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この度、当勉強会の振り返りのため、過去に顕幽表裏の勉強会を受講した方は、何方でも参加できます!【神道座談会】神道や神霊の話、勉強会で疑問に思ったこと等を話し合う場を設けました。日時:10月24日(土)10:00~17:00(入退室時間は自由)場所:杉並区の公民館内容:拝神作法のおさらい、座談会(質疑応答可)、直会(持込み大歓迎)参加費:1,000円締切り:10月17日(土)正午まで申込み:kenyu.kouza@gmail.com
窮屈な自分を、閉じ込めない窮屈さを感じていることはありませんか?不快なこと。恐れていること。心配なこと。そんな気持ちがあるとき、あなたはどうしていますか?できるだけ考えないようにしたり、我慢したり、避けたりしていませんか?まずは、そうした気持ちをないことにせず、受け取ってみましょう。自分が感じていることに目を向けることで、これまで自分でも気づいていなかったものが見えてくることがあります。自分自身の現実に向き合うことは、自分の内側を知ることでもあるのです。そして
11月の勉強会(講座)と禊合宿のお知らせです!初めての方でも、何方でも参加できる神職が伝える神道の勉強会です。神社で行われる祈祷や修祓、神札や守札、参拝作法などの基礎から、霊学や霊術まで幅広い講座を用意しています。現役の神職の方も参加されています。*追加募集します!誰でも、初めての方でも参加できます【出雲神社神霊ツアー】日時:令和8年11月1日(日)~4日(水)3泊4日集合:JR岡山駅新幹線改札前10:30解散:JR岡山駅(予定)16:00~17
あるてみすてんぷるの沙羅です。人には、「こうした方がいいよ。」と言えることがあります。「もっと人に優しくした方がいい。」「感謝した方がいい。」「人を責めない方がいい。」「自分を大切にした方がいい。」知識として知っていることなら、いくらでも人に伝えることができます。しかし、自分はそれを生きているでしょうか。『神の探究Ⅰ』の第五課「徳と理解」には、こんな言葉があります。「自分自身が生きていないものを、人に生きるよう教えることはできません。」ここで「知っていないもの」とは言って
「面倒くさい」で、思考を止めていませんか?気が重いなぁ、と感じている方へ。その気の重さ、具体的ですか?「気が重い」と感じているだけで、漠然としたままにしていませんか?何が自分の気を重くさせているのか。考える前に、すぐに「面倒くさい」としていないでしょうか。「面倒くさい」を、手っ取り早く思考を止めていい理由にしてしまう。その瞬間は、重さから離れられるかもしれません。でも、それはただ、見えないところにしまっただけ。「それ」がなくなったわけではありませんね。「今」を軽やかにした
禊合宿のお知らせです。神道の修行で一番大切な修行が「禊」であります。北関東の深山幽谷の地で、本物の禊を体験しませんか?役小角(えんのおずぬ)の子孫と云われ、天狗の宿として全国にその名を知られている栃木の古峯神社は、その天狗眷属の多さと霊験から多くの信者を集めている関東の古社です。当会は古峰神社の天狗講員として唯一、古峯神社で修業を許されている団体です。一般には公開されていない、神気溢れる神社を流れる大芦川の清流で禊をすることが出来ます。ご縁があれば、天狗様にお
締切り迫る!顕幽表裏の企画する「神社神霊ツアー」は、神と神道の本当のことを知ることができる。本物と出会える。随神の真髄を参加者が体感することができます。日が落ちてから黄泉の世界の入り口を訪ね、海辺の洞窟では、溺死者の霊魂と対峙し、聖域霊地では人智を越えた高貴な神霊と邂逅したりと…。様々な出会いがあります‼️初日に最強の守り鏡の工房を訪ね、その鏡を購入することもできます。令和8年11月、「神社神霊ツアー」のお知らせです。神々の鎮祀る処阿波岐原
神葬祭とは何か?神葬祭とは、元々この国にあった弔いの葬送儀式でありました。太古日本人は、各々の家では墓などは持たず、その村落のある地域に普段人の立ち入らないような場所を選んで遺体を安置してきました。そこを「埋め墓」と云いました。そして亡くなった故人の霊魂(一霊三魂)は霊璽に納めて自宅に連れ帰り神上げ(供養)してきたのです。人は生まれ変わると信じられていたから、故人に対する未練はありませんでした。遺骨や個人との思い出は、特に重要なものではなかったのです。私も、他
それは信頼?それとも、見ないふり?家族やパートナーなど、近しい関係であればあるほど、自分の中で相反する考えが出てきて、わからなくなることがあります。そんな時、あなたはどうしていますか?あるがままに任せている?任せているのは、ただ純粋な信頼からでしょうか。それとも、その方が楽だから?純粋な信頼から任せているのだとしたら、心がとらわれ続けることはないでしょう。始めは心がざわついたとしても、やがて穏やかな捉え方を選べるようになるはずです。もし、「その方が楽だから……」という理
あるてみすてんぷるの沙羅です。大切な人には、幸せになってほしい。できれば困らない道を歩んでほしい。人から認められ、きちんと自立して生きてほしい。そう願うことは、とても自然なことです。しかし、その思いの中にいつの間にか「周りからどう見られるか」が入り込んでしまうことがあります。「普通なら、これくらいできる」「みんなはもうできている」「この道を外れたら、この先どうなるのだろう」そんな不安が強くなると、目の前にいるその人よりも世間の物差しを見ながら、その人の人生を考えるようになります
動き出したい。その感覚を大切に「動き出したい」そんな感覚がありますか?でも、何をしたらいいのか……。何から始めたらいいのか……。そんな迷いや戸惑いもあるかもしれません。このところのキーワードは「新しい見方」です。あなたはすでに、その流れに乗っています。「何か」を重要視すると、これまでの価値観の延長線上で、何をするべきかを探そうとしてしまいます。だからこそ、今は「何か」を探すのではなく、「動き出したい」という感覚を優先してみましょう。ふと目についたことから、行動してみる
あるてみすてんぷるの沙羅です。人が何か過ちを犯した時、私たちは目の前に現れた行動を見てその人を判断してしまうことがあります。「どうしてそんなことをするのだろう」「もっとこうすればいいのに」しかし、その人がそこに至るまでに、どのような試練や苦しみを経験してきたのか私たちには分かりません。『神の探究Ⅰ』の第五課「徳と理解」には、このような言葉があります。「どのような試練や苦しみのために兄弟同胞が過ちを犯したのか、私たちには分かりません。もしそれが分かるとしたら、それは私たち自身が同じよ
他の見方はありませんか?ここ数日、見方や捉え方を変える、というメッセージが続いています。自分が「そのように」見ているから、そう見える。もっと踏み込んで言うと、あなたは世界の中にいるのではなく、世界があなたの中にある。少し難しく感じるかもしれませんが、私たちは、目の前の出来事をそのまま見ているようでいて、実は自分の考えや価値観を通して見ています。同じ出来事でも、人によって受け取り方が違うのは、そのためです。それならば、見えている世界に自分を合わせるのをやめて、心地良い自分を
あなたを抑え込んでいるもの。あなたを制限しているもの。あなたを憂鬱にさせているもの。それが、自分自身だとしたら……。苦しくなる時こそ、自分とは違った視点を考慮してみましょう。現状を変えようとする前に、まずは主観を外して見てみませんか?「自分にはこう見えている」さて、それは、どんな自分がそのように見ているのでしょうか。どんな自分が、そう捉えているのでしょうか。自分は何にこだわっているのだろう?出来事に反応する自分に、いったん立ち止まってみる。そして、自分の意見を脇に置いて
開催決定しました!今年最後の師走(12月)の関西勉強会開催のお知らせです。関西勉強会(伏見稲荷道場):12月12日(土)、13日(日)、14日(月)の3日間となりました。今回の講座は「祖霊祭」、「師走の大祓式」、「稲荷祭」、「結界霊術」、「オーラ」、「鎮魂法」、「枕返しの術」は確定しました。さらに皆様からの追加リクエストを受け付けますので参加希望者は早めに申し込みをしてください。宿泊先の京都アーバンホテルは、稲荷講員枠で3部屋(個室)を予約しております。1泊2日で素
あるてみすてんぷるの沙羅です。現代レイキの練習会では、「延命十句観音経」により霊性を高めるお話とさせていただいております。「延命十句観音経」はわずか四十二文字のとても短いお経です。けれど、この短い言葉の中に人が生きる上で最も大切な姿勢が込められているように感じます。「延命十句観音経」の一節に「朝念観世音、暮念観世音」というものがあります。朝には観音様を念じ、夕暮れにも観音様を念じる。しかし、この言葉は単に朝晩に観音様を念じなさいという意味ではありません。朝も昼も夜も、絶えず観音
「あたりまえ」の中に、次の流れがある前回、「流れが変わっていく〜芽吹き」というメッセージでした。今回の流れの変化は、すでに「今あるところ」「今いるところ」にヒントがあるようです。特に新しいことや、もの、というわけではありません。すでにある現実だからこそ、「あたりまえすぎて」見えにくいのでしょう。その見えにくさにモヤモヤしたり、心地悪さを感じているかもしれません。でも、そんなときこそ、「あたりまえ」から見直してみてください。今まで「あたりまえ」と思っていたことを、もう
私は孫息子が還ってからたくさんの彼からのメッセージを受け取ってきましたそれを忘れてはいけないと思い受け取ったメッセージをノートに書いてきましたどこかの私の記事にも書いてきましたがよく覚えていませんというかメッセージが多すぎてよく覚えていませんでもノートに書いてあることは自分の胸にしまっておきたいですこれを書き出すと自死遺族というジャンルから霊学へとなってしまうのであまり詳しくは書けませんけど確かに今まで不思議なことはたくさんあって孫息子の一件によって内なる霊性
あるてみすてんぷるの沙羅です。大切な人だからこそ「この人ならできる」「本当はもっとできるはず」と思うことがあります。それは、相手の可能性を信じる愛情でもあります。しかし時として、その「できるはず」が目の前にいる相手を見えなくさせてしまうことがあります。「これくらいできるはず」「もう少し頑張れるはず」「嫌なことから逃げずに向き合えるはず」そう思っている自分の前で、相手が何度も同じところにつまずく。すると私たちは、どうしてできないのだろう、と考えます。でも、そこで一度見方を変
流れが変わるとき、種を蒔いておこう流れが変わっていくようです。たくさんの種を蒔いておきましょう。そうすると、それぞれの種に合ったタイミングで、芽吹いていくでしょう。「それぞれのタイミング」ですから、急がないこと。「今」という場を快適に過ごしたり、楽しんでいるうちに、自然と流れが変わっていきます。「今」というのがポイントです。それは、今いる場所かもしれないし、今の自分かもしれません。今を楽しむには、柔軟であること。何かに執着していると、「こうなりたい」「こうならなきゃ」と、
あるてみすてんぷるの沙羅です。現代レイキの練習会では、「延命十句観音経」により霊性を高めるお話とさせていただいております。「延命十句観音経」はわずか四十二文字のとても短いお経です。けれど、この短い言葉の中に人が生きる上で最も大切な姿勢が込められているように感じます。私たちは何かをする時、つい結果を求めてしまいます。「うまくできるだろうか。」「これをしたら何が得られるだろうか。」「本当に意味があるのだろうか。」行動する前から、心は未来へと向かっています。禅には「ただやる」
やってみないと、わからない。行動すること。表現すること。やっぱり、これが大切です。「やってみないとわからない」というのは、結果がどうなるか、ということだけではありません。やってみることで、「何が足りないんだろう?」「何が必要なんだろう?」「私は、本当は何を求めているんだろう?」そんなことにも気づいていきます。そして、やってみることでわかることの「キモ」は、もしかすると、自分自身のことなのかもしれません。たとえば、不満や不足を感じたとき。「〇〇じゃない」「〇〇して
あるてみすてんぷるの沙羅です。しんどいことが起こると、私たちはそこから逃れたくなります。「もう嫌だ」「ここから離れたい」「この人さえいなければ」そう思うこともあるでしょう。けれども、場所を変えても、人を変えても、形を変えながら同じような問題が繰り返されることがあります。霊学では、人生に起こる出来事を単なる偶然としてだけではなく、魂の成長という視点から観ていきます。エドガー・ケイシーも繰り返し、聖書にある「人は自分の撒いたものを刈り取る」という霊的法則を説いています。これは罰
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セラピストだより2026年10月7日号自己の神性講座・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あるてみすてんぷるの沙羅です。しんどいことが起こると、私たちはそこから逃れたくなります。「もう嫌だ」「ここから離れたい」「この人さえいなければ」そう思うこともあるでしょう。けれども、場所を変えても、人を変えても、形を変えながら同じような問題が繰り返されることがあります。
「何が起こっているのか」を見る。ただ、事実はどうなのか。そこを確認することを、意識してみましょう。なぜなら、私たちにとって「事実だけを見る」ということは、案外難しいからです。人は、起こっていることに自分の先入観を被せて見てしまうもの。そうして見えたものに、また同じように先入観を被せていく。その連続が、思い込みをラミネート加工していきます。はたして、「今、そのように見えているもの」は、本当にそうなのでしょうか?自分は、自分が信じているように見ている。まずは、そのことを受け入
あるてみすてんぷるの沙羅です。エドガー・ケイシーの『神の探究』第五課「徳と理解」では、「知ること」と「理解すること」の違いについてとても大切なことが語られています。私たちはたくさんのことを知っています。人には優しくした方がいい。怒りに任せて言葉を発しない方がいい。人を裁かない方がいい。感謝することは大切。きっと多くの人が「そんなことは知っている」と答えるでしょう。しかし、知っていることと、それを理解していることは同じなのでしょうか。『神の探究』第五課「徳と理解」には「知識が必
開催決定しました‼️追加募集します‼️令和8年11月、「神社神霊ツアー」のお知らせです。神職の私がお勧めする場所を選び、吉備の国(岡山県)から伯耆の国(鳥取県)、そして出雲の国(島根県)の神社や遺跡などを巡り、深山幽谷の聖域霊地に於いて、神霊の坐す御前にて拝神祈祷を行います。更に、毎朝○○の滝で禊を行い、夜間に○○○を訪れて実際に肌で心霊現象を体感していただきます(希望者のみ)。夕食後、座学と直会を行います。インチキスピラーや詐欺師霊能者などが開催している神社ツアー等
望む方向へ、意識を向け続ける望む方向へ、エネルギーを出し続けましょう。意識エネルギーを向けた方へ進んでいくのは、自然なことです。今、「望む自分」のさらに奥にある自分と共に進んでいくためのことが、起こっているようです。簡単に言うと、表面的な喜びの奥にあった、本質的な望みへと向かうようになっていくということ。本質的な喜びとは、愛とともに在るということなのかもしれません。人を愛するとは?自分を愛するとは?そんなことを、改めて考えるタイミングなのかもしれません。自分を辛くさせ
こんにちは😃わたしはスピリチュアルは受け入れられる人と受け入れられない人に別れると言う経験をしたことがあります特定の宗教を信仰している方特に一神教の宗教を信仰してらっしゃる方は排他的傾向が強いと思われますわたし自身が一神教の宗教を信仰していてわたし自身が人生の中で暗闇を彷徨いどん底に堕ちるまで大変、排他的思考の人間でしたスピリチュアルも馬鹿にしていましたし同じ一神教でも、教派が違うと違う教派を否定していました受け入れる。と言うことが出来なかった視野が1点しか見て
新しい私との出会いを、楽しんでいますか?変化の時期は、いろいろなことを感じるものです。ときには、もやもやすることもあるでしょう。そんなとき、あまり深刻に考えすぎると、だんだん気分が滅入ってきます。そうすると、心も視界も曇っていきます。もやもやを感じたら、まずは深呼吸。いったん落ち着いて、リセットしてみましょう。そして、少し落ち着いたところで、「私は、何にこんなにもやもやしているんだろう?」と、その感覚を眺めてみる。もやもやが悪いわけではありません。むしろ、何かをキャッチ