ブログ記事91件
連達人間国宝。落語2席。連達の味わいである。最近は弟子の白酒をよく聴く。師匠選びって、重要なのだ。日本橋公会堂。二階の1列目。いいね、ここ!
「くもすけやしきぼうにしがみつくなり」(木端美人)どこかの党首のようでもあり!
期限間近の招待券仕事を遣り繰りして金曜日の午後に有給取って向かいましたギリギリ2時半の仲入り前に滑り込みました。平日だと言うのに昼夜共に満員御礼小せん、二楽、志ん輔、木久扇、正雀、小里ん、天どん、圓歌、雲助、甚五郎、菊之丞、桃花、他木久扇さんは笑点の裏話たい平さんの息子で祝二枚目になった咲太郎さんはまだまだ発展途上中の初天神菊太郎さんは故喜多八さん作、噺家の夢弁財亭和泉さんの新作、匿名主婦只野人子は予想外の熱演で大爆笑真打昇進から見守ってた甚五郎さん貫禄と余裕の新聞
水分峡にあったゴルフの打ちっぱなしと焼肉雲助がない~!!!雲助は新幹線沿いと水分に結構デカくて派手な店があったけど、墓地になっとる~。雲助の痕跡を探し歩くと・・・あったぁ~!この地図、北が約45°ずれているので違和感ありまくりなのと、安芸町の記載、安芸高校のバス停の記載から、安芸高校開校の1974年4月と安芸町消滅の1974年11月の間に描かれたんだな。ワシが雲助雲助と繰り返すので介護士は飽きれていたけど、地図に載るような店だったんです(笑)!かく言う
おそえも〜ん、貫さんっす!!今回もネチケットに気をつけて頑張りますっ、キラリン☆ノノまず最初に定年退職の手続きに仕方なくようやくマイナカードを申請したんですけどやはりお上のやる事はどんだけ遅いのか?これぞ典型的なお役所仕事ですなぁ〜?申請したのが去年12月のはじめでようやく受け取りに来いって手紙が届いたのがこの週末で受け取り予約(こんなの必要?)が6営業日後だとかで予約取れたのがそこからまた更に一週間後だそうで…呆れるほどやる事が遅いわな〜!!🤬🤬🤬
事務所定時で終わるのがわかって…食料を買い込みしてから向かった先は浅草演芸ホール❢初席に行ってきました❢^_^あいにくの☔だったけど、久々の浅草演芸ホール❢ある師匠は地獄の興行ですよ深い時間になるほどお客さんは帰ってしまって、来る人は増えないとでも楽しかったな〜にゃんきんさんにバナナとサワーを舞台に差し入れるサラリーマンのお兄さんがいたり…小ゑん師匠の鉄の男も楽しめたし…短い持ち時間に雲助師匠は勘定板、権太楼師匠は代書やを掛けてくれたり…さん喬師匠はちりとてちん相変わら
私は、植物の世話をするのが下手くそです。英語では、BrownThumb(茶色い親指)と言うそうです。私にかかるとサボテンも枯れる。そんな私のところにオリヅルラン(折鶴蘭)がやってきました。友達からの預かりものです。ちょっと元気がなさそうな感じの二鉢。大丈夫かなあ。友達:「小さい方はあげるよ。大きい方は知り合いから預かってるので、いずれ彼女に返すからよろしくね。」責任重大。オリヅルランは強いと聞いてるから、君たちの生命力に懸けるよ。直射日光に当たらない明るいとこ
パリで男子マラソンやってるころ、池袋演芸場の千穐楽に籠った。真夏の小三治では恒例だったが、今年もやるとは思わなかったな。オリンピックも気になるので中入りでTverで見ようとしたが上手く映らない。この世間との隔離感も悪くない。昼の部の途中入場だが補助席含め満員である。かろうじて最後列のパイプ椅子に座れた。こんなことは滅多にないので、トリの雲助の力だろう。夜の部は池袋の適正人数となったが、正雀はネタ出ししているので、それ目当ての良い客ばかり。落ち着いた雰囲気だ。落語の演目だけ忘れないうちに記す(
池袋演芸場のHP見たら好きな噺家が多かったので11時に並びに行った。なんと誰もいない。夏の小三治のイメージが強すぎたか、なんか気負った自分が恥ずかしい。とはいえパリでも同胞が頑張っているのだから炎天なにするものぞ。たまに寄席に行くと初めて出会う芸人に興味がわく。面白ければ脳裏に刻まれ、つまらなければ記憶に残らない。この日の初見はみんな面白かった。桃月庵黒酒は名前からして白酒の弟子だが、出てきた時面白いに違いないと感じさせる雰囲気をもっている。「金明竹」は同じセリフを繰り返す面白さではあるが、黒
県道732号線と旧東海道との交差点脇には伊豆箱根バスのバス停「旧街道石畳」がありました。周りには人家や施設らしきものは何もありませんので、多分旧東海道を歩く人が利用するだけのバス停なのでしょう。石畳の道が続きます。1分強歩くと、石畳は水に流され地肌が現れている場所になりましたが、道標を見ると「於玉坂」と刻まれていました。「お玉」とは、関所破りで処刑(打ち首さらし首)された少女の名前で、この坂で処刑さえたと伝えられています。近くには「お玉」を哀れんだ村人が「お玉」の首
”ちょっといい話-⑤”-戸板康二●近衛篤麿がウィーンに行っているころ、辻馬車のことを「雲助」と呼んだ。その国の言葉ではドロシュケである。和田垣謙三博士が、近衛公からそれを聞いて、いった。「雲泥の差ですな」✪永井荷風の家に、じつの甥で、詩人の阪本越郎が訪問した。親類縁者を何よりも嫌った荷風さんは、玄関に出てきて、「先生はご不在です」✪永井荷風は、第二次大戦後、浅草の踊り子と親しみ、その楽屋に行ってニコニコしていた。荷風が文化勲章を贈られるという記事を新聞で
柳家小三治が亡くなってから落語で人間国宝が空席だったが、五街道雲助が選ばれた。経緯は全く知らないけれど、相応しい人選だと喜んでいる。同じ年恰好で好きな噺家は他にもいて、例えば柳家権太楼や柳家さん喬だっておかしくない。75歳くらいだと思う。柳家が続くのを避けたのかな。雲助は古今亭の流れだから(雲助の師匠は10代目金原亭馬生でその父は古今亭志ん生、弟が志ん朝なのは有名)では三遊亭や春風亭、林家を亭号とする噺家にはいないのか。うーん。寄席でトリを取ってるときに行きたくなる噺家で75歳見当だ
山中城の本丸と岱崎出丸の間には、江戸時代に整備された箱根旧街道(五街道の一つ東海道)が通っています。歩道橋の右側に、箱根旧街道の入り口があります。石碑があります。雲助徳利の墓雲助とは峠で駕籠かきをしてた通称。時代劇では、旅人からボッタクリや追い剥ぎで馴染みあるけど、善良な雲助もいました。元は武家の生まれ、読み書きが出来て、弱気を助け強気を挫く人柄だったので慕われたそうです。芝切り地蔵箱根旧街道石畳江戸時代、江戸に参勤している大名や国元へ急の知らせを早馬で駆けました。山中城案内
2024年問題・・・今になって対策考えると?とりあえず先送りすればいいだけじゃないの?何に引きずれられてこうなったかは明確。基本に戻れ!
■最近出会わなかったがここに居た!「雲助」!…ルンバとゲバラとヘミングウェイの共和国へ!■最後の訪問地[シェンフエゴス]のバス・ターミナルに、やや遅れての到着だ。出迎えの人々で左程広くもないホールはごったがしている。ターミナルの建物を出るとここも変わらずの、各種タクシードライバーのたかっての歓迎の渦だ。此方としては、何時までたっても慣れない儀式だ!この[シェンフエゴス]は、ガイドブックにも紹介文はあるものの街の地図の掲載等はない。到着したバス・ターミナルには、こんな
京都街歩きの記事を終え、「旧東海道歩き」に戻ります。旧東海道歩きは「箱根旧街道」東坂を下っています。「甘酒茶屋」を過ぎ「畑宿」に向かいます。「追込坂(おいこみざか又はふっこみざか)」と名付けられた緩い坂です。このあたり旧東海道と旧国1道と重なっています。箱根旧街道石畳は、関東大震災(1923)および北伊豆地震(1930)など、度重なる災害により多くが崩壊、埋没してしまいました。残された一部を再現し、自然歩道として神奈川県が整備しています。
おかげさまで12月2日一之輔ひとり会中電ホールなんとか完売に手が届きそうです!あと栄プレチケに2枚芸文プレイガイドに数枚・・・今池の分きてるはず。ローソン、ぴあは完売。当日券はでない可能性ありです。よろしくお願いします!さてさて。朝晩はめっきり寒くなってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?お待たせの「雲助・白酒親子会」先行発売のお知らせです。長くなりますが、最後までお読み頂きますようお願い致します。【ご案内】2023年3月2
9月になりました。浅草の夜トリはさん喬師匠なので、雨の中行って参りました。途中入場歌武蔵相撲漫談風藤松原漫才雲助夏泥仲入り小平太猫の皿喬之助寄合酒ニ楽紙切り馬石たらちね小菊俗曲さん喬抜け雀終演8時45分雨の浅草、久しぶりの抜け雀聴けたし、雷鳴っても寄席は楽しい❢
🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀ご訪問ありがとうございます皆さまを素敵な流れに導けますよう今日一日の過ごし方をタロットとオラクルカードにより伝えさせていただいておりますよろしければ参考になさってみませんか?🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀本日のメッセージ今日は『実現可能』を意識してみましょ協調性があり自制心も持てるので周囲とも上手く調和がとれて相乗効果が期待出来る日みたいそんな日は高すぎる理想を追っても実現は無理なのよ過信しないで本当の自分を意識して現実的に実現
古代史擬【一】義理と人情とは日本は過去、百済に、唐に占領されていた前人未到で、これまで何人もなしえなかった日本古代史の解明を、何の参考らしいものとてもなく、まったく自力で独特解明してこられたのは何故だろう。まったく、これまでの日本史では例外ともいうべき納得できる真実で読めば合点でき、これが本当だなと判るのですが、民族の血の流れでしょう。誰もできなかったのは、日本という国は儲かることでなくてはしない。真実の歴史の解明なんか一銭にもならぬ。だから身銭をきって
「明日、こんな落語会あるけど行く?」我が家の芸能評論家からのお誘いだと思いました。しかし、よく聞いてみると、自分は3回目のワクチンを打つので、体調が心配だから代わりに行かないかというチケットを売りつけるためのセールストークだと分かりました。しかし、顔付を見るとこれが渋い!雲助、小満ん、一朝。演目は別にしても、これは相当に渋い顔ぶれです。彼女の策略だとしても価値はあります。「じゃあ、行かせてもらうよ」とチケットを受け取ります。私が敢えてチケット代を払わないでいると、当日に6月の
『プーさん』そっくりな雲が!(画像借り)で、安心させといて(笑)今回違う方のクモの話!!糸を出し、鋏各に毒線を持ち、それを用いて小型動物を補食する、肉食性の陸上節足動物と同様に「虫」と扱う動物群の一つである巣をはって、『来るまで待とう俺の餌』なんて、なまくらで狩りが面倒?『鳴くまで待とうホトトギス』みたいに辛抱強い性格?(笑)【蜘蛛】あっ、スルーしないで可愛く(?){月子イラスト}をあしらっておいたから(笑)川縁で罠を張ってた凄いでっかい蜘蛛足を広げた姿は人間の手の平ぐ
圓朝祭今年の圓朝祭、ブログは「団扇の写真」から始めようと思っていたところ、噺新聞さんに先にやられてしまいました。なので団扇続きでリブログさせていただきます。毎年いただく団扇がたまり…たまると未練で…なかなか廃棄できません。いさぎよく処分する日が来るかどうか…とりあえず写真に収めようと、パシャリ📷❗️▼2013年、2014年、2015年、2016年【表】▼2013年、2014年、2015年、2016年【裏】▼2017年、2018年、2019年、2020年
[2日目]朝ご飯は、和定食でした焼さば、大好きです10時にチェックアウトフロントの方たちの対応、サービス、居心地、全てが印象の良いホテルでしたホテルから「強羅駅」まで徒歩3分。ケーブルカーで「早雲山駅」へ🚠「早雲山駅」でロープウェイに乗り換え🚡ほとんどガラス張りなので、こうやって写真を撮ると、山々を見渡せて、かなり大迫力です『大涌谷』が見えてきました「大涌谷駅」で途中下車🚡自撮りできるように、カメラを乗せる台がありましたこういう
1990年に嫁と娘の来日に向けたビザ発給までマニラに長期居候滞在します・・・娘の”洗礼式”は滞りなく終わり”洗礼証明証”も30分ほどで発行してもらえ思わぬ展開に満面の笑みで教会を出た下記のいずれかのクリックにて応援のほどを宜しくお願い致します・・・にほんブログ村にほんブログ村おはようございますHamreyです教会からの帰りもタクシーになるのだがフィリピンのタクシードライバーと云えば雲助ドライバーとの悪評は有名であ
皆様、謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年もとっちらかり状態のこのブログを宜しくお願い致します。さて、あたくしは正月三が日は、満勤の乗務三昧です。三ヶ日間いつも以上にふて腐って乗っている事でしょうが、あまり気にしないでくださいな。
こんにちはです。生きてます。相変わらずの貸切絶望状態ですが会社も存続しており、おかげ様でまだバス雲助継続出来て相変わらずトロッピーやってます。マスクもグラサン姿も社会的に完全に許容されたので、堂々とトロピカルですさて、久しぶり?なのかな…バス運転手が注射違反(つめたいの)で捕まりましたね。中部地方公営の車庫所属の委託会社バス乗務員のようです。ちなみにあたくしとほぼ同年齢でしたね。記事によると、パクられた当日までつめたいのキメテ、丸八ブランドの付いたバス乗務してた模様ですね丸八
しばらく御紹介が出来ないでおりましたが😊幸せな様子が届いております🎵雲助くん💓ワクチン2回目行ってきたそうです😊診察台でこの表情😁怖かったね~😂頑張ったね~😂「手がコゲコゲのクリームパン💓」だそうです😆順調に成長してますね❕おあげさんは先住のとうふ兄さんと小さいハンモックにぎゅうぎゅう😆猫あるある😆はみ出してますよ😆ねね、ここ姉妹💓あいかわらず見分けがつかない😅ここちゃんが柔らかい所におもらしをしてしまうと相談がきてました💦偶然にも我が家にいたココも小さい頃にそんな
野良猫が仔猫を置いていきました。。。的な相談に、あなたも頑張ってくれるなら私もお手伝いします、と伝えると。その後連絡来なくなったりする場合もあり。結構譲歩して、じゃ、うちとしてはここまでやりますからと結構な条件まで提示してその方が動いてくれるよう粘ってみるんですよ、いつも。けど、動かない人は動かない。わかってるんです。それはわかってるんです。と言う人ほど動かない。わかってないって事だよね(-_-;)その後どうなったか気にならないわけではありませんが、そこまで追いかけてる余力はな