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ご訪問いただきありがとうございますm(__)m昨日は久々にスーパー銭湯へ。ジェットバスの強いので腰をドドドッーいやぁ〜、よく効いた!その前に行ったカーブスでは、まだ少し痛みがあったのにスッキリ治った!マッサージ効果抜群ね5連休の初日に腰を痛めて、それでもコーラスやカーブス、大阪へ行ったり確定申告相談会に行ったり動き回っていた。最終日は歯科検診。半年ごとのクリーニングでした。特に問題もなくまた半年後に〜三連休は初日と最終日が仕事。真ん中の日曜日は放送大学の公開講座に行ってき
PPMの来日公演も何度かあり、東京では新宿の厚生年金会館(今は無くなったのかしら?)がお決まりの場所でしたが、切符がなかなか取れず、結局ナマの演奏は一度も聴いたことがありません。返す返すも残念。フォークブームを支える日本の演奏家は、もっぱら関西フォークが中心で、「フォーククルセイダーズ」、「五つの赤い風船」、「岡林信康」、「高田渡」、「高石ともや」をレコード、ラジオで聴いていました。どういう訳か、テレビで見た記憶はないですね。それだけマイナーだったのでしょうか?学生フォ
今日はネットショップで注文していた"中川イサトさん"のCD「RAREPERFORMANCE1973~1975ベスト・アルバム」が届きました❗️私が中川さんを知ったのは毎日新聞の記事からです❗️中川さんは関西フォークにおけるカリスマ的ギタリストで、「五つの赤い風船」や「愚」などの主要メンバーを経てソロになり、数々のアーティストともコラボなされています❗️私もYouTubeで聴いて特に此のアルバムがとても気に入って触手を伸ばしてみました(笑)❗️以前の投稿でも触れましたが最近のウクライ
今日は数日前にネットショップで注文していた、CD"友部正人さん"の「1976」が届きました❗️此の作品は1976年、スカイドッグ・ブルースバンドをバックにレコーディングした『どうして旅に出なかったんだ』が、収録曲のタイトルと歌詞に差別的表現があるとして回収の憂き目に遭たいわく付きの作品です。1981年に「びっこのポーの最後」の新録版を含む『どうして旅に出なかったんだ』を『1976』と改題して自主リリースしました。既に学生運動は無くなってしまっていましたが、友部さんの持つ攻撃的で鋭い歌詞の世
今日の晩酌のアテは新さっぽろカテプリの「美唄焼鳥惣菜炎」のレッドホット赤ザンギと豚レバーザンギを購入しました❗️YouTubeのプレイリストの「関西フォーク」を聴きながら、焼酎でチビリチビリ呑みま〜す❗️〒004-0052北海道札幌市厚別区厚別中央2条5丁目7木曜日10時00分~21時00分金曜日10時00分~21時00分土曜日10時00分~21時00分日曜日10時00分~21時00分月曜日10時00分~21時00分火曜日10時00分~21時00分水曜日1
2/16(日)、京都・西陣にある老舗LivecafeVIN-CENTにて「昼下がりのお稽古LIVE」というのが開催され、私も参加した。「昼下がりコンサート」…2020年に企画され、一旦延期になったけれど翌'22年に(「あの頃」から年を経て再開の)第1回から、幸いなことに私も参加させていただいている。「関西フォークのメッカ」と呼ばれる円山公園音楽堂で開催されている。(今年は4月19日。例年より半年も早い)さて、今日のVIN-CENTでのステージより、動画で1曲。この想い会津里花昼
「URC(アングラ・レコード・クラブ)の関西系アーティストの、66年から74年までの、全6枚組アンソロジー(2006年3月発売)。もとはURCから、2枚組LPが3セット別々に発売されており、URCの営業停止に伴う販売権の移行に伴って、東宝レコード、SMS、avex(2003年、限定初CD化)と何度か再発売されてきた。ところがそのわりには、プレス枚数が少なかったのか、なかなか手に入りにくかったこのシリーズの、待望のBOX化。高石友也、中川五郎、高田渡
<2024.08.29>🔗記事+ライブ音源挿入<2022.10.21>公式音源挿入<2019.09.12>起稿昨晩(2019年9月11日)、沖縄の友だちが「これ、松山千春の『残照』をイメージするよな」と一枚の写真を送ってきてくれた。彼が撮ったもので、夕方の商店街とバス通り的な写真、停留所に停まる路線バスが写真の半分ぐらいを占める。写真としてはよく撮れていると思ったが「んん?もう少し夕焼けが欲しいし、こんなにデカく路線バスが写っていたら『残照』の世界とかけ離れちゃうな」と
細見恭司㈱第一建設ホテルアカデミー学長さんのプロフィールページhttps://profile.ameba.jp/me関西フォークの第一人者、フォークシンガーの高石ともや(たかいし・ともや、本名・尻石友也=しりいし・ともや)さんが17日、病気のため死去した。82歳。葬儀は近親者で営む。後日、京都市内でお別れの会を開く予定。Advertisement
爺さんの高校生時代に衝撃のデビューおいで皆さんきいとくれで始まる『受験生ブルース』“関西フォークの旗手”高石ともやさん死去、82歳御冥福をお祈りいたします
高石ともやさんの訃報があった。関西フォークの一人者でしたが、代表曲と言えばこれですね。タイトル通り受験生の苦悩が描かれている。来年は予備校ブルースですか【速報】高石ともやさん死去、82歳フォーク歌手、「受験生ブルース」https://t.co/Fwu5ce9V7W—京都新聞(@kyoto_np)August18,2024
岡林信康、フォーククルセダースとかの関西フォークの祖、高石ともやさんの訃報。『受験生ブルース』のコミカルさと“関西フォークの旗手”高石ともやさん死去、82歳68年に「受験生ブルース」事務所発表-おくやみ:日刊スポーツ1960年代後半、日本のフォークソング界草創期から活躍した歌手高石ともや(本名・尻石友也=しりいし・ともや)さんが、17日に亡くなっていた。19日早朝、所属事…-日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)ww
これが日本だ私の国だ!歌詞の中にあるこの一節がすごく印象的な楽曲「遠い世界に」を弾き語りました。関西フォーク界の重鎮「西岡たかし」が作詞作曲して、1968年に彼のグループ「五つの赤い風船」が発表したらしい。1960年代と言えば安保闘争や学生運動などが勃発し、世間が反体制に動いていた時代。そんな時代に「これが日本だ私の国だ」というフレーズを世に出すのは、すごく度胸が必要だったでしょうね。オレは当時小学生だったので当然詳しくは知らないけど、高校生だった兄がよくギターを弾いて歌っていたのを聴
2024年6月9日「松山千春ONTHERADIO」(2)フォークシンガー松山千春が生まれることとなった、ふたつのきっかけを語っていた。内容としてはこれまで何度も話してきたことだが、改めて原点を語る松山千春らしさに共感を覚えた。今回新鮮に感じたのは、当時の関西フォークの中ではメロディは既にある楽曲のものを用い、そこに自分の詞を乗せて歌っていた、とのくだり。この点は関西フォークを語るうえで外せない点だと思っている。大まかに言えば、アメリカから入って来たフォークソング
<2023.1130>起稿《書籍》関西フォークとその時代声の対抗文化と現代詩瀬崎圭二(著)/青弓社四六判300ページ並製定価2800円+税2023年10月25日刊行紹介ベトナム反戦運動や学生運動を背景に、社会批判や反戦のメッセージを込めた関西フォークは、多くの若者を引き付け、強い支持を得た。1969年の新宿駅西口広場でのフォークゲリラにつながる関西フォークはどのように現れ、どのような人々が関わり、何を表現し歌ったムーブメントだったのか。本書では
親愛なるマリヤヘ学年がふたつ上の先輩(夕人)がいるいつも、必ずと言っていいほど私を助けてくれた昨晩も深夜23時から40分も私の一方的な長話を聞いてくれたいや聞かされた(相手の立場にたてば)今日は何となく反戦歌や学生運動の世代からも大きく離れていて毎日の幼稚園バス市大の前を通ると学生運動をしている若者でごったがえしてバスがなかなか動けなかったことを微かに覚えている関西フォークの元祖の高石ともやさんと並び活動されていた岡林信康さんの“友
関西フォークとその時代23年10月第1刷321ページ関西フォークそのくくりとして、音楽性、メッセージ性、年齢層などが明確に位置づけられているわけではないようだ。初めのだれかが何かをやり始め、それに同調した人々が寄り合って化学反応を引き起こす。アメリカ発のモダンフォークや反体制フォーク(ときどき反戦フォーク)が日本の若者(時間と暇があり多感で感性豊かな世代)にうけ、模倣するようにカレッジフォークとして広まり、その地域限定バージョンが関西フォークかその初めの人々がたとえばザ・フォーク・
<2024.03.16>後段加筆<2023.12.01>起稿松山千春はこれまで必ずと言っていいほど、大阪(関西)公演を控えた直前の自身のラジオ番組(「松山千春ONTHERADIO」)で「関西フォークの流れを汲む俺が大阪(関西)で歌う」と発言してきた。ところが1、2年前頃からだろうか?その表現を使わなくなり、「親しんできた」と言い換えている。現状、ラジオで「関西フォークの流れを汲む」と発言した最後は2023年5月7日放送の同番組中。この時は話の流れで久しぶりにそう言った。
今日3月15日は、63歳の若さで亡くなった我が兄(9歳上)の72回目の誕生日。オレの今の音楽的趣向の要因のほとんどは、幼い頃に兄から受けた影響によるもの。そしてその最たるものが、兄が高校時代(オレは小学生)に愛した関西フォーク。中でも1970年に発表されたこの曲。テープレコーダーで何回も聴かされ、兄がギターを持てばいつもこの曲を熱唱していた。この歌詞の内容、当時小学生だったオレはいったいどう感じていたのだろうか(笑)。私たちの望むものは/岡林信康↓↓↓
「関西フォーク」と聞いて懐かしい!と思うのは、おそらくかなり年代が上の人でしょう。私もその一人なので、題名に惹かれてこんな本を読んでみました。題名からすると、関西フォークの歌い手の紹介やその音楽性の解説、そしてそれが社会に及ぼした影響が書かれているのかな?と思って手に取ってみたのです。しかしその予想は外れました。副題に「声の対抗文化と現代詩」とあるように、これはフォークソングの歌詞やその歌い手が書いた「現代詩」に焦点を当てて、それと当時の社会との関係を解説したものでした。著者は音楽評論
このブログは(以前から言っているように)基本的には昨日体験したことで心に響いたとこ、いいなぁと思ったこと、素敵だと思ったこと、おいしいって思ったこと……などで綴る[1日遅れの日記]であるが、近頃、どうもそのジャンルが食べ物ばかりになってきている。[そして、近頃、あまり本を読んでいないので、読書記録が消滅していて、さびしい限りである。反省]昨日は平和堂の某フレンドマートでやっていた「九州うまいもん❗」フェアの「大分名物とりめしわっぱ」を買ってきて夕食に食
日々暮らす中でオヤツなら、アメーバにゃんたブログに~(*'-'*)ん、昨日のリブログ、間違っていたねぇ。直したよ、谷村新司さん関連のアリスに。ん~12月かぁ、師走。今になって、秋風というか、おセンチというかo(´^`)oウーン…あと、なんか手持ち無沙汰だなぁ~。---------------------------------【都民と軽自動車にゃんた】東京都では「軽自動車が好き」という人の割合が全国3位。「軽自動車を買うことは賢い選択だと思う」では全国1位なの?なんだか急に親
<2023.11.28>書影挿入+坂崎幸之助×岡林信康対談挿入<2023.10.10>《書籍》関西フォークとその時代声の対抗文化と現代詩瀬崎圭二(著)四六判300ページ並製定価2800円+税書店発売予定日2023年10月25日紹介ベトナム反戦運動や学生運動を背景に、社会批判や反戦のメッセージを込めた関西フォークは、多くの若者を引き付け、強い支持を得た。1969年の新宿駅西口広場でのフォークゲリラにつながる関西フォークはどのように現れ、どのよう
ご報告とご挨拶pic.twitter.com/Nt3dci549p—谷村新司スタッフ公式(@Shinji_T_Staff)2023年10月16日谷村新司さん、お悔やみは書きません。関西フォークの流れを汲む古き良き時代を知る人がまた旅立ってしまい寂しいです。アリスにはあまり夢中にはなりませんでしたが、ピンポイントで大好きな曲がありますよ。よい旅を楽しんでください。矢沢透さん、堀内孝雄さんもさぞや悲しんでいることでしょう。いい日旅立ち(Live)谷村新司ShinjiTan
新潮新書:富澤一誠著:「あの素晴らしい曲をもう一度-フォークからJポップまで-」を読んでざっくりまとめました。この書は本流は演歌・歌謡曲だと思いますが、多分傍流として若者に人気があった音楽の歴史のように思えます。だけどだんだん若者の音楽が市民権を得るように思えます。まだうまく時代を掴めてないかもですが・・・これから敬称略すみません。66年までは、学生フォーク(アメリカのモダンフォーク)が流行っていた。マイク眞木「バラが咲いた」森山良子「この広い野原いっぱい」67年
今夜は無性にこの歌が聴きたくなりました。1978年の秋、中学2年生だったわしは、大阪厚生年金会館で行われる予定のベックのコンサートチケットを3000円で買ったことがあります。実は家の引越と重なってチケットはクラスの友人に譲り、その子のお姉さんが見に行ったとか。実は良く知らないで名前だけで観に行こうとしていただけなのですが、周りのイカした兄ちゃんたちの間では教祖扱いされていたギター・カリスマという点では、それから40年以上経った今でも変わりません。突然の訃報に眼を疑いましたが、彼
2022年12月11日「松山千春ONTHERADIO」(1)番組開始早々、先週開催された大阪公演、神戸公演を振り返り、「気持ちよく歌うことができた」と語っていた。とくに関西は自身がこの世界を目指したきっかけが岡林信康、加川良をはじめとする関西フォークを代表するフォークシンガーの存在と歌だったことから、諸先輩に顔向けできるような気持ちでステージに立ったと語った。また、今週開催される12月14日新川文化ホール(富山県)、バースデー公演となる16日福井フェニックス・プ
12月9日金曜日〜その5P35、URCレコード初リリースについて綴られている。(写真)私の愛聴盤には、H16年12月15日にavexから復刻された、2枚組CD-BOX『URCシングルスVol.1』が有ります。昭和40年代、大阪発の浪曲と河内音頭の専門レーベルはローオンレコード。関西フォークは、URCでした。
「この当時、当初は会員制だったURCレコードの第2回配布レコードで、A面が小室等率いる六文銭、B面が当時19歳にしてプロテスト・ソングの旗手といわれた中川五郎の曲が収められているという、今ではあまり見られなくなった変則アルバム(69年4月配布。写真はジャケット裏面)。また、A面の六文銭は曲数および合計時間が少なかったためか45回転、B面の中川五郎は、通常のLPと同じく33回転であった。B面の、中川五郎に限っていえば「うた」「主婦のブルース」「カッコよく
西岡たかし「スープ」1975五つの赤い風船と言う伝説的グループのリーダー関西フォークの中心的バンドでした。メンバーには中川イサト/藤原秀子/有山淳司/長野隆/東祥高/金森幸介/永井洋/青木まり子/竹田裕美子らが歴代のメンバーとして在籍していました。西岡たかしさんのソロアルバムほのぼのとした歌声とメロディは今聴いても素晴らしいです。4曲目の上野市は三重県上野市の事です。(現:伊賀市)歌詞の中では上野まちと歌われています。収録曲1.雪・ゆき2.