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黄砂...すごい暴風の中長町ICから東道路に乗り塩釜さまへ向かう西風が強すぎて速度規制クルマが揺れてあまりにも怖いので仙台東ICで下り高架下の産業道路へ横風注意!R45から塩釜へ今が満開の...“鹽竈桜”鹽竈神社には、約40種類何百本もの桜が植えられていてそれはそれは美しいこんな名刺があって、解り易く紹介されてるちなみにこの画数多い難しい漢字は鹽竈「しおがま」塩竈市民は全員書けると云う...✌️本当かなぁ朝は雨が降ったりしてたけどお昼前からは晴れ
す昨日の夜は「おーぅ、セクセー」とまめちゃんが言って私が笑ってしまったものだから大爆笑しながら繰り返し連呼していたまめちゃんでした(そしてテンションが上がり、寝かしつけに1時間)11月最初の三連休、家族で塩釜に行ってきました塩竈神社へ行ってみたかったのです。その前に、夫熱望のこちらのお店へ。結婚記念日なので奮発しました。雲丹が大好きなのですが、一口食べて「あ、この雲丹、ミョウバン使ってない!!」と思いました雲丹独特のクセ?がなく、あっさりして美味しか
TOP-神社・仏閣-福島県-東白川郡棚倉町-都都古和氣神社(八槻)「全国一の宮巡拝」めぐりで福島県東白川郡棚倉町の「都都古和氣神社(八槻)」を訪れた。神社名都々古別神社(八槻)(つつこわけじんじゃ)(別名)八槻明神・近津明神(千勝明神)社格等式内社(名神大)論社、陸奥国一宮、旧国幣中社、別表神社鎮座地福島県東白川郡棚倉町八槻大宮224Google地図緯度,経度36°59'40.2"N140°23'31.7"E36.994494,140.392133主祭神味耜高彦
2024年12月20日福島県東白川郡棚倉町にある都都古別(つつこわけ)神社の二社にお参りした。都都古別神社は2002年に発行された日本神社名鑑諸国一宮という本で知った。そして2005年に東北の旅をした際に福島県の五色沼を訪れた後に都都古別神社に行くつもりだったのだが、JR猪苗代駅で磐越西線に乗り込み発車1分前のアナウンスがあったと同時に強い地震が起きた。2005年8月16日午前11時46分頃に起きたМ7.2、最大震度6弱の宮城地震である。食べられる時に食べておく『食べられる時に食べて
2024年10月13日の道南ぶらり旅、旧檜山爾志郡役所に続いて、陸奥国一宮の姥神大神宮に行ってきました(松前国だと思っていたのですが、幟には陸奥国とありました)日本遺産「江差の五月は江戸にもない-ニシンの繁栄が息づく町-」(外部リンク)の構成文化財です。光格天皇より「正一位姥神大神宮」号を勅許された北海道最古の神社だそうです。御祭神は天照大御神、天児屋根神、住吉大神。海神社、風神社、金刀比羅神社天満宮折居社古い時代、江差の浜辺に住んでいた老姥がある年の春、翁から霊水を授かり、海
陸奥総社宮♪『(611)〈宮城〉陸奥総社宮♪』仙台東照宮♪『(610)〈宮城〉仙台東照宮♪』青葉神社♪『(609)〈宮城〉青葉神社♪』国宝大崎八幡宮♪『(608)〈宮城〉国宝大崎八幡宮♪』秋保大…ameblo.jpつづきですお城🏯目指してどこまでも~宮城県編鹽竈神社⛩️しおがまじんじゃ宮城県塩釜市一森山1-1陸奥国一宮φ(..)💡創健1200年以上。全国にある鹽竈神社の総本社。全国に製塩を伝えた塩の神様。松島湾を見下ろす高台に鎮座する御朱印鹽竈
鹽竈神社の御由緒|神社について|鹽竈神社(shiogamajinja.jp)通り過ぎてはもったいない宮城『鹽竈神社』でパワーチャージしよう!|宮城県|トラベルjp旅行ガイド(travel.co.jp)「陸奥国一之宮鹽竈神社」の見どころ・所要時間・アクセス情報なら-GOGOMIYAGI!(gogo-miyagi.com)鹽竈神社-東京都神社庁(tokyo-jinjacho.or.jp)【鹽竈神社】アクセス・営業時間・料金情報-じゃらんnet
八槻都々古別神社(福島県白川郡棚倉町)『やつきつつこわけじんじゃ』と読む八槻都々古別神社は、第12代景行天皇年間(71年―130年間)に創建されたと伝えられる格式の高い陸奥国一宮であり、主祭神は『味耜高彦根命』『日本武尊』、別名を『八槻明神』『近津明神(千勝明神)』というようです▼神社入口▼▼御神燈▼▼鳥居▼▼社号標▼▲参道▲▼御神燈▼▼社務所▼▲参道▲▼御神木▼▼狛犬▼▲長寿縁結び之神▲▼手水舎▼▼御神池▼
馬場都々古別神社(福島県白川郡棚倉町)『ばばつつこわけじんじゃ』と読む馬場都々古別神社は、807年に創建されたと伝えられる格式の高い陸奥国一宮であり、主祭神は『味耜高彦根命』、別名を『馬場明神』というようです▼一之鳥居▼▼社号標▼▲石柱碑/参道▲▼案内標/参道▼▲参道▲▼観光案内マップ▼▼二之鳥居/御神燈/社号標▼▼御神燈▼▲参道(石段)▲▼御神燈▼▲参道▲▼社務所▼▼手水舎▼▼随身門▼▲扁額▲▼随身▼▲随身門正面▲▼参道
都々古和気神社福島県玉川村通称名、筒子別明神都々古別神社(玉川村南須釜)-shrine-heritager都々古別神社は第40代天武天皇の御代に常陸國の国司に任じられた「藤原鎌足(Fujiwaranokamatari)698-720」公がこの地に赴いた際に創建したとされ往時には「奥州一の宮」と称され48社の末社を四方に持ち神領12ヶ村氏子85ヶ村を誇ったと伝わりますshrineheritager.com《主》味耜高彦根命アヂ
石都々古和氣神社の向かいの北須川にかかる、神前橋駐車場は神社の参道脇にあります公衆トイレもきれいです橋を渡った先に第一鳥居があります石都々古和気神社(いわつつこわけ)福島県石川郡石川町式内社、陸奥国一宮と称する味秬高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)を主祭神大国主命、誉田別命(八幡神)を配祀する。当社の元元の祭神は味秬高彦根命で、これは棚倉町の都都古別神社(都都古和気神社)二社と同じであり、都都古別神社から分祀された
如月ももう下旬に入りましたが、三寒四温の天候で、体調が乱れがちな〝火打石〟…ただでさえ(?)更年期障害であちこち不調なのに。その上今年は花粉の飛散量が非常に多くなる所が多い(こちら参照)とのことで、春が近づいているというのに気が滅入る。若い頃は花粉症の症状なんてそれほど感じられなかったのに、近頃は明らかにそれとわかる目の痒み、くしゃみ、鼻水…嗚呼、これもこのカラダがオンボロになってきたということなのね。嘆いていても始まらないので、さて、気合を入れてブログを
前回の記事では鹽竈神社さんの裏参道(東参道)から東神門を潜って境内に入り、表参道の石段を下りて改めて正面の石鳥居から参拝というところまでUPいたしましたが…磐城国の「都古別神社」さんでも目にした「陸奥國一宮」の扁額…「石鳥居」の解説☝に、“銅製の社号額は、姫路藩第二代藩主・酒井忠以公の揮毫で、もとは東参道二の鳥居に掲げられていました。”とありますが、姫路藩の藩主は“はじめ外様の池田家で、のち譜代大名が転々とした末に、174
昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、伊豆八十八ヶ所巡礼(こちら)の縁で第一話から最終話までほぼリアルタイムで視ましたが、今年の『どうする家康』も元静岡市民としてこれまでリアルタイムで視ている…のですが、正直もう(視るか視ないか)「どうしよう家康」になってしまっています。静岡市、静岡県の方には「どうなの家康」と尋ねたい。『家康』についてこのブログであれこれ言うのは差し控えますが、とにかく〝火打石〟的には不満だらけ。ドラマがふわふわ、ぼんやりしていて締まらな
今年(2023年)は珍しく、というより人生初の真夜中の初詣を敢行した〝火打石〟。現在〝火打石〟はさいたま市にある夫の実家で暮らしているのですが、紅白歌合戦を視終わった後、夫に連れられて地元の神社さんに初詣…とはいえ夫自身もそんなカウントダウン的な初詣は初めてだそうで、中高年の夫婦が年甲斐もなく夜の神社をウロウロ、キョロキョロ…善男善女が集う境内でしたが、人混みが苦手な〝火打石〟夫婦はこれまで、人の出る三が日の初詣は敢えて避けていました。それがどういう風の吹
2022年8月16日。(初)【住所】福島県石川郡石川町下泉296【最寄駅】磐城石川駅(JR水郡線)【駐車場】なし(参道入口のまちなか駐車場をお使いください)※社号標と参道※両方とも跳ね狛さん(右奥が駐車場)※坂と階段が続きます※鳥居代わりの石門※参道横には大きな岩がたくさんあります※とどめの階段※拝殿※本殿※境内社※神輿殿【創建】不明【祭神】味秬高彦根命【配祀】大国主命、誉田別命【社格】陸奥国一宮、式内(小)社、旧
2022年8月14日。(初)【住所】宮城県塩竈市一森山1-1【最寄駅】塩釜駅(JR東北本線)、本塩釜駅(JR仙石線)【駐車場】あり※社号標と鳥居※額※階段※狛さんと灯籠※階段の上に門※さらに門※門の前に狛さん※門の額※拝殿※別宮※境内図【創建】不明【祭神】塩土老翁神(別宮)、武甕槌神(左宮)、経津主神(右宮)【社格】陸奥国一宮、旧国幣中社、式外社【神徳】海上安全、大漁満足、武運長久、交通安全、必勝・成功、厄除
東北鎮護・陸奥国一之宮鹽竈神社(しおがまじんじゃ)2021.9.22(水)宮城県塩竈市に鎮座する鹽竈神社・志波彦神社に、行ってきました鹽竈神社は、全国にある鹽竈神社の総本社だから、何としても、塩じいさまに会ってみたくて念願叶って、初参拝となりました駐車場を利用すると、裏参道から歩くことになるので石段を上がったら、左に折れて、表参道を目指すこととします萩の花が、とても綺麗に咲いてましたよこちらが、表参道の石鳥居になります隋身門おおっ〜白萩だ長明燈
皆様、こんにちは❗❗❗猪鼻です❗❗❗塩竈にある陸奥国一宮鹽竈神社にはお邪魔したことがありましたが、鹽竈神社に一宮が移る以前の福島にある都々古別神社に行ったことがなかったので今回初めて訪れてみましたまず、東北道で白河を超えて一番北にある石都々古和気神社へ小高い山の上にあり、境内、参道ととてもきれいに整備されていて散歩されてる方も多かったです南に下って棚倉町にある馬場都都古和氣神社です。こちらとこの後行く八槻が本来の陸奥国一宮とされています。とても歴史を感じる境内ですが人はほとんど無く
陸奥國一之宮鹽竈神社(しおがまじんじゃ)☆☆☆☆☆左右宮拝殿別宮拝殿御祭神鹽土老翁神(別宮)武甕槌神(左宮)経津主神(右宮)境内末社神明社八幡社住吉社稲荷社鎮座地宮城県塩竃市一森山1-1境外末社御釜神社十四末社鹽竈神社の東側には隣接して志波彦神社があります。鹽竈神社由緒当神社は、武甕槌神と経津主神の二神が鹽土老翁神の案内により陸奥国を鎮定して当地に祀られたのが始まりとされています。鹽土老翁神は、当地に留まって人々に塩づくりを教え広められたと伝え
【住所】福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字馬場39【アクセス】東北自動車道白河ICから車で1時間くらい【御朱印情報】書き置きで300円事前に電話予約が必要です頂いた御朱印がこちら!馬場都都古和氣神社も陸奥国一宮の一社です。
宮城県塩竈市一森山別表神社名神大社陸奥国一宮国幣中社志波彦神塩土老翁神神道志波彦神社と鹽竈神社にお参りと御朱印を頂きました🙏
【住所】福島県石川郡石川町字下和泉296【アクセス】JR磐城石川駅から徒歩10分くらい【御朱印情報】直書きで300円頂いた御朱印がこちら!陸奥国一宮の一社です。
陸奥国一宮鹽竈神社光の柱…画像は葉書サイズ色鉛筆画画家やしろとしのり【料金体系について】https://ameblo.jp/wanwan2516/entry-12493643024.html【ご連絡先】メールアドレスnyunyu2516@gmail.comこちらのメールアドレスまで、ご連絡をお願いします。
陸奥国一の宮。志波彦神社と鹽竈神社の二社で形成され、その雄大な境内に共に鎮座しています。◆陸奥国一の宮志波彦神社◆一般的には、二社をまとめて鹽竈神社と呼ばれていたりしますが、実は、志波彦神社の方が延喜式内神社の名神大社と、鹽竈神社よりも由緒があります。手水舎神門神門をくぐると、目の前に拝殿。拝殿(塩釜市指定文化財)<御祭神>志波彦神「記紀」には登場しない神ですが、塩土老翁神と共にこの地を納めたと伝わります。ところで、"志波(シワ
陸奥国。古代の律令制により制定された地域の内、現在の福島・宮城・岩手・青森を指します。かつては、道奥と表記され、平安時代までは陸奥も"みちのく"と読まれていました。そんな"みちのく"の一の宮へ。◆陸奥国一の宮鹽竈神社・志波彦神社◆一森山の頂へと続く表参道、別名表坂。石鳥居(国指定重要文化財)寛文3年(1663)建立の鳥居。扁額は姫路藩主によるもの。202段の超急勾配な石段。石段を登り切ると、壮麗なる朱色の門。随身門(国指
セラピーサロンpualaniのブログへご訪問くださりありがとうございますあなたとのご縁に心から感謝いたしますはじめましての方はこちらプロフィールと活動目的活動へのおもいセッション感想今日は、なかちゃん達と神社参拝ツアーへ参加させていただきました♡親子セラピスト®、村上美耶です。鹽竈神社さん、かなり久しぶりです。ワクワクで向かいました。すると、行く途中から綺麗な彩雲が出てきたり、隣にフェラーリが走っていたり、
杜の都仙台で身体と心のデトックスサロンをしているSHIHOです6月お休み/サロンHP/ご提供中のメニュー/ご予約方法/アクセス先日塩釜神社へお参りに雨の神社は神秘的まぁ…怖い…塀や壁がない高い所はキライです。笑足元滑るし帰りはちよいと一杯今見ても美味しそうカウンターでお寿司濃厚な牡蠣磯の香りが最高お刺身も最高の休日また行こう《募集中イベント情報》28(木)山羊座満月ハーブの力・月と星座のパワーを取り入れ幸運体質へホリスティカルハーブテント®︎d
【鎮座地】福島県東白川郡棚倉町大字八槻字大宮224【御祭神】味秬高彦根命、日本武尊【創建】不詳【HP】http://www13.plala.or.jp/seihuukan/【電話】0247-33-3505当社は白川郡棚倉町にあり、都々古別三社(馬場都々古別神社、八槻都々古別神社、下野宮近津神社)の中宮にあたり陸奥國一宮(奥州一宮)とされています。縁起によれば、日本武尊が八溝山の「東夷」の大将を討った際、守護として示現し
【鎮座地】福島県東白川郡棚倉町棚倉字馬場39【御祭神】味秬高彦根命、日本武尊【創建】807年(大同2年)【HP】http://www13.plala.or.jp/seihuukan/【電話】0247-33-7219当社は白川郡棚倉町にあり、都々古別三社(馬場都々古別神社、八槻都々古別神社、下野宮近津神社)の上の宮にあたり陸奥國一宮とされています。かつて「東夷」を鎮定した日本武尊が、初め建鉾山(白河市)に鉾を祭り、のちに大同