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【現代人にも通じる、最も確信的な結婚前の宣言―「あなたは、私の妹、私の花嫁」】雅歌の中で、ソロモンが愛するシュラムに繰り返し語りかける、あの謎に満ちた言葉――「わたしの妹、わたしの花嫁」。文字通りに受け取れば、それは近親の関係を示唆する、律法に触れる禁断の言葉に聞こえる。それは現代においても「私の妹、私の花嫁」は相容れない間柄ではないだろうか。しかしもし、この呼びかけが地上の表面的な血のつながりではなしに、もっと根源的な血のつながりであったとしたら。その瞬間、この言葉は時を超えて、現代を生
【私の妹、私の花嫁のさらなる考察】4章9節ソロモンには多くの花嫁がいました。彼が望まずとも、宮廷の権勢や政治のために花嫁は次々と与えられました。しかし、その中で彼がわざわざ名を呼び、「わたしの花嫁」と語りかけた相手はただ一人、シュラムだけでした。なぜソロモンは、数ある花嫁の中でシュラムだけにこの言葉を告げたのでしょうか。それは、ソロモン自身が問われていたからです。――自分は本当に彼女にふさわしい花婿なのか、と。シュラムは神輿に乗るソロモンを描くとき、彼の頭には「母君が作った花婿の冠」が置か
【ソロモンの隠された妹】4章9節雅歌三章一節から四節は、単なる恋の昂ぶりを描いた場面としてはあまりにも意味深である。夜に愛する人を探し、ついに見つけ出して「母の家」「わたしを産んだ者の寝室」へと導くこの場面は、恋の甘美な情景以上の何かを秘めている。そこには、シュラムが胸に抱えた「出生の秘密」が伏線として潜んでいた。ソロモンは、その「母の家」の奥で、決定的な証拠を目にしたのかもしれない。たとえば、ダビデに由来する品々、あるいは王家の血筋を示す証。その瞬間、彼はシュラムがただの田舎娘ではなく、自
ソロモンの無いものへの憧れ8節―完璧なレールの上で憧れた、父の「荒々しさ」ソロモン。彼は父ダビデが、血と涙と罪と悔い改めの果てに築き上げた、あまりに完璧な平和と繁栄の王国という「しっかりし過ぎたレール」の上に生まれてきてしまった。彼は全てを与えられていた。しかし、その完璧な環境は同時に、彼から一つの重要な「冒険する自由」を奪っていたのかもしれない。彼は父のように荒々しく間違いを犯し、神と本気で取っ組み合いの喧嘩をするという、その情熱的な体験をすることができないのだ。父ダビデ
【頂上で己をかみしめる】8節ソロモンは生涯、常に守られた王であった。百人単位の護衛、数千にのぼる戦車と騎兵、日々豪奢に整えられた食卓、そして数えきれぬほどの金銀財宝や女性たち。そのすべてが、彼を取り巻く「王としての世界」であった。そこには不安を寄せつけぬ力と制度があり、彼は絶えず守られ、満たされる存在であった。しかし、レバノンの山頂に立ったとき、そのすべては剥ぎ取られる。戦車も護衛もなく、華麗な宮殿の食卓もない。ただ雪に覆われた静謐な空気と、一人の女性――シュラムだけがそばにいる。そこにある
奇跡の才能―ダビデとベートーヴェンをその一身に宿した王4章8節ダビデとソロモン。聖書に燦然と輝く、この偉大な父と子の詩人。彼らの魂のスタイルの違いは、一方は「内面描写」に、もう一方は「情景描写」に徹しているという完璧な対極にあった。この二つの異なる才能の関係性を理解するために、私たちは一度、西洋音楽史へと目を転じてみたい。そこには驚くほど似た構造が存在するのである。モーツァルトまでのドイツ音楽は、基本的に人間の感情(喜怒哀楽)という「内面描写」が中心であった。しかし、その伝統
あえて描かなかったソロモンの内面描写―雅歌と詩篇、父と子の魂のスタイル4章8節序論:描かれなかった「登頂」の謎雅歌4章8節。ソロモンは愛するシュラムの女性を、香りに満ちたレバノンの山麓から、一気に雪に覆われた清浄な山頂へと誘う。しかしここで、一つの奇妙な「沈黙」に気づかされる。ソロモンは「一緒に下ろう」という下山の言葉は語る。しかし、そこへ至る登頂の描写は聖書のどこにも存在しない。彼らはあたかも瞬間移動したかのように山頂に立っている。その最も困難で、最もドラマティックであった
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。聖書心の灯火チャンネル✝️今日も聖書✝️聖書心の灯火チャンネル雅歌第1章ソロモンの雅歌2どうか、あなたの口の口づけをもって、わたしに口づけしてください。あなたの愛はぶどう酒にまさり、3あなたのにおい油はかんばしく、あなたの名は注がれたにおい油のようです。それゆえ、おとめたちはあなたを愛するのです。4あなたのあとについて、行か
聖書のシュラムの女を描きました。久しぶりに神話ワンドロで描いたイラストです。そちらに加筆してみました。最近、以前載せたソロモンとシュラムの女の1P漫画を載せた記事に、アクセスが増えてます。『ソロモン王とシュラムの女【イラスト漫画】聖書の雅歌に登場する若い男女カップル』聖書のソロモン王とシュラムの女の漫画風イラストを描きました。この2人は聖書の「雅歌」に登場する若い男女で恋人及び夫婦です。シュラムの女とは雅歌のヒロインのこ…ameblo.jpそういえば、シュラムの女のイ
【香りの探求】8節山麓に広がるレバノン杉やネズの木、没薬・乳香の香りは、シュラムの嗅覚を穏やかに刺激し、視覚と嗅覚の両方で自然の豊かさを伝えていた。しかし、ソロモンはこれらの香りに浸りながらも、あえて山頂への登頂を選ぶ。雪に覆われた頂上の空気は清浄で、視界は晴れやかに広がり、香りは低地に比べて控えめである。ここでの体験は、これまで触れてきた美と香りを一度整理し、心を新たにする時間となる。登頂は、まるで「新たな自分を見つめる」時間のようである。シュラムと共に歩んできた道の記憶や、香りの豊かさを
神殿とレバノン―ソロモンの二つの美学一、生の収奪としての神殿レバノンの山で切り倒された杉は、単なる建築資材ではなかった。それは、山の霊気、労働者の血、そして獣たちの縄張りと格闘しながら得られたものであった。それらが神殿として組み上げられたとき、建物自体が巨大な吸血鬼のように、数多の生命のエネルギーを吸い込んで凝固した。だからこそ神殿は、生き生きとした輝きではなく、生命を窒息させるような「鈍い輝き」を放っていたのであろう。二、生きた神の不在と石板の孤独「マナ」や「アロンの杖」という
獅子と豹が支配する「生」の現場4章8節そこには「死」の重なりとしての恐怖が待ち受けている。獅子の隠れ家があり、豹が住まう山なのだ。己の縄張りを侵す者に対し、彼らは必死の抵抗で対峙する。空腹に飢え、よだれを垂らし、我々を胃袋を満たすための褒美として狙う獣たち。そのギラギラと輝く眼差しは、生への執着そのものであり、ソロモンの目には実に美しく映ったに違いない。そこにあるのは、宮中で王に好かれるために媚びを売り、煌びやかに着飾る花嫁たちの、白粉の匂いがするような美ではない。生きるか食われるか。そ
ソロモンが求めた極限の縦走8節ソロモンがシュラムに求めたのは「一緒に下ろう」という誘いである。登るのではない。3,000メートル級の極限の地まで登り詰め、そこから共に下ろうというのだ。これは小学校の遠足のような生易しいものではない。現代のような十分な装備がある時代ですら、滑落や遭難で毎年多くの死者を出す過酷な世界である。裸にされる王の栄華当時の装備で、3,000メートル級の山に挑むことがどれほど命懸けであるか。ソロモンがどれほどの栄華を誇り、地位や名誉、財産を手にしていようとも、登山にお
【ヘルモンの頂:具体的・地理的事実】8節一、圧倒的な高度と地理ヘルモン山は、アンティ・レバノン山脈の最南端に位置する最高峰です。標高:2,814メートル。周囲のどの山よりも高く、パレスチナ全土からその姿を確認できる「地域のランドマーク」です。三つのピーク:山頂は一つの点ではなく、三つの異なる峰が連なって形成されています。そのため「ヘルモン(複数形)」として言及されることもあります。視界の支配:頂上からは、南はガリラヤ湖やヨルダン渓谷、西は地中海、東はダマスカスまでを完璧に見渡すこと
【セニルの頂:具体的・地理的事実】8節一、名称の由来と特定セニルは、アンティ・レバノン山脈の主要な部分、特にヘルモン山の北側に連なる稜線や峰々を指す名称です。アモリ人の呼称:申命記3章9節には「ヘルモンをシドン人はシリオンと呼び、アモリ人はセニルと呼んでいる」と明記されています。つまり、同じ山塊を異なる民族がそれぞれの視点で呼んでいました。「鎧(よろい)」あるいは「胸当て」:アラビア語や古代の言葉の語源では、セニルは「鎧」を意味します。これは、山の斜面が露出した滑らかな岩盤(石灰岩)
【レバノンおよびアンティ・レバノン山脈の現実的特質】4章8節一、峻険な垂直の壁レバノン山脈は、地中海沿岸から突如として立ち上がる、標高3000メートル級の巨大な石灰岩の壁です。断崖絶壁:海岸線からわずかな距離で一気に高度を上げるため、そこは「見上げる場所」であり、容易に人を寄せ付けない要塞のような険しさを持っています。白き山:「レバノン」の語源はヘブライ語の「ラバン(白い)」に由来します。これは年中消えることのない冠雪、あるいは露出した白い石灰岩の岩肌を指しており、下界の乾燥した褐色と
【アマナの頂:具体的・地理的事実】8節一、位置と山系アマナ山は、アンティ・レバノン山脈(東レバノン山脈)の最北端に位置する峰を指します。現在の場所:現在のシリア領内、ダマスカスの北方に位置する「ジェベル・ゼバダニ(JebelZebadani)」付近、あるいはその山脈全体を指すと同定されています。二つの壁の端:西のレバノン山脈と並行して走るアンティ・レバノン山脈が、北へ伸びていくその到達点に近い場所です。二、「アマナ川」との関係この山頂は、同名の「アマナ川(現在のバラダ川)」の
シュラムの「欠点」は、彼女の物語ソロモンの前に現れたシュラムの女性。彼女のサンダルにはブドウ園の土がついていたかもしれない。彼女の黒髪には気づかないうちに一枚のぶどうの葉が絡まっていたかもしれない。そしてその姿を、エルサレムの着飾った乙女たちは陰で笑っていたかもしれない。しかし、それこそが彼女にとっての「落ち葉」であった。その土の汚れやぶどうの葉は、彼女がただの美しい宮殿の人形ではなく、ブドウ園で働き、汗を流し、太陽の下で懸命に生きている一人の生身の人間であることの、何よりの証であ
こちら、細々と続けている聖書通読が、今日で旧約聖書の雅歌(がか)を読み終えることができました。次は、知恵の書に入ります。聖書の恵みに感謝しています。皆様にも同じ恵みがありますように。以下は、聖書からの引用です。雅歌8:6JA1955[6]わたしをあなたの心に置いて印のようにし、あなたの腕に置いて印のようにしてください。愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です。聖書口語訳:(c)日本聖書協会JapanBible
【完璧でない、美しさ】4章7節―雅歌に学ぶ、わび・さびの愛―「わたしの愛する人、あなたはすべて美しい。あなたには欠点がない」(雅歌4:7)ソロモン王が愛するシュラムの女性に捧げた、この究極の賛辞。私たちはこの言葉を、彼女が一点の非の打ち所もない完璧な人間であった、と読むべきなのだろうか。いや、おそらく真実はそのもっと深く、そしてもっと逆説的な場所にある。ソロモンはむしろ、完璧ではない、そういう欠点があるシュラムをこそ愛したのではないだろうか。落ち葉という名の、命のしるし
【透明な心】4章7節「わたしの愛する人、あなたはすべて美しい。あなたには欠点がない。」この言葉は、単なる外見だけではない。ソロモンは、飾り立てた女性たちの中から、ひときわ異なる存在としてシュラムを見抜いていた。エルサレムの女性たちは、光る装飾を身にまとい、欠点を覆い隠そうとする。彼女たちの美しさは、輝きの中にあるように見えるが、その奥には不安や弱さが潜んでいるのだろう。しかしシュラムは違う。兄たちの命令に従い、畑を見張り、日差しを浴びながら働く彼女には、飾る時間も余裕もない。光る宝飾では
【香りを求めて―貧しいシュラムが知る、本当の宝物】雅歌4章6節「わたしはミルラの山に行き、乳香の丘に行こう」この一節は、主語が曖昧であり、長い間、謎に包まれてきた。一体、誰がこの神秘的な旅立ちを宣言しているのか。ソロモンか、それともシュラムか。しかし、聖書のページを注意深く遡れば、一つの揺るぎない答えが浮かび上がる。この言葉の主は、シュラム以外にありえない。物語は3章6節に遡る。エルサレムの通りを、煙のように立ち上る香りを纏った一台の輿がやってくる。それは、砂漠の道を通って商
【ユリで結びつく夢の中のソロモン】ソロモンは、シュラムの乳房の間に小鹿とガゼルがいると表現していますが、ここで重要なのは、ガゼルや小鹿自体が乳房を意味しているわけではないと考えました。むしろ、ソロモンは「ユリの花の間で草を食べる小鹿・ガゼル」という描写を通して、ソロモン自身がシュラムの乳房の間から見える光景を示していると考えられます。つまり、乳房の間をユリの谷として描くことで、間接的に乳房の存在を示しつつ、具体的な表現を避けているのです。この構図は、2章1節の夢の描写とも対応しています。2章
【シュラムの身体描写における乳房表現の特徴―小鹿とガゼルの双子に託された意味】4節1.これまでの描写の具体性と明確さソロモンはシュラムの身体の各部を順に描写してきました。目は鳩で、純粋さや忠実さ、ただ一つを見つめる力を象徴し、髪はペルシャの絹やヘンナで艶と光沢を表現、歯は羊やヤギの比喩を通して均整の取れた美しさや健康を示しています。口唇は緋色で、色彩の鮮やかさと自然の美しさが表現され、頬はザクロに例えられ、瑞々しさや生命力を示しています。これらはいずれも具体的な対象や色彩によって、読者
【シュラムに託す内なる敵】4節ダビデの歴史を見ると、王は外部の敵だけでなく、内なる敵に苦しめられることがありました。たとえば、バテシバとの関係において、ダビデは自身の欲望と権力の衝突から、ウリアの命を奪うという過ちを犯しました。この事件は、王であっても内面からの揺らぎや過ちが、王国全体に影響を及ぼすことを示しています。外の敵は剣や盾で防げますが、内側から迫る問題、つまり心の迷いや信仰の揺らぎは、非常に克服が難しいのです。ソロモンも同様に、外部から来た姫君たちの偶像崇拝の影響に悩まされます。外
【鳩の目が生かされる時】4節ソロモンはシュラムの目を「鳩の目」とたとえました。この表現には、単なる美しさ以上の意味が込められています。鳩は視力が非常に優れ、遠くのものを正確に見つめることができます。ソロモンにとって、シュラムの目はまさに「千里眼」のような存在でした。シュラムは日常的に物見台に登り、ブドウ畑や周囲を見守る生活をしていました。この物見台の姿が、ソロモンの眼には「ダビデの塔の頂上に立つ守り手」として映ったと考えられます。つまり、シュラムの鳩の目は、ダビデの塔に立つ位置と物理的に結び
【シュラムはザクロが似合う理由】3節雅歌の中で、ソロモンは愛するシュラムの頬を「割ったザクロ」に喩えています。なぜ桃ではなく、ザクロだったのでしょうか。その理由を整理すると、次のようになります。日焼けした肌との調和シュラムは野で働く娘であり、太陽に焼けた褐色の肌をしていました。淡い桃のようなピンクは、白い肌の女性にはふさわしい喩えかもしれません。しかし、褐色の肌にはもっと力強い赤が必要です。ザクロの鮮やかで深い赤は、彼女の日焼けした肌に自然に映えます。生命力と豊かさの象徴ザクロは外
【緋色の糸に隠されたソロモンの想い】3節ソロモンはシュラムの唇を「緋色の糸」と表現しています。この比喩には単なる色の美しさだけでなく、糸そのものが持つ象徴性が含まれています。糸は細く、繊細で、また人と人を結びつける役割を持ちます。このことから、ソロモンはシュラムの唇の美しさを視覚的に捉えるだけでなく、その唇が発する言葉の性質や影響までも見抜いていたと考えられます。まず色についてですが、緋色は茜の根から取れる天然の染料であり、強い赤色で遠くからも目立ちます。ソロモンは化粧による人工的な赤ではな
産みの苦しみは女性だけではない―雅歌の産みは喜びである序論:「産みの苦しみ」の再定義創世記3章16節。神は罪を犯した女にこう告げられた。「わたしは、あなたの産みの苦しみを大いに増す」と。この言葉は長い間、ただ女性の出産という個人的な体験に限定されて解釈されてきた。しかし、もしこの「産みの苦しみ」が女性だけのものではなく、イスラエルという土地そのもの、そしてそこに生きる全ての命の存在そのものに関わる、一つの壮大な『宇宙的なドラマ』であったとしたら。雅歌という書物は、全く新しい、そし