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久しぶりに神社⛩️投稿です〜☀️🌈五日市にある⛩️阿伎留神社⛩️あきるじんじゃ延喜式内社の歴史ある古くから親しまれてきた神社🌈さん⛩️阿伎留神社は延喜式巻九の神名帳に武蔵国多摩郡(現在の世田谷から西)八社の筆頭に記載、との事です😆🌿境内🌿🌿御手水🌿🌿由緒書き🌿かなり古い神社さんです🫡☘️字も薄くて読めませんねぇ…🌿本殿🌿大物主神(おおものぬしのかみ)味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)建夷鳥神(たけひなとりかみ)天児屋根命(あめのこやねのみこと)裏側も〜
こんにちは一人から一柱の意識で幸せはいつも自分から東京あきる野市でグイグイ揉まない裸にならないカチカチがゆるゆるになる深層リンパドレナージュMANTENを営むひでこです。メニュー/料金/予約・問合せイベント一覧昨日は旧暦の9月9日重陽の節句だと知り日の出町の菊理姫様が祀られている白山神社へご挨拶へ伺いました行きたい所へ行ける準備が出来たのでそのご報告です木々も少しづつ色付き始めましたね秋明菊が可愛く揺れていますクマさんの目撃情報も耳にするので参拝される方はご
昨日も秋らしい涼やかな1日。最高気温が25度とのこと、お散歩方々図書館へ行って昨日夜も終わった「それでも桜は咲き」と小松左京の「大震災95」を返却、新たに推理小説「頂上捜査」を借りてきた。お散歩の途中、大きな黄色スズメバチにばったり遭遇したが、そのままバックして事なきを得た。地震は4件にぎわっていた。飛騨では最大震度2M=3.4震源深さは10㎞。岩手沿岸では最大震度3M=4.2震源深さは20㎞。秋田沖では最大震度2M=4.6震源深さは10㎞。トカラの諏訪瀬群発は最大震度3
世の中が大阪万博開幕に湧く4月13日。てか、大阪・関西万博なんですか?正式名称は。💦もはやそれすらも知らない。なので、開幕日すら把握していなかったワタクシ。先週、職場の人が、「開幕日のAdoのライブチケットに当選した!」という話をされていて、私「Adoさんの?そんなレアなチケットが当たるなんて、なんてラッキーなんですか?」なんて盛り上げつつ、万博でAdoのライブがあることも、Adoの楽曲自体もひとつも知らず(^^;。万博ってまだやってなか
縁あって群馬の赤城神社にお参りしました以前、真冬の赤城山頂に行ったことがありましたが、その時はめちゃ寒くて、小沼の方は全面凍結。氷の上を歩いて向こう岸にいけるほどでした。イェイ👍こんな感じに湖は厚い氷が張っていて、キレッキレな空気の中、清浄な雰囲気で心も洗われたです。三夜沢赤城神社里宮にあたる三夜沢赤城神社(みよさわあかぎじんじゃ)境内は鬱蒼としていて、厳かです周りには磐座というにはちいさいですが、迷子岩が多くあります赤城神社は、赤城山という山そ
まぁ有体に言って悲報なわけです(笑前回、前々回と阿伎留神社をレポートしたわけですが、これとても結構な学習になっていて「やっと終わった!」感満載だったのですが…そうは問屋(久留米地名研究会・古川清久氏)が卸してくれなかった訳です。まずは前回の復習からこれが問題となっている阿伎留(あきる)神社の拝殿です。神紋は一見諏訪の梶紋に見えますがそうではなく、高木大神の神紋です。で、これが拝殿に向かって左にある祓戸社。この祓戸社の屋根にあるのが、拝殿と同じく高木大神の神紋。祓戸4神
引き続き阿伎留神社レポートの後編となります。前回は本殿の祭神を考察しました。(百嶋神社考古学に基づいて祭神を考察しています)今回は境内を見ていきます。■阿伎留神社・・・東京都あきる野市五日市1081関東平野の西の端多摩川支流の秋川上流部上図の右側で秋川が狭い間をすり抜けています。阿伎留神社はその上流部、狭い盆地にあります。では拝殿、本殿以外の境内を見ていきます。こちらは拝殿に向かって左の祓戸は祝詞に書かれているようにかなりの残虐行為をした者たちを祓い清める
前回の二宮神社は多摩川の傍でしたが、そこから西へ山間部へと進んでいきますと■阿伎留(あきる)神社・・・東京都あきる野市五日市1081関東平野の西の端多摩川支流の秋川上流部上図の右側で秋川が狭い間をすり抜けています。阿伎留神社はその上流部、狭い盆地にあります。神社のすぐ南側を流れる秋川が木々の間からわずかに見えます。阿伎留神社は高台のこんもりと茂った森の中にあります。鳥居は秋川の方ではなく東を向いています。奥に見えるのは拝殿ではなく神楽殿です。万葉仮
2024年、大晦日の夕暮れです。本年もこのような纏まりのないブログにお付き合いいただき、誠にありがとうございました😊コメントやいいね👍をたくさんいただき、とっても励みになりました!🍀今年は競馬記事過多で、もしかして、いろんなご心配(笑)いただくこともあったかもしれませんが、本日の地方競馬最終日も、まったく的外れな予想で終わってしまいました。ヽ(;▽;)コレです↓(推した馬はマーカーにて......)来年はいい流れが来ますかね?(知らんっ!.....)てなわけで、
お祭りといったら、チョコバナナはずせない!お店見つつ阿伎留神社にお詣り何年ぶりだろー!?懐かしいー!可愛いパン屋さんあったので入ろうか考えていたら、夫は秒殺で入ってたまごサンド買って出てきました🤣たまに。すばやい。笑何個かつられて買っちゃいましためちゃおいしい現代的で最高だったお店。クジもあるし欲しいもの買えるシステムもあり。超いい🤣令和な感じね。うちは夢と現実売ってますってお兄さんいってました🤣息子は悩んで、、現実を買いました🤣ちなみにくじだと600
武蔵増戸駅の待合室で、列車到着を待ちます。付近の名所などを下調べした際に、源頼朝や伊達政宗所縁の大悲願寺なる寺院があり、かなり興味をそそられましたが、距離にして約1.5km(徒歩15分)という大きな壁が立ち塞がりw、疲労なども考慮し結局行くことは無しにしました。今思うと行けばよかったかな・・・まぁ後悔先に立たずですね。仕方ありません。ていうか、待合室にはこんな掲示が。えっ?クマが出るんですか?ちょっと信じられない気もしますが、目撃情報があったようです。この先武蔵五日市駅から
阿伎留神社の茅の輪作り見学お仲間に混ぜていただき集合写真。ビューティー美千代さんとちゃっかり参加❣️しかも真ん中に、、ありがとうございました。今年1月にこちらの神社でお友達になった方、もーさんにお知らせいただき【茅の輪作り】の見学にいってきました!何故30日なの!?と不思議でした。よその神社は早くから設置して更に暫くそのままで置いてありますよね。こちらの神社では本日の17時からメインイベントが始まる様で神楽殿ではお囃子もあるし出店の数が20以上ありそうです!!子
田植えの翌日は、「飛び出せいろは」の仲間と日帰りの旅をしました。テーマは「アラハバキのエネルギー調査」です。始めは、二宮神社から。荒波々伎社透明な湧水池の横に社宮司社(しゃくじしゃ)があります。おしゃもじ様と言われているようですが、石神(しゃくじ)、御佐口(みしゃぐち)などの呼称があるようです。縄文神とも諏訪のミシャグジ信仰とも言われています。その次は阿伎留神社。私たちにとっては、馴染み深い「アキル文字」が発見された神社です。地元の方が六角形の御神輿を見て行って
武蔵五日市駅前の交差点が「五日市街道」の終点のようです。ここから先は、「岩蔵街道」と「秋川街道」に別れ、そして、「秋川街道」を、300mほど進むと、、、東町交差点で、、、「檜原街道」と「秋川街道」が分かれていきます。どうも、この五日市の街が発展した由来は、西多摩地域の街道が集中していて、「市場」が立ったからなのだろうと、感じました。秋川街道を進んでいくと、「阿伎留神社」入口に到着。今回は、高尾、八王子まで、歩くつもりだったので、お参りしていかなかったのですが、、、武蔵五日市のある
お立ち寄り下さいまして有り難うございます。先日、あきる野市に行ったついでに、気になった神社様幾つかにお参りしてきました。東秋留駅で八雲神社様、二宮神社様を参拝した後は、武蔵五日市駅からあきる野市の名前の由来になった阿伎留神社様を訪ねました。あきる野市の「あきる」とは「畔切(あきる)」からきているのだそうです。田んぼを開拓し、かみさまを勧請してお祀りしたのですね。阿伎留神社は五日市街道から少し入った所にありました。神社に近づくと、何となく賑やかと言うか、聞き慣れない音がしていました。何
こんにちは先ほどから、雨がパラつき始めました。予報より少し早めです。さてさて、昨日は、3月6日以来の完全休日でした仕事が激減して、どうしようと悩んでいた1月。嘘のようです。昨日は、久々の神社巡りをしてきました自分にとっては、3月に頑張ったご褒美と新たな始まりの季節のご挨拶です。参拝した神社は、いつも楽しみに拝読しているブロガーさんが投稿されていた3社。神社名、地名の音、御祭神様…どちらも私が勝手にご縁がある、ご縁があったら嬉しいと思う神社で、車🚙を持たない私でも無理なくお参りでき
『2024/03/05本日地固めの旅』2023年3月5日(火)今日の予定本日は地固めと地震鎮めの旅6:50頃:東京都田無市、田無神社8:00頃:東京都あきる野市、二宮神社(荒波々伎)10:00…ameblo.jp本日もありがとうございました田無神社二宮神社荒波々伎神社では、かづみさんから、頂いた大宮氷川神社の御神水も持って行きました。阿伎留神社武蔵五日市駅から徒歩15分、檜原村に行くバス停までは徒歩5分位九頭龍神社武蔵五日市からバスで1時間。九頭龍の滝もありますが、寒いの
以前から気になっていたので、やっと参拝できました!まったりでいて、しかも厳かで素敵な神社様です(●´ϖ`●)御祭神大物主神(おおものぬしのかみ)味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)建夷鳥神(たけひなとりかみ)天児屋根命(あめのこやねのみこと)御由緒延喜式神名帳武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社。三代実録では従四位下勲六等、藤原秀郷京の大原野明神の土を移して祀る。江戸時代は御朱印十石を寄せらる。明治六年郷社となる。現在
阿伎留神社訪問のあとは美味しいランチを考えていたのでネット検索🔍ハズレの時もあるけど今回は大当たり🎯でした!途中【武蔵五日市七福神】のうちのひとつ恵比寿様がありました。どこの土地でも七福神巡りなんていうのがありますね!スタンプ押してコンプリート。こちらはお正月🎍1/1-1/3までのイベントで御朱印もいただけた様ですよ。階段おりて橋の下秋川沿いにあるお店私がお店を出る頃には車やバイクで来る方たちがいっぱい!平日でも混むという事は土日祝は予約がいいかも!!カフ
はてなブログを更新した。奥多摩ドライブ太占太占の痕跡を追って阿伎留神社と武蔵御嶽神社に御参りした、という話。
五日市線乗車。武蔵五日市駅。大都会・東京にあるローカル線。起点の拝島駅から終点武蔵五日市駅まで、キロ数11.1km、駅数7と短い路線。武蔵五日市駅は、高架駅、結構立派な作り。現在では拝島駅、武蔵五日市駅を結ぶ路線ですが、発祥は「五日市鉄道」。立川駅から拝島駅間にも路線があったとのこと。鉄道に詳しい方だとご存じの「青梅短絡線」というのは、この五日市鉄道が敷設した部分が今でも使われている。この五日市鉄道の配線部分は宅地になったり「五鉄通り」として道路に
昨日はやっと猛暑日を脱出し、台風13号が近づいている。今朝は本降りの雨とコオロギが合唱している。散歩道は一昨日と何も変わらず咲く花も無し、と言いうことで写真は無し。地震も一昨日に続いて震度1程度の微弱なものばかり一休み。定説では休んでいると歪みが溜まって危険性が増すはずとのご託宣だろうが、地震は卵のマグマが集まって上昇することで大地震になるはず。卵もお休みなら大地震も遠くなる。終日これまでの拙仮説を取りまとめ「野尻説」に整理しようと資料をひっくり返し、グチャグチャ状態。
お暑うございます暑いですねえたしか梅雨っていう肌寒いのがあったはずなんですけどそんなのあったっけかな?西の方は豪雨災害で大変なようでてきとうなことをいっちゃあいけませんね心よりお見舞い申し上げさせていただきますさて先日今季最高気温なのに自転車を走らせてひばりヶ丘の二郎を食べてきました時間的なのか暑いからなのかいつもの長蛇の列が無くって15分程でヒエヒエの店内に入れてほっとしましたあ入店早々マスターに暑い中すいませ~んって言われながら久々の助手のOさんの
こんにちはあ先日あきる野市の阿伎留神社にお邪魔してきた記事ですカミさんと車で食料の買い出しをしてきて荷物を片付け始めたらさっそくむぎちゃんが寄ってきましたよトウモロコシの葉っぱにむしゃぶりついて離れません洗ってあげるから待ちなさい!ガマンできないのはにあんこのお約束ですねえこの後ハッパ交じりのゲ~を吐きまくるのもお約束ですねえwさて先日の釣りの帰り買い物もできたし真っ直ぐ帰るつもりだったんだけど時間的に余裕があったんでこんな時だからどこかに寄り
土曜と祝日が重なって休みを1日損した今日は久し振りにブラアラキ五日市線終点、武蔵五日市駅で下車ザ・終点!都内とは思えない風景の中を歩き約15分で最初の目的地に到着阿伎留神社所在地:あきる野市五日市創建:不明創建期は不明だけど、平安時代中期の書物に記載される程の古社秋川の河岸段丘上に鎮座鎌倉時代以降は武将からの崇敬が厚く、鎌倉幕府・室町幕府・後北条氏・江戸幕府が神領を寄進参道拝殿左から拝殿、幣殿、本殿本殿お昼前で参拝者は
最近、体調が重くちょっとつらいので、朝思い立ち、神社へ行く事にしました。今回は、以前から気になっていた神社にしました。東京あきる野市にある阿伎留神社(あきるじんじゃ)御祭神大物主神(おおものぬしのかみ)味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)建夷鳥神(たけひなとりかみ)天児屋根命(あめのこやねのみこと)自然の中にある神社で、木の上に鳥の巣が沢山有りました。下に青い卵の殻があり、子育て中の様でした大きな鳥で、白鷺ぽかったです。車で移動して、檜原村へ入り口がわからず迷いまし
世を忍ぶ仮の仕事であきる野市へ♪休憩中、近所に古い神社が有ると聞いたので、早速参拝させて頂きました♪その神社の名前は『阿伎留神社(あきるじんじゃ)』かなり由緒のある神社の様で『延喜式神名帳武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社。三代実録では従四位下勲六等、藤原秀郷京の大原野明神の土を移して祀る。江戸時代は御朱印十石を寄せらる。明治六年郷社となる。現在三日間の神幸祭は近郷一の大祭として毎年行う。』との事…本殿右側には木彫りの四神(朱雀、玄武、青龍、白虎)に守られた社に神輿が納められてまし
お触れを掲示する制札場は朝廷、高札場は幕府の管理だった石造物を調べていると結構、配置パターンが同じような光景を目にすることがある。以前、ここのブログでも説明してきたが一般的には高札場がよく知られているが、制札場のことはよく知られていなかった。少なくとも江戸時代まではお触れを出す場所は朝廷と幕府という二本立てになっていたのである。正面に寺社があって、その一角にある石造物が制札場、高札場の目印である。江戸時代までの阿伎留郷にみられる制札/高札のお触れの流れ御判形(ごはんぎょう
神々の詩(うた)-幻の阿伎留王国東京都あきる野市の成り立ちを映像化してみました。古代史や考古学に興味ある方は是非一度あきる野市へお越しください。youtu.be阿伎留神社畔切る(あきる)→あぜを切る【参考】[あきる野市]渕上の石積井戸(まいまいず井戸)この記事は神意が降りてきたら加筆します。(この文言を書いてみたかったw)わはは(いつものウソだYO000-)☆新バージョン☆