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今振り返ってみると、霊障の原因になったものは満たされない不満や、人に依存して恩恵を受けようとしていた自分だったのかもしれません。運が良かったからこそ大きな苦労をしないまま色々なものを手に入れてきました。もう少し立ち止まって、冷静に考えるべきだったのだと思います。深く考えないことはある意味では良いところでもあるけれど、そういうところが全部積
アプローチが違っていたのだと思います。「もっと私が息子に愛情を注いで、無条件で愛してあげていれば、こんな不運にはならなかった」「借金しようが何をしようが、私のかわいい息子だと思ってあげればよかった」安心できる場所が必要だったのだと思います。今は、息子は安心して何でも話してくれます
ブログに来て頂き有難うございます。何か行動を起こす時に、自分にできる事は何だろうって考えます。例えば、体力があるから荷物を運ぼう、簿記の資格があるから事務の仕事をしよう。何ができるか←ってのは、自分がすでにできている事、それを続けても成長はしにくい。じゃ、どうすれば?もっと成長できるのかと云うと、自分の過去やスキルは無視して、自分はどうしたいのか今よりも収入を増やしたい、会社から仕事を貰うのではなく、自分で稼ぐ
息子はスマホ代は自分で払うことになっていました。でも、かんたん決済の引き落とし口座から、ゲームの課金で月に何万円も使っていて、さらにサブスクの引き落としなどもあり、それに私は気付いていませんでした。それが分かったとき、怒りまくって、「パパに言うからね」息子にとっては、それが一番怖い言葉だったと思います。そのあと、「そういうことをやるって、社会人にな
そのあたりからでしょうか…家族の関係はさらにおかしくなっていきました。でも、今振り返ってみると、おかしくなっていった中心にいたのは、私だったのだと思います。そう言いながらも、息子が高校に入ってからも、小学校の頃からも、友達を家に連れて来たいと言われれば「いいよ」と言っていましたし、お誕生会なども結構やってきました。自分の中では、子どもたちのリクエストには答えてきたつもりでした。で
ともえさん、それだけじゃないんです。これを言ったら完全に軽蔑されるかも…。そう言いながら話してくれたのは…息子が友達とディズニーランドへ行くことになったときのこと。ー…「みんなでディズニー行くんだ」と言われました。そのとき私は、
親のままのプライドで生きてしまうと、絶対に自分の過ちは認められません。そうすると、挽回することもできなくなってしまいます。挽回できるタイミングというものは決まっていて、そこを過ぎてしまうと、もう取り戻すことはできないのだと思います。そう言葉を紡いでくれたYさん。息子さんに対しても深い自責の念がありました。ー…私は、主人に…あの子たちの父親にわざわざ報告しなくてもいいようなことまで、いちいち言いつけていました。
あんなことがあったのに、娘は今でも母のことを好きでいてくれます。「私はママが好きだから家を出られないんだ。パパもママも好きだからなー」そう言ってくれる子です。でも、これからお話する霊障を乗り越える前…そう…以前の私だったら、そんな言葉はもらえなかったと思います。親としてのプライドのま
こんにちはありのままの自分で人生の花を咲かせる♡スピリチュアルカウンセラーの月原しょうこです。ブログにお越しいただきありがとうございます(*´ω`*)私の大好きな石のひとつにラピスラズリがあります。ラピスラズリを持つようになってから私の変化のスピードが早まりましたそしてスピリチュアルな人生を進むようにギュインと持っていかれた感じがしています。ラピスラズリは天然石の中でもとても人気がある石なので、私のブログでは一番回数が多く書いています
私は娘を箱の中に入れてしまいました。あれもだめこれもだめバイトもしなくていいもちろん我が子を思う気持ちからですが娘は「自分は生きている意味がない」そう思うように。「守る」つもり「本
ブログに来て頂き有難うございます。会社を辞めて3年目、占い師は水商売なかなか安定しない、コンビニの副業を増やしました。想定外の家族のイベント、計画の甘さが露呈した結果です、新しい取り組みも取り入れたいので目標を達成するために、固定費を減らす、2~3万円タバコ代がちょうど良い金額だった。皆さんにも伝えているように、人間は急な変化は、拒絶反応を示します。3月に禁煙宣言をして4月は仕事中吸わない5月から吸ってません身体に変化はあ
娘に自分の母校を勧めてしまいました。ここが、娘の運命の分かれ道だったと思っています。その学校で、娘はある子に執拗に執着され、いじめのような形になっていきました。私は今でも、「あの時、絶対に念を飛ばしていた」と思うことがあります。(Yさんは念飛ばせる体質なので実際そうでしょうね)その子は原因不明の熱を出したり、入院するほど体調を崩したり
娘さんがトラブルで学校を辞めることになったのは、私のせいだと思っている、と話すYさん。「今から思えば、あの高校は娘には合うはずがありませんでした。」でも、自分と同じ高校に行かせると、自分が決めてしまった。娘には娘らしい良いところがあってそれを活かす道のほうが良かったのに…自分が合わない道を敷いたんです。当時、選択肢は二つありました。一つは
娘も息子も、とても良い子でした。息子は愛嬌があって、よく褒められる子。それなのに、自分が叶えられなかった音楽の道を、息子に敷いてしまったのです。今振り返ると、「子育てにちゃんと向き合っていなかった」と思う、とYさんは話していました。でも、助けは必ずある子育てでもありました。出産のときも、賃貸マンションの隣に住んでいたご家族が、とても助けてくれました。
結婚して子どもが生まれてから、洋裁への熱がまた出てきました。妹が子どもを見てくれることもあったので、子育てにどっぷり浸かるという感じでもなく、ハンドメイドのイベントの主催者になったり、イベントを開催したりもしました。「やりたい」と言ったことに対して、家のことができていなくても旦那さんはいつも「いいよいいよ」と。旦那さんは、Yさんの味方で、子どもよりもYさんという感じの人でした。完璧な旦那さんですが、でも、Y
ブログに来て頂き有難うございます。2019年12月中国武漢の県境所から、漏れ出た新型コロナウイルスは、世界パンデミックを引き起こしました。人類はこのウイルスの蔓延によって、色々な制限を受けたり、行動の規制をされたり。ウイルスの蔓延は、単なる事故かそれとも誰かが仕掛けたのか謎のまま。そんな中、2026年の4月になって、アメリカの司法省が動き出しました。アメリカ感染症研究所の所長を逮捕起訴した模様共謀罪公文書の改ざん
講師の仕事をしていたから、今の旦那さんと出会いました。いわば「ハプニングのご縁」です。講師をやっていなかったら出会っていなかったし、会社を辞めていなかったら、その日出会った場所に行くこともなかった。そう思うと、本当にいろいろなことが重なって出会ったご縁だったのだと思います。結婚前は家族と一緒に住んでいましたが、仲が悪いわけではないけれど、特別仲が良いというわけでもなく、
社会人になってから音楽の講師になりました。実際には楽な仕事ではありませんでしたが、当時はやはりどこかで「楽なほうへ流れた」という感覚もあります。行動力があるので、思いつくとすぐ走り出してしまうタイプでした。音楽の方向へ進もうと思い、まずは受付のアルバイトを始めました。そこでは最新の楽器を触り放題で、アルバイトをしながら勉強。憧れの楽器を始めてみたところ、3か月くらいでスラスラできるようになり、「講師の仕事をしたい」と強く思うように。
こんにちはありのままの自分で人生の花を咲かせる♡スピリチュアルカウンセラーの月原しょうこです。ブログにお越しいただきありがとうございます(*´ω`*)最近、気がつくと買っている石がありますそれはフローライト!それもマルチカラーフローライトなんですフローライトは緑色と紫色が一般的ですが、他にも黄色やオレンジ色、ブルー、ピンクなどいろいろなカラーがあります。それが一つの石にカラフルにいろいろ混ざっているものをマルチカラーフローライトと言います。
先ほど投稿した子どものあるあるはまあ度々話すのですが、Qお子さんが包丁を手に取ったときともえさんはどういう対応をしたんですか?と聞かれることが多いので、一緒に投稿しちゃいますね(笑)昔と価値観違うから平和ボケしてて愛されてるが故の暴君で腹立つってのが、うちの場合ね。Aまずですね、状況をご説明しますと、リビングで夜遊びについてもうカバーできねーよと父に内緒にしてやってんのも限界だし最近度が過ぎてるわと叱り飛ばしてたら、対面式のキッチンにまわっ
つらいお話が続いていますが、ここで息抜きとしていつもの投稿も挟みましょう🍵🍩現在の連載中にSさんとKさんが同じことを言ってくださりました。「ともえさんの人生も見たい」とね。いやいや本当につまんないですよー😨なんて言っていたのですが、そんな中Iさんから、「ともえさんはプライベートをお隠しになられるけどいつか知りたいなと思っていますよ」とも仰っていただきまして😅
母が亡くなって、10年経っても気持ちは落ち着きませんでした。時間が解決すると言うけれど、本当にそう思えるようになるまでには、もっと長い時間がかかりました。42年経って、ようやく母の話を普通にできるようになったように思います。それまでは当たり前にあったものが、当たり前ではなくなってしまいました。母が死ぬなんて、そんなことあるはずがないと、どこかで思っていました。でも、世の中には「絶対に
ブログに来て頂き有難うございます。長く付き合っている人でも、本当の姿は、なかなか見えづらいモノです。例えば、自分より立場の弱い人への態度、店員などへの接し方。敬意を示す事ができているか、態度でその人の人間性は一発でわかってしまいます。自分より立場の強い人に丁寧に接するのは、誰にでもできる自分が本当にピンチの時に、自分と居ても得がない時に、傍にいる人は手放していけない人。そんな人は、言葉に嘘がないから信頼できる。
もう夜も遅いし、、と人が良いので遠慮する父でしたが、叔母たちがかけつけてくれました。4日間脳死状態が続き、怒涛の展開に気持ちも追いつかないしショックのせいで食べれなくなって、結局1週間で8キロ痩せました。心配してくれた叔母が「大学に受かるんだよ」と言ってくれたのをとても温かく感じたのもよく覚えています。その4日間は家には寝るために帰るだけ。あとは、管に繋がれた母をずっと見ていて。気付けばもう葬儀。自分も痩せていったけ
病院へ着くと脳のCTを見せられました。「脳外科医が常駐していない」「緊急で手術ができない」「でもCTは撮った」とのこと。そのCT画像を今でもありありと思い出せるくらい鮮明に覚えています。誰が見てもわかるくらいかなりの出血。父も「もうだめですね」と。脳死という判断になり、「あとは心臓がどれだけ強いかになります」と言われたのです。
その後の記憶はおぼろげです。今思えば痛かったのでしょう。痛くて痛くて暴れるようにして管を抜いちゃうから、手足を拘束された母。夜8時に「帰ってください」と言われて、父と2人で病院を後にしました。家に着くまでの長い坂道で父が「おかあさん、脳かもね…」とポツリと。それでもまだ母が死ぬとは思ってなかったけど、父の覚悟している感じが伝わってきました。家に帰ったら、知らせを受けて学校を早退していたまだ中学生だった妹が片付けをしてくれてい
こんにちはありのままの自分で人生の花を咲かせる♡スピリチュアルカウンセラーの月原しょうこです。ブログにお越しいただきありがとうございます(*´ω`*)5月になりましたそして今日は連休の初日で蠍座満月です。今日の午前2時3分に満月になりました。だから今日の夜より、昨日の深夜の方が満月に近い!と思い写真を撮ろうと午後11時30分に外に出たのですが、写真が上手く撮れませんでしたでもとっても綺麗な満月でしたよ~~~写真はありま
子どもながらに救急隊の方の「脳かも」に「そうかも」とは思いました。親戚にもいたし…言語障害になるのはおかしいし…お任せしたから自分から「お母さん頭が痛くて!」とは必死に言わなかったけど。看護師が来て「状態聞きますね」ということで説明をすることに。そうすると看護師「お母さんは知的障がい者ですか?」え?なに言ってるの?必死に否定。「お母さんは元からああいう人ですか」と言われて一生懸命に否定。でも
倒れていた母たくさん吐いたあと病院行こうしばらく寝込んでいたからお風呂に入ろうそこで気温の変化で倒れてしまったのかお風呂扉もトイレの扉も開いていて、母と目が合うも「どうしたの」しか言えず母は言葉が話せなくなっていてあーとかうーとかそれしか返答もしてくれない。「お父さんに電話したらいい?」と言っても、うーうーうんうん
その日、家族を全員送り出した母。それぞれ学校仕事へ。Yさんは予備校へ。すると、その日のお昼くらいに急に腹痛に襲われました。普通の痛みとちょっと違う感じで強烈。どうにもだめだわ!ということで早引きすることに。友達が心配して駅まで付いてきてくれたくらい半端じゃない腹痛でした。友達に付き添われながら駅のホームにしばらくいるとスーッと痛みが引いて「あ!今電車乗れる!帰るわ!」と、無事に電