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前回の続きです。地獄から出る方法桜男性が苦手なTさんは、声をかけないで立ち去ろうとしました。ここから出るために頑張ろうと決めたことを思い出しました。勇気を出します。T食事中にすみません。ここから出る方法を知りたくて皆に声をかけています。男出る方法なら知っているぞ。Tえ!本当ですか?男知っている。食べるまで待ってくれ。Tはい。桜食事が終わると男性は、話し始めました。男ここでは、俺が一番古い。誰にも話したことがない。T教えてく
京阪奈国宝まつり1902025年6月13日おおっと、これはどこかで見たことあるぞと思ったら、やっぱり聖衆来迎寺の六道絵。奈良国博の「超国宝」展で阿鼻地獄の1幅を拝んだ時の、あの背筋がゾワッとする感じ──あれがまた帰ってきましたわ。今回出てるのは、餓鬼道・天道・婆塞戒経所説念仏功徳の3幅。この寺さんの六道絵は全部で15幅もあって、鎌倉時代の絵巻の中でも「いや、ちょっと大きすぎひん?」とツッコミたくなるほどの大判サイズ。細密さと迫力がセットで押し寄せてくるので、観てるこっちの
前回の続きです。カもしかして餓鬼地獄。餓鬼地獄の絵は、痩せ細りお腹が出た人が骨をしゃぶっている。食べ物に餓えている絵。ここは、逆。逆の地獄なんてありえない。桜地獄も時代と共に変化すると言ったでしょう。Tさんがいる地獄は、現代の餓鬼地獄。昔は、太ったひとなんて居なかった。カ豊かになった事で餓鬼地獄も変わったんだ。桜そうよ。桜勤務が終わり自分の部屋に戻るとソファーに座り考える。Tきっと出る方法があるはず。太ると良い事は無いと言われた。
前回の続きです。現代の餓鬼地獄の様子桜何時ものように食事をしているとある事に気がついた。見たことがある人が食事をしている。食堂でむさぼるように食事をしていた職員。食べるのに夢中で周りを見ていなかった。不思議に思い周りを見渡した。Tあの人も見たことがある。あ!ここのお客さん、皆、見たことがあるかもしれない。カ桜、もしかしてTさんと同じ罪で地獄に落ちた人達。桜そうよ。カと言うことは、Sさん以外の職員は、Tさんと同じ地獄に落ちた人。桜違うわ
お釈迦様の弟子阿難が静かに瞑想していると、口から炎を吐き、喉が針のように細く痩せ衰えた恐ろしい姿の焔口餓鬼が現れ「お前は3日後に命が尽きて、我らと同じ餓鬼道に落ちる」と言われ。お釈迦様に救いを求めた阿難に対し、お釈迦様は食べ物と「法華経御題目」を授けられて無数の餓鬼に飲食を施し法華経御題目供養して餓鬼達が救い阿難自身も餓鬼に成らず助かる。関東では盂蘭盆会と合わせて施餓鬼法要しますが西日本では春と秋の彼岸に施餓鬼法要。場所に依っては毎月施餓鬼法要をやっている。盂蘭盆と施餓鬼供養は別物。
施餓鬼供養も近いので、今日は、『餓鬼』と『施餓鬼』について書いてみたい。『餓鬼』とは、死後、餓鬼界に落ち、何ひとつ食べ物にもありつけず、一滴の水も飲めず、常に飢えと渇きに苦しみあえぐ霊のことである。餓鬼草紙(平安時代・12世紀)餓鬼の姿は、骨が露骨に突出するほどガリガリに痩せ、お腹だけ異常に膨れ上がっている。餓鬼は、心も体も、乾ききり、飢えに飢えている。よって、餓鬼界では、目の前にあるものは、何でも食べる。石ころを食べ、ドロドロに腐った沼の中で、糞尿など汚物を食べ、
「えっそうだったの」君は言ったぼくらは俄然有利な親友同志だった水谷先生のビデオを見ては互い違いに涙ぐんだね劣勢なぼくの勢い付いたおしゃべりに疑問を翳め納得してくれた無能で阿保なトランプ嫌いなぼくらは「トランプなんてババ抜きやってりゃいいんだ」ディランやツェッペリンもよく聴いた君は哲学的思考、ぼくは文学的思考が得意だった実存哲学をよく嚙み砕いて教えてくれた君が逝ってからいろいろ変わったよあの餓鬼糞クレイジーは戦争を始めた非核三原則について「わたしが言う立場にない」という責任感
8月1日2日は愛媛に帰ってました。ものすごい用事があって訳わからないブログを書き殴り、下書き保存に葬りました。もうすっきりしたのでそれはそれで笑笑新盆の法要がありました。普通はお盆の13日辺りですが、この地方では1日にします。珍しいなぁ…精霊棚餓鬼さんにもお供えこれもちゃんとお坊さんが念仏唱えてくれました。新しく代を継いだ方なので、本当ご丁寧。もちろん家の中でもちゃんと法要があります。夕方に迎え火🔥おがらを焼きます。今月末は一周忌。早いもんですね。丁度地元で
福岡県議会の中尾正幸副議長(自民党県議団)が24日辞職疑惑の発端は、自民会派にいた吉松氏の証言。今月に入り、議長就任前に中尾氏から1千万円を要求されて支払ったとし、複数の会派幹部から総額約2千万円を「カツアゲ(恐喝)」されたと訴えた。証拠として、中尾氏との会話という録音音声も公開した。中尾氏ら会派幹部は疑惑を否定している。自民党福岡県議団は裏で何をやってるやら?国民も不安ですね政治家がカツアゲをやってるなら権力、暴力、圧力を利用した悪質な対応ですね相手側も訴訟をするなら白黒はっきり
それは、とある地方の山間部を通る、古びた国道の脇にぽつんと佇む公衆便所での出来事だった。長距離トラックの運転手である男は、激しい腹痛に襲われ、たまらずその便所へと駆け込んだ。夜中の2時を回った頃。周囲には街灯もなく、ただ建物の軒先にある古びた蛍光灯だけが、羽虫を集めながらチカチカと不気味に明滅している。湿ったコンクリートの匂いと、鼻を突く強烈なアンモニア臭。男は奥にある和式の個室へと飛び込み、なんとか息を整えた。用を足し終え、ズボンを上げようとした、その時だった。「……ピチャ……ピチャチャ
料理と書いて【しつらい】と読むらしい道場荘厳飾り付けのことを言うお盆の棚経はもともと「精霊棚」を戸外でまつりいわゆる「施餓鬼棚」をしつらえるのであるもともとは偉いお坊さんからまつりかたを教えられたのでしょう今でも残る地域の供養の仕方を見るとまったく「施餓鬼棚」そのものですではその前に進み出て一般の人が「施餓鬼作法」を拝んでも良いのだろうか?そのようなマニアと言うかお坊さんの真似事をして喜ぶ連中がいるようだが弘法大師さまの秘密の教えを愚弄する
その村の端には、底がまるで見えないほど深く、淀んだ大きな沼があった。古くから水難者が相次ぐ悪魔の沼。村人たちは毎年夏の終わりに、ここで「川施餓鬼(かわせがき)」の法要を営み、水底に沈んだ哀れな霊たちを慰めるのを習わしとしていた。しかし、その年は違った。未曾有の不景気と、村を襲った酷暑のせいで、人々は心も体も疲れ果てていたのだ。「形だけでよかろう。どうせ古い迷信だ」誰からともなくそんな声が上がり、その年の法要は、お経を数分あげるだけのひどく簡素なものに書き換えられた。いつもなら沼一面に浮かべ
高層ビルが立ち並ぶ近代都市・香港。しかし、ここでも「餓鬼月」のタブーはビジネス街の真ん中で生きています。これは、ある大手外資系企業に勤める会計士の青年・ヘンリーが、ビルが静まり返った深夜に体験した実話です。その日、ヘンリーは膨大なデータの処理に追われ、気づけば午前1時を過ぎていました。フロアにはもう彼一人しかいません。疲れを覚えた彼は、廊下の奥にある洗面所へと向かいました。中に入ると、一番奥の個室のドアが閉まっており、下から誰かの足が見えました。「まだ残っている同僚がいたのか」そう思ったヘ
もうほぼ完成した気でいます。お疲れ様です!バライタです!顔を造形しました。私好みの顔になったので、もうこのあたりにしておこうかな?と思っています。耳と鼻を造形餓鬼は妖怪なので、耳を尖らせるかどうか、一瞬頭を過りましたがまぁ良いかぁ~ということで普通の人間の耳で行きます。目と口を造形口が良いねぇ~!!ただ、口の左上の縁に不明な凹凸があるようで、不自然は影が出来ているので、そこは何とかしたいですね。静止画で見ると、修正点が見えてきますね。
シンガポールの街が、旧暦7月の「餓鬼月(ハングリー・ゴースト・マンス)」を迎えると、夜の空気は一変します。現地の人々は、夜間の外出を控え、水辺には近づかないという厳しいタブーを守り、街のあちこちで線香の煙が立ち上ります。ベテランタクシー運転手のアーロンは、その日の最後の客を送り届け、家路を急ぐために、人気の途絶えたハイウェイへと車を走らせていました。「早く帰って、冷たいビールでも飲もう」そう呟きながら、フロントガラスを流れる夜露をワイパーで拭ったその時、前方に奇妙な灯りが見えてきました。そ
物語の始まりは、お釈迦様の前世にあたる「ヴェッサンタラ王子」の時代にまで遡ります。慈悲深く、国中の人々に愛されていた王子は、長い苦難と追放の旅を終え、ついに懐かしい都へと帰還することになりました。その知らせを聞いた町の人々は歓喜の声を上げ、盛大なパレードで王子を迎えました。しかし、その喜びの渦は、生きている人間たちだけの世界にとどまりませんでした。王子の帰還を祝うあまりの熱気と地響きのような歓声に、森の奥深く、そして地獄の底で静かに眠っていた孤独な精霊や餓鬼(ピー)たちまでもが目を覚ましてしま
皆様、おばんでございます!お施餓鬼ですよ。めちゃ回向ですよ。8月といえば!Yeah~!大施餓鬼法会!!!!!『めっちゃホリデイ』的な感じです。リブログ元にも記載がございますがアーナンダさんの「お前は餓鬼になるのだ~」と餓鬼の焔口(えんく)言われたことからこのお話はスタート!少々詳しくお話しますと……お釈迦様のお弟子である阿難尊者(あなん・アーナンダ)が修行をしていたある夜、「焔口(えんく)」という餓鬼が現れました。焔の口……気の毒ですねえ。食べる前に
薬園寺通信をお読みくださっている皆様いつもありがとうございます八月(葉月)の予定でございます!8月7日の護摩供は、午後2時のみ。午後6時からは【盂蘭盆会施餓鬼法会】です。餓鬼道に堕する亡者に供養する功徳力によって現生には長寿、先祖には追福となる法会です。(北野筆)◆施餓鬼の由来お釈迦様のお弟子である阿難尊者(あなん・アーナンダ)が修行をしていたある夜、「焔口(えんく)」という餓鬼が現れました。餓鬼は、「三日後、お前も命を終え、
カンボジアに激しい雨を降らせていた季節が終わりを告げる頃、夜の帳(とばり)が下りると、目に見えない世界の境界線が静かに揺らぎ始めます。この国の人々は古くから信じてきました。毎年この時期になると、冥界の王が地獄の門を開き、果てしない飢えと渇きに苦しむ魂――「餓鬼」たちを、15日間だけこの世へと放つのだと。「お前たちの家族は、どこにいる。お前たちのために、ご飯を用意して待っているぞ」地獄の王の声を合図に、無数の餓鬼たちが一斉にこの世へと歩き出します。彼らは生前の罪のせいで、身体は痩せ細り