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2025年8月6日福岡の街道門司往還(3)福岡の街道全体図(1)街道地図は下記クリック福岡の街道として12筋あげた。長崎街道薩摩街道(別途)門司往還中津街道秋月街道唐津街道久留米参府街道久留米・日田街道柳川街道(田中筋)柳川街道(福島筋)柳川街道(瀬高筋)柳川街道三池道参考、九州の街道(全体図)街道地図は下記クリック今回は、福岡の街道門司往還(3)街道地図は下記クリック福岡の街道F-Google
所用のついでに、小倉をちょい散歩、まだまだ知らない場所もありますね。小倉駅から少し歩くと、門司口門跡があります。門司往還に置かれ、江戸時代の参勤交代にも使われたそうです。JR鹿児島本線や山陽本線、新幹線の高架などがあり、列車が通過していきます。近くのチャチャタウンの観覧車が目立ちます。夏空によく合います。遠くに見る小倉城も、少し暑そうにも見えます。紫川を下っても、今はあまり鳥がいません。カルガモやカイツブリ、ダイサギなどが少しいました。河川敷の大きな木には、セミがたくさん飛んで
気温が上昇し、春本番に近づいてきました。この季節にあわせるように、JR門司駅北側の旧門司往還沿道の花モクレンも満開になり、ちょうど見頃です。この道路は、小倉の常盤橋から門司大里宿に通じる旧門司往還。街の再開発によって全く様相が変わり、近代的な街なみになりましたが、昔はここを大名一行が歩いていた場所です。今は道幅は広く、両端の沿道には花モクレンが植えられて、周辺は最新の建築デザインのタワーマンション群となっています。花モクレンの花ことばは「気高さ」。決して強く自己主張することはあ
豊前大里宿仏願寺関門海峡、仏願寺から北方向仏願寺と八坂神社を結ぶ道八坂神社八坂神社境内八坂神社前の大里宿場跡説明看板仏願寺参道仏願寺前の関門海峡長崎街道門司往還在番役宅跡・浜郡屋跡八坂神社参道と本陣跡御番所跡長崎街道門司往還西生寺大専寺石原庄屋跡大里宿湊口跡大里湊口からの関門海峡(2021.9.9撮影)
こんにちは!アンサー俱楽部倉地です。猛暑が一転、大雨で被害が出るまでに。皆様の街は大丈夫でしたでしょうか?本日は小倉の都心と言える京町の中でも小倉駅の東側「京町三丁目、四丁目」の紹介です。以前ご紹介したセントシティの東側、参勤交代往還路の京町三丁目に気になる昭和風の喫茶店がありました。「ドン珈琲館」ランチに行きましたが、とても味わいのあるお店でした。(ポークカレーランチコーヒー付き550円税込14:00迄)(器がかわいいコーヒー!豆の見え
こんにちは!アンサー俱楽部の倉地です。再びの登場です。今回は小倉北区長浜町の紹介です。福岡県の方は長浜、と聞くと福岡市の長浜ラーメンテレビ局ラジオ局の長浜等思い浮かべます。しかし、北九州市小倉北区にも立派な「長浜」があります。鹿児島本線の線路北側の貴重な、埋め立て地でない町、江戸時代以前から存在する町です。今回は長浜町の紹介をします。1つ目は「岩松助左衛門生誕の家跡」この方は江戸時代末期の長浜の庄屋でした。響灘の藍島沖、白州付近が海の
門司往還大里宿場通りの北九州麦酒煉瓦館前に古い一本の松があります。この松は、江戸時代に大里の宿場から手向山あたりまで街道沿いに植えられた街道松の一つで、樹齢350年以上といわれています。今は人通りも少なく、自動車が遠慮なく行き来しているこの界隈ですが、江戸時代には参勤交代のために下関に渡る大名たちでさぞかし賑わっていたことでしょう。
今日は定例の小森江西歴史クラブの勉強会を開催、大里宿場通りの史跡巡りをしました。大里宿場通りは門司往還(小倉常盤橋→下関唐戸)の一部で、九州から本州に渡る玄関口として賑わった門司大里の直線約650mの街並みを指します。参勤交代のために九州と本州とを行き来するほとんどの大名がこの宿を利用したといわれています。本陣、脇本陣、番所、人馬継所、旅籠屋などが並んでおり、その跡地を見ることができます。また、由緒ある八坂神社(祇園社)、仏願寺(小倉永照寺の末寺)、西生寺(踏絵寺)などの神社仏閣のほ
この画像は、JR門司駅を海岸側から見たところです。その背面は霊峰戸ノ上山で、この麓に戸上神社があります。ここは昔のサッポロビール九州工場があったところから門司駅を眺めていることになります。旧サッポロビール九州工場跡地は住宅地になり、このメイン道路には高層マンションがたくさん建っています。昔とは大きく様変わりしていますが、この通りのすぐ横に、煉瓦造りの複数の建物が現存しています。残っているのは、北九州市帝国麦酒煉瓦館、旧サッポロビール醸造棟、赤煉瓦交流館(旧倉庫棟)で、建物の外観を仕
2017年6月中旬の北九州・小倉散策レポの続き。長浜町の路地裏にある共同井戸を見学した後は、門司往還を更に東に進んで、小倉散策を続けました。小倉・長浜町の共同井戸のレポ。https://blogs.yahoo.co.jp/hsnm3373/42066201.htmlhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12377063397.html門司往還を進んで行くと、右手に昔ながらの御宅が見えて来ます。正面に回って…。玄関
2017年6月中旬の北九州・小倉散策レポの続き。「貴布禰神社」をお参りした後も、門司往還を更に東に進み、小倉散策を続けました。ました。貴布禰神社のレポ。https://blogs.yahoo.co.jp/hsnm3373/42038178.htmlhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12368268029.html「門司往還」をさらに東に進みます。途中、右手に入る路地に入ってみると…。おお~古そうで、渋か御宅
2017年6月中旬の北九州・小倉散策レポの続き。「門司口橋」を渡り、「門司口門跡」を見学した後は、更に東に進み小倉散策を続けました。門司口門跡・門司口橋のレポ。https://ameblo.jp/indyaki12/entry-12359444148.html「門司口門跡」から東に、門司方面に進むと、左手に大きな樹木が生えている場所があります。こちらは「貴布禰神社(きふねじんじゃ)」。鳥居の近くには、大きな石碑があって…。歌碑のようです。「豊
この処、毎週のように仕事で出掛けている北九州・門司。2017年4月下旬に、少し時間があったので、門司往還を散策してみました。以前レポした続きと言った方が分かり易いですかね。2016年8月中旬の大里宿跡「西生寺」のレポhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12240098943.htmlこの日は、国道199号線の大里本町3丁目交差点からスタート。門司港方面に歩くと、港が見えて来ます。その港の一角に、「明治天皇記念之松碑」「薩摩守忠度
8月26日門司から主に門司往還を利用して、小倉まで行きます。8月26日小倉駅に着いた後、徒歩で市内を散策します。ルート図昨夜からの雨が、朝起きた時は降っていたが、朝食jを食べ終わる頃には止んで一安心です。雨が降っていたら、門司港駅からJRで小倉まで(切符購入済みなので)輪行しようと考えました。8時半頃に、ホテルを出発します。門司港駅の前を通り、国道199号に出ます。門司警察署を過ぎたあたりに標識が。小倉の文字が出てきました。8:48鹿児島本線が国道と並行する当た
2016年8月中旬の北九州・門司の大里宿跡歴史散策の続き。関門トンネルの出入口部分の上部を見学した後は、「八坂神社」に向かいました。関門トンネル上部のレポ。http://ameblo.jp/indyaki12/entry-12246684160.html北栄町通り踏切から門司駅方面に戻ると、神社が見えて来ます。こちらは「八坂神社」。鳥居の脇には、「大里宿場跡」の由緒書きがあって…。鳥居をくぐり、境内に入ると、また鳥居があります。狛犬。
2016年8月中旬の北九州・門司の大里宿跡歴史散策の続き。「御在番役宅・浜郡屋跡」・「御番所跡」・「本陣(お茶屋)跡」と見学した後も、長崎街道門司往還を進んで行きました。御在番役宅・浜郡屋跡・御番所跡・本陣(お茶屋)跡のレポ。http://ameblo.jp/indyaki12/entry-12232953276.html長崎街道門司往還を更に進みます。こちらも古そうな建物ですね~。長崎街道門司往還には、所々、小川が流れています。左手に路地がありました
2016年8月中旬の北九州・門司の大里宿跡歴史散策の続き。「佛願寺」をお参りし、「永野九助屋敷跡」を見学した後は、また参道を戻り、長崎街道門司往還を更に進んでみました。佛願寺・永野九助屋敷跡のレポ。http://ameblo.jp/indyaki12/entry-12229768553.html長崎街道門司往還を更に進みます。すると左手に、史跡案内碑を発見。「御在番役宅・浜郡屋跡」とあります。石碑の側面の由緒書き。この道路の入口右側には「浜郡屋」、左側
2016年8月中旬の北九州・門司の大里宿跡歴史散策の続き。大里宿跡・門司赤煉瓦プレイスを見ながら、長崎街道門司往還を東に進んで行きました。大里宿跡・門司赤煉瓦プレイスのレポ。http://ameblo.jp/indyaki12/entry-12226343638.html「重松彦之丞屋敷趾」の碑を通り過ぎ、暫く進むと、左手に綺麗に整備された路地が見えて来ます。神社仏閣の参道のような感じですが…。右側も、同じように続いていました。その路地を右手に進んで見
2016年8月中旬、お盆休み中なのに、仕事で門司駅方面に出掛けましたので、仕事が終わった後は、以前より気になっていた「大里宿跡」を歴史散策して来ちゃいましたよ♪(笑)シリーズでお送りしますね(^^)JR門司駅の北口、海側には、かつてのビール工場だった煉瓦積みの建物が残っているんですよね。こちらは「旧帝国麦酒」の醸造棟。現在のサッポロビールになります。こちらは、かなり前ですが、レポしているんですよね。旧帝国麦酒(サッポロビール)醸造棟のレポは、「こちら」。その隣には