ブログ記事23件
↑↑↑本当に、この人は、どこまで神様に愛されているのか、この音色も「神様のくじ引き」でございます。で、「体調が悪くなったら、バッハを呼べ」というキーワードで検索したら、私のブログが出ました。そんなこと言ったら、まるで私が言ったみたいな言葉になっちゃうじゃない。だから、今度こそ、私の言葉で、「やる気になったら、ショパンを呼べ」。これ、ホント。ちょっと、ついさっきまで、私、別世界のようなところにおりましたの。その空間を幻想と言うのなら、それでもいいと思える世界でございまし
関連コメ:https://ptsd.red/2021/06/20/%e3%80%90%e7%b4%af%e7%8a%af%e9%9a%9c%e5%ae%b3%e8%80%85%e3%80%91ptsd%e8%a7%a3%e9%9b%a2%e6%80%a7%e4%be%9d%e5%ad%98%e7%97%87%e3%81%8b%e3%82%89%e8%a9%90%e6%ac%ba%e3%82%84%e5%bc%b7%e5%a5%aa%e4%ba%8b/#comment-34056【累犯障害者
関連ツイ:アメブロを投稿しました。『”#内科医です。#コロナ注射多重接種者が、#進行癌、#肺炎、#敗血症等で#入院しているケースが後を絶ちません』#MSM#アメブロ#新しい朝が来た#宮崎県人ほっさくる#Saga日本に九州があって本当に良かったhttps://ameblo.jp/franoma/entry-12914748768.html『”内科医です。コロナ注射多重接種者が、進行癌、肺炎、敗血症等で入院しているケースが後を絶ちません』今出川の広告:リブ
■1月29日(水)天理教学講義トピック・逸話篇を読む(6)○講義の最初に逸話篇の話を1つずつ挿入しました。今回はその5回目です。○トピックとトポスギリシア語でトポス(topos)は場所(aplace)を意味する。数学にはトポロジー(位相幾何学・位相空間論)と呼ばれる分野があるが、論理学では、トピック(atopic)とは、その主題に対してさまざまな議論を交わす「心が出会う場所」という意味である。お道の信仰と出会う場所(信仰のトポス)を提供する記事を、ここではトピックと呼びたい。
夢を見た。焼却場にゴミを運んでいく。ゴミを車に載せてたくさんの車が並んでゴミを下ろす順番を待つ。私の車はベージュのミニクーパーの横に並ぶ。ミニクーパーやゴミ収集車が先に行き気が付けば私は最後になってしまった。しかし私の下ろしたゴミは水色のビニールがかけられていて長方形の形で積んであった。白いラベルが貼ってあった。目が覚めた。うまく余計なものを捨てられたんだろうか。因縁落ちたらいいな。ラジオを聞くといい天気の予報。シーツ、毛布を洗うことを布団の中
人間の、心の内部における意識の調和的統制力こそが「注意力」の開花なのであります。この注意力こそが、人を真なる人間として自覚・認識ならしめる可能性であり、原動力となるものなのです。それは、思考や知性の連想する方向を変えること!感情を制御すること!情緒的な心の働きは肉体を保守し、知性的な心の働きも自我(エゴ)を保守してしまうから、決して自我を開放することも、真の自分知ることも、神を知ることもできないのです。霊操修業とは、注意力を喚起させて思考と感情の呪縛から解放される試
どの霊?個人的には「霊操」がアヤシイと睨んでいます。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E6%93%8D霊操-Wikipediaja.m.wikipedia.orgこれって「と」でいうところの「セミナー」や「修練会」アンチ「と」がいうところの「マインドコントロール」や「洗脳」では?て思った。
「共に識別」結論を急がない対話をしていくそのプロセスそのものに神の恵みが働く「霊操」のプロセス神の眼差しで見つめることで自分の本当の望みき気付く大切な学び焦ることはなにもない彷徨う時間や空間そのものにもともにおられる神の恵みが働くのだから少し気持ちが楽になった気がする日曜日教会では長寿のお祝いともにお祝いできる幸せふと両親と義母を想う長寿の皆さまにこれからも神の豊かなお恵みと祝福が注がれますよう
「霊操」がアヤシイと個人的には思っています。
こんにちわ。😸主のご復活をお祝いしてから、すっかりこころが軽やかになったわたし。四旬節の間サボっていた「聖イグナチオの霊操」(イグナチオ教会のyoutubeです)を再び見はじめました。家計簿もそうですが、サボった時は「今日の分から」始めるのが、一番いい方法です。見ていない分は飛ばして、第4週のお話は、「イエスさまの復活の恵みをよく味わう」でした。環境も快適にして、「喜びや嬉しさをよく観る」というのが、求める恵みです。ーーーそのような眼
コロナ禍の「おかげ」というのも変ですが、いろんな分野についてオンライン講座が増えましたね。キリスト教関係でもいろいろありますが、四谷のカトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)では「聖イグナチオの霊操」という講座が続いています。三人の講師が交代で開講しているようですが、わたし個人の好みからいうと主任司祭・英隆一郎神父の回がいちばんしっくりきます。「これは教えられるところが多かったな」と思えた回の動画をいくつかリンクしておきます。「聖イグナチオの霊操」第1回黙想の仕方(準備)2021年5
今日は市岡之俊神父様の「霊性神学」。ユングの心理学からのアプローチと霊操を主に学んだ。ユングについては意識と無意識の考察、無意識の世界での神との出会いなど、キリスト教と心理学の結びつきをみた。霊操は私にとって興味深いテーマだ。6年くらい勉強しているが、識別は難しい。神のことばを生きるため、自己の意識の究明をするのは重要なこと。そのためには識別がきちんと出来なければならない。自分を見つめ自分の思いではなく、神の思いとは何なのか、祈りをもって明らかにしていきたい。祈りとは、神が私の中で自由に
今日の不思議。霊操の集い、最近は仕事でなかなか参加出来なかったのが今日は参加出来た。途中、始めて参加するというお腹の大きな女性がいらした。分かち合いのとき、ふと見ると泣いている。その方は自分など愛されるに値するのだろうかとかなり自己否定が強いように感じられた。今日のプリントには「神に愛された体験」について書かれている。彼女は何か答えを探しているのか、いろいろな勉強会や黙想会に参加していると言う。霊的同伴のI氏がエレミヤ書1:4〜8を読んでみてと言われた。彼女は持参された聖書を開いて読んだ。
ある地方での実話です。友人のMさんがゆるしの秘跡を受けていた時のことでした。その時の司祭は、霊的指導では有名なW神父様でした。Mさんは、W神父が告解室にいる日時を選んでその教会にまで通っていたのです。告解が終わり、W神父は悔い改めの祈りを勧める前に、「よかったら、『霊操』の会に参加してみてはいかがですか」と言いながら、司祭と信徒を隔てるわずかの隙間から印刷物を手渡してきました。Mさんのことを次の段階へ進むべき信徒だと考えたようです。通常そんなことは告解室では起きないことなので戸惑い
私の霊感では、道しるべの存在を感じてはいる。その過程で、避けて通れない、今私の心にある「哀しみ」や「矛盾」「痛み」や「葛藤」「破壊的な怒り」「情慾」など、そういうものを一度否定せずに抱きとめて、それから永久に十字架に掛けてしまう…そういう作業が必要な事を痛感している。今日は一日、私の心にある”蛇”を観察して過ごします。鱗の一つ一つを、骨格と動きの関係性を、餌と排泄物を、つぶさに心の眼で、科学者として批判せずにありのままの解剖・生理を見つめて記録していきます。ただ、あまりにも危険な作業ではあ
本日、入荷した新刊をご紹介いたします●目で見る聖イグナチオの霊操入門:ホカン・カレット著サンパウロ\800+税●NHKテキスト2018年5月生きがいについてNHK出版\524+税お問い合わせフォームサンパウロ福岡宣教センター
霊操第1週目「愛された罪人」のテキストをやっている。罪にもいろいろある。人間として社会的に犯してはいけない罪など。霊操で取り上げるのは神がいないかのように生きること。多くの人が陥いるのがこの罪だ。謙遜とは違う自分に価値がないと思い込んで神に愛されていることを否定すること。神の愛やキリストの受難を無駄にして、「愛された罪人」であることを忘れている。神の目で自分を見るーそれが課題。
「霊操」についてFBでお尋ねがあったので。私はイエズス会の司祭でもない若輩者の信徒ですが、私たちがイエズス会修道院で月2回行っている「日々生活の霊操」について説明させていただきます。「霊操」とはイグナチオ・デ・ロヨラがあみだした黙想のようなものです。彼は戦争で負傷し、その回復のための療養中、そこにあった唯一の本「キリストの生涯」と聖人伝を読んでいるうちにマリア様に対する思いが燃え上がることを体験しました。そしてそこには二つの相対する思いがあることを知りました。それを見極めるのが識別で「霊操」
【闇思想諸々】★日本に影響するイエズス会とはNo.11イグナティウス・デ・ロヨラは、1521年にフランス軍とのパンプローナの戦闘で瀕死の重傷を負い、霊的体験をし、神と悪とを識別する霊動弁別を得た。ロヨラは、『すべてはより大いなる神の栄光のために』、『霊操』と『イエズス会会憲』を完成させた。それで、イエズス会会員の修練において重要な役割を果たすのが『霊操』になった。【黄金主義】―安東恭助私も東北の緑風荘の霊の写真をカメラに入れていたら、緑風荘が火事になった時
秀次切腹事件発生の3年も前にルイス・フロイスは秀吉と秀次の不和や謀反の報告がなぜできたのか?イエズス会のルイス・フロイスは秀次切腹事件が起こる3年も前に、秀吉と秀次が不和になることや謀反の前兆などを総長宛の報告書に書いています。どうしてそのような事が書けたのでしょうか・・・?フロイスには予知能力があったのでしょうか・・・?この不可解のお陰で、イエズス会に他のキリスト教徒と異なる特徴があることに気づかされることになりました。この様な事からこれまでの日本史ではキリスト教を日本的信仰で単一的
人間は身体も心(と魂)もあります。身体的な糧は食事と運動、霊的な糧はみことば・ご聖体と祈りです。体操(フィジカルエクササイズ、ワークアウト)に対して、ロヨラの聖イグナチオが考案した霊操(スピリチュアルエクササイズ)というのがありますが、最近ではカトリック以外の方も取り組む方があるようで、霊操指導者養成のプログラムにプロテスタントの方もいらっしゃるそうです(ただし日本人はいません)。そう、霊操指導者には、イエズス会の司祭でなくても、カトリック信徒でなくてもなれるんですよ!我らがパパ様は
今期第2、4金曜日は霊操を受けています。今日はバタバタとしてテキストの聖イグナチオの『霊操』を忘れてしまいノートにいろいろメモって帰ったのでここで本を見ながら復習です。今日は自分の人生における決断について。AとBのどちらかにするか、とか、Cをすべきかどうか、というふうに決めなくてはならないことを2択にして、識別していきます。今までの自分の決断を振り返ったあと、現在の自分の生活を改善することについて考えました。私が見直したいと思っていることは時間の使い方。寝る時間が遅すぎること、生活時