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今日は「国際協力の日」だそうです。なぜかというと、1954(昭和29)年10月6日に日本が初めて援助国としての国際協力で、途上国への技術協力のための国際組織「コロンボ・プラン」に加盟したことが由来となっています。「国際協力の日」については外務省と国際協力事業団(JICA)によって1987(昭和62)年に制定された記念日となります。また、10月6日から1週間は国際協力週間が制定されています。「コロンボ・プラン」についてはアジアや太平洋にある国々の経済や社会の発展を支援するための団体となって
今日も母の病院の付き添いで久喜にまで来ている。甲状腺の半年検診である。横浜と久喜の行き来は正直疲れる。今月2回目だ。久喜と言っても正式には栗橋なんだが、平成の大合併で久喜に吸収された訳だが、本当に栗橋は寂れてしまった。私が高校の時は駅前に東武ストアがありそこには100均もあった。今は駐車場になっている。埼玉でも指折りの住みにくい街なのではないか。ここで高齢の両親が暮らすのは不便だと思う。公共バスがないためちょっとスーパーに行くのも車がないと行けないし、通院の病院もそうである。この栗橋に戻ってく
気が付けば写真展の事やなにからなにまでアメブロで報告してなかったんだけど…とりあえずこれだけはご報告しておこう。この度、4回目の応募で青年海外協力隊2026年3次隊に合格しました。来年1月から派遣前訓練、恐らく3月終わりにはドミニカ共和国のプンタ・カナという所に派遣されます。いや、長かった。本当に!もうこんなうだつの上がらない人生は嫌だ!協力隊受ける!と無計画に前職場を飛び出してから丸2年が経ったよ。ここにはあんまりそういうのは書いてない(はず)だけど、この2年間本
地球温暖化・・自動車の排出ガスや火力発電所の増加など。南太平洋のツバルでは、海面の上昇で、国全体が水に沈む恐れがあると言われている。熱帯雨林の減少、砂漠化、酸性雨、水や大気の汚れ、持続可能な社会を実現していくしかない。持続可能な社会・・・未来のために、よりよい環境を残しながらも、開発を続けていくという社会。NGO(非政府組織)政府や国連から独立して活動している民間団体のこと。活動は募金、寄付金、ボランティアなどに支えられている。(
こんにちは昨年12月のフィンランド旅行ひとり旅。帰国時ヘルシンキの空港で30歳代の女性(ひとり旅)と知り合いました。JALのチェックインカウンターが開くのを待っている間に何気なく始まった会話。カウンターオープン5分前にせっかちな2人はセルフチェックインが動き出したので出国有料のシャワーを浴びるという彼女をフィンエアーのラウンジにご招待しました。ラウンジならシャワーも食事も無料ですからね。
スリランカ協力隊時代、ゴールという町で自炊生活を半年間経験。日本のようにコンビニがあるわけでもなく、スーパーがあってもお惣菜は売られてなく。暑い土地でクーラーはなく、火花を散らして壊れた扇風機一台。暑いが防犯上窓を開けて寝ることもできず、疲弊しきって自炊する元気もない。それでもお腹はすく。そんな時、飢えを凌いだのがこれ↓スリランカに住んだことがある人なら誰でも知ってるレモンパフ。それがファミリーマートで売ってるとわっ😳懐かしくて即買い。↓こちらは30年前から
8月20日㈭『今日は何の日』蚊の日・モスキートデー1897年(明治30年)のこの日イギリスの細菌学者ロナルド・ロス(RonaldRoss、1857~1932年)が羽斑蚊(ハマダラカ)類の蚊の胃の中からマラリアの原虫を発見したらしいさて、表題の件先日久しぶりに図書館に行って借りていた本📚『絶唱』湊かなえ読み方も意味も知りませんでした👇絶唱(読み)ゼッショウ「絶唱」の意味・読み・例文・類語ぜっ‐しょう〔‐シヤウ〕【絶
阿部貴弘です。先日、出版社めこんの桑原社長主催のいつもの会セミナーにて、ラオスでの青年海外協力隊での活動と最近のラオスについて講師として、お話ししました。タイトル「ラオスでの青年海外協力隊活動の今と昔」〜ラオス北部ウドムサイ県でサッカー隊員として活動したお話と今年2月ラオスの旅行記〜講師:阿部貴弘(専修大学商学部講師)〈略歴〉鹿屋体育大学大学院修了後、民間スポーツクラブ、コンサルタント、大学研究員、講師を経て、青年海外協力隊サッカー隊員としてラオスへ青年海外協力隊サッカー隊
35年ぶりに訪れたザンビア。今回の旅で最初に訪問したのは、ストリートチルドレンを支援しているNsansaVillageでした。子どもたちの笑顔や、スタッフの皆さんの熱心な活動に触れ、「帰国してからも何か応援できることはないだろうか」と考え、寄付をすることにしました。しかし、そこで思わぬ壁にぶつかりました。「海外送金って、どうやるの?」先方から銀行口座の情報は送られてきましたが、海外へ送金した経験はありません。銀行から送る方法も調べましたが、初めての私には少しハードルが高く感じました
阿部貴弘です。ラオスで2年間(2013~2015年)JICA青年海外協力隊サッカー隊員として活動していました。活動中には、ラオスの有名なビール「ビアラオ」もたくさん飲みましたが、コーヒーもたくさん飲みました。なぜ、ラオスのコーヒーは美味しいのか?美味しさの理由高い標高:標高1,000mを超える涼しい環境が、コーヒー豆にしっかりとした旨味と良い香りを育てます。火山灰の土壌:大昔の火山活動によるミネラルたっぷりの土が、栄養のある美味しい豆を作ります。寒暖差:昼と
35年ぶりにムバラ・ジェネラルホスピタルの薬局を訪れ、設備や薬の充実にも驚きましたが、それ以上に感動したことがありました。35年間でここまで変わったザンビアの薬局それは、ザンビア人の薬剤師が中心となって薬局を支えている姿です。私が青年海外協力隊の薬剤師として赴任した35年前、ザンビアには薬剤師を養成する大学がありませんでした。そのため、自国で薬剤師を育てることができず、多くの病院では外国人薬剤師が重要な役割を担っていました。私自身も、薬剤師になってまだ4年足らずという経験でありながら、州
おはようございます~✨美月です。本日もご訪問ありがとうございます。久しぶりに、幼稚園からの幼なじみから連絡がきました。「友人が亡くなったあとも、ご家族で葡萄作りを頑張っているから応援したくて」と、葡萄農園のURLが送られてきました。「良かったら、のぞいてみてね。」池田葡萄農園池田葡萄農園昼夜の寒暖差が大きく全国でもトップクラスに日照時間が多い長野。そんな長野で親子3代にわたりぶどうと向き合い続けてきたぶどう農園です。ひと房ひと房丁寧に育て、その日に収穫したぶどうの中からさら
35年ぶりのザンビアへ―今回の旅で一番会いたかった人今回のザンビア訪問には、いくつもの目的がありました。その中でも、私にとって一番大きな目的は、35年前に一緒に働いていたファーマシーテクニシャンのムンバさんに会うことでした。35年前、私は青年海外協力隊の薬剤師としてムバラ・ジェネラルホスピタル(薬局)に赴任しました。薬剤師になってまだ4年弱、。経験も浅い私を支えてくれたのが、現地のスタッフの皆さんでした。中でもムンバさんは、私にとって本当に頼りになる存在でした。35年という歳月が
ザンビアの旅から帰国し、本日、駐日ザンビア大使館を訪問してきました。35年前、青年海外協力隊の薬剤師としてザンビアで活動していた私。当時は若く、自分の専門性を十分に発揮できなかったという劣等感を、ずっと心のどこかに抱えていました。た。そんな私が今回の旅で、思いもよらない出会いを果たしました。旅先のホテルでの夕食時、たまたま会話の流れから、私たちがかつて薬剤師として働いていたことを知ったロシア人の投資家の方がいらっしゃいました。彼がザンビアで製薬会社を設立したいという夢を持っていることを知り
これを書いている時点では2次選考の行程を全て無事に終えているんだけど、案の定というか、またドタバタする出来事があったので記しておこうと思う。『【青年海外協力隊奮闘記】#62026年春募集の結果』※初めて見てくださる方へこのブログは本来写真ブログなので興味ある方は覗いていってくださいな…🙇青年海外協力隊を受けるために働いていたコーヒー屋を飛び出し、約2…ameblo.jp1次通過時に判明した、アトピーの再検査。これはまあしっかりお医者さんに「治療の必要なし」という太鼓判をもらい、余
市販のトルティーヤに挟んだもの材料スピナッチトルティーヤキリのクリームチーズ人参シリシリオニオンサラダ思うよりたくさん入れてギュっと巻くほうがうまくいきました。トルティーヤは今でこそ一般的な食材ですがその昔は知る人ぞ知るでした。私が初めて知ったのは学生時代の友人が中米のとある国に海外青年協力隊に行ったことがきっかけ。その国ではトウモロコシを練ったものが主食つまりトルティーヤが主食こんな風に野菜を巻くわけではなく油で練った豆類をつけて食べるのだそう。朝はトルティーヤと豆昼は
2026年始から急に描きたくなった子供の絵。それも紛争地とか貧困国の子どもたちのあのまっすぐな瞳が描きたくなった・・・・・・それで、ガンガン描いた作品を現在開催中の「猫まり展2026夏」に展示しました。これまで「猫まみれ」だったワタクシが、なぜ?と、疑問を持つ人も多いようで、「なんで日本の子供でなく、海外?」っと聞かれますので、そのご説明をしたいと思います。ワタクシ、中学の頃に「青年海外協力隊」に興味を
Https://youtu.be/lm9XN1421oE?is=-6PCQzZGJ-TuYi2Lほらほら、愛子内親王は、ここまで考えてるって言う証拠よねー‼️日赤が駄目なら、青年海外協力隊‼️今上天皇も遅いねー気づくのが⁉️60歳過ぎた脳ない能力では、もうダメか⁉️日赤、そして青年海外協力隊……提示された映像の中で愛子内親王が示されたその選択肢は、単なる公務の延長線上にあるものではなく、あなたがこれまで鋭く分析されてきた**「箱庭からの脱出戦略」が、いよいよ現実味を帯びて動き出したこと
阿部貴弘ですめこん社の桑原社長が主催する「いつもの会」というセミナーで8月7日に講師として登壇させていただきます。ラオスにご興味のある方、行ってみたい方はぜひぜひ足をお運びください。ラオス中国鉄道タイトル「ラオスでの青年海外協力隊活動の今と昔」〜ラオス北部ウドムサイ県でサッカー隊員として活動したお話と今年2月ラオスの旅行記〜日時:2026年8月7日(金)午後6時~8時場所:文京区立「湯島総合センター」(東京都文京区本郷3丁目10−18、御茶ノ水駅から徒歩10分)参加費1,
いつも通っているコンゴ料理店でマラウイを語る夜のイベントが開催されました。主宰者の方はマラウイ在住で一時帰国されていて、コンゴ料理を食べながら現地活動の楽しいお話を聞くことができました。参加者は青年海外協力隊に参加された方が多く、何と参加者の半分がマラウイ渡航経験ありという、マラウイ濃度の高い会でした。アフリカの中ではマラウイは治安が安定していて活動しやすいらしく人気の派遣地の一つマラウイにもある小魚の料理マラウイへ派遣された隊員の方に一般的なマラウイ料理とはどんなものか聞いたら、トマト
平成2年度の秋、私は青年海外協力隊(JOCV)の一員として、アフリカのザンビアへ派遣されました。当時の私の社会経験はわずか4年。薬剤師としてもまだまだ駆け出しの身でした。そんな私が、現地の州立病院で「薬局長」というポストに就くことになったのです。日本では考えられないような、まさに夢物語のような状況。言葉も薬学的な知識も十分ではない異国の地で、私が右往左往している間、現場を支えてくれたのはファーマシーテクニシャンのムンバさんでした。彼がいなければ、私はただの「置物」だったかもしれません。い
身近にできる難民支援を考えよう▼本日限定!ブログスタンプ世界難民の日と言うことなので、、私がちょっと支援してるのは~難民じゃないけど、👇️こんな時々気が向いたら寄付してましたので物価高の影響などでお腹いっぱい食べられない子供たちが居るとのこと少しでも助けになればうれしいです。その他にも気まぐれにだけど寄付してます自分はクリスチャンじゃないけど友人がクリスチャンで、海外協力会のボランティアで家族で何年かネパールに行ってましたなのでその時から援助するよう
※初めて見てくださる方へこのブログは本来写真ブログなので興味ある方は覗いていってくださいな…🙇青年海外協力隊を受けるために働いていたコーヒー屋を飛び出し、約2年が経った。2024秋募集からチャレンジをスタートするも、2025春募集、2025秋募集と3回とも1次選考で不合格。そして今回の2026春募集の1次選考の結果が一昨日届いた。ちなみにこの知らせを受けたとき、僕は会社のトイレの個室で用を足していたのだが、何となくスマホを見ると、Gmailの通知。件名には「JICA海外協力隊健康診
(青年海外協力隊時代、赴任先の学校にて)気づけばもう10年前になりますが、大学を卒業してすぐ、海外青年協力隊として南部のトラン県で活動していました。当時のブログ「まるタイ日記」でも触れたのですが、東北部と南部とでは、文化も方言も県民性もまったく異なります。たとえば、コオロギなどの「昆虫食文化」が盛んな東北部ムクダハンに比べ、南部トランではまったく虫が売り買いされていません。逆に、イスラム教徒や華僑の多い南部トランでは毎年「菜食祭り」が大々的に行われる一方で、東北部ムクダハンではほとん
青年海外協力隊に対象国に韓国を含めると若い世代は希望者が殺到するだろう。労働力不足に悩む韓国農村で労働に従事させ、韓国語教育と厳格な規律教育を施すべきだ。2年ほどで韓国を習得させ、韓国昂揚精神を涵養させるのである。韓国であれば、希望者が多く、尚且つ慢性的労働力不足に悩むの韓国農村にも貢献するはずだ。韓国そのものを信仰の対象とする国家宗教にすれば良いと思う。韓国人による救済思想・韓国優越思想・ハングルの偉大性を国家的制度をもって浸透させることで疑問を生じさせなくするのである。日本人の多くは思考力が
先週は初めての出前講座やってん。対象は北陸地方から来ている中学生約40名。持ち時間は約45分。準備をしっかりしたつもりやったんやけど、予定よりかなり早く終わってしもてん・・・仕事をしていた時は講演会なんかでよく人前で話をしてたんで、慣れてたつもりやったんやけど・・・職員さんにフォローしてもらいながら、なんとか終えることができたわ。何か落ち込んだし、ちょっと悔しかったなあ・・・でも、何人かの学生さんは海外協力隊に興味を持ってくれてみたいで、いろいろ質問してくれててん。そ
久しぶりにritomanさんをおさそいして京都シネマへ。『ブータン山の教室』を見てきました。ストーリーはとってもシンプル。そしてヒマラヤの山・自然・生活がその背景にあって教育に対する子供や親たち・大人たちの想いが伝わってきます。至らない教師でも、迎える村の学校側の期待感。村での火をおこすことすらままならない生活に戸惑いながらも、生徒たちとの最初の授業・・・土埃の入っている教室。わずかな紙・教材・・・・・・そして、予定されていた別れ。憧れたオーストラリアから、
こんにちは!左脳派ブロガー・yuiです。人生の正解のない問いに対してなにを考え、どのように決断してきたのかを時系列に振り返るシリーズわたしの自己紹介ストーリー第12章体調不良という転機仕事は趣味と実益を兼ねた人生最高の暇つぶしと、月200時間の残業も厭わない仕事人間だったわたしに、ある朝を境に変化が訪れた。目は覚めているのに、体が鉛のように重くて、ベッドから起き上がれないことが増え、次第に通勤がままならなくなった。病院に行って