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正一の病状は進行性なのでどんどん悪くなっていく車椅子に落ち着いて座れていたのがバギー車で体を預けるようにしないと難しくなった体を支える筋肉がよわってしまったようだ生まれてはじめての友達との旅行それも宿泊旅行興奮して大きな声がよくでていた楽しくて嬉しくてたまらないそんな様子だった秋頃から欠席することが増えていった病気の進行は速かった体調が悪くやむなく休みをとることが増えそんな時泣いて「学校に行きたい」母親に抗議していた、という
中一からうけもった生徒達そのまま持ち上がり三年生になった年転入生がクラスの仲間に学校は段差だらけスロープはないし洋式トイレがない車椅子などの障害を持った子どもが入学することは全く想定していない学校歩行が不安定な子どもは在籍していたけど学校初の車椅子生徒の入学だった筋ジスの正一進行性の症状で時間的な余裕はなかった学齢期は訪問教育をうけており学校という場で友達と過ごした経験はなかったでもたまたま自宅が学校の近くで母親が車で送迎で
養護学校義務制実施の年に教師になった私は23生徒達は13歳受け持ちの生徒の中に脳性麻痺でてんかん発作を有している明子がいたクラスの生徒達と同じく地域に障害を持った子どもを受け入れてくれる学校がなく明子は一人っ子家族のもとを離れて過ごしていたスロープはなく段差だらけの環境だったけど不安定ながらも独歩はできたので地域の知的障害の養護学校に通うことができたしかし車椅子を利用しないと移動できない子ども達は入学できなかった
教師になって二年目クラスの生徒はそのままもち上がり新しく転入生が加わった彼女は地域の特殊学級に在籍していたが小学生の途中から不登校になり統合失調症を発症し家の中からでなくなった意味のわからない言動が目立ち精神科を受診していた和夫の経験からやはり車が必要であることを痛感し毎朝自宅まで迎えに行った明らかにネグレクトそう思った家の中は散らかっていて落ち着ける生活環境ではなかった好きなときの起き好きなものを食べ髪は伸
池のまん中でとまってしまい体を揺らしても動いてくれない限界だった幸いにもネットが張ってあったけどやはり体の重みでズボンは池の水に浸かってしまったでも楽しかった和夫の嬉しそうな笑顔が忘れられないズボンが濡れたのはあなたのせいなんだよ♥
こだわりの殻をなんとかなくしたいそう思って強い指導をした途端学校に来なくなった和夫振り出しに戻ってしまったまた何日も学校に登校できるよう自宅まで顔をだすところから反省から決して無理強いはしないこだわりの強さは変化がおきることへの恐怖感だからとにかく辛抱強く待つことにそんな中また、登校できるようになった漫画は秋の遠足アスレチックパークにバスで出かけた時の思い出和夫の服装はいつものとおり生徒達は体
教室から飛び出すこともほとんどなくなり学校生活の流れも理解し集団生活にも慣れていった学校は楽しいところそう思ってもらうことが大切と思って和夫と関わってきたけどそろそろこだわりについてもアプローチしていこうか・・服装のこだわり偏食いろんなこだわりが気になったけどまずは肉だけでなく野菜などについても口にできたらいいそう思って・・多分食わず嫌いじゃないか食べてしまえばなんとかなるのではないか・・少し強引な指導だった・・しかし、
登校したらまず教室に行くそういった大人が決めたルールだけど和夫はそのルールを理解していない行きたいところに行く遊具を見つければ好きなだけそこで遊び校内をとことん散策興味があれば校長室厨房事務室へと勝手に入っていったたしかにずっと和夫のあとを追いかけてクラスの生徒の対応はほかの先生にお願いしてたくさん迷惑をかけることに・・文句もいわず対応してくれた先生には感謝、感謝・・当時は規模も小さく学校の子ども達の名
地元では誰もがしっている和夫小学校の先生たちは誰も知らない和夫学齢児なのに学校には行っていない和夫だった何日も通ってなんとかスクールバスに乗ることができた「学校は楽しいところだぞー」「面白いぞー」ずっと言い続けて・・バスに乗ったことはあったのかまるではじめてバスに乗ったかのように車窓からの景色に釘付けだった約一時間の乗車時間入学式以来の登校だったバスに乗れて学校には行くことができたけど集団生活の経験がない和夫学校に着いて
一ヶ月ぶりに和夫に会えた服装は同じ昼間も就寝時もきっと同じ服なんだろうもちろん入浴しているようには見られない髪は伸び放題肌着はつけてなく裸足着ている服は汚れて真っ黒・・・とにかく会えた一歩前進まさか、教師生活のスタートがこういう形になるとは思っていなかったけど・・・自家用車もなく毎日早朝に家をでる生活がしばらく始まった・・・
入学式以来学校に姿を見せない和夫電話をしても応答なく自宅まででかけることに・・入学式から一ヶ月がたっていた車を持っていなかったので朝一番の電車に乗って和夫の自宅までしばらく通うことに・・和夫は地域の学校に学籍はあったけど小学校入学以来ずっと不登校地元の学校に問い合わせても和夫のことを知っている先生はいなかった教育行政から忘れ去られていた・・きっと当時はこういった忘れ去られていた障害を持った子ども達は多くいたんだろう行政とし
養護学校義務制実施の年教師になった障害の重い子も学校教育をうけられる養護学校義務制ただ制度として、たてまえとしてはそうであっても実際には養護学校の数も少なく学校に行けない子は多くいた就学猶予、免除を申請していや、させられて赴任先の養護学校へは片道二時間かけて通勤新任だけど担任学級数も少なく若い先生経験のない先生ばかりの学校初めてのことで大変だったけどどこか未知の分野を開拓していくんだそんな希望にあふれた教師生活のス
教員採用試験にはなんとか合格できた私が養護学校教師としてスタートした年は養護学校義務制実施の年障害の重い子も学校教育が受けられるとされた制度しかし、あとで述べるけど制度が実施されても学校に行けない子どもは多くいた障害児教育の制度が前進したのは父母や現場の教職員の運動があったからだからこそ教職員組合は必要だと学んできた労働組合に加入しないことを条件に採用することは法律で禁止されているこのことを黄犬条約と呼んでいるけどそれ
生徒との関係はつくれず結局何もできなかった・・・・そのことを実感できたことがなによりの成果であったそして簡単に成果はでないじっくりゆったり関わっていくことの大切さ教育の営みはなによりも根気・・・わずか2週間の教育実習だったけどその後の40年近い教員生活の土台をつくってくれた困難な道のりだけどそれだけやりがいのある仕事である・・・ということそう思ったことがなによりもの成果
言葉はなくこちらのは働きかけには無反応だけどさすがに生活年齢は高く食べる、排泄などは自立していた指先をずっと動かす情動行動があり名前を呼んでも反応はなかったけど外出することなく家の中で食事と排泄はしっかり訓練してきたのか・・・・学齢期に学校教育を受けることができなかった生徒達成人を過ぎてから学校に登校できるようになったけどきっと友達と関わりいろんなことを学んで学校生活を送っていたらそのことを痛感させられた場面だった
与謝の海養護学校からは与謝湾の海が見渡せた内海だから波は穏やか散歩の時間「教室に戻るよ」そういってもなかなか動いてくれない声かけをしても目を合わせてくれない生徒との関係がつくれていない・・自分担任の先生が来たらさっと立ち上がってくれる簡単に信頼関係がつくれるわけない・・・わかっているけどやっぱり無力感・・・・わずか二週間で信頼関係がつくれるわけないよな・・・
与謝の海養護学校での教育実習がスタートした子ども達との関係をつくるのは時間がかかる短い教育実習でその関係をつくるのは困難であることはわかっていたけどましてや学齢期のあいだ学校教育をうけていない子ども達自分の世界に閉じこもって外部からの働きかけは拒絶しているかのように思えた困難さとともに教育の大切さを先輩の先生達の子どもへの関わりを見ていて痛感させられたとにかく明るい子ども達の気持ちをしっかり受け止めようとしている先生達自
学校からは静かな海が見渡せる与謝の海養護学校はそんな小高い丘に立地していたあこがれの与謝の海養護学校緊張の中教育実習がはじまった・・・・
障害の重い子は保護の対象であり教育の対象ではない当時そのように捉えられていたそんな中京都の与謝の海養護学校は障害の重いかは学校の宝そういうスローガンのもと障害児の学習権の保障に取り組んでいたその与謝の海養護学校に教育実習にでかけた経験は自分の教師としての原点であった退職したその年から親の看護、介護が待ち受けたいたあわただしい毎日であったけど結構時間もあり拙い画力ではあるけれど漫画を描きためてきた40年前のことですが
なんと40年も前のこと養護学校義務制が実施された年に教師になりましたまだ障害の重い子ども達は学校に行けなかったころでしたもちろん特別支援学校(当時は養護学校)も県内にごくわずかしかなく障害児に教育なんて必要ない!そんな風潮が強かった時代でした当時のことを漫画で思い起こしてみました読みにくいとは思いますが教育実習の経験そして初めて出会った子ども達との関わりなど拙い漫画ですが表していきます