ブログ記事3,188件
七月二十七日曇。早起、朝酒、九時の下りで九州へ。――初めて汽車の食堂にてビール一本さかな一皿。門司駅一二等待合室にて黎々火君を待ち合せ、岔水君をよびよせてもらつて、アイスクリームを食べつゝ会談。関門風景はいつもわくるくない。それから八幡へ、――鏡子君、井上さん、星城子君といつしよに、食べたり飲んだり、話したり。入浴、私の体重十四〆弐百、折から安売の玉葱に換算すればまさに壱円四十弐銭の市価(二等品で一〆十銭だから!)。丸久食堂の隣席はきつと結婚見合、この結婚不成立と観
林芙美子接吻朗読アラモード林芙美子と「接吻(せっぷん)」の関係は、彼女の代表作『放浪記』や『浮雲』など、作品世界における官能的な描写や、実生活での恋愛遍歴、特に晩年の『浮雲』で描かれたような「蜜の味」に触れる際にキーワードとなるもので、自身の「私はお釈迦様に恋をした」という言葉にも通じる、彼女の文学と人生に深く関わるテーマです。作品における「接吻」『放浪記』では、社会の底辺を這いずり回る中で、時に冷たく、時に情熱的な「接吻」の経験が、主人公・林芙美子の生の感情や欲望を赤裸々に描いてい
七月二十五日快晴、土用日和。かん/\照りつけるので稲が喜んでゐる、百姓が喜んでゐる、私も喜んでゐる、みんな喜んでゐる。今日も酒があつた、茄子があつた、トマトがあつた、私にはありがたすぎるありがたさである。茶の本(岡倉天心)を読みかへした、片々たる小冊子だけれど内容豊富で、教へられることが極めて多い本である。即興詩人(森鴎外訳)も面白い、クラシツクのよさが、アンデルゼンのよさが、鴎外のよさが私を興奮せしめる。私は空想家だ、いや妄想家だと思つたことである、今日にはじ
連休明け初日より、全力で滑り出した一日本日5:44amのオフィス街。久し振りに調べてみたところ、本日の日の出は4:43amとのこと。家を出る時間帯も既に明るく、安心感はあります連休前に叩き込んだ会議資料を改めて読み直している中、ようやく届いた最終版資料に慌てて目を通すなどして事前準備に励んだ朝ですその分、仕事は早く終えられたので、終業後には皇居外苑の一角でもある和田倉噴水公園へ...。なんと訪れるのは本日が初めて...!和田倉橋、そして右手にはパレスホテル。
ノリスケです!YouTubeで朗読配信をしています。今回は、詩人、竹内浩三(1921-1945)の『五月のように』という詩の朗読です。詩に「ボクの20回目の誕生の日…(以下略)」という一文が添えられていますので、二十歳の時の作品であると想像できます。当時は戦時中と思われますが、その時代の二十歳の若者の等身大の素直な気持ちが鋭い感性で綴られていると感じました。残念ながら、この天性の詩人は、昭和20年、終戦の年にフィリピン・ルソン島で23歳での若さで戦死しました。それでは、ぜひご視聴くだ
七月二十四日晴、曇かつた。また徹夜だ、人間として(彼が出来てゐる人間ならば)、食べるものがまづいとか、夜眠れないとかいふことがあるべき筈はない、私は罰せられてゐるのだ。冬村君を久しぶりに工場に訪ねる、夫婦共稼ぎの光景である、彼等は父母と仲違ひして別居してゐる、こゝにも人生悲劇の場面が展開されてゐるのである。昨日の酒があつまつてゐるので、朝酒昼酒そして晩酌、ありがたいことだ。人のなさけを感じること二度。番茶を味ふ、トマトを味ふ。今日は土用丑の日、とうとう鰻には縁がなか
七月廿三日曇――晴。とてもよく寝た、宵から朝まで、ランプもつけないで、障子もあけはなつたまゝで、――これで連夜の不眠をとりもどした。前隣のSさんの息子が来て草を刈つてくれた、水を汲むことが、おかげで、楽になりました。晴れて土用らしく照りつける、今年最初の、最高の暑さだつた。やうやく北海道から句集代着金、さつそく街へ出かけて買物――二十銭ハガキ切手三十銭酒三合三十二銭なでしこ十銭鯖一尾二十銭茶八銭味噌十八銭イリコ財布にはまだ米代が残してある、
ノリスケです!YouTubeで朗読配信をしています。今回の朗読は、坂口安吾(1906-1955)の『家康』という作品です。歴史小説ではなく、作者の徳川家康分析、評論といった感じの文章です。それでは、ぜひご視聴ください。チャンネル登録もよろしくお願いいたします。朗読職人ノリスケの青空文庫作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有youtube.comにほんブログ村朗読ランキングまもなくお値段上がります!【ポイント14倍&250円クーポン※併用】まだ間に合う
情欲に溺れ死ぬたぬきは未来の作者自身か?太宰氏の「カチカチ山」では、美少女うさぎの慕っていたお婆さんを酷い目に遭わせたタヌキに彼女が仕返しをするというのが主軸である。「カチカチ山」は子供の頃に絵本で読んだ記憶があるくらいで、うさぎが人間で言うところの見目麗しき娘であるとか、たぬきが同じく薄汚い中年男とか姿かたちに関する詳細な描写はなかった覚えがある。嫌われないように卑しい所作を隠そうとするが、本能には逆らえずに表に出てしまう愚かなたぬきである。そして、話の端々から矛盾が生じてバレバレにも
七月廿二日曇。山の枯木を拾ふ、心臓の弱くなつてゐるのに驚いた、弱い心臓を持ちながら。……油虫だけは好きになれない。午後、樹明君来庵、午睡、これから湯田の慰労会へ行くといふ、ちよつと羨ましいな。――煙草がなくなつた、しばらく絶煙するもよからう、――よか、よか。・夏草から人声のなつかしく通りすぎてしまう(松)・けさは何となく萱の穂のちるさへ・日ざかりちよろちよろとかげの散歩(松)・すずしさ竹の葉風の風鈴のよろしさ(雑)・風音の蚊をやく・風がでたどこかで踊る大鼓のひゞき
昨日は、ネットの青空文庫で、大好きな山本周五郎さんの小説に読みふけっていました。もう、ずっと前から読み始めていて、青空文庫の山本周五郎さんの小説は、全部読んでしまったので、最近は新しくアップされたのを読んでいて、それも、昨日で読んでしまいました。また、アップしてくれるまで、しばらく読めなくて残念です🥺この人の小説は、最後には必ず泣いてしまいます。人の情が切なくて…。若い頃は、時代もの小説なんて苦手だったのに、年を重ねると変わること😊気持ちは若い時のままだけどね…。鉛筆握りしめ
七月廿一日曇、蒸暑い、雨。早朝帰庵、身辺整理。――米がなくなつた(銭は無論ない)、絶食もよからう(よくなくても詮方ない)、と観念してゐたら、樹明君から昨夜の言葉通りに少々送つてきた、これでしばらくは安心、そのうちにはKからの送金があるだらう。即興詩人と梅干老爺!それを考へてひとり苦笑する、それが事実であるだけそれだけ、笑ひたいやうで笑へない。色慾から食慾へ――これが此頃の推移傾向である。夢!夢は自己を第二の自己として表現して見せてくれるものだ、私は近頃よく夢
この詩は、YouTube上ではほとんど朗読されていない“未朗読”の青木栄瞳作品です。💘日常と幻想が交差する世界観で、独自の言語感覚と実験的な詩法で知られる現代詩人、青木栄瞳意味の手前で揺れる、“音”や“気配”をそのまま詩にし、中点・反復・沈む母音が呼吸とともに立ち上がる...異言語・科学・ポップカルチャーなどを大胆にコラージュし、音の伸び・反復・記号を使った、まるで「言語実験」のよう・・・?!~読む者を静かに“別の層”へ導くような、不思議な詩です~本動画では、青空文庫の『野
「志賀直哉の小僧の神様を深掘り」**志賀直哉『小僧の神様』(1920年、白樺派)**は、短編ながら日本近代文学の名作の一つです。志賀が「小説の神様」と呼ばれるきっかけとなった作品で、簡潔な文体と人間心理の微妙な機微が魅力です。ja.wikipedia.orgあらすじ(簡潔版)神田の秤屋(はかりや)に奉公する13-14歳の**少年・仙吉(小僧)**は、番頭たちの会話で屋台の鮨の美味しさを聞き、憧れを抱きます。使いの帰りに鮨屋に入りますが、金(4銭)しかなく、一つ6銭と言われて鮨を
朗読千本ノック!ばっちこおおい!さて、ながいことかけて「白髪鬼」を読み終えましてここはやっぱり山本周五郎先生だろ!ってことで、ちょいと短めちゅうても30分ほどありますが山本周五郎作「蕭々十三年」蕭々もの寂しく感じられるさま。雨や風の音などがもの寂しいさま。だそうです。それは、13年間姿を消していた半九郎さんの様子を「蕭々」といったのでしょうか。しかし。GW曜日の感覚がマヒしておりまして
七月十九日晴曇。身心安静――清浄といつてもよからう。桔梗が一りん咲いた。アルコールが私の身心をどんぞこへまで陥れた、私は起ち上つた、そして甦りつつあるのである。……・蝉もわたしも時がながれてゆく風・はなれてひとりみのむしもひとりそれをくれた黎々火君に・草はしげるがままの、かたすみの秋田蕗・彼のこと彼女のこと蕗の佃煮を煮つつ・月がいつしかあかるくなればきりぎりす(雑松)・それからそれへ考へることの、ふくろうのなきうつるゆふべいそがしく燃えてゐる火のなつかしく
あなたは、どのようなことに寝食を忘れて没頭出来るでしょう。小泉八雲は、「私の好きの遊び、あなたよく知る。ただ思う、と書くことです。書く仕事あれば、私疲れない、と喜ぶです。書く時、皆心配忘れるですから」(『思い出の記』小泉節、青空文庫PODジュニア版、2015年)と述べていて、あなたは、彼が物思いにふけり、それを書くことがどれほど幸せであったかわかるはずです。私も、またホーキンズ博士の著作と講演集の11冊を訳していた期間の、およそ15年の間は、本当にそのような感覚でした。いつも、新たな
AIによる概要「バチ凹ネタ礼」についてのご質問ですが、検索結果から直接的な定型句や特定の用語としては確認できませんでした。しかし、文脈からいくつかの解釈が考えられます。「バチ凹(へこ)ましておいて…」:夏目漱石の『吾輩は猫である』の一節。「イチかバチか…」:ガラス補修などの現場で「イチかバチか」試すという表現。「バチがあたる…」:ゲームや日常会話での懸念。これらに関連するネタや、何か具体的なシチュエーションをお探しでしたら、もう少し詳しく教えていただければ調査いたします。
七月十八日半晴半曇。身辺整理、――掃除、洗濯、佃煮、等、等。天地一切おだやかな風光。――蝉、きりぎりす、蛙、小鳥、草、木、雲、蝶、蟻、そして私。酒はとうていやめられないとすれば、節酒して、そして生きてゆくより外ない私である。くよくよするな、すなほにおほらかに、けちけちするな。しづかな一歩、たしかな一歩、あせらずたゆまず一歩一歩、その一歩が私の生死であり、私の生活である。井手君に・待ちきれないでそこらまで夕焼ける空・柱いつぽんをのぼりつくだりつ蟻のまいにち・
今日から5月、朝起きても外は雨。出掛けないGWならずっと雨でも良いなぁ!と思いながら部屋でゴロゴロする。TVerでドラマやバラエティー番組を観たりする。「アメトーーク!マンガ大好き芸人2026」を観る。もうマンガから離れた感じなので、紹介されたマンガは知らない作品ばかりである。その中でも気になったのは、「マグメル深海水族館」であった。検索してみると、5月14日まで1,2巻が無料で読めるサイトもあった。暇な時間に読んでみよう
青空文庫にあったアルフレッド·テニソン著アーサー王物語をGeminiに現代英語版に換えてもらい日本語訳も付けてもらいました。青空文庫https://www.aozora.gr.jp/cards/000140/card50131.htmlKINGARTHUR'SROUNDTABLEbyAlfredTennysonGARETHANDLYNETTE4.Now,itwasArthur'scustomnevertositdownfordinneru
七月十二日十三日寝てゐるほかない、自分を罵るほかない。七月十四日晴れたか、曇つたか。――ぼんやりしてゐるところへ、黎々火君だしぬけに来庵、万事許して貰つて、そして、酒と肴とを奢つて貰ふ。別れてからまた飲んだ、今夜の酒はほんとうに恥づかしい酒、命がけの酒だつた。ぐうたら手記□現実――回光返照――境地的。□芸術的野心、作家的情熱。□物そのものを味はひ楽しむ心境。□事実と真実actualityreality.□実体――物質。作用――機能。□人間
『老婆』作:小川未明朗読:窪田等作業用BGMや睡眠導入おやすみ前教養にも本好き青空文庫小川未明(おがわみめい)の短編小説『老婆』は、1908年(明治41年)11月に雑誌『新天地』で発表された初期の小説作品です。「日本児童文学の父」として知られる小川未明ですが、本作は童話作家として確立する以前の、不気味で幻想的な雰囲気を持つ写実主義的な小説となっています。作品のあらすじ・特徴設定:鉄工所に勤める「私」が下宿しているアパートが舞台です。老婆の描写:大家である老婆は
『捨児』『片恋』『沼地』『ピアノ』作:芥川龍之介朗読:窪田等作業用BGMや睡眠導入おやすみ前教養にも本好き青空文庫浅草の信行寺という寺の門前に捨てられていた赤ん坊をめぐる物語で、芥川作品の中では珍しく、人の温かさや救いが感じられる結末が特徴です。あらすじ拾われた赤ん坊:明治22年の秋、信行寺の和尚が門前に捨てられていた男の子を拾います。名前も素性も不明でしたが、和尚は慈悲の心からその子を育てようと決意します。現れた母親:数年後、立派な身なりの婦人が現れ、「自分が母親で
七月十日曇こゝろしづかにさびしく澄みわたる。やまぐちの会へ出かける、途上、老乞食に逢ふ、彼と私とは五十歩百歩だ、いつものやうに湯田で入浴、ああ温泉はありがたい、Sさんのお宅でよばれる、うまかつた、それから句会、Kさん、Hさん、Aさんの青春をよろこぶ。終列車には間にあはなかつた、飲む、飲みだしたら泥酔しなければおさまらない私の悪癖だ、とう/\Y旅館へころげこんだ。・自動車まつしぐらに炎天・木かげは涼しい風がある旅人どうし若葉の中からアンテナも夏めく・それはそれと
今日、「昭和の日」にちなんで、高村光太郎の『智恵子抄』を取りあげてみた。青空文庫高村光太郎智恵子抄www.aozora.gr.jpこの朗読動画「智恵子の半生」、「九十九里浜の初夏」「智恵子の切抜絵」は、私も本を持っている。遠い昔、学生時代に読んだことがあったので、なんとなく記憶の片隅に残っている話を、目を閉じて聴いていたけれども、一度も眠くならずに最後まで聴いた。1990年頃、津市の美術館で高村光太郎と智恵子の作品展が開催されたことがあり
毎日が日曜日の落ちこぼれです今朝も妻の、洋子さんのお墓参りに行ってきました🚐洋子さんが好きだったアメリカンブルー。今日も咲いてくれました昨日は雨で日差しがないのに咲いてくれたけど、やっぱりアメリカンブルーには太陽が似合いますいつも落ちこぼれのトレイルランナーのブログをご覧いただきありがとうございますリハビリ生活ですが、先ずは朝のリハトレリハビリのPTさんと相談してしばらくの間、足🐾のツッパリの原因になりそうな筋トレ🏋️を休むことにしています・両足カーフレイズ70回・両足スクワッ
七月三日雨。悪日、悪日の悪日。愚劣な山頭火を通り越して醜悪な山頭火だつた。恥を知れ、恥を知れ、恥を知れ、恥知らずめ、恥知らずめ、恥知らずめ。七月四日五日曇つたり、降つたり、晴れたり。私自身もおなじく。・こゝろふかくも蝉が鳴きだした朝鮮飴熊本をおもふ・そのなつかしさもかみしめる歯がぬけてしまうて・ゆふやみほつかりと咲いたか七月六日雨。アルコールの逆流。梅雨もどうやらあがりさうな雷鳴。七月七日八日九日晴、曇。身心不調、蟄居乱読、反省思索。
青空文庫(活字)1921(大正10年)芥川龍之介妙な話www.aozora.gr.jp成人式を迎えたと同時に読書を卒業して、40年以上、まともに小説を読んでいない。芥川龍之介の短編の朗読が出ていたのでふと、山田昌さんに朗読を学んだのを思い出して聴き始めたら、すっかり、小説の世界に入り込んでしまって楽しい昼下がりのひと時になった。不倫未遂の話だと思うけど、、、兄の鈍感さと、妹の嘘をついてからの狼狽ぶりがおもしろかった。小説が発表されたのが
七月一日曇、また降りだした。身心一新、さらに新らしい第一歩から。すなほな、とらはれない行持。午前ちよつとしようことなしに街のポストまで、出水の跡がいたましい。いつもの癖で、今日もなまけた、原稿も書かなかつたし、書債も償はなかつた、書くべき手紙も書かなかつた。……二つの出来事があつた、それは私の不注意を示す好例だつた、質屋で誤算のままに利子を払ひすごしたこと、そしてうつかりしてゐて百足に螫されたこと。注文しておいた酒をとうとう持つてきてくれなかつた、失念したためか、信用