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6/13(金)仕事あがり、久しぶりに走ってみようと思いあべのハルカス目指してゆるゆるジョグってきました振り返ってみるとこのコース走るのは3年ぶり我ながらちょっとビックリでしたまずは長瀬川沿いをいつものように最初の1kmは息苦しいけど1km過ぎると徐々に楽になってきました先日も歩いた、あじさいロードピークは過ぎてるようでしたがまだキレイです安中5丁目公園何ユリかな?ここもあじさいがキレイでしたハンゲショウ(半夏生)も見頃八尾駅から長瀬川を外れて久宝寺エリア龍華
3/3(月)午後から半休母の面会に行った後雨も上がっていたので久しぶりに大阪あそ歩のマップの出番スタートは大阪の難読地名に必ず上がってくる喜連瓜破(キレウリワリ)駅行基の師匠だった道昭が修行中に現れた天神像を安置する際に瓜を割ってお供えしたことから瓜破と呼ばれるようになったという伝承があるそうです。中高野街道を大和川へ途中にある瓜破天神社⛩️街道といっても普通の舗装路風情はないけどゆるく蛇行してるあたりは古い街道らしさを残してますね。中高野街道は大和川を
Nゲージの金属製車体のモデルは、その歴史から見ても案外早くから存在して来ましたが、初期の頃は精密性は二の次で、機関車はブリキ玩具の様な仕上がり、電車は編成にしないと全くサマにならない様な物で、何処となくトイライクな雰囲気は否めませんでした。そして精密なモデルは1990年代半ば頃から徐々に現れて来たと記憶しています。かつてのHOゲージ完成品及びキットの内容が、そのまま1/150スケールに縮小された程にレベルアップされ、ベテランのマニアにも受ける様になりました。しかし価格も手づくり故に、プラスティ
先日、平野区にあるJR大和路線の加美駅へ。普通のみ停まる地元密着型の駅。加美駅。駅前は静かです。ちょこっと路地を歩いて行くと…。2、3分でおおさか東線の新加美駅に着きます。放出、新大阪方面は新加美駅から、おおさか東線。天王寺、JR難波方面は、徒歩で加美駅まで歩いて加美駅から乗ってくださいとの案内。加美駅と比べると新しい駅なので、デザインが斬新。加美駅と新加美駅、こんなに近いのに同一駅扱いにならなかったんですね。加美駅南口。ホント地域密着型の
近いからと、後回しにしていた阪和貨物線の廃線跡に行ってきました。敬愛するしょうさんのブログで見て以来、行こう行こうとは思いながら、やっと見て来ました。詳しくはこちらで、しょうさん、よろしくお願いいたします。前編もあるよ!関西本線貨物支線(阪和貨物線)【後編】|廃鉄の処女Ⅱ(ameblo.jp)JR関西本線加美駅からのスタートです。廃線跡沿いにまっすぐ道があるわけではないので、住宅街を通りながら、なんですが、道が結構入り組んでるところ
左側阪和貨物線から関西線に入るミステリー列車
長い休みになると行きたくなる廃線巡り今回は関西本線八尾駅から、阪和線杉本町駅間にあった「阪和貨物線」を探索してきました【基本情報】区間:八尾駅(大阪府八尾市)~杉本町駅(大阪市住吉区)駅数:3駅路線距離:11.3km開業:1952年9月1日廃止:2009年3月31日では早速探索開始ですまだ乗ったことが無かった「おおさか東線」を新大阪から乗車し、久宝寺へ向かいました今回の探索は久宝寺駅→杉本町駅に向かいます久宝寺駅は新卒で就職した会社の最寄り駅なのですが、
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平野区・杭全神社から、さらに東と思しき方向へペダルをこいで。やがてJR加美駅近辺に到着。かつての阪和貨物線の廃線跡、フェンスで囲われてるものの、手つかずの有様。いつか有効利用されたら良いですねぇこの先、もっと南の瓜破霊園と大和川に挟まれた軌道は、今はどうなってるんでしょうか?またポタリングで訪れたいと思います。
関西の鉄道ファンには有名なのでしょうか?短命ながら、なかなかインパクトのある特徴をもった特急あすか号についてまとめてみました。あすか号の運転に関する略歴はシンプルなもので、1965年3月運転開始で、1967年10月廃止という約2年半の短命特急でした。待望の関西本線を走る特急として誕生あすか号は1965年3月1日に実施されたダイヤ改正から運転開始。同じタイミングで、現在も紀勢本線の雄として活躍しているくろしお号が運転開始します。同タイミングで登場したのですが、主従関
これもご近所ネタですが、ほんとに私は、近いのに何にも知らなかったんやなあ、と思ってしまいます。阪和貨物線は、関西本線八尾駅から阪和線杉本町駅を結ぶ単線の貨物線です。1952年開業2004年休止2009年廃止阪和線杉本町駅周辺に残る廃線跡を見てきました。阪和線杉本町駅跨線橋鉄骨で補強されていますが、木製が残る跨線橋です。近いのに、ほとんど利用したことがない杉本町駅。改めて見て、味わい深い駅舎でした。窓が斜めってます。ホームにも木製部分
SGから白い湯気を出して和歌山駅に停車している、EF58牽引の郵便・荷物列車。ヘッドライトが「ブタ鼻」と呼ばれた、シールドビーム2灯改造車なので龍華機関区に所属しているEF58だと分かりますからこの郵便・荷物列車は、阪和貨物線から阪和線を通って和歌山まで来たのでしょう。背後に見えているのは、「テルファー(通称:テルハ)」と言う、荷物運搬台車を水平移動させる装置で、荷物扱いのある大きな駅なら、どこにでもありましたね。今では見る事の出来ない鉄道施設のひとつです。
先日、和歌山線・紀勢本線で使用されていた117系SG003編成が新在家から吹田への廃車回送されました。この写真は、柏原駅で同回送列車を追い抜く、221系大和路快速です。300番台のクハで運転窓周りが外板色で特長のあった車両も見納めです。これで、新在家に残る117系はSG002編成1本となってしまいました。大和路線を回送されていく117系を観て大和路線を走った117系を題材としてブログを書こうとパソコンに向かっております。①阪和貨物線のレール錆取り列車期間は詳しく知りません
10年前の今日、阪和貨物線が正式に廃止された日でした。在りし日の阪和貨物線元々阪和線の前身・阪和電気鉄道が構造上天王寺駅で貨物受け渡しが出来ない為、当時省線(鉄道省のこと)の竜華操車場への連絡線を作ったのが始まりでした。第二次世界大戦中に政府による私鉄買収(と言うより徴用)があり、省線阪和線となり、貨物線は旧日本軍の飛行基地があった八尾基地への引き込み線を建設しようとしたら敗戦を迎えました。また、城東貨物線は東海道本線、片町線(現・学研都市線)、関西本線との貨物輸送効率化の為建設され、吹田
EF52流し撮りの真似事。ウチからチャリで2分30秒のポイントで。ガキの頃(中1)なのでアングルはお許し下さいm(__)m昭和50年阪和貨物線minolta7s
明けましておめでとうございます。元旦なので、初詣に行ってきました。区内には有名な住吉大社もあるんですが、家からは交通機関がないし、(自転車行ってもいいが・・)凄い人なので。最近は2月の還付申告に行くときにお参りする習慣。実は税務署の隣(笑)なので、私が行くのは徒歩5分の大依羅神社普段は人が全くいないけど、お正月は混む。今日は時間が遅かったのですいていました。いつも願うとこは同じ。世界が平和でありますように。景気が減速しませんように。健康でいられますように。ゆいゆ
大阪市住吉区庭井というところにある依羅氏(よさみうじ)ゆかりの神社が大依羅神社(おおよさみじんじゃ)です大依羅神社(北側)石の立派な鳥居が有ります神門本当に古い手水がありますね人が少なく猫がのんびりしていますこの辺りは「庭井」と呼ばれる所で綺麗な水の出る泉があったのです綺麗な水が出るのは弥生時代なら最高の土地でした庭井の趾碑近くに依網池(よさみいけ)という1平方キロメートルの大きな灌漑用の池がありました池
阪和貨物線跡を歩く(1)ameblo.jp2009年に廃止された通称「阪和貨物線(正式には関西本線の支線です。廃止前の運行休止は2004年のことでした。)」の廃線跡を歩きました。関西本線の加美駅で下車しました。平地を走る関西本線です。高架橋の上を走るのが「おおさか東線」です。阪和貨物線は公式には八尾駅と杉本町を結ぶ路線でしたが、貨物列車は...幽玄世界夢の跡東海日日新聞幽玄世界夢の跡.奉納歌舞伎終え田峰観音小屋砕き.2018/02/14.奥三河地域の伝統芸能・設楽
阪和貨物線を歩くの最終回です。今回は行基大橋からゴール地点の杉本町までです。阪和貨物線跡の埋め立て地を含む「大和川東公園」です。杉本町に向かって進みます。南矢田付近です。廃線跡の横に置いてあるクルマ(AE86レビン)が気になりました。矢田西付近です。このあたりは廃線跡の風景は単調でした。阪南高校を過ぎたあたりから大和川から離れて北西の方角に向かいます国際興業の交通子会社である国際興業大阪の我孫子営業所です。我孫子東の住宅地の中を進みます。阪和貨物線の廃線跡の
阪和貨物線跡を歩くの第4回は瓜破(うりわり)から矢田と長吉長原付近の行基大橋までです。大和川に出ました。上流に二上山が見えていました。大和川の下流側です。手前が高野大橋(府道179号線)で奥の高速道路が阪神高速14号松原線です。このあたりの大和川の左岸(南側)は松原市だろうと思っていたのですが大阪市環境局の工場があったので、不思議に思って、調べ直したら大阪市平野区の飛び地の瓜破南でした。瓜破(うりわり)の西側の阪和貨物線廃線跡です。高野大橋の東側の廃線跡です。大和川の堤防下
第3回はイオン長吉店付近から瓜破(うりわり)霊園の曲線が終わるあたりまでです。イオン長吉店の近くの阪和貨物線の廃線跡です。広い敷地に単線のバラスト軌道の痕跡が残っていました。阪和貨物線が狭い溝のようなところを越えていた場所の痕跡です。奈良県明日香村の亀石を思い出しました。ここまで南に進んでいた阪和貨物線が大和川の手前で大きく右に曲がって西に進行方向を変えていきます。瓜破霊園前の大曲線の区間です。阪和貨物線は貨物輸送が中心の路線でしたが、古くは「特急あすか」が、JR転換後は381系臨
阪和貨物線跡の続きです。今回は平野川から出戸までです。八尾市内です。街並みと廃線が渋い調和を見せています。長吉ゴルフクラブ横の駐車場が拡張されたのか、廃線跡も駐車場になっていました。駐車場の北側から眺めた阪和貨物線跡の架線柱です。長吉出戸公園付近の廃線跡です。遠くに長居公園通の道路橋が見えてきました。あの道路橋は阪和貨物線と長居公園通を立体交差させるためのものだったと思います。今では「トマソン」の一種のような感じです。長居公園通と阪和貨物線跡の立体交差部分です。そ
2009年に廃止された通称「阪和貨物線(正式には関西本線の支線です。廃止前の運行休止は2004年のことでした。)」の廃線跡を歩きました。関西本線の加美駅で下車しました。平地を走る関西本線です。高架橋の上を走るのが「おおさか東線」です。阪和貨物線は公式には八尾駅と杉本町を結ぶ路線でしたが、貨物列車は竜華操車場(最終的には竜華信号場)と和歌山操車場の間で運行されていました。画像は当時の竜華操車場の非電化部分(1968年当時)の城東貨物線の列車ですが、阪和貨物線方面は開業当初から電化され
①阪和貨物線を通り竜華操車場へ②その後奈良回りで京都到着(DE10はここまで)③京都からはEF58が(大阪駅にて)