珍しく、緻密に計算した上で、
私の地元、取手市小文間(おもんまと読みます)ここの西端、相野谷川を越えた場所は昔は小高い丘で、「雁金山」と称していた。たしかに吉田方面から県道を直進してくると、なだらかな上り坂になっており、丘のように見える。このあたりは戦国時代に一色宮内政良(室町幕府の重臣だった一族)という武将が小文間城主で、その関連の古戦場だったようである。この当時は小文間城の出城もあったようで、現在はバス停で「城根」という名前が残っており、その由来をうかがわせるものであ
土曜日に北千住でいけばな展覧会を見たあと千住から日光街道を歩いて日本橋へ行こう!とお散歩スタート。日光街道を歩いたのは2010年~2011年でした!10年以上前だもう記憶もおぼろです北千住の商店街がそのまま宿場町です。紙問屋の横山家江戸時代後期の建築。彰義隊が切りつけた柱の傷や戦時中に焼夷弾が屋根に落ちた跡など生々しく残っているのだそうです。(非公開)都内の史跡って戦争で焼けてしまっていることが多く、こうして江戸期のものが残っているのは大変貴重