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100名山の伊吹山に行きました!まだ花の季節ではないけど、ちょこちょこお花いました。下山専用路は結構歩きにくい感じでした。景色はバツグン。紫の花はイブキレイジンソウ?ランチは関ケ原製作所の運営する未来食堂。カフェとお庭が一体化していて気持ち良かったです!帰路に夫のリクエストの関ケ原の合戦跡地などを見学しました。
関東在住、アラフォーワーママizumiの7歳(小2)・3歳・1歳の3人兄弟の育児ブログです!毎日の家庭学習、お出かけや趣味のキャンプについて記録しています。前回の記事『【GW小2歴史旅②】清正祭りだった名古屋城と豪華すぎる!徳川美術館!』関東在住、アラフォーワーママizumiの7歳(小2)・3歳・1歳の3人兄弟の育児ブログです!毎日の家庭学習、お出かけや趣味のキャンプについて記録しています。…ameblo.jp歴史好き小2長男含む3兄弟とめぐる、GW戦国探訪!
関ケ原の戦で石田三成が勝っていたらと考えるとゾッとする。必ずや大阪方はその後揉めて分裂して日本はまた長い戦国の世に逆戻りするのは火を見るよりも明らかだ。そうなるとバテレンに助けを求める大名が必ず現れる。なんなら日本自体が植民地化する可能性すらあった。国としての体裁も無くなる。新たな覇者が現れるかどうかもわからぬ。覇者が現れればまた朝鮮出兵するだろう。戦で勝ち残るというのはそういうことなのだ。そんな時代が続くことが良いとは思えぬ。世界に例を見ないほど平和な三百年をもたらした徳
近所に奇人(?)が住んでいた。県内屈指の進学校に通っていながら、世界ジュニア水球選手権の日本代表に選ばれるなど、アスリートとしても高いポテンシャルを秘めている・・・にもかかわらずロックバンドに明け暮れているというのだ。住居は筆者の家から目と鼻の先だというが本人を見たことはない。もっぱら、その進学校に通っている隣のお兄ちゃんから伝わってくる情報だ。その奇人が本格的に芸能界デビューをするという。元旦には、昼時ながら全国放送で大々的なプロモーション番組をやっていた。「こ
Tetsu龍でございます。琉球遠征以外のお話も少し豊臣兄弟、今回の主役は秀長なのですが、いかんせん補佐役なのでどうしても秀吉が目立ってしまう。仕方ないんだけどね!それなりに楽しく見ております。いよいよ浅井が滅ぶ処まで来ました。前回の比叡山の回でこれまであまりスポットの当たることなかった宮部継潤にスポットが当たって豊臣贔屓の僕は嬉しい。元々浅井家の重臣で、小谷城のすぐ近くの宮部村に城?というよりは城館があったと伝わります。元、比叡山の僧兵だったと紹介されていました。善
2021年7月下旬の関ヶ原散策の続き。「石田三成陣跡」「島左近陣跡」である「笹尾山」と「笹尾山交流館」を見学した後は、「島津義弘陣跡」に向かいました。石田三成陣跡・島左近陣跡・笹尾山・笹尾山交流館のレポhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12878588818.html『石田三成陣跡・島左近陣跡・(笹尾山)と、笹尾山交流館と~岐阜県不破郡関ケ原町の史跡』2021年7月下旬の関ヶ原散策の続き。「黒田長政陣跡」「竹中重門陣跡」でもある「岡山
安土編からのつづきです。織田信長ゆかりの安土からから豊臣秀吉をとばして徳川家康ゆかりの関ヶ原にむかいました。御存じのとおり家康はこの地で1600年9月15日に行われた関ヶ原の戦いに勝利し覇権を握り江戸幕府をひらきました。安土駅より琵琶湖線で米原駅へ。米原駅で東海道本線に乗り換え、関ヶ原駅に向かいます。琵琶湖線も東海道本線の一部なのでつながっているはずですが、乗り換えが必要でした。そこに小さな罠が仕掛けられています。20分ほどで関ヶ原駅に到着。お隣の駅はたるいですよ
日本一の兵と称される真田幸村関ケ原での敗戦以後に蟄居を命じられ14年間暮らした九度山にある九度山・真田ミュージアム入ってすぐのエントランスには真田幸村と父の昌幸そして息子の大助が甲冑姿で出迎えていますはじめは幸村・昌幸・大助の真田三代が関ケ原以前の戦いぶりや徳川との因縁についての解説がされていますその次には関ケ原以降に蟄居した九度山時代暮らしの中で諸国の動静を注視しいつか来る徳川との戦いに備え雌伏の日々を過ごしていたことが分かります
ずいぶん前になるのですが、通りすがりのショッピングモールの広場で、小さな出版社が集まったブックフェアーをやってまして、ぶらぶらしながら、のぞいてみたら、こんな本を見つけました。「佐和山落城記」を読む石田三成の重臣・山田家に残された古文書の謎/田村哲三*********体裁:A5判・並製・カバー装・144頁価格:本体2,000円+税刊行:2025年11月ISBN978-4-911029-25-1C0021*********【書籍概要】
今日のことば徳川家康さんの言葉決断は実のところそんなに難しいことではない難しいのはその前の熟慮である(武将)
昔は青春18切符バラバラに使えたらしいけど今は連続使用のみ昨年春に60にして三日間帰省も兼ねて『青春18切符初めて買った』この年で初めての青春18きっぷ(;^ω^)行きたい場所は岡山の吹屋まっすぐ行けば10.000円以内なので💦途中下車することに(笑)駅にある桃太郎ポスト…ameblo.jpそして今年の春は(年3回発売〕五日間を購入まだまだ中々お得に使えてないけど😅とにかく旅にでました醍醐味は途中下車まずはずっといつか降りたいと思っていた駅
4月21日滋賀県の賤ヶ岳(しずがたけ)と佐和山に登る。左方向が北です。JR余呉駅(9:40)⇒岩崎山(10:05)⇒大岩山(10:30)⇒賤ヶ岳(11:15~12:30)⇒リフト乗り場(12:50)⇒JR木ノ本駅(13:25)延べ3時間45分先ずは賤ヶ岳に向けスタート眼下に余呉駅岩崎山と名付けられた砦歩いていると明らかに普通の山道とは違う何かを感じる。大岩山(眺望なし)賤ヶ岳の戦いで戦死した中川清秀の墓とある。余呉駅から南に賤ヶ岳を目指すが余呉湖はあま
小早川秀秋の黄金週間の予定は4/26・29・5/2・3・4・510時~16時(多少前後します)、岐阜県は関ヶ原町石田三成陣跡・笹尾山(山頂・5分のぼる)にて落語の様な一人芝居の様な関ヶ原の戦いの画像度がぐぐっと上がって面白いと評判の関ヶ原解説や歴史雑談をしております。※雨天中止どうもこんばんは。関ヶ原組創設者、関ケ原組始祖関ケ原おもてなし武将小早川秀秋です。もうすぐ連休ですね。連休は遠方からも沢山の方が関ヶ原に遊びに来てくださるのでわくわくしております。金吾は上記予定でおります。
せっかく岐阜でグランピングするなら、写真の雰囲気だけで決めて「思っていたより狭い」「周辺観光と合わなかった」「犬連れ条件が合わなかった」と後悔したくないですよね。岐阜でグランピングを探していて、しかもKITO関ケ原が気になっているなら、まず見ておきたいのはプライベート感の高さと関ケ原観光との相性です。結論からいうと、KITO関ケ原は“関ケ原で特別感のある滞在をしたい人”の本命です。そのうえで、楽天トラベルで比較しながら予約まで進めたいなら「満天の宿IORI」「根の上アウトドアパーク恵那
辺りは薄暗くなっているのに迷子。ちょっとまずい気もしつつ、あてのない旅なので一旦落ち着きましょう冷静に地図を見ると琵琶湖がでっかく「せっかくなら夜の琵琶湖で車中泊?」とか考えて、長浜を目指しました。丁度看板出てるので、長浜には着くでしょう長浜でとりあえず琵琶湖を眺める!着いたけど、辺りは薄暗い、こうなると湖だか海だかわからない状況ですね。ゆっくり晩御飯食べて港で車中泊って手もあったんですが、なんか血が騒いでw道間違ったのが響いてるかも改めて全国地図とにらめっこ・・・・・・・・
大垣滞在3日目。今日は東海道線で少し西へ行き、関ケ原古戦場めぐりです。自治体名は「関ヶ原町」じゃなくて、「関ケ原町」だそうです(ケが全角)。いつも新幹線or東海道線で通過するだけの関ケ原、一度歩いてみたかった。駅はごくふつうですが、こんな看板も。外へ出ました。駅のすぐ北側には、関ケ原古戦場記念館が見えています。展示を見て、レンタサイクルも借りて…と思ってはいたのですが、まだ開館前。先に徒歩で、古戦場巡りをはじめました。駅で手に入れた、この地図を見ながら(結果
関ケ原組創設者関ケ原おもてなし武将小早川秀秋です。どうか皆様助けて下さい。ボク一人の声では関ケ原町役場は動いてくれません。イジメを止めてくれません。調査もしてくれません。イジメ犯人に注意も罰も与えてくれません。イジメられるお前が悪いとボクを消すことで終わらせようとします。このままだと役所に56されます。八年、関ケ原の自分が立ち上げた隊を乗っ取った人たちからイジメを受けました。何も知らないふぁんを巻き込んで嫌がらせの数々。小早川秀秋に嫌がらせをしろ、あいつは関ケ原を荒らす害悪だから
決戦地の周りの田んぼに水が張られた。きらきら輝く美しい関ケ原。金吾の好きな景色の一つだ。こんばんは、関ヶ原組創設者、関ケ原組始祖、乗っ取られ奪われた関ケ原おもてなし武将小早川秀秋です。今日は少し風が強いけれど良い天気。あっちの田んぼもこっちの田んぼもお水を入れたからきらきら☆旧関ヶ原北小学校には八重桜が咲いている。春休みが終わり黄金週間の外出を控えたこの時期は人が少ないはずなんだけど・・・あれ?意外にいる。久しぶりに観光ばすを笹尾山で見かけたな〜と麓でのんびりしていたら子供が大声で
今日は昼から東海道・富士クルーズトレイン―碧く煌めく琵琶湖の旅(初回)のザ・ロイヤルエクスプレスを撮影に行ってきました。最初は東海道旧線(東海道本線下り)を行く伊豆急2100系ザ・ロイヤルエクスプレスを。田植えに向けて水が張られた棚田を行くザ・ロイヤルエクスプレス動画も一緒に。この後、列車は関ケ原駅へ。その後専用バスで乗客の皆さんは移動してザ・ロイヤルエクスプレスはしばらく停車後大垣区へ回送に。場所を移動して東海道本線上りと、垂井線が並走している区間へ。上り列車は向かって右側の線
こんばんは、関ケ原組創設者関ケ原おもてなし武将小早川秀秋です。旧関ヶ原北小学校のぐらうんどの桜が咲きました。笹尾山から眺める松尾山山頂も色付いているように見えます。吉野など全国の山間部ではこの土日で満開になったそうですね。やはり春は桜が似合いますね。今日は石田三成陣跡・笹尾山の麓に変な人たち(?よく視えていないけど、なんかどす黒い気配と嫌な空気が漂っていた)が群がっていたので暫くその辺りをお散歩をしておりました。お昼前に山頂へ。雨上がりのせいか、笹尾山は小さな虫が多くて多くて…瞳の
先日(4月3日)、米原市の清瀧寺徳源院のしだれ桜を見てきました。我が家から南濃関ケ原線で関ケ原へ向かう途中、藤古川提に寄り、しばし満開の桜を楽しみました。清瀧寺徳源院の桜はほぼ満開でした。(メモ)清瀧寺徳源院弘安6年(1283年)、京極氏の初代当主・京極氏信は近江守に任ぜられ、弘安9年
■関ヶ原激戦地へいよいよ、関ヶ原の激戦地へ。ここからは、あの戦いの中心を実際に歩いていきます。■笹尾山へ次向かったのは、笹尾山。ここは石田三成の本陣が置かれた場所です。小高い丘の上から見渡す関ヶ原。この場所から、三成は戦況を見ていたのかと思うと――一気に現実味が増してくるしここからすべてが動いていたと思うと、静かな場所でありながら、どこか張り詰めた空気を感じます。■島左近本陣跡麓には三成の重臣・島左近の本陣跡。三成を支えた名将。この地で戦い、そし
ばじめて、ポケモンのマンホールのふたを実際に観て、スタンプを押してきましたJR関ケ原駅で降りて右の方に10分ぐらい歩いたらありましたそこには、先客の数人のポケGOの仲間も見かけて、孤独感がちょっと安らぎましたポステリタスの虹Amazon(アマゾン)
御訪問頂きまして有り難うございます滋賀解放同盟お弁当の猫きのこのkairuです🐾まずはお断りしておきますが、私は過去日本の昔の古くさい時代の話は興味ありませんでした。山岡荘八の織田信長と司馬遼太郎の太閤記の2冊が基本で(長い長い山岡荘八の徳川家康は辛気くさくてギブ)織田信長が推しでしたが、山岡荘八の織田信長の中のお濃さんとの美しい愛が冷徹な信長に人らしい部分がある証として、両面ある人として好きだったのが、実際は濃姫は斎藤道三亡き後、いつの間にか歴史から姿を消しており、本能寺の変
歯科治療、まだ続いています。いつまで続く、このぬかるみぞ!(?)麻酔を使うので、なかなかランチが食べられず、いつも帰り道の新宿で放浪することになってしまいます。そこで、麻酔が醒めなくても食べられる柔らかいものを食して、しばし繋ぐことにしました。ルミネエストで階上に上がって行くと・・・。2階にこちらのお店があります。以前から気になっていたので、入ってみることにしました。いただくのはケーキセット。ベルギーショコラショートケーキとホットコーヒーであります。これで20
〜関ケ原の“拾い物”と、便乗お祓い。3月3日の祖霊祭祀へ〜北近江リゾートで温泉に浸かり、漫画を読んでごろごろして迎えた翌朝。空は少し雨模様だった。前日は、街道に導かれるように小浜から高島、余呉湖へと進み、後から思えば自分の霊系と不思議に響き合う土地ばかりを巡っていた。静かな余呉湖が、丹後と同じ羽衣伝説を持ち、天日槍や菅原道真公とも関わる地だったと知った時は、さすがに「守護霊ナビ、やりおる😘」と思った。そして翌日。今度は、いつも高速で素通りしてしまう場所――関ケ原へ向かった。関ケ原
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています大津ひとり旅②のつづきです神対応に感謝しつつ12:50市民センターを出発し膳所本町駅へ向かいます▶続きはライブドアブログに掲載しています大津ひとり旅③関ヶ原の運命を変えた城:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~大津ひとり旅②のつづきです旅のはじまりはこちら前回はこちら神対応に感謝しつつ12:50市民センターを出発し膳所本町駅へ向かいます徒歩約5分で到着です12:58膳所本町発の電車に乗り13:05び
久しぶりに私の好きな道のシリーズをかいてみることにする。今回は、伊吹山スカイラインだ。関ケ原から伊吹山山頂近くまで続く,約20㎞のワインディングロードだ。通行料は3400円と少々高いが、それに見合うだけの走りがいのある道だ。道は、ゲートからすぐにつづら折れをくり返して,高度を稼いでいく。様々なコーナーを短い直線がつなぐ、面白くて、走りが楽しめる道だ。高度が上がるにつれて、視界が広がり、まるで空を走っているような気分になれる。頂上駐車場から少し歩けば、伊吹山の
司馬遼太郎の「関ケ原」を私は今まで信じていたのでこの本の内容は衝撃的だった。一つ一つ、証拠となる一次史料を提示して証明し、時系列で説明している。あれも本当は、・・・これも本当は・・・まるで名探偵のように。この本を読み終わって、落ち着いて考えたら司馬遼太郎の「関ケ原」は小説だった、歴史は勝者によって造られる事を忘れていた。高橋陽介著「シン・関ケ原」を読み終わった。
先月バス旅行で寺社仏閣を巡る厄除け巡りをして参りました。この歳にしては地味な旅行かもって思いますが、行きたかったんですから行きましたわ。知る人ぞ知る豊国神社を手始めに、岐阜の鄙びたお寺では法要と、それに合わせてたたかれる太鼓のリズミカルな音が胸に響きました。終わったら大根炊きのおもてなしです。出汁は昆布だけとのことですが、冷えた身体に染み渡りましたな。昼はレストランで飛騨牛と近江牛の食べ比べ。しかし私たち一行が案内された時から料理が並べられていたので、どちらが飛騨で近江なのかさっぱりわかりま