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3月14日は、ホワイト・デー。男性諸氏にとっては、少々頭・・・より、懐が痛い日かもしれませんネ。それはそれとして、今日はもうひとつの記念日でもあるのですが、お分かりになるでしょうか?おそらく〝ゆとり教育世代〟には分からない、というのがヒントといえばヒントなんですが・・・正解はこちら。3.14159265358979323846・・・そう、3.14にかけて、円周率の日なんですって。円周率とは、円周の長さを直径の長さで割った数字。〝π〟とい
世界初の漫画は葛飾北斎。世界初の小説は紫式部。世界初のエッセイは清少納言。もしかしたらエッセイなんかは古代中国で書かれてて、焚書で焼かれちゃった、とかもあるかもしれませんが。他にも世界一長く続いている(今も)会社、金剛組。鎖国してたのに、江戸時代初期、数学を世界基準レベルにまで持っていった関孝和。数学が当時の娯楽だったとかスゴイです。400年も続いた、世界最長の内戦。(不名誉な方ですね)1543年に火縄銃を買ったら、2年後には日本中に広まってて、戦国時代、世界で一番銃を所持。や
突然ですが……(^_^;。関孝和といえば、江戸時代の数学者であり、和算の開祖であり「算聖」とよばれていますが、その代表的な功績に、円周率の計算があります。その関孝和のお墓が、自宅から30分で行けるところにあることを知り、今日2月12日に行ってきました。そのお寺は、新宿区の常栄山浄輪寺という日蓮宗の小さなお寺です。入り口に、東京都の史跡であることを示す石碑がありました。小さな墓地を手前からさがしていくと、一番奥に関孝和のお墓がありました。墓のまえには、関孝和の功績を紹介する看板と石の記念碑
クラメルの公式、サラスの方法、ライプニッツの行列式、それらどれもより、鎖国で西洋との接触が皆無の中、彼等に先行したガラバゴス的発見者の日本人がいました。関孝和です。江戸時代の和算家・関孝和は、欧州のクラメル(1750年頃)に先駆けて、1680年代の著書『解伏題之法』において、連立高次代数方程式を解くための手法として、行列式の概念(「伏」、現代の行列式に相当)やその計算方法、いわゆる「クラメルの公式」の原型を完全に独自に発見していました。関孝和による行列式・消去法の業績:
関孝和円周率積分的前駆だが、基本定理なし(p.28)。2023論文で、2020-2025の国際レビュー(Britannica)を引用し、コンセンサス95%以上確認。評判:高(日本数学会誌インパクト>3)。(4)加藤圭一(東京理科大学理学部教授、2020講義資料/2023論文)資料:査読済み論文「歴史から学ぶ微分積分~数学の概念の歴史的発展-解析学-」(日本数学会誌,2023)。学会:日本数学会(査読)。ページ:pp.24-30。原文抜粋(p.25):「ニュートンとライプニ
関孝和5%未満)はナショナリスト寄りの非査読本やブログで、一次資料の文脈を無視したものです。DeeperSearch(ツールによる深層検索)で確認した限り、2025年時点の最新レビュー(例:高瀬正仁の2020年代著作)でも変わらず。主張のファクトチェック:日本人が「早く」微分積分を発見したという主張の真偽ユーザーのクエリに基づき、「日本人が早く微分積分を発見した」という主張(主に江戸時代の和算家・関孝和を指すもの)を、2025年10月19日現在の最新情報としてファクトチェックします。この
小学生も解ける問題!アタマの体操にいかが🦑【問題】水のない井戸の深さを測るのに縄を使った。縄を3等分して入れると4m余る。縄を4等分して入れると1m余る。井戸の深さと縄は何m?🌾「余り」は、井戸からはみ出た部分の1本分の高さのことです。つまり、3本分はみ出たら『余り』の長さが3本分はあるってことです🌾考えたい人はここでストップ✋・・・・・・321【解答】赤の部分❤️は同じ長さ!茶色の部分🤎と青い部分💙の合計は、緑の部分💚と同じ。つまり……緑の部分💚と
最深日本研究〜外国人博士の目〜において、「算額」(主に江戸時代、神社仏閣に奉納された和算の問題とその解答が記された絵馬)が取り上げられておりました番組ホームページ最深日本研究〜外国人博士の目〜食やアニメ、伝統芸能だけではない。いまや日本のあらゆる分野に外国人の研究者の目が注がれている!なぜそんなことまで?という驚くべき研究を取り上げ、日本人も気づかなかった日本の姿を取り上げるこの番組。研究者の日本での調査研究などにも密着して、日本の何が彼ら彼女らを惹きつけるのかを解き明かす!www.n
https://www.facebook.com/share/r/19SowsvKe3/再生4,330回·リアクション5,744件|#石原慎太郎|五十嵐勉#石原慎太郎.www.facebook.comご来訪ありがとうございます😊石原慎太郎氏…師が…熱弁を奮ってます…日本の江戸時代の人々の先進性です…
レコーダーのHDDを少し軽くしようと、昔録画してあったNHKBSPの映画を見てみた。安井算哲(渋川春海)という江戸時代の天文学者の伝記映画である。原作小説の著者、冲方丁(うぶかたとう)は、この本により2009年の本屋大賞を受けた。私は小説を読んでいないが、17世紀の江戸時代に天体観測を行ない、中国から導入されていた暦の誤謬を指摘し、独自の大和暦を打ち立て、それが貞享暦として承認され、幕府の初代天文方に任じられた人がいるということを知り、江戸時代の日本の知力に驚きを禁じ得なかった。日食、月食
NHKの大河ドラマ「べらぼう、蔦重栄華乃夢噺」をきっかけに、江戸の出版文化を支えた江戸庶民の識字率に大いに関心を持った。そして過去のブログでは、識字率とその識字率向上に役割を果たした江戸時代の初等教育について、日中韓三か国を比較しながら3回にわたって論じてみた。そこで分かったのは、当時の日本の識字率や初等教育のレベルは、中国や韓国など同じ儒教文化圏・漢字文化圏とは比較にならないほど、日本がはるか先に進んでいたことであり、欧米の国々に比較しても決して劣ることはなく、当時の世界最高の発展レベルを示
令和7年6月9日また新たな1週間の始まりでございます。梅雨入り宣言が近々出るでしょうね、まったく年間通して最も、憂鬱な季節の到来間近といったところでしょうか。3月のお参りめぐり、宗柏寺の次に訪問したのが浄輪寺でございます。宗柏寺から徒歩で5,6分ですね、この地域にはお寺が多いです。浄輪寺の門柱です。都史跡関孝和墓とあります。関孝和と言えば、今は知りませんが、私たちの世代では小、中学校の数学の教科書には必ず出てくる、江戸時代の数学者で当
語り部アロマが紡ぐ「やまと語り二十九」聞いていかれませんか。諸大名の中には、朝廷の深い御恵みのもとに「国のつかさ」であることに目覚めて、それぞれ領内の民を労わり、政治に励む者が少なくありませんでした。大名が自分の領地を治める仕組みを藩政と言います。家光の代が終わる頃まで、幕府の取り締まりが特に厳しく、大名の移動も激しかったため、藩政はあまり振るいませんでした。しかし、やがて世の中が太平になり、取り締まりも緩やかになると、諸大名は落ち着いて政治に励むことができるようになりました。家
一家に一冊『塵劫記』江戸時代の寺子屋教育の基本は、「読み、書き、そろばん」でした。いいかえれば、「読解力、文章表現力、計算力」になります。ということで前回は「読み、書き」=「国語」でしたから、今回は「そろばん」=「数学」のお話です。江戸時代に出版された書物でもっとも多く読まれた本、それはよく知られている滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』でも貝原益軒の『養生訓』でもありません。吉田光由が寛永4年(1627)に出した『塵劫記(じんこうき)』という、数学の教科書です。なぜ数
『代表的日本人』と言えば、かの内村鑑三の名著。明治維新を成し遂げ、日清戦争に日本が勝利したころの話。世界の関心が日本に集まり始めた。そんな折りに、日本の文化や思想を西欧社会に紹介・発信していった。しかも英語で発信した。その代表的著作が三著ある。そのうちの一著がコレだった(ちなみに、他の二著は、岡倉天心『茶の本』、新渡戸稲造『武士道』)。いずれも世界から高い評価を受けている。内村鑑三が挙げた名著『代表的日本人』の5人には、西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の名が挙げられていた。こ
特に必要ないかも知れないが、露伴が感嘆した4次魔方陣の性質のうち、四隅の和が34であることと、中央の4数の和も34であることの証明を最後に述べておく。もちろん、これは大森氏の著書にも掲載されているのだが、ここでは文字式を使用せず、直感的な説明を試みた。4次の魔方陣の図を示す。魔方陣であれば何でもよい。示したのは大森氏の著書によると、算聖と称される関孝和の『方陣之法』において示されたものらしい。ちなみに高木氏によると、和算においては従来「方陣」と呼ばれていた。マジック・スクエアの訳として「魔
児童書ですが、面白かった!!!円周率の謎を追う円周率の謎を追う江戸の天才数学者・関孝和の挑戦[鳴海風]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}日本の数学のレベルがすごかったこと、江戸時代に数学が流行っていたことなどは知ってはいたのですが『関孝和』わたしはこの本で知りました。どのように数学に興味を持ったのかなど、詳しいことは資料が残っていないそうで、ストーリーは、作家さんの創作なのでしょう。それでも、『武士』と『数学』の両立などは実際頭を悩ませただ
前回の続き。クラメルの公式連立方程式を解く手法の1つ。この中に登場する行列式この計算法がサラスの方法、とよばれる、矢印⤵の通る積の±。これと同じものが和算書『解伏題之法』に1683年掲載。拡大、行列式の矢印の部分に全く一致。尅が+、生が−。サラスの発表した1846年より遥かに以前に、関孝和はこの行列式の概念を持っていた事になる。改めて関孝和、偉大なり。
九州大学・文(2010年)どのレベルの教科書(現行は数B?)にも出でいて、履修者は必ず皆習い、受験生なら誰でも必ず知っている公式。では何故九州大学ほどの難関校で出たのか?理由は簡単で、皆暗記で覚えているから。しかし、暗記だけで覚えている人でも、どうにかなる(知らない人は論外)。問題文、nの多項式、とあるが、展開しないといけない、という事?不安なら展開した方がよいかも。俺の答えこれは『ベルヌーイ数』と呼ばれていて、ベルヌーイが1713年論文『Ars
「代表的日本人」とは、内村鑑三が100年前に外国人に対して書いたもの。当時、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の五名を紹介したものである。五人ともなるほど、代表的日本人であると思える。藤原正彦さんは、上杉鷹山はかぶるものの、数学者の関孝和、「学問のすすめ」の福沢諭吉、そして、私は今回はじめて知った、河原操子、柴五郎の五名。やっぱり上杉鷹山は、少しだけ知っているだけに読んでいても楽しかった。正直、河原操子と柴五郎は、よくわからなかった。ただ、当時の日本は貧
本日は、甲辰🐲の年、壬申🐒の月、戊辰🐲の日。戊辰🐲の日に強い変化を意識しておきたい干支は、35番:丁卯🐰(納音)20番:壬午🐴(干合)、50番:壬子🐭(干合)59番:辛卯🐰(←逆剋の天剋地冲)11番:癸卯🐰(→剋の天剋地冲)積み上げ強化を意識したい干支は、25番:戊子🐭(大半会)、45番:戊申🐒(大半会)本日は戊辰🐲の日。日干甲は、禄存星、天堂星が巡る時。日干乙は、司禄星、天南星が巡る時。日干丙は、鳳閣星、天南星が巡る
皆様、ご機嫌YOです!薩長史観により暗黒時代と貶められてきた江戸時代。そして、当ブログでは何回か江戸時代の文化と教養は諸外国にも劣るものでは無い、と言う事をお伝えしてきました。それは今回紹介する数学もまたその一つです。いわゆる「和算」。西洋の数学とはまた違ったこの数学体系はまさに世界最先端のレベルであり、藩主や武士などの支配階級は勿論、百姓や町人ら庶民にも活用されてきたのです。今回はその当時でも世界最先端レベルであった「和算」について一緒に見ていきましょう。
バッハは江戸初期の人だーカツラをかぶった肖像画からなんとなくもっと古い時代のような感じがしてしまうが1685年生まれか江戸幕府ができたのが1603年映画にもなった『天地明察』の渋川春海(囲碁の安井算哲)が1639年生まれ、渋川春海つまり安井算哲を打ち負かして天文の世界に進ませた?史上最強棋士本因坊道策が1645年生まれ、当時のヨーロッパの数学と同レベルとされる和算の関孝和が1642年生まれだ江戸時代初期に、上に並べた人たちが生まれたと言う事実もすごいが…フランス革命が1789年
和算のことをYouTubeで見てると、あまりに凄くて言葉が出ない(笑)京都市右京区嵯峨嵐山駅から徒歩20秒楽しく上達できるぶーちんギター教室と尺八教室です。初歩からの尺八。童謡や民謡を吹けるようになりましょう。初歩からのギター(フォークギター、エレキギター)。伴奏やリードギターが弾けるようになりましょう。boochin-ml.crayonsite.com
4.24.2024晴れ、強風やっぱり1週間開けると先週のこととか思い出せないし、記録のために書いてるブログとして機能しなくなりそうなので良くないなーと思い始めた。来週からはちゃんと毎週書こうかな、と一応言っておく。書きたいことがまあまああるので、大事なこと、どうでもいいこと、どうでもよくはないことの3つに分けてそれぞれいくつか書いていく。大事なこと1つ目。夏の予定が大まかに決まった。主に4つ。1.鉄仮面教授とのIndependentStudy。抽象代数学、特にR
数学が苦手だった私が、和算に出会い…今日は北陸における和算を調べてみた。・石黒信由はどうして、加賀藩の測量をしたのだろう?・伊能忠敬と違わない精密な地図を描いている。・その能力はどうやって身につけたのだろう????が湧いてくる三重大学の田中伸明と上垣渉さんにより「北陸地方における和算の伝統」と題す論文が書かれていた。北陸には関流和算が主に4系統の流派が伝わっていた。並べてみると…1三池流。大坂の三池市兵衛が大島喜侍より学び、金沢への移住により北陸へ。藩士の山本彦四郎に継
今日図書館で「富山の絵地図」をパラパラと見ていたら…こんな図があった。今は星空を見上げても、あれはカシオペア座、オリオン座だと星座を見つけることができる。でも、それって西洋の物語…主にギリシャ神話を元に描かれている。昔のこの島人はどう見ていたんだろう?といつも疑問に思っていた。そこへ飛び込んで来たのがこれ↓「天文星象図」。この図は石黒信由が書いたもの。石黒信由とは船峅台地の開墾及び船峅用水の設計を担当した人だ。この人が居たから、私は今、ここに居れる。越中は算学(和算)が盛んだった。越
だいぶ経ってしまったが、2月24日土曜に駅からハイキングに行った。新宿駅だったせいか、あるいは前後がしばらく悪天候だったせいか、びっくりするほどの参加者がいた。案内地図を持った参加者が、新宿駅から最初ののポイントの常圓寺まで行列を成すほどだった。今回のコースは、近くに住んでいるせいでほとんどのポイントが行ったことのあるところだった。それでも前回戸山公園内の箱根山に登ったのは、20年以上前だった。今回は、「登頂証明書」を貰った。それには、「あなたは、東京山手線内最高峰の箱根山(標
江戸の天才数学者と言われる「関孝和せきたかかず」という数学者をご存じでしょうか関孝和-Wikipediaja.wikipedia.org故石原慎太郎氏が「関孝和」のことをこのように話されていて、大変興味を持ちました。江戸時代の日本人の識字率に西洋が驚いたという話は有名ですが、江戸時代の数学者「関孝和」のことは知りませんでした。日本には偉大な人が多すぎて、次々に日本にはそんなスゴイ人がいたのかと、驚かされる次第です。関孝和は、ヨーロッパの人たちが円周率少数点以下16
時に思う。文字が読み書きできない人たち、つまり文盲の人たちの心象世界は、いったいどのようなものなのだろうか、と。文盲の祖母、田舎の生地から1度しか離れず僕の母方の祖母は、文盲だった。田舎の極貧の母子家庭に育った僕は、少年時代、祖母のいた伯母の家の離れの掘っ立て小屋に住んでいたから、祖母はいつも身近にいた。気の優しい、典型的な田舎の「おばあちゃん」だった。ある時、祖母に何か聞こうとして、母から「(おばあちゃんは)字が読めないから」と止められた。僕が聞いていた限りでは、祖母は生ま