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〇2024年8月24日、午前中、兵馬俑を見学し、午後、華清池へと向かった。兵馬俑は、今回が五回目で、よく訪れるが、華清池まではなかなか足を伸ばさない。確か、華清池訪問は、今回が三回目ではないか。〇もっとも、これまで訪れたのは、二回ともパック旅行だったから、ガイドの後を付いて行くだけだった。一人で出掛けるのは、今回が初めてだった。前回、ブログ『華清池』で、日本に於ける華清池について述べた。したがって、今回は『华清池』と題して、中国のものを見てみたい。〇中国の検索エンジン、百度百科が案内する華清
〇前回、ブログ『沧浪亭・狮子林・拙政园・留园』を書き、昨年2023年9月に、蘇州の留园から沧浪亭、可园、狮子林、拙政园と、中国庭園を巡って来た話を案内した。そこで感じたのが、中国文化の粋が中国庭園にあると言うことだった。〇これまで、中国各地で、多くの中国庭園を見てきている。しかし、そういう感慨を抱いたことは無かった。その際、中国には「苏州四大园林」の他に、「中国四大名园」と言う概念が存在することも知った。〇ちなみに、「中国四大名园」とは、次のものを指す。中国四大名园
○2024年3月2日の宿泊先は、东直门内簋街にある云郦酒店だった。前日に承徳市の避暑山荘を見学し、この日は北京の頤和園を見学した。これで、今回の「北京漫歩」旅の主目的の一つであった、『中国四大名园』を、全て見学することができた。○夕方、东直门内簋街の云郦酒店に帰って来て、夕食を取ることとした。この东直门内簋街は、北京でも有数のグルメ街なのだそうである。ホテルを予約する時は、そういうことを全く知らなかった。出掛けてみて、初めて知った次第である。○インターネット検索すると、実に興味深いページが幾
○2024年3月2日、北京の頤和園を見学して来た。当古代文化研究所では、2023年9月に、蘇州の拙政园と留园をすでに見学済みである。また、前日の3月1日は、承徳市の避暑山荘を見学して来たばかりである。これで、中国四大名园の全てを、一通りは見終わったことになる。○昨年2023年9月に、久し振りに蘇州を訪れた。蘇州は大好きな町の一つである。何しろ、蘇州には、長い歴史と文化がある。中国文学を勉強している者にとって、蘇州は憧れの都の一つなのである。○また、中国には、上有天堂,下有苏杭。と言う
○ここまで、ブログ『颐和园:乐寿堂』、『颐和园:仁寿殿』と案内しているから、今回はブログ『颐和园:徳和园』になる。徳和園が存在するのは、乐寿堂と仁寿殿の間になる。東門から入場すれば、入ってすぐが仁寿殿、次に徳和園、乐寿堂と続いて、長廊になる。○中国の検索エンジン、百度百科が案内する徳和园は、次の通り。徳和园颐和园内建筑德和园在颐和园东宫门内。仁寿殿向北即是德和园,原为清乾隆时(1736-1795)怡春堂旧址。光绪时(1875-1908)改建,其主要建筑为大戏楼、颐
○2024年3月2日に、北京の颐和园を訪問した。颐和园北門から入場し、万寿山へ登り、昆明湖の方へ下り、長廊や佛香阁、排云殿などを見て回り、楽寿堂へ辿り着いた。頤和園には「頤和園八大景点」があって、それは次の物だと言う。①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园○前回、『颐和园:乐寿堂』を案内したので、今回は『颐和园:仁寿殿』になる。中国の検索エンジン、百度百科が案内する仁寿殿は、次の通り。仁寿殿北京市颐和
○2024年3月2日に、北京の颐和园を訪問した。颐和园北門から入場し、万寿山へ登り、昆明湖の方へ下り、長廊や佛香阁、排云殿などを見て回り、楽寿堂へ辿り着いた。頤和園には「頤和園八大景点」があって、それは次の物だと言う。①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园○ただ、これは、あくまで、東門から入場することを前提に選ばれた景点であるような気がする。頤和園で万寿山が景点に選ばれないことなど、考えられない。やはり、頤和園は北門から入り、東
○ブログを振り返ってみると、テーマ「北京漫歩」について、最後に書いたのは、5月25日のブログ『白居易:寄胡饼与杨万州』となっている。5月25日に、えびの高原へミヤマキリシマを見に出掛けた。それで、6月10日のブログ『泉の鯉』まで、ミヤマキリシマの話を書いている。○その後、6月1日から3日に掛けて、屋久島にシャクナゲの花を見に出掛けた。その話を6月11日から書き始め、昨日、7月8日のブログ『卑弥呼の肖像』まで、続けている。その間、ミヤマキリシマに関して、13個のブログ、屋久島のシャクナゲに関して
○2024年3月2日、北京の頤和園を訪れた。前日の承徳の避暑山荘に引き続いての訪問だった。昨年9月には、蘇州の拙政园と留园を訪れている。・テーマ「北京漫歩」:ブログ『承徳避暑山荘と外八廟』承徳避暑山荘と外八廟|古代文化研究所(ameblo.jp)・テーマ「寧波・杭州・蘇州・台北旅」:ブログ『留园[liúyuán]』留园[liúyuán]|古代文化研究所(ameblo.jp)・テーマ「寧波・杭州・蘇州・台北旅」:ブログ『拙政园』拙政园|古代文
○中国、北京の頤和園を訪れ、ブログ『颐和园:排云殿』から『颐和园:佛香阁』、『颐和园:云辉玉宇牌楼』、『颐和园:智慧海』と続けている。こうなると、続けてブログ『颐和园:昆明湖』を書くしかあない。○と言うのも、例えば、前々回案内したブログ『颐和园:云辉玉宇牌楼』を、中国の検索エンジン、百度百科は、次のように案内しているからである。云辉玉宇牌楼昆明湖旁一座牌楼云辉玉宇牌楼是昆明湖旁一座牌楼,起点为万寿山前山中央建筑群主轴线。○つまり、頤和園の中央に、広大な昆明湖が
○当古代文化研究所は、2024年3月2日に、北京の頤和園を訪れた。頤和園はたいそう広い。何処から入場し、何処から退出するのがベストか、いろいろ悩んだ。結局、北宮門から入場して、東宮門に出るルートを選んだ。○と言うのも、頤和園には「頤和園八大景点」なるものが存在する。それは、①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园を指す。北宮門から入場して、東宮門に出るルートであれば、①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿の全て見るこ
○ブログ『颐和园:排云殿』、『颐和园:佛香阁』と案内し続けているが、その排云殿や佛香阁の前に建つ牌楼が『颐和园:云辉玉宇牌楼』になる。中国に碑坊は多いし、幾らでも見るが、これ程、立派な碑坊も珍しい。○もっとも、颐和园北門から入場したところにも、立派な『慈福牌坊』が存在した。そのことについては、ブログ『颐和园的北门:北宫门』の中で、次のように案内している。そのまま進んで行くと、慈福牌坊に出た。何とも立派な碑坊である。インターネット検索すると、次の案内があった。颐和园慈
○頤和園には「頤和園八大景点」なるものが存在すると言う。それは、①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园を指す。○2024年3月1日に、実際、北京の頤和園を訪れて、このうち、①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿は見学することができたが、⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园は見ていない。それだけ、頤和園は広いと言うことになる。○また、実際、頤和園を訪れてみて、この「頤和園八大景点」に、須弥霊境址や
○2024年3月2日に、北京の颐和园を訪問した。その様子を、これまで、ブログ『颐和园[yíhéyuán]』、『颐和园的北门:北宫门』、『须弥灵境:四大部洲』、『须弥山・万寿山』、『曼荼羅』、『承徳避暑山荘と頤和園』、『仏説阿弥陀経の曼荼羅』、『頤和園:長廊』、『頤和園:秋水亭』と書き続け、都合9個ものブログをものしている。○それに引き続き、今回は『颐和园:排云殿』になる。颐和园のホームページには、次のように載せる。排云殿陈设排云殿在原清漪园大报恩延寿寺中大雄宝殿遗址上改建而
○北京の頤和園へ、北門から入って、万寿山の四大部洲「香岩宗印之閣」から南へ下って、昆明湖まで行った。ちょうど、長廊の秋水亭が存在するところになる。前回、『颐和园:长廊』を案内したが、長廊は長さ728㍍にも及ぶ長大なものである。○その『颐和园:长廊』には、四つの亭が存在すると言う。长廊上有四个亭子,它们分别是留佳亭、寄澜亭、秋水亭和清遥亭,这些亭子代表着一年中的春夏秋冬四个季节。○つまり、春:留佳亭夏:寄瀾亭秋:秋水亭冬:清遥亭と言うわけである。ただ、長廊
○2024年3月2日に、北京の頤和園を訪れ、万寿山へ登った。つまり、頤和園の北門から入場したことになる。万寿山は、思っていた以上に大変な山だった。何しろ、仏教の世界山、須弥山だと言うのだから。もうこの万寿山に登っただけで、十分な恩恵に預かった気分になる。○万寿山山頂は、意外に、樹木が生い茂り、眺望が利かない。これから、どうしたものか、思案した。何しろ、朝早くから移動しているので、疲れていた。しかし、このまま、引き返すのも、勿体ない。頑張って、東門から頤和園をでることに決心した。○それで、万寿
○前回、ブログ『须弥灵境:四大部洲』を書いて、頤和園の北門から入った先の宮殿を案内した。それが『须弥灵境』であり『四大部洲』だった。その『须弥灵境:四大部洲』は、ある意味、『须弥山・万寿山』でもある。同じ場所だが、見方を変えると、別物になる。○もっとも、『须弥灵境』は須弥山の謂いであることは間違いない。その須弥山になぞらえた山が万寿山だと言うことになる。つまり、仏教の中心が、この頤和園の万寿山だと言うことである。そういうものを目指して作られたのが頤和園であることを見逃してはなるまい。○確認の
○颐和园の北门から中へ入ると、すぐ前に水路が見えて来る。それが蘇州街である。頤和園最初の見所なのだろうが、当古代文化研究所が訪れた2024年3月2日は、水路は完全に凍っていて、真っ白だった。したがって、ほとんどの観光客は素通りだった。○その先に、何とも綺麗な碑坊が見えて来た。それが慈福牌坊である。別名、松堂とも呼ぶらしい。何とも華やかな碑坊である。ある意味、ここから先は別天地だと言うことなのだろう。それが『须弥灵境:四大部洲』だと言うことになる。○百度百科が案内する须弥灵境は、次の通り。
○2024年3月2日、北京の頤和園を訪れた。いろいろ調べたところ、北門から入るのがベストだと判断して、地铁4号线大兴线に乗って、北宫门站(D西南口出)で下りたところ、颐和园北門に着くことができた。○地下鉄の北宫门站(D西南口出)で下りた人のほとんどが頤和園観光が目的の人々みたいだった。それで何も考えずに、人の後を付いて行ったら、そのまま北宮門に到着することができた。それほど、頤和園は人気の観光地なのである。○入場券売り場へ行って、パスポートを提示したら、入場券は無しで、そのまま行けとおっ
○2024年3月2日は、中国河北省承徳市の承德山庄宾馆で目覚めた。昨日、『中国四大名园』の一つである承徳避暑山荘を見学し、今日は北京へ帰る予定である。そして、『中国四大名园』の最後の颐和园を見学するつもりだった。○今回の「北京漫歩」旅の最大の目的が『中国四大名园』だった。昨年、9月に、蘇州を訪れ、『苏州四大名园』を訪れた。ちなみに、『苏州四大名园』とは、次のものを指す。沧浪亭狮子林拙政园留园○『苏州四大名园』が中国を代表する庭園であることは間違いない。それは『苏州四大
○2024年3月1日に、河北省の承徳市を訪れた。もちろん、避暑山荘を見学することに目的があった。そもそも、避暑山荘なるものが、どんなところかも、つい最近まで知らなかった。○昨年、9月に、「寧波・杭州・蘇州・台北旅」をした。春秋航空の『佐賀⇔上海線定期便』が2023年9月6日に再開、運航された。その記念すべき第1便で、出掛けたのが、「寧波・杭州・蘇州・台北旅」だった。○その際、久し振りに蘇州を訪れた。今回、蘇州を訪れた最大の目的は、司馬遷の「伍子胥列伝」にあった。司馬遷の「史記」巻六十六『伍子
○2024年2月29日から3月5日に掛けて、久し振りに北京へ出掛けて来た。中国訪問は、昨年の9月、「寧波・杭州・蘇州・台北旅」以来、半年振りになる。中国への一人旅を始めたのが2012年3月からで、これまで随分、中国各地を訪問して来た。○それなのに、何故か、中国の首都である北京には全く訪れていない。それもこれも北京は中国文明からしたら、僻地になる。ちなみに、ウイキペディアフリー百科事典では、その歴史について、次のように述べる。北京市北京市(ペキンし、中国語:北京市、拼音:Bě
<慈禧(西太后)>北京シリーズ(7)で颐和园を訪問した時に紹介した西太后人生で1つだけ詩を作っていたようです。『北京シリーズ(7)』ここはユネスコの世界文化遺産に登録されるような、歴史ある建築物が数多くあります。また、「西太后」が避暑地に利用したのは有名ですね。案内トランシーバーも貸し出…ameblo.jp◆慈禧一生只作了一首诗,最后一句无人不知,如今人人都挂在嘴边!(京博国学:2019-09-04)◆慈禧(西太后)は人生で1つだけ詩を作り、最後の一句が不明であったが、今やみん
みんなの回答を見るAmebaブログを始めてから約1年が経ちました。本来は中国の旅を中心としたブログの予定でしたが、日常の雑多なことも入り交じえながらなんとか継続中です。日頃は、Amebaブログの基本操作のみ使っている状態ですが、1年前の自分が書いた記事にリブログする機能があるようなので試しに使ってみました。1年前(2019/02/09~02/15)は、北京シリーズ(1)~(7)を書いていたようです。リブログしたのはその最終回で、《颐和园》を訪れた時のことでした。「昆明湖」
ここはユネスコの世界文化遺産に登録されるような、歴史ある建築物が数多くあります。また、「西太后」が避暑地に利用したのは有名ですね。案内トランシーバーも貸し出しております(もちろん有料です)。当日は晴天で、空の青に建物の色彩がコントラストをなし、さらに「昆明湖」が彩どる《蓝色》との競演もとても美しい光景であったことを、これらの写真を見て思い出しました。公園の中はとても広く、勾配のある道
最終日はホテルの朝食をキャンセルし、近くの「庆丰包子」に行きました。このお店は包子(肉まん)のチェーン店で、「习近平」さんも北京のどこかのお店で食事をしたことがニュースになっていたと聞きました!?その時は警備など、お店は大変だったのでしようね。朝が早く人もまばらでした。➡私たちが店を出るころにはお客さんも随分増えていました。メニューは豊富にありました。まずは定番の「包子」です。ちょっと普通より、こぶりなのが特徴だそうです。そ
1日目昼食後は世界遺産登録されている『颐和园』へこの颐和园って中国語のレッスン用教科書の中に良く出てくる場所だそりゃぁ北京大学監修の教材なら尚更テキストに出すよねでも颐和园って言われてもいまいちピン!とこなかったけどググれば直ぐにわかるのだけど今回で良くわかった様なわからない様な歴史には疎いのでどうぞウィキって下さいってなわけで最初の入口の門!?だったかな画像編集してる時に気づいたのだけど門で立っているおっちゃんカメラ覗きながら睨んでいる感じで怖っっ