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おはようございます😃本日は、川崎ドッジボール連盟の大会があり、開会式に出席させていただきました。まずは、前回優勝の陣屋サファイアから優勝旗と優勝杯返還が。副会長として、ご挨拶もさせていただきました。元気一杯に選手宣誓が行われ、いよいよ大会スタート‼️今日は、暖かく予報ですが、花粉も相当飛んでおります。1日楽しんで、優勝目指して頑張ってくださいね。
まだまだ、、、愛媛県西条市!まだ合併前の?旧町名の?「小松町」此処は?俺も知らなかった!小松藩の陣屋?いわゆる城下町?しかしながら……。ちょっと難読?いしづち?「石鎚山」ともかく、、、あれこれ、、、知識不足が!AbemaTVhttps://abema.tv/AmebaPickhttps://content.ameba.jp/ameba_pick/start/
長倉陣屋(常陸大宮市)天保9年(1838)に水戸斉昭の命により松平頼位が長倉城の麓に築いた陣屋。流石に山頂部は使われていなかったよう。なんだかんだ幕末まで続いたらしい。※長倉城についてはリンク先参照(青字)陣屋跡に関しては畑などにより改変がされている…多分?あとどこまでが範囲なんだこれ(困惑)陣屋へは麓の蒼泉寺横から。写真は進んだ先の案内板。ここを右に曲がると陣屋。というかもう陣屋。左に進むと長倉城主郭へと向かう。こんな感じの薮が各所に…先が見えない。薮の隙間は真昼間でも暗
今日は一日曇り空の函館です☁️昨日はお隣北斗市の「かなでーる」に用事があって行くのでその前にお昼ごはんを「そば処陣屋」で食べることにしましたいつも混んでいる人気店なので少し早めに行きました注文がタッチパネルに変わってました最近はどこもこのシステムですね紙のメニューも残っていますこの方が見易いと言えば見易い昨日は天ぷらを食べたかったので天ざるをチョイスセイロが2段で中々のボリュームです天ぷらもサクサクで美味しい私たちが食事を始める頃にはほぼ満席となりました🈵早く来て良かっ
1軒目から素敵なお店でスタートした記念日デート昼飲みは、まだ明るいという理由で…2軒目という事になっちゃうわけで。《🍺四文屋》もう少し遠いところまで歩いてワインのつもりだったけど、まだ開いていなかった…18時前。他のお店も予約していないと入れなかったり…予約のお客さんが来るまでの時間だったら🆗という事でこちらのお店へ。入った瞬間にカウンター席でもう出来上がっているお客さんがいたり🤭注いでもらうお酒は美味しい♡忙しいのに、グラスが空くのを気にしてくれるスタッフのお気遣いに笑顔にな
上郷陣屋🏯『別名』角内陣屋、角内人足寄場跡『所在地』茨城県つくば市上郷7925『城主』竹垣直温『遺構』なし『城郭形態』陣屋『駐車場』あり『歴史』上郷陣屋は寛政9(1797)にこの地を治めていた竹垣直温によって創建されたと言われています。角内農村集落センター堀跡と土塁か❓愛宕神社⛩️周辺の風景上郷陣屋🏯は角内農村集落センター近くの田畑にあったと言われているみたいだけど、角内農村集落センターがある場所は微高地になっていて田畑はその下にあるし地形から見て角内
【内容2026年1月30日記事】今朝は、メッチャ寒かったけど頑張って8時から歩行訓練しました👊今日も左右下腿の動きに気を付けながら、歩行サイクルリズムを意識して歩きました👨🦯...今日は約1.8㎞ほど歩きましたが寒くて筋肉が強張り、安全第一になり、歩容はあまり良くありませんでしたね😥玉川上水に架かる「陣屋橋」この橋はいつも通行量が多いのですが、今朝は寒いせいか、公園の行き帰りの人がいないので閑散としていました😅いつものコンビニで、買い物をして帰路につきましたが、外気の冷たさが身に染
この前の週末ですが、実家の飛騨高山に帰省していました。雪予報でもありましたが、その通り雪も降っていました。下は帰省途中の平湯温泉のものです。この平湯温泉は標高1250メートルあり、もともと雪がよく降るところでもありますが、しっかり雪がありました。また、ここはその名の通り温泉でも有名なところです。下は陣屋前の様子です。陣屋は、高山の観光スポットのひとつで江戸時代に代官所や郡代役所とされていたところです。当時の代官所としての主要な建物がそのま
岐阜県・大垣市雪の日の、山城の登城は×。なかなか珍しいと思った圭那です。と言うことで・・・前日から、当日にかけて雪が降り・・・少々、雪が心配されたけど登城して来ました!(※大垣三城歴史カードリレーのため)高木家は、関ヶ原の合戦での軍功によって時・多良の地を与えられ、慶長6年(1601)、この地の領主として入部して現在地に陣屋を構えた。高木家は三家あって交代寄合美濃衆と呼ばれ、旗本ながら大名の格式が与えられたそうです。江戸時代には旗本となった。高
桜町陣屋(真岡市)国史跡。大久保教信(小田原藩主大久保忠朝三男)がなんかこの辺に領地貰って宇津氏を再興したことによって爆誕した陣屋。その後どういう訳か領内が荒れて疲弊しまくった為二宮尊徳がのこのこやってくる。こいつはバリ優秀なので26年間勤務して見事に桜町の復興を成し遂げる。なお、尊徳だとピンと来ないかもだがつまりこいつは二宮金次郎である。小学校の傍らで薪背負って本読んでるアイツ。陣屋は真岡の市街地の南東に位置する。各所に看板もあるので迷うことは多分ない。陣屋なのでめっちゃ技巧
名称:木戸陣屋別名:木戸村御小屋城郭:海防陣屋築城年:1848年築城主:佐倉藩主堀田正睦主要城主:堀田氏所在地:山武郡横芝光町木戸223-45木戸陣屋移築裏門木戸陣屋移築櫓門木戸陣屋跡地
玉川上水の水番所は当初羽村陣屋(現羽村市)のほか羽村砂川村(現立川市)代田村(現世田谷区)四谷大木戸(現新宿区)の3か所(全4か所)と記憶していたのですがさっき観ていたテレビで当初は以下の5箇所に設置されていたと説明されていまして…羽村市立川市世田谷区新宿区港区???がいっぱい出てしまったので頑張って調べたのですが力不足で結局未だに港区ってどこ?状態です。港区といえばあそこには溜池があったのでそこの水番所はあると思うのですが溜池は玉川上水とは関係ないです
神社でなくても、神様から呼ばれることがあります。神様の居場所は、神社だけでなく自然の中にもあり、街中であったり、地の神様もいらっしゃいます。今日のブログは、静岡市清水区の小島(おじま)藩の陣屋跡です。一万石の大名、松平氏の大名陣屋の跡地で、石垣と書院が、当時のまま残されています。小島藩の石高は一万石で、城を持つことは、許されなかったのですが、城郭を思わせる石垣の造りは、藩主の心が現れています。僕を呼んだのは、この地に宿る地の神様で、
名称:多古陣屋別名:多胡陣屋城郭:陣屋築城年:1590年藩主:保科正直、土方雄久、松平勝以、他主要城主:久松松平氏所在地:香取郡多古町多古2504陣屋石垣陣屋土塁陣屋跡石垣陣屋遠景
名称:藤心陣屋(ふじごころじんや)城郭:陣屋築城年:1616年築城主:本多正重主要城主:本多氏所在地:柏市藤心280陣屋跡現存移築表門(観音寺山門)現存移築中門(法林寺苦抜門)
【★★★⭐︎☆】今日は大曽根にあるらあめん専門店陣屋に行きました。光来系とゆうのをどこかの書き込みで見ました。体に優しいタイプのラーメン屋さんみたいです。店内はほっこり系です。カウンターとテーブル席どちらもあります。13:30くらいに行きました。メンマらぁめんを注文しました。思った通り優しい味です。はじめの一口はお鍋のあとの雑炊っぽい味に感じました。たくさんのお野菜の味が入ってるからかなぁ。チャーシューはしっかり厚みもあってしっかり味もついてます。メンマもたくさ
次の新酒は、1年ぶりに家飲みする福島の陣屋で、特純の初しぼり生酒です。開栓すると、上立ち香は芳醇で、フローラルな甘い吟醸香がしっかり上がります。口に含むと、ガス感たっぷりの新鮮な酸と、濃醇なお米の甘旨味が拡がります。酸味6.5、甘味3.5くらいの割合で、中盤ジューシーな甘旨味とコクが膨らみます。終盤に甘味が後退すると、最後はスッキリと爽やかな旨酸がキレる後口でした。シュワシュワの発泡を感じるフレッシュな酸を楽しめる、濃醇甘旨口食中酒です。苦渋も無く、酸が強めのレモン風味のカルピスサワ
タイトルを見て「いやいや、大将、しょっちゅう行ってるやん」とか「こないだお酒持って行って一緒に飲んだとブログに書いてたやん」と思われる方が多いと思います(;^ω^)確かにお酒を持って行っては「あーでもない、こーでもない」とグダグダ言いながら店主の山脇氏と二人で飲んでますそう言うんと違って今回はご飯食べです(`・ω・´)b今はお商売やっておりませんのに何故か‘弟子志願者(?)’と言うてええのか分からんのが一人居ります昨年新卒で料理の世界に入って来て色々と教えてる内にご飯食べに行く事になり、
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
所在地〒915-0888福井県越前市高森町特徴紀州徳川家の分家や将軍綱吉の母の実家の系統が陣屋を置いた。陣屋が置かれたのは14年間だけで、現在は宅地や神社、公園になっている。
所在地〒916-0123福井県丹生郡越前町天宝特徴西尾藩主だった(大給)松平氏により、飛地(3万7千石)支配のために置かれた陣屋。感想石碑があるだけで遺構は消滅している。
いつか私が大河ドラマでなくてもいいから、幕末でこの人物を題材で取り上げて欲しいと思う人がいます。桑名藩主・松平定敬私はもう会津藩主松平容保及び桑名藩主松平定敬の高須ブラザーズが大好きで大好きで、慶喜と共に京でユニット組んだ時(一会桑政権)も慶喜に謀られて開陽丸で大坂城から逃亡する時も、慶喜に切捨てられて江戸から追放された時も兄弟一連托生なのもそうはないでしょう。こうしてみると慶喜に良い様に利用されていたように見えなくはないが多分気のせい。いずれにせよ、もし定敬が登場してほしいと言えば、
おはようございます😃三ヶ日は、皆さんいかがお過ごしですか?本日は、我が家に獅子舞がやってきてくれました。小杉神社囃子保存会の皆さんです。陣屋2丁目の場所を我が家に設定いただき、毎年行っていただいております。囃子保存会も一時成り手不足で存続の危機に陥ってましたが、今ではメンバも増え、将来安泰です。
本編のホームページに、大矢知陣屋の登城記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html大矢知陣屋は、三重県四日市市の北部、富田から北西に2km程行った所にある陣屋です。元来、この地は桑名藩の領地でした。幕末も近い1823年(文政6年)に、桑名藩七代藩主・松平忠堯(ただたか)は忍藩への移封を命じられます。10万石の桑名藩に対し、忍藩の石高がそれに足りていなかった為、この大矢知周辺を含む4万石以上の
地元、陣屋2丁目町内会でも、夜警を行っております。延べ10日間、年末の火の用心、戸締まり用心と町内に声かけしながら、地元の皆さんと回っております。29.30日は、地元消防団員中心に回ってくださいました。生憎、予定が被っている為、参加叶いませんでしたが、これからも地域の繋がりを大切にしながら、良い年を迎えたいと思います。今年1年間たいへんお世話になりました。来年も、よろしくお願いします。
この日は朝ラー。いつもの陣屋さん。ライス、付けましょうか?が今回はなかったな。どうせ注文しないからかな?それとも、そのサービスはなくなったのかな?後から入店のお客さんには言って…覚えてないや😆朝は、ボーッとしとるからな。昼は、…似たようなもんか🤭
久しぶりに陣屋のモーニング☕️自分へのご褒美に朝からたまごサンドをいただきましたがちょっと食べ過ぎでした😅
雨上がりに自転車で上野毛まで。12:30過ぎに陣屋へ。相変わらずの繁盛ぶりでお店は三人体制。注文したのは『カキフライ定食』1200円也。待つ間にゴマを擦ってスタンバイ。先ずは醤油をかけてキャベツから。牡蠣はまとめて揚げたものが五個。タルタルソースで半分、残りは擦りゴマソースで。完食で満足度高し。
昨日は6年生の試合でした。ボールを持ちすぎて相手に囲まれて奪われることが多く失点に繋がることもありました。徐々にダイレクトプレーも増えてきて得点できるようになり、試合展開も良くなってきました。相手チームのパスワークや個のスキルに苦戦することもたくさんありましたが、その中でも粘り強いディフェンスでボールを奪うこともできるようになってきました。細かいパスミスやディフェンスの連携がうまくできなかったところもあるので、練習の中で改善していこう。次の試合で練習の成果が出せるように頑張ろう。新座