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前回の続き『道内ひとり旅札幌〜北見』久しぶりな気がするバスツアーではない、宿泊を伴う道内ひとり旅大変に興味を持った人物の資料館を訪ねることを主目的に、今年2回目のばんえい競馬も楽しんでこよう…ameblo.jp東横INNは慣れっこだが、北見でははじめて東横INNは、店舗によるが、新聞を無料でいただけることが多いこれまでは読売新聞しか見たことがなかったので、ここでもそうだろうと…無造作にとって、エレベーターに乗り、部屋で確認してあらびっくり北海道新聞だわてっ
昨夜は、九十九里町地先海岸町営駐車場にて車中泊を致しました。数百台駐車可能な広い駐車場でしたし、暗かった事も有り、05時30分頃に明るくなってから確認すると、10台が車中泊をしていました。本日は雨模様ですので、昨日の様に大半を徒歩で移動と言う訳にはいかないようです。八坂神社殉國之碑日露戦争での戦死者を慰霊する目的で建立されたものと思われますが、九十九里町としての説明はありませんでした。大変綺麗に手入れがされていました。宮島池親水公園一昨日の「ひかた市民センター」での展示通り、この
ようやく、読了いたしました(^0^;)文庫本で全4巻ありずいぶん前から読み始めたのですが、途中頓挫した時期もあり(^0^;)なんとか読み終えてホッとしております。「胡蝶の夢」全4巻司馬遼太郎著昭和58年12月発行新潮社文庫出版単行本は、昭和54年新潮社より出版全5巻江戸時代最後の将軍徳川慶喜の御典医松本良順の物語と聞き、興味を持ちました。ところが、司馬遼太郎さんのことですもの(^_^)すんなりと話は進まず(^_^)って、
2019年3月のブログです*司馬遼太郎さんの『胡蝶の夢』(1)~(4)(1983・新潮文庫)を再読しました。本棚を眺めていたら目にとまって読み始めたのですが、すごく久しぶりで、おそらく十数年ぶりです。いい小説なのに、じーじの怠慢で、ご無沙汰しすぎです。こういういい小説は、年寄りになったら、もっともっと読んで、こころを豊かにしなくてはいけません。反省です。さて、この小説、紹介するのはなかなかたいへんです。主人公は幕末の医師松本良順。千葉・佐倉のオランダ医
本日は夜明けよりガスが掛かり夜明け後は晴天の天気予報です。朝は8:30より昨年来のYAMAHATX750を出しました。昨年の乗り納め後はバッテリーを降ろしてメインテナンスをしていた物を載せます。セルでも掛かりますが、ここは古希の体力試しにキック、キック、キックで3発目にお目覚めでした♪江別市内でガソリンを満タン給油、、行き先は『トマム』経由で『陸別』、、、と行きたい所、長沼のマオイ山公園道の駅でルート変更、、早来へ向かいました。何故、陸別か?開拓の祖が『関寛斎』に関わる様で少し実地研
「胡蝶の夢」一〜四(司馬遼太郎)大好きな、幕末・維新の時代。司馬遼太郎さんのこの時代の本は随分読んだし、半藤一利さん、磯田道史さん、あるいはジャレド・ダイヤモンド氏、マクニール氏の本などでも、この時代をくり返し、しかし違った視点で、堪能してきた。しかし、まだこんな視点での楽しみ方、味わい方、学び方があったのか・・・と今回も幕末・維新を堪能した。黒船来航をきっかけに、日本は西洋の思想、制度、文明、技術に影響を受けてきたわけだが、本書「胡蝶の夢」は、医学という
2013年発行コメント会話で、こじはんさんからおしえてもらった本👇こじはんさんのブログ諸行無常の日々を生きるこじはんさんのブログです。最近の記事は「石原慎太郎『「私」という男の生涯』を読む(画像あり)」です。ameblo.jp北海道に縁のある関寛斎をその妻あいの目線で描いた物語関寛斎-Wikipediaja.wikipedia.orgと、知ってるニオイさせて書いたが、関寛斎さん全く知らなかった(^^ゞ札幌に住んでいないこと北海道にいたのは亡くなるまでの10年くらい
訳あって本ばかり読んでいますが、お気に入りは高田郁さんの小説。どれも好きなのですが、「あい」の生き様に胸を打たれました。「あい〜永遠に在り」高田郁あい永遠に在り|書籍情報|株式会社角川春樹事務所-KadokawaHarukiCorporation「株式会社角川春樹事務所-KadokawaHarukiCorporation」オフィシャルWEBサイト、書籍情報、シネマ情報、会社情報などwww.kadokawaharuki.co.jp幕末から明治にかけての名医師で、
北海道内は18日、晴れて地表の熱が奪われる放射冷却現象の影響で冷え込み、十勝管内陸別町では今季道内最低となる氷点下1.7度を観測した。毎年冬になると、冷え込んだ朝は“お天気ニュース”が、どこそこでマイナス何度と最低気温を知らせてくれる。役場も日本一寒い町とPRする陸別町はその常連だ。令和5年9月末現在人口2,168人のこの町、寒さ以外はあまり話題にならないが、実はそれ以外に大きな魅力が2つあると思っている。一つは銀河の森天文台。一般公開型天文台としては日本最大級
司馬遼太郎陸別を開拓した関寛斎という人物について知りたく、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読んでみた。たぶん、司馬遼太郎は、佐渡で生まれた伊之助について書いていこうと思っていたのだろうけど、出費中に松本良順と関寛斎と2人に興味を惹かれたのではないかと思うくらい、関寛斎に関しては、当初一人の登場人物とした書かれてたが、後半になるにつれて1つのエピソードとして書かれるようになっていく、逆に松本良順は、後半になるにつれ、影が薄くなっていく。その中、伊之助だけはこの小説の中では1本軸のようにして書かれている
先日読んだ『晴れときどき涙雨』『『晴れときどき涙雨』』髙田郁さんの『晴れときどき涙雨』読みました。(2023/2/18発行)みをつくし料理帖の”髙田郁さん”のエッセイ集。第一章川富士立夏のころ(2005~…ameblo.jpその「ふるさと銀河線」の章で陸別という町が出てきました。「銀河の森展望台」や、鉄道についての取材で何度も訪れるうちに陸別開拓の祖、関寛斎氏の妻、あいさんの存在を知り『あい永遠に在り』の小説に至った、とのことでした。陸別町に
新しい動きは北の大地から今日は、日帰りで北海道で講演をした。その後ワクチンでヤコブになった方をお見舞いしたけど、少し改善した印象。...blog.drnagao.com札幌はいつも熱い。考えてみれば、北海道から始まっているものが多い。1)有志医師の会2)有志〇〇の会(保育士の会など)3)4回目のワクチンをやめた病院が続々4)なんと参加者の6~7割がイベルメクチンを持っていた5)こんな大規模なイベントをお坊さんがやってくれる。(さすが真言宗)
ご訪問ありがとうございます。7月22日、網走に行った帰りに日本一寒い町「陸別町」を寄りました。陸別町の道の駅陸別町郷土研究会『郷土研究』第27号陸別町は、北海道東部のほぼ中央に位置し、女満別、釧路、帯広の各空港からもほど近く、道東の各観光地へ至る道路網も整備され、移動はスムーズです。また十勝川温泉、温根湯、美幌峠、摩周湖の各観光地と、阿寒・大雪の国立公園への観光ルートもほど近く、道東観光の拠点としては便利な地にあ
テレビで菜の花忌シンポジウムを放送していたテーマに選ばれていたのは「胡蝶の夢」コロナ禍で無観客での開催だったようだシンポジストは4名澤田瞳子氏磯田道史氏澤芳樹氏村上もとか氏司会は古屋アナウンサー「胡蝶の夢」では幕末の日本の医療、医師の有り様が中心主な登場人物は松本良順関寛斎伊之助ポンペ当時はコレラが流行していた松本良順はポンペの患者に寄り添う医師としての姿に影響を受ける関寛斎は戊辰戦争において、敵味方の区別なく治療に当たったというその後、北海道に渡る
コロナ禍に入ってまもない時、司馬遼太郎さんの「胡蝶の夢」を読みました。濱口梧陵さんも登場します。地元和歌山では、稲村の火で有名な梧陵さんですが、案外と知られていないのが、さまざまな社会事業を手がけた中でも、特に医学への支援を厚く行っていることです。梧陵の支援と影響を受けた一人が、医師・関寛斎で、当時江戸では天然痘やコレラなどの感染症が流行していたことから、寛斎は1856年、銚子で医院を開業し、梧陵との知遇を得ます。稲むらの火から2年後で、防疫に意を傾けていた梧陵は、寛斎を江戸の西洋種痘所
一冊の本が手元にある。先日、読んだ本…。読み終えた後、すぐに本棚にしまわず、少し手元に置いておきたいと思ったのは文中にあった、我が母校の創始者である『濱口梧陵』のその言葉をかみしめていたいと思ったことと、関寛斎の希有で崇高な生き様そしてそれを支える『あい』の人生…そんなことを少し考えてみたいと思ったから…、ナンチテ。高田郁さんの『あい』という本。帯紙には…この愛の先には何があるのだろうか…とある。73歳にして北海道開拓を志した『医師・関寛斎』。貧困な農家の子に生まれ
戦没オリンピアン陸上・谷口睦生選手の生涯【熊本】Yahoo!ニュース85年前のベルリンオリンピックに出場し、その後、太平洋戦争で戦死した八代市出身の陸上競技選手をご存じでしょうか?戦没オリンピアン・谷口...避難先喜如嘉の山中も空襲當銘幸吉さん山の戦争(31)<読者と刻む沖縄戦>琉球新報避難先喜如嘉の山中も空襲當銘幸吉さん山の戦争(31)<読者と刻む沖縄戦>.くらし.2021年07月21日17:59.読者と刻む沖縄戦·沖縄戦·山の戦争...名曲
「三浦を討ちとったァーーッ!!」暗闇での叫び声。仇討ちは果たされたのか?文春オンライン幕末」の公開はこれにて終了します。ご愛読ありがとうございました。文春時代コミックス「幕末」は6月24日より、全国書店・主要電子書店で発売...大船鉾の飾り新調豪華絢爛な装飾iza(イザ!)京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)の一つで、幕末の焼失から平成26年に復活して以来、かつての姿を取り戻しつつある大船(おおふね)鉾の「艫幕板(とも...【異才・森田芳光が描き続けたもの】堺雅人「監督から
日本で一番寒い町!!!北海道陸別町の『開拓の父』関寛斎さんの紙芝居がいよいよラストスパート!!!!というところに来ました。あとは、台本を少し手直しして印刷屋さんに印刷をお願いするだけ!!!そして、今年度内に無事に陸別町へ、納品できればOKです!いつも、コンビニのカラーコピーや御茶ノ水にある画材屋さんに頼んで一部だけ、紙芝居を印刷しペタペタのり付けしたり裏張りしたりするんですが今回は、陸別町のみなさまにも紙芝居をやっていただきたいという事で5部印刷します裏書き台本
73歳にして北海道開拓を志した幕末から明治時代の蘭方医・関寛斎とその妻あい。あいの視点から二人の波乱の人生を描く。医学を出世の道具とすることを是とせず、弱い者のために国の医療の堤となるべく晩年まで人生を捧げる寛斎。そんな夫を支え続けるあい。二人の生き方が切なくも清々しい。章が「逢」「藍」に続き「哀」ときて、何が起きるのかとドキドキしました。☆彡逢/藍/哀/愛
伊之助は、祖父が死んでから年の過ぎるのがはやくなった。時が敵の騎馬武者のように感ぜられた。森のなかから年に一騎ずつ疾駆してきて、伊之助の過去を一年ずつ打ち斃してゆくようにおもわれた。(とりとめもなく年が過ぎてゆく)司馬遼太郎著「胡蝶の夢」第五巻より自分の周りの変化が激しい時はそれに対応するのに追われて時間が進むのが速いように感じる。時間のスピードは感情で変化するのだ。「胡蝶の夢」を読了した。この本を読んで「関寛斎」の生き方に興味を持った。
(なんだ、これは)と、べつの自分が、距離をおいてのぞきこんで不審がるのだが、単なる悲しみとも思えない。口惜しさや情けなさもまじっているかもしれないが、どうやら寛斎の人柄が、原因の中に有力な刺激として混じっているらしい。強いていえば人間とはいいものだということを理屈でなく気付かされたということらしいが、それも説明してしまえばうそになる。司馬遼太郎著胡蝶の夢第三巻よりこの本を読みながら松本良順と同じように関寛斎の人生にも非常に興味をもった。波瀾万丈とは、
近くに来たので休憩も兼ねて立ち寄り八千代の萱田地区公園水仙と桜が・・ピーク過ぎていてアングルが難しい><新井宿辺りの公園っぽいが名前が・・桜はすっかりは桜になっていた・・久々、昼にガッツリ・・4月になってから昼代は激減・・忙しいのと、少し減量・・;;で、これ食べてる草餅買った・・これで500円だった後で食べて美味しかったよ・・意外と軽くて食べた気がしな
【獅子の如く】波多野稙通のステータスと評価GAMY(プレスリリース)(ブログ)武将の能力やスキルを解説していますので、ぜひ攻略の参考にしてください!記事をシェアしよう!0.コメントへ...「ごっつ三国関西戦記」,3周年記念キャンペーンが4月13日から開催。SSレア武将を選んでもらえる4Gamer.netSSレア武将を“選べる”記念キャンペ―ン開催.NHNCorp.は、同社がサービスを提供するスマートフォン向け関西弁三国志RPG『ごっつ三国関西戦記』...
「新型コロナウイルス」感染の広がりが止まりません。2月18日、病院での定期検診のため東京の街中に出掛けてから1週間、自宅内で過ごすのと、近隣の公園や人通りの少ない道を選んでのウォーキングだけが私の日課になってしまった。自分が感染し、家族や周辺の方々にウイルスを感染させたり、迷惑や心配をおかけすることだけは絶対避けたい。だから、感染する惧れから遠ざかるため、気分転換のための近場のウォーキングと、たまに付き合う近くのスーパーへの買い物の時しか外出していない。しか
関寛斎の死因に異説事故死の可能性地元文芸誌で紹介読売新聞寛斎に関する資料を収集している斎藤さんは「検視では事故死か自殺かを判断するのは難しい」と自殺説を支持する立場。謎の死をめぐる議論はまだまだ続き...市民からのおくりもの2018|―平成28・29年度新収蔵品から―Jタウンネット東京都江戸東京博物館では、江戸東京の歴史と文化に関する資料を収集し、それらを未来へ伝えるために保存管理しています。また、資料が持つ様々な情報...大鯨の酒杯や翔鶴の文鎮など横須賀の歴
先日、スポーツドクター関連の学会参加のため、徳島に行ってきました。徳島といえば、あの人。あいにくの雨でしたが、絶対に会いたい!あのゴツイ後姿は・・・、間違いないあの人だ!川を眺めていらっしゃる。ドーン!関寛斎(せきかんさい)先生!!寛斎先生の生きざまに惚れた同志の方々が建立された像。いまや、アスファルトとコンクリートで様変わりした街並みに寛斎先生が生きられた時代の痕跡はほとんど見当たらない中でよくぞ、この像を建立してく
髙田郁(たかだかおる)「あい」永遠に在り実在の医師「関寛斎」の妻「あい」の話し幕末から明治にかけて貧しい農家から医師最後は北海道開拓へと北海道に渡った寛斎とあいどんな時も寛斎を信じ寛斎が間違っている時は説得をし道を修正するあい最後が北海道という事もあり波乱万象の人生とても面白く読みました★★★★★
こんにちは99里ネットのゆ~みんです今日も暑いですね本日は、東金駅前サンピア側にある公園東金中央公園をご紹介します広くて綺麗に手入れされていて心地よい公園です関寛斎さんの石造関寛斎さんは、東金出身の方で順天堂で蘭学を学び、歳で銚子で開業した後長崎で最新医学を学び、その後徳島で余年にわたり庶民への医療と社会奉仕に力をつくしたそうです。詳しくは下の写真をお読み下さい私は休日に主人と犬の散歩中に寄って私だけちょっとサンピアで晩