ブログ記事78件
こんばんは。本日2本目の記事になります…それと、今回の大鹿村、高森町、飯田市の長野県南信地区の一部の旅の記事は最終回となります…途中、ポツン、ポツンと野菜収穫やら、旅先で見つけた草花の記事を発信しましたけどね!(笑)今回は、遺構も跡形も今では、ほとんど見当たらない飯田城址で、飯田城の面影を探して歩いた記事になります。まずは、本丸跡と言い伝えられている長姫神社を目指しました。参拝者用駐車場が少なくて、周りはほとんどが月極駐車場でしたが、境内が駐車可だったので、境内に車を置いて、散策開始です
では本日も、烈女と呼ばれた女性・山口不二の話をしていきましょう。本日は飯田藩の家老が出てくるのだが江戸時代に藩のマネージメントで有名な3人の家老がいるのだが誰だか分かるだろうか?答えは最後まで読むと分かります。昨日は「お不二様」に縁談の話が来たところまで話しましたが、お相手は「鈴木松奥」という検校で「お不二様」は、この「鈴木松奥」に嫁ぎます。なので奥女中勤めは姫や同僚に惜しまれながら辞めることになったのです。ところが結婚して幸せ絶頂とはいかず、なんと旦那の「鈴木松奥」は結婚から
またしてもお久しぶりになってしまいました。当ブログで「城跡紀行家」を自称しはじめて早や13年、落人でございます。酷暑と諸事情のせいで城跡めぐりもままならぬ最近、こんな時こそ眠っている「下書き」を世に送り出すチャンスと捉えて掘ってみたら、あるわあるわ。よくもまあこんなに書き散らしたもんだと我ながら呆れる訳ですが、なんぞ夏向きのネタでも書きかけてないかと探したら、この時期にぴったりな「ぬる湯」の下書きがありました。今回はその記事を脱稿して送り出すといたしましょう。お付き合いいただけます
連日、お伝えしております「綾姫物語」の漫画発売。この「綾姫物語」は武田信玄との戦いの物語であるが、この時に信州飯田は、ほぼ占領されていて武田軍の拠点は飯田城である。その飯田城は、後に織田信長の甲州征伐で占領されて、そして、ここで武田勝頼の首実検が行われるのである。そんな歴史の流れを「綾姫」は、どんな想いで見ていたのであろうか・・・・と思うと歴史ロマンを感じずにはいられない。そんな歴史がある信州飯田の小さな姫の奮闘物語です。【戦いあり】【恋あり】【裏切りあり】のハラハラドキ
6/17(火)二泊三日の2日目前日出発日のブログはこちら↓『ミラクルルート!第一弾その1東京→昼神温泉→湯谷温泉→もっくる新城→東京』6/16(月)※こちらはアーカイブ版です最新の時系列に繋がった過去の記録を編集したものとなります本編から外れた第一弾となります『もっくる新城』が、今回のキーワ…ameblo.jpお宿山翠さんから飯田駅まで送っていただいたところから始まります10時チェックアウトで送って頂き10:40には飯田駅に着きました送迎の運転手さん、お話し上手これも旅の思い出、楽
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)キリ番400城目は武節城ですよぉ~栄えある400番目となりましたケド陰キャっぷり全開の武節城跡本丸跡には城山神社が鎮座し眺望も寒々しい具合本丸から二の丸を見下ろす俯瞰の画だけはよろしでしたわあと特筆すべき特徴ないものの本丸跡に車停めれるのは稀有ま、記念すべき400番目っつってもこんなモンだわよ( ̄▽ ̄)ガッカリと予期せぬ感動の繰り返しそんな500城巡りも残りあと100城早よすんげぇ
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)399城目は松尾城ですよぉ~当初は近郊にある飯田城跡を500城址に選出しておりましたケド全く遺構の類が残っておらず…ただでさえネタも画力も少ないマイナー城跡巡りのブログこりゃあかん( ̄▽ ̄)代替でどっかないかしら?とGoogle先生で調べまして急遽松尾城跡へ攻め入ります飯田城跡と比べれば幾分城跡感は味わえたものの現世では遺構の類は至極僅か好天下での野歩きと長野らしい山並み眺望を楽しむ
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)398城目は松岡城ですよぉ~大島城跡から車で約15分隣接する松源寺駐車場ピットイン松岡城跡お守を担う松源寺開創400年余りの重みがありますなまずは境内にある四の堀高騰で話題の稲作ゾーンに変貌続いては三の堀跡見事な堀跡が拝めますよぉお次の二の堀跡もアタクシがこよなく好む麗しい堀跡が現世でも実存一の堀は敵陣襲来大丈夫?っつうくらい浅めの堀でココを抜けますと本丸跡ですよぉ(*´з`)
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)397城目は大島城ですよぉ~久々のマイカー泊り掛け1人旅。。去年の4月以来かしらん?その時は東名で静岡まで向かって愛知~長野と城&桜を愛でまして高遠城の桜で旅を締めくくり中央道で帰京っつう行程でしたケド今回は逆回りに長野→愛知→静岡と巡回4時に覚醒し5時過ぎに自宅を出発し中央道ノンストップで爆走しまして長野県下伊那郡松川町へと大島城とやらが旅の最初の目的地かの信玄公の息がかかる大島城跡が、約5
飯田城長野県飯田市13世紀初め築城1554武田氏の支配下となる1582織田氏の支配下となる1582徳川家の支配下となる1590豊臣氏の支配下となる??徳川家の支配下となる1871(M4)廃城1871(M4)本丸跡に長姫神社建立2025/訪問丘陵地にある平城復元画を借用天守址は駐車場遺構は何もありません山伏丸は温泉ホテル長姫神社本丸跡を出て周辺を歩きます
先日ご紹介した五十嵐城、筆者は何の迷いもなく「いがらし」と読んでしまいましたが、実は地元には「いからし」さんの方が多いのだということを読者様から教えて頂きました。そうなんだー!いよいよ人名とか地名とかってのは難しいものだと思います。今回はその五十嵐館にとっては「詰めの城」にあたるとされる飯田城のお話です。五十嵐神社は第11代垂仁天皇の皇子であった五十目帯彦命を祀る神社で、五十目帯彦命は五十嵐氏の祖先とされる神というか人物です。この方がどういういきさつで越後の地に舞い降りたのかは定かでは
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ
名称:飯田城別名:長姫城城郭:平山城築城年:13世紀初めか築城主:坂西氏改修者:秋山虎繁、毛利秀頼、京極高知主要城主:秋山虎繁、毛利秀頼、京極高知、小笠原氏、脇坂氏所在地:飯田市追手町2-641-30水路跡石垣堀切井戸跡本丸絵図
飯田インターで降りたなら、定番のお菓子の城に寄ろうと思いました。久しぶりに赤飯饅頭食べたいしね。・・・・・・あれ?通り過ぎたか?・・・・・・?Σ(; ̄□ ̄)!無くなってる!!更地〜。てか、セブンイレブン建ってた。会社の人達に話したら、皆びっくりしてた。かつて飯田に住んでいた人も。長野旅行の定番だったもんねー。朗読してほしい人物は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
遠州飯田城跡🏯(静岡県周智郡森町)『えんしゅういいだじょうあと』と読む飯田城🏯は、応永年間(1394年−1428年)頃に山内氏に築城され、1569年に落城した城跡のようであり、地元では『本城』と呼ばれているようです▼城跡入口▼▲谷堀▲▼看板▼▲腰曲輪▲▲本曲輪口▲▼想定図▼▲本曲輪▲▼東土塁▼▼物見曲口▼▼説明板▼▲祠▲▼飯田城跡記念碑▼▲説明板▲▼飯田城跡記念碑▼▲東土塁▲▼本曲輪上段▼▼堀切二重堀▼▼堀切
長野県飯田市の飯田城址に行ってきました。飯田城の本丸は神社でその先にある山伏丸という曲輪は旅館になってます。ぱっと見、見どころや遺構の残りが少ないかな?と思いきや、見てほしいポイントのひとつが飯田城址がある地形と高低差です。これは飯田市立中央図書館前にある飯田城址の案内看板。これを見ると舌状台地(ぜつじょうだいち)といって、舌の形をしている台地の上に城があるのが分かります。この地形のスゴいところは三方向が崖になっているということ。攻めることができるのは東側からの平地のみ。これ
飯田藩堀家のことを訪ねたければ飯田市美術博物館に行かなければならないでしょう。また、城跡に建つ旅館、三宜亭に行くのも良いと思います。飯田市美術博物館の敷地内に建つ旧柳田国男邸だった柳田国男記念館にも行くべきだと思います。柳田家は飯田藩の名家でした。柳田国男自身は柳田家の養嗣子で、飯田藩および飯田市との繋がりはそんなになかったのではないかと思いますが、また、旧柳田邸は元々成城に建てられ、ずっと成城にあったのですが。それでいながら『信州地方の民家を模して』柳田氏自身が設計したのだと言うことです。そ
《飯田城(信濃国)》[読み方]いいだじょう(しなののくに)[別名称]長姫城[所在地]長野県[城分類]平山城[築城主]坂西氏[築城年]-[城を観る](長姫神社社殿)[YouTube](【城を観る+】《飯田城(信濃国)》2021〜室町時代!坂西氏が築城!飯田城跡を観る〜)[登城日]2021/03/15にほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2021/03/15)飯田城(信濃国)〜飯田城跡観耕亭碑解説板〜なッなるほどッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2021/03/15)飯田城(信濃国)〜飯田城跡観耕亭碑〜観耕亭ッとなッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
下伊那の大島、松岡とナカナカな名城をみたあと、下伊那の主城ともいえる飯田城へ。まずは城址から別の場所に移築され残っている八間門へ。旧・二の丸の正門で、両脇の長屋はもとは石垣であったらしいです。城址に遺るのは僅かの土塁・石垣のほか井戸や建築物として赤門も残ります。甲斐武田氏が入って以降、一貫して南信の中心として機能していたこの城ですが、下伊那地方の中心であったことがかえって災いしたのか官公庁や美術館が立ち並び、段丘を断ち切り団子状に曲輪を並べたと思われる堀は埋められ、前記した松岡城
城を観る今回は...(撮影2021/03/15)飯田城(信濃国)〜長姫神社社殿〜長姫神社のッ社殿ねッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
城を観る今回は...(撮影2021/03/15)飯田城(信濃国)〜長姫神社〜ここな辺ッかなッ。。。ヽ(´o`;なんちてにほんブログ村
暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか?もう7月も終わりに近づいています。私は夏休みの宿題は先に終わらせる派でしたが、息子はなかなか終わらせません。今は暑がろうが相も変わらず月一の城攻めを敢行しております。先月6月も暑かったので、少しは涼しいところへ、と思って南信のお城を攻めに行ったのですが、全然そんなことなかったです。この時攻めた城と寺社(毎回お世話になっています、国土地理院ウェブサイトにあるGSIを使ってマッピング)長野県、広過ぎ。南にあ
いつもブログを読んでいただき有難うございます。城跡と歴史で日本を元気にする「知られざる素晴らしき城跡と歴史のナビゲーター」の原一六四(ひろし)です。先日「ひさかた和紙」や「飯田水引」を使った飯田城栞を作って販売する事になった話をしましたら、早速に、ご購入いただいた方がおられまして本当、有難い限りです。早速にご購入いただきました方有難うございました。前回も書きましたが、この売り上げの一部は和紙や水引の保存そして史跡の保存などに役立たせていただきます。「私も応援してあげるよ
どーも、castom98です。今回ご紹介致します日帰り温泉は、長野県飯田市にございます飯田城温泉です!飯田城跡にある、三宜亭というホテルの温泉となっております。訪問したのは2020年9月ですので、現在では状況が異なっている場合がある点をご了承ください。三宜亭本館にやってきました。日帰り温泉は12:00~21;00まで、料金は現在大人900円です受付を済ませ館内へ。かなり歴史のある、昭和のテイストを残したホテル。おお、レトロなホテルにつきもののレトロゲー
引き続き信州をうろついちょります。今日は諏訪の浮城・高島城から日根野織部正が築いた頃は諏訪湖に浮かぶようだったお城も、干拓により湖から遥か遠くなっちょります。この点日根野氏がのちに入る豊後府内・荷揚城と似ているかな?昨日とは違い、信州のフォロワーさんにご案内していただくことになりました。有り難いことです。上原城諏訪氏〜武田(板垣)氏の拠点城郭高遠城大島城松岡城飯田城いずれもすばらしいお城で、大満足でした。
さて、気付けば惟任日向の没年を越えてしまったわたし…残りの人生で行けるお城を考えなければいけない年齢になってきました。「お城終活」ゆう奴ですね。しかし仕事もあり、また感染症禍もあり中々これまでに行けなかったお城を廻ることもままならず…今年、五連休がとれた黄金週間は一念発起してこれまで一城も行ったことのなかった信州へ!行ってまいることにいたしました。松代・上田・小諸・龍岡五稜郭・諏訪高島・高遠・伊那大島・飯田そして松本これらに近在の犬甘や上原などの山城を絡めてみとうござ
公共交通機関のみで巡る!日本100名城巡りの旅日本100名城巡り~遠江・南信編~静岡県西部と長野県南部にある5城を、2泊3日で巡る旅。今回は2022年5月29日(日)の2日目をお届けします。2日目は静岡県の浜松城を中心に巡ります。(初日はこちら)『日本100名城巡り~遠江・南信編~2022.05.28~30①』公共交通機関のみで巡る!日本100名城巡りの旅日本100名城巡り~遠江・南信編~静岡県西部と長野県南部にある5城を、2泊3日で巡る旅。今回
いつもブログを読んでいただき有難うございます。城跡と歴史で日本を元気にする「知られざる素晴らしき城跡と歴史のナビゲーター」の原一六四(ひろし)です。いよいよ始まりましたね「どうする家康」皆さんは見ましたか?なんだか様々な意見がすでに飛び交ってますが、私的には、とっても面白かったです♪これから1年、楽しめると思うと嬉しいですね。実は私が城下町サポーターを務める信州飯田には徳川家康に匿われた武将が居たんです。そして、その武将は徳川家康のもとで活躍をした事によって明治まで存続する事に