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○2019年3月10日、閩侯県を訪れた。その際、福建省昙石山遗址博物馆で、八闽のモニュメントを見付けて、八闽の呼称が気になって居た。中国の検索エンジン百度の百度百科が案内する八闽は次の通り。福建(八闽一般指福建)福建省,简称“闽”,是中华人民共和国省级行政区。省会福州,位于中国东南沿海,东北与浙江省毗邻,西北与江西省接界,西南与广东省相连,东南隔台湾海峡与台湾省相望,福建省陆地总面积12.14万平方千米。福建地势呈“依山傍海”态势,地势西北高,东南低,境
○閩侯県からの帰り道は何故か高速道路だった。行きは一般道で行ったのに。全てタクシーの運転手にお任せだった。しかし、行きで福州から閩侯県まで、町の様子を見ることが出来て、良かった。帰りも高速道路で早く帰れたので、好都合だった。○帰り道、車は华林路から鼓屏路へと走って行った。その途中、右手の山上に立派な高楼が建っているのが見えた。何とも立派な高殿であるのが気になった。○写真を撮って帰ったので、日本へ帰ってから、いろいろ調べると、どうやら、福州屏山公园の镇海楼であることが判った。やはり、福州では知
○2019年3月10日、福建省の省都、福州市を訪れた。その福州最大の観光名所が福州三坊七巷であり、福州第一の繁華街ともなっている。すでに、福州三坊七巷については以下のブログに書いている。・テーマ「福州・闽侯县」:ブログ『福州三坊七巷』https://ameblo.jp/sisiza1949-2/entry-12579281691.html?frm=theme○別に、次のブログも書いている。・テーマ「福州・闽侯县」:ブログ『福州三坊七巷:官巷』https://ameblo
○2018年3月に、南越旅游に出掛け、海南島から肇慶、広州、潮州、泉州と廻って来た。その際、潮州で開元寺へ参詣した。潮州は開元寺の門前町あると感じた。その時のことについては、以下のブログに書いている。・テーマ「開元寺の門前町:潮州」:17個のブログhttps://ameblo.jp/sisiza1949-2/theme-10110399896.html○今回、2019年3月に北越旅游を行い、厦門から南靖、福州、温州、台州と廻った。これで越国の海岸線を全て走破したことになる。越国を縦
○陳寿の「三国志」魏書第三十、巻三十『烏丸鮮卑東夷伝』の『倭人条』に次のような記事が存在する。計其道里、當在會稽、東冶之東。○嘗て會稽郡に東冶県が存在したとされる。それが現在の福建省閩侯県だと言う。常識的に考えて、『會稽、東冶之東』の表現なら、それは會稽郡東冶県だと考えるべきだろう。実際、會稽郡東冶県がどんなところか。倭国について発言するなら、それくらいは認識しておきたい。それで、わざわざ福建省閩侯県を訪れた。○実際、福建省閩侯県は、福建省の省都である福州市の西隣に位置する。したがって
○2019年3月10日、福州市から閩侯県へタクシーで行った。閩侯県では、最初に闽都民俗园を訪問した後、隣にある福建省昙石山遗址博物馆へと移動した。中国の検索エンジン百度の百度百科が案内する福建省昙石山遗址博物馆は次の通り。福建省昙石山遗址博物馆福建省昙石山遗址博物馆于1998年正式成立,占地面积1460平方米,这是福建省第一座依托于史前遗址的博物馆。博物馆展览以半个多世纪以来考古发掘出土的昙石山文化遗物为陈列品,充分运用雕塑、仿真场景、多媒体、图片、文字资料和声
○2019年3月10日、福州市から閩侯県へ行った。距離にして、およそ20㎞である。普通なら公交通を利用するのだけれども、時間が無かったので、タクシーを利用した。○日本では、20㎞もの距離をタクシーを利用することは、なかなか無い。中国のタクシーは極めて安い。だから、つい、タクシーを利用してしまう。上海辺りでは、初乗り料金が14元(210円)である。それが地方に行くと7元(105円)まで下がる。如何に安いかが判る。○もっとも、公交バスはもっと安い。市内バスは2元(30円)が多い。地方では1元(1
○2019年3月10日、午後2時過ぎに、いよいよ福州市から閩侯県へ向かうことにした。福州三坊七巷でタクシーを拾って、一路、閩侯県を目指した。福州市から閩侯県までは、百度地図に拠れば、およそ20㎞ほどである。○行くルートは、運転手に任せた。高速道路もあるから、それを利用するのではと思ったが、運転手が選んだのは一般道で、楊橋路から洪甘路、X115路と行くルートだった。福州に馴染みの無い私には、福州を知る上で、理想的な選択だった。どうせ、行くのなら、ゆっくりと町を見物しながら行きたかった。○したが
○今回、福建省福州市を訪問した最大の理由は、閩侯県を訪れることにあった。陳寿の「三国志」魏書第三十、巻三十『烏丸鮮卑東夷伝』の『倭人条』に、次のような記事が存在する。計其道里、當在會稽、東冶之東。○會稽は越国の都であったところで、現在の紹興になる。また、會稽郡と言う郡名でもある。嘗て、會稽郡には東冶県が存在した。东冶县历史词典解释:东汉改冶县置,属会稽郡。治所即今福建福州市。晋废,其地滨海,为我国通交趾的主要港口。《后汉书·郑弘传》:“旧交趾七郡贡献转运,皆从东冶泛海