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本日は一日で三カ所巡ったまとめの記事です。三カ所の過去記事は↓をご覧下さい。『宝陀寺(杵築市大田)の小さな仁王像|早く会いたい!山門で見つけた、ちっちゃな門番』こんにちは、宿守(やどもり)です。今日は、どうしても早く会いたくなった仁王像のお話です。きっかけは、ブログで交流している方の投稿でした。杵築市大田にある宝陀寺…ameblo.jp『大分県杵築市大田・田原若宮八幡社の仁王像と随身』こんにちは、宿守(やどもり)です。【満足した帰り道に、また仁王さん!】昨日の続きです。前回の記事は↓こ
こんにちは、宿守(やどもり)です。仁王像に会いに出かけたこの日。帰ろうとするたびに、思いがけない出会いが待っていました。最初の宝田神社では、入口に仁王像。そして、門の中を覗くと、そこにも小さな仁王像がいました。『宝陀寺(杵築市大田)の小さな仁王像|早く会いたい!山門で見つけた、ちっちゃな門番』こんにちは、宿守(やどもり)です。今日は、どうしても早く会いたくなった仁王像のお話です。きっかけは、ブログで交流している方の投稿でした。杵築市大田にある宝陀寺…ameblo.jp次に、帰り際に
仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの啓典宗教とは異なり、神道(随神)は宗教ではないのです。何故なら、神道とは人の教えではないからです!ちっぽけで自我と自己顕示欲の塊のような「キリスト」、「モーゼ」、「マホメッド」、「釈迦」などの生きながらえても100年程しか生きることが出来ない人間が構築した教えではなく、この宇宙、世界そのもののダイナミックな普遍意識が造った教えだからであります。此等の啓展宗教とは教義の根底に「人(個人)」を据えて、人の欲するものや、人の為に、人の救いの
この世は、生命で満ち溢れている。細菌だろうか、黴だろうが、毒蛇や、熊やゴキブリでさえも、命を与えられているのです。命とは、この物質世界の存在の手段として、用意されたものなのです。命とは物質に付与される事で、生成化育してその使命を果たしていくものであるのです。命あるものは総て、その使命を全うするために作られたものなのです。何故、その様なことが行われるのか?回帰の為真円に至るための浄化向上に他なりません。私とか、人類とか、個人とか、個性とか、アイデンティティとか、存在意義とか
顕幽表裏の勉強会に参加した人にはお伝えしています、私の家筋に伝わる随神の「除霊の湿布」です。効きますよ‼作り方は簡単効果抜群‼材料:①半紙10枚程度、②サージカルテープ、③どんぶり、④ヘラ、⑤水、⑥○○少々、⑦塩大匙1杯、⑧○○○50~100gどんぶりに⑤、⑥、⑦、⑧をいれてヘラで混ぜる半紙を2つ折りにしてその上に練った物を塗ったら、更に半分に折ったものを身体の○○にテープで貼り付けて、2~30分したら剝がせば、霊障や怠さ等(内気の循環が正常化し)がすっきりと
神職が教える神道(随神)と霊学・霊術の勉強会です!修行なくして、努力精進なくして本当のことは理解できないのです。神社では学べない神道霊学・霊術を参加者にお伝えします。関西勉強会は下記の内容と日程で行います。1.参加者各自の地力(念)を上げる2.正しき信仰心(正神)を育む3.拝神行事(祭式)がキチンと出来る4.その場所と神霊の正邪を見極める(霊査)5.拝神祈祷、修祓(除霊)が出来る以上、基本的な防御霊術や神霊の正邪を見分ける眼を養い、穢れや禍物を祓う修祓と
大暑(たいしょ)大雨時行(たいうときどきふる)おはよう、こんにちは、こんばんは。そして、ありがとうございます。イケメン4特集。出かけた先で、いただいた麺の中で、最もイケてると感じた麺たち。栃木県栃木市にある、大童の担々麺。ここの担々麺は、唯一無二のオリジナル。中毒性があり、安定の美味しさ。栃木県小山市の凛星の冷やし鯛ラーメン。今季、初登場らしい。この店は太っ腹で、麺が多い。茨城県鹿島市の随神(かんながら)のきのこ蕎麦。新感覚の攻めた蕎麦だったけれど、美味。栃木
開催決定!!9月より関西勉強会を再開します。神職が教える神道(随神)と霊学・霊術の勉強会です!基本的な防御の霊術や禍物を祓う刀印の祓、神霊の正邪を見分ける眼、修祓が出来るようにと、9月の関西勉強会は下記の講座と日程で行います。初めての方、どなたでも参加できます。【関西勉強会】日時:9月12(土)∶9:00〜15:00場所:関西の神社日程∶禊(鳥船)、拝神行事、神道祭式、修祓実修、降霊術・警蹕実修、直会会費:講員12,000円、一般14,000円日時∶9
顕幽表裏の勉強会は、神職による「神社」と「神道」の勉強会です。古来より続いてきた真実の神道(8世紀以前の神道)の教へと、神霊や眷属、霊術等を次の世代に伝へていく「随神(かんながら)」の会であります。誰でも、異宗教の方でも、霊能者でも、スピラーでも参加することができます。但し当会は、インチキスピラー、詐欺師霊能者、知識だけを盗みに来る輩、性格に難がある輩たちは、その場でお帰りを願っております。私達の後ろの眷属や霊団が、そうした者たちを許さないからです。随神を学ぶにあたって「誠」の心無きも
開催決定!!9月より関西勉強会を再開します。神職が教える神道(随神)と霊学・霊術の勉強会です!この度中止していました関西勉強会ですが、9月より再開できることとなりました。その間、関西の会員有志が集まって、道場禊場を借りて禊や拝神行事を行いましたが、道場のある○○舎には様々な神霊や想念体が漂っていますので、きちんと結界や修祓をしてから修行に入りませんと最悪被ってしまうことがあります。今回は私の眷属神霊様にお願いして、当日見守りに行って頂きましたが何事もなく済んだので安堵致
宇月庵親様のお話から短気起こしたらあかんでぇ。怒ったらあかんでぇ。何があっても忍の一字や。いずれこの忍の一字があんたの運を開きます。今日もお勤めにもあったやないか。この道は、笑われ、そしられてこそ道が開くのや。笑われようが、そしられようが、何にも関係ない。笑われ、そしられるという事は光があるからやでぇ。わしかてこの道に入る時は、笑われ、そしられた。でも、ただ忍の一字。随神(カンナガラ)ですよ。神様は磨いてくださる。磨いてくださるから、道は開くんですよ。恐れる事
こんにちは雨の日に通勤途中にたまたま信号待ちで神社の前で停まったので雨でしたが西脇市の石上神社に参拝水溜まりを避けながら歩きます奈良県石上神宮から勧請されました御祭神は布都御魂神建御雷神が持たれていた剣が神格化した神様鳥居の次に相撲の土俵があってそして狛犬さまという珍しい配置の境内ですこの土俵は「なまずおさえ神事」が行われる大事な場所拝殿の奥左右に随神様がおられます。晴れの日は随神様の前のガラスが反射してお姿があまり見えないのに
少しばかり真面目な話!一般的に云われている「霊魂」と云う言葉(概念)は、随神(かんながら)の世界では全く違った解釈がされているのです。多分に人々は「魂」の方が「霊」より身近に感じられ、自分の心の本質の様に思っているものと思われますが、魂とは肉体の発生とともに顕れるものであり、死後それは徐々に消滅してしまうものなのです。我々人間の本質は、「魂」ではなく「霊」にあるのです。真の「私(自己)」は霊にあると云うことなのです。随神では、永遠不滅の真の自分とは「直毘霊(なをひ)」、即ち「大直毘霊(
神道(随神)の修行について原則、神道の修行は一人で行うものです‼️神道の修行を挙げれば鎮魂禊山駆けと概ねなるだろう!個々の詳細は省くがこうした修行を終えて術を施したり神霊との契約(勧請など)を行う場合も、教会や在野で行う場合もあれば、深山幽谷の場所で行うこともあります。然し、そうした行をしている人達が余り重きを置かないものに「祀り」があります。何故、行者がそこに気付かないのかしら⁉️可笑しくない⁉️分からないのかしら⁉️神事と信仰に於いて一番大事なものは「祀
境内に入っていくお題のとおりお題のとおり総鎮守を名乗られてから、実に久しく。中門左随神さん参道、幅広くまっすぐこちらがこういう由緒の樹で。お手水こちらは大山積大神をお連れなさった乎知神のお手植えで樹齢2600年という。一段上がり、総門随神さん拝殿の奥には本殿ありパンフから。有難やー。次、奥の院行きます。
大石凝真素美と山本秀道氏によって再び萬人の知ることとなった神器であるが、昨今では「天津金木セミナー】とかいうものまであるらしい?其れも天津金木の何たるかも知らず、彼らはそれを只の占いの道具として用いている。神器の真実の天津金木とは、大祓詞にある「天津祝詞の太祝詞事を宣れ」のそのものであるのです。その時に使う道具が「天津金木」なのです‼️本を読んで、それだけで解ってしまうほど随神の神髄は薄っぺらいものではないのです。インチキ霊能者やインチキスピラー達、いい加
神道を信仰したり、神様を仰いで救いを求めても、神道について色々と勉強したり、禊や山駆けをしても、呪術を習得しても根本の処が理解、体感出来ていないと只其れだけのものでありそれ以上は…神道(随神)では一番大切なものは「祀(まつり)」であります「祭(まつり)」ではないのです‼️祀りとは神と已(おのれ)の邂逅する事を云う昨今の神社では大祓式でも追儺祭(ついなさい)でも歳旦祭(さいたんさい)でも祭りを行うが祀りをしていないのであります。祀りなくして神道(随
ユダヤキリスト教やイスラム教、仏教等の啓典宗教は、人民を縛るために宗教として成立していった。それは、人間(日本人を除く)はどれだけ綺麗事や理想論を並べても、本能(無明)の欲求から逃れられる者は、非常に少ないからであります‼️彼等は、自分では自己を律することができないのであります。だから彼の民族では、宗教なるものが生まれたのも必然的結果であります。人は知性(考える欲)を持った獣であり、悲しいかな執着心と嫉妬と未練を捨てられない者が殆どである為、必然的に縛りを設けたのでありま
こんばんは。去年の12月、赤坂氷川神社に行った時に撮った写真に随神様らしきものが写った話を書いたのですがやっと検証しに行けました。4月でやっとの初詣です(汗)。実際参拝して、この位置ではいらっしゃらなかったです。正確にいうと、中に随神様はいらっしゃるのですが(以前祈祷した時にみてます)もっと中央の方で、座っています。なので、この位置には何もないんです。でもね、今日撮った写真にもアップにしたら、なんとなくそう見えるんです。これは、影とか空間のバランスの問題かなと。ちょ
今回の米国、ユダヤのイラン攻撃も、ガザ地区の争乱や過去のアフガン侵攻、湾岸戦争など、自らの神に救いを求めても、神に頼っても、神は彼等を決して助けない。最終的には武力の強いもの(人間)が決定している。其れが此の世の宗教(啓典宗教)と云うものなのです‼️仏教も然り所詮人が考えた教えでしかありませんから然し、神道(随神)は違います。何故なら、人を相手にしていないから凄いのです。「神は人を救わない」真実である‼️
小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.com佐田神社を後にした龍海は車を走らせ城島高原パークを目指します、走り出してスグに古そうな神社を見つけ車を停めます、小さな神社なので家族は降りず私だけが車を降りて見ます。ナビにも表示されない名も無き神社、でも拝殿を見てビックリ、「縦岩」があり2世紀以前の可能性がある神社だと分かります。赤丸が縦岩神社名は拝殿の中に扁額があり分かり
世界の殆どの国では「死」とは「穢」でありました。唯一、我が国の「随神」だけが、死とは変化であり、霊界への誕生であり、決して仏教やキリスト教が云うような不浄の概念はありませんでした。具体的に解説する。随神では死を迎える時、今生の人生で自分が生かされてきた様々な要因に対して感謝の念を捧げ、やれなかったこと、やり遂げたこと等に対して未練を抱かず、綺麗に心身を整え、幽産土神の来訪を待つのです‼️死とは変化でしかないのです。肉体と云う物質は、自動車の様な物でしかなく、壊れたら修理し、修理出来なく
全ては、妄想から始まった。人の心の弱さ、又は、根拠のない自尊心から始まったのであります。だから世界の宗教には、「個」があるのです。ユダヤ教は、モーゼキリスト教は、イエスイスラム教は、アッラー仏教は、釈迦この上に、神や仏といったい存在を掲げて居ますが、所詮、人、個人の宗教であります。だから何千年も対立や争いが無くなることはなかったのです。当然のことながら、その信者達は救われませんでした。片や我が国の神道(随神)だけは、違いました。人を相手にしていないのです‼️この世の理が神
霊と魂についての理解に於いて、仏教もキリスト教も、はたまた「エイリアンインタビュー」や「オアスペ」等の解説も、その根本的な認識が間違っているのです。なぜ、そんな基本的なことを聡明な貴方たちが間違って理解してしまうのかしら?本来の神道である「随神」では、霊(一霊)と魂(四魂)とは全く違ったものと定義しています。昨今話題の「量子力学」の新解説にしても、このことが分かれば簡単に読み解けるのに?我々の意識というものが、魂または霊による発現であるのかが解れば、こうした問題は
神職のための初学講座のお知らせ!!神社に奉職している神職の方にご案内します。*神職でなくても参加できます(但しレベル高いですよ)神社庁で教えている神道は、神社の運営のための神道であり、それはそれで良いのだが、神道と神社は同じものではないと云う事をご理解下さい。社殿(神社)が凄く立派でも、格式が高くても、創建の古い神社であろうとも、それと神道とはイコールではないのです。我が国に古より伝わる神道とは、縄文時代まで遡る精霊信仰(アニミズム)から発生したものであり、
我が国の神道(随神)の根幹にある教えは「一霊四魂」と「自霊拝」の哲理にあります。一霊を「直毘霊」と呼び、永遠の中今と云う。これこそが他の宗教や教えには無い、唯一存在する人の実在であります。またの名を「真我」と云います。四魂とは「荒御魂」、「和御魂」、「幸御魂」、「奇御魂」から成るものであるが、肉体の死と共に徐々に消えて逝くものであるのです。一霊四魂の教えは、我々人間と云う存在は、人間を構成する四つの魂と、真の実在(自己)である一霊からなる事を伝えている。人の霊魂は、太霊(混沌)から分
呆れて物が言えない⁉️神職が一番神を信じていない‼️これは真実であります‼️この事は、体験済みので事実であります‼️但し、私の勉強会に参加されている神職や仲間の神社は違います。彼等は、神社界の嘘や信仰心のなさ等に嫌気が差して私の勉強会に来ていますから、真剣に神世のこと、正しき信仰を求めています。昨今の神社界は、使える人材が殆どいません‼️偉そうな事を言って申し訳ございませんが、真実です‼️宮人の皆さんは、食うために神社を経営しているだけで、神様・神霊の存在を信じて居ないですし、神
本当の神道、随神では罪、咎、穢とは単なる悪しきものではないのです(ロイ)。これは、理解できた者にとっては、自らを向上させるきっかけにも繋がってくるのです。勉強会に参加した方にお伝え致します。自己想起に繋がる、重要な駆け引きでもあるのです‼️克己心なき者には、決して理解できることではありません‼️
人としてこの地上に生まれて、人生の終焉を迎える日まで、社会の慣習に倣い、従い過ごすか?または、飽くなき権力の追求や、金銭や物質の恩恵、快楽などに与る道を選ぶか⁉️自己保身に人生の意味を見出すか⁉️真実を知らずして真理を求めずして今の生活圏に留まるなら…。其れは人それぞれの生き方だから何も云うまい…が⁉️そうした生き方に満足せず、また疑問を抱くなら第二の道を探す選択もある。但し、この道は険しい‼️人は能動的に生きる道と、受動的に生かされている道の何方かに属する。殆どの人達は、
仏教、坊主共は清貧と云う事をよく述べるが‼️…神道(随神)に於いては正しき神を信仰し正しき心の働きをし正しき道を歩み正しき事を行うならば…。人間が、何故清き尊き者が貧しく生きなければならないのか⁉️貧しさに甘んじなければならないのか⁉️…仏教とは、人の心の浄化と御魂の業の解放を悉く潰して、仏陀と云う只の人間如きに帰依させたいのかしら⁉️さすが支那・朝鮮の宗教百済無い‼️然し神道(随神)では、次のように諭す清富又は清豊と云うのです。神道とは何事があっても