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超絶トミカ改造モデリング、多くのワークスフェアレディZが作られていました。今回は製作途中だったのですが、ボンネットを開いてエンジンを載せるモデルが有りました。よく見るとキャブとエキゾーストパイプがエンジンを挟んで逆側に付いていますが、元々L型エンジンはSOHCのターンフローのはずですが、ワークスの中でもフェアレディ240ZRと呼ばれるクロスフローエンジンに改造されたクルマが存在したのを再現しています。トミカサイズですのでもう目が追いつきません。トミカのボンネットを開く事だけでも大変そうです。
ラリーで大活躍されたバイオレットさん。それも高速ラリーとして名高いサファリでの活躍が有名ですよね。高速ラリーを得意としていたんなら、車高を落としてチンスポイラーを装備して耐久レースなんかに出ていてもおかしくはないのにな…なんて思うんですけどね。せっかくの角フェンなんですから、深リムにスリックタイヤを履いたスタイルを見てみたいじゃないですか。でも地方選手権とかはともかく、バイオレットがサーキットを走っていたなんて話を聞いたことが無いんですよね。販促のために走らせてもよかったんだろうに。
長谷見さんとこのスポンサーに「最終戦だけ」ついたスギヤマ。地方のローカルスーパーのようでもあるし、運送会社のようでもあるし…なんだろうかと思っていましたよね。実は「杉山商事」といいまして、製紙原料や原綿の輸入販売から不動産へ進出(やな予感)、投資用ワンルームマンションで急成長した会社なんです。※ここで察した人は80年代モータースポーツに詳しいですね()しかし、誇大広告による販売で1988年2月に宅地建物取引業法違反で7日間の業務停止を食らい。更に所得隠しが発覚…さらに業績悪化でイトマンに吸
ということで「210」…210サニーエクセレントです。ピットで女性と話す長谷見さん。タバコ片手なのは、70年代だからってことで()新しく製作したのか、フロントスポイラーがやっつけ仕事みたいになってますが()長谷見さんが乗ってた…ということは、歴史上あまり(どころかほとんど)語られない210サニーエクセレントのTS仕様(=マイナーツーリング)は追浜で開発されていた、ということなんです。オイルショック以前から様々なライバルたちと戦い、解体屋で格安で車を買ってきてスポーツキットを組めば参戦で
毎度お馴染みでない流浪のブログです。レーシングオンの「トミカスカイラインシルエット全方位解剖」出版されているのは知っていました。スカシルやシルエット関係のムック本は、結構出る度に買っちゃってて、記事内容が被ってたり、写真も変わり映えしないし(仕方ないですが)で、もういいかぁ〜とスルーしていました。が、年明け久々に書店へ行った所、目に入ったのでパラパラ開いてみたのですが、そのままレジに行ってました。初見で目に入った、撮り直された巻頭の全景写真がメッチャ綺麗だったので、それだけで購入
髪をなびかせたイヤミのイラストが特徴的なマシン。レースには銭(=カネ)がかかるために私財を投げ打って、将来有望な若手ドライバーにレース参戦の機会を与えていたのが赤塚不二夫先生のTEAMZENY(=銭)。この画像のマシンでは、まだイヤミが小さいですね。TEAMZENYが「痛車の開祖」だとか言ってるのは、それこそ痛々しいですね。赤塚先生からすれば「ただの宣伝」でしょうし。そんな赤塚不二夫先生が車好きであったのがわかる画像がこちら。昔のフジオ・プロでの1枚ですが、後ろにオイルメーカー「バーダ
Z完成。ライトは電飾予定なので、クリアーのままっす。今回の写真は、もう少しオレンジっぽいですね良い感じの色になりました。メッキ調もサテンシルバーアルマイトですが、思ってたより輝きが良いです。JGTCシリーズが今回で終了。お次のボディはカラーリング移植。とりあえず取り掛かってますが、詳細は明日にでも。
順調に終了しました。マスキングも剥がして終了となりましたが、またもやリヤウイングの乾燥待ちとなり、2~3日放置ですな予定として水曜日ぐらいには大丈夫ではないですかね
黒塗装終了。いつもより黒塗料の消費量が多い。さすがに、これだけ塗る面積が多いとね。これだけ見るとステルス化するのではないかと思いますが、この後は蛍光オレンジ多めのオレンジ塗装なので、そう問題はないでしょう。ここまでは問題ないので明日、明後日で塗装を終わらせますよ
マスキング終了ね。マスキングもですが、下地クリアーまで終了。本来なら、これからタミヤの黒を吹くのでクリアーはあんまり必要ないのですが、特にフロントのG´ZOXマークとかは塗料の浸入を防ぐ意味もあり全体にクリアーを行いました。さて。お次はオレンジ系になりますが、オーダーされた指定色が、蛍光オレンジに限りなく近い色という事で調色します。これには同意しますその後クローム系シルバーとなりますが、今回の指定色はタミヤのサテンシルバーアルマイトとなります。個人的にはスパッツスティックスのミラー
HIROTOGT-Rのミラー、ウイングの乾燥中なので、しばらく放置します。その間にお次のボディ、G´ZOXhasemiZを。すでにロゴ貼り&マスキング中。G´ZOXロゴがね、あちらこちらにあり、ボンネットは特大。資料を集めてもボディ色(黒、シルバー、オレンジと蛍光オレンジの中間?)の三色でロゴも同じような色なので、合わせるためにも塗装します。テールは余っていたステッカーがあったのでマスキング代わりに貼り当初の予定より遅れています(盆休みが・・)ので少し急ぎます
数日前の夜植え込みから虫の音して嬉しくて信じられなくてますます耳を澄ますと確かに聞こえる自然は秋の準備を忘れていないと確信日曜日往年の名車を見に平野区民センターへ行ってきたその昔雑誌「サライ」でみて一目ぼれしたアストンマーチンはじめロールスロイスMGランドローバーなど(車名は間違っているかも…)MGフェラーリディーノ有志のご厚意で展示という形なのかそれぞれナンバーがついていた(走っている姿を見たかった)12時から2時間
KYOJOCUP&インタープロトシリーズ開幕戦AIMLegend’sClubCup2025年に1回開催されるレジェンドカップ。昨年もインタープロト開幕戦を観戦に行ったが、レジェンドカップはプログラムの最終レースだったので帰阪の時間が来てしまい観ずに帰ってしまった。今年は最終がインタープロト・プロになったので、初めてレジェンドカップを観る事ができた。往年の名選手が再びレースをするのはこの時だけという貴重な機会でワクワクする。10位:長谷見昌弘選手/恒志堂レーシ
とある日の午後予約していた日産ヘリテージコレクションの見学会へ日産の創世記から伝説のレーシングカーとプリンス自動車の車も展示されてる歴史の博物館故人桜井慎一郎さんは負けず嫌いのレース屋日本グランプリでポルシェ904との死闘を繰り広げ39号車故人砂子義一さん41号車生沢徹さん精一杯戦ったマシーンだったがサーキットで一時的にトップを奪うも敗退してしまうスカイラインのボディーを少し伸ばしてクロリアのエンジンを載せてまで望んだプリンススカイラインの悔
本日部屋の棚を整理していたので、久しぶりにこの3台を出してみました。この3台はKYOSHOから発売されている手のひらサイズのRCであるMINI-Zの交換用ボディですが、ボディのケースにそれぞれのマシンを操っていたドライバーからサインを頂いた物です。ハコスカには高橋国光氏、グループAのBNR32には長谷見昌弘氏、星野一義氏のサインを頂きました。まだ小さかった頃、グループAを知るまでは、パリダカやグループBで育ち、どちらかというとターマックよりもグラベルの方が好きでしたが、グループ
昨晩から降り続いていた雪が今朝になったら10センチちょっとかな?積もっていましたがベトベトした重い雪だったから気温は高かったみたいで・・・私の乗ってているFITは今朝こんな感じでした。たぶん、もう少し北へ行けばこんな量の雪じゃなかったと思いますがそれでも雪かきしたので大変でした。そして実家へも行って雪かきを実施・・・久しぶりの雪かきは疲れました(汗)そして今日その後は雪も止み積もりは、しなかったけど東京でも積雪1センチとか?我が家近辺だと1センチくらい積もったくらいじゃ
はい、今回は長谷見さんとこが作ったHMS(中の人はラルトRT4・BMW)ですよ。ハセミモータースポーツ(HMS)独自の企画で、1982年の全日本FP(フォーミュラパシフィック、後のF3相当)で使ったラルトRT4シャーシを流用して独自にGC用のカウルを作ったものなんです。GC参戦車の中で最軽量車に仕上がったものの、空力と冷却に手を焼いた結果、予選は13位。エンジンは当時の主流であるBMWM12/7を搭載していました。参戦はこの1983年の第2戦のみで、次戦からはラルトシャシーにMC
11月20日にスーパーGTの活動終了を発表したロニー・クインタレッリ(23号車MOTULAUTECHZ)。12月1日に富士スピードウェイで行われたニスモフェスタでは、イベントの最後にファンへのセレモニーが行われた。スーパーGTで唯一、GT500で4度のチャンピオンに輝いたレジェンドドライバーのロニーについて、この人物に聞かないわけにはいかない。現在、ニスモの名誉顧問を務めるニッサンのレジェンドドライバー、長谷見昌弘氏にロニーとの思い出について聞いた。ロニーは2002年に来日し、2003年
今日も疲れて、うたた寝をしてしまい相変わらず深夜になってから、このブログを書き始めたので今日のブログも時間の関係で下書きしてあった記事の中からいつものように?【私のお気に入りの一台】としてこんなトミカを紹介します。ルーフには長谷見さんのサインが入っている、このトミカは?RACINGMATEHISTORICCARSERIESRM-05SCALE1/68日産R30スカイラインターボ長谷見昌弘選手引退記念ラストラン2000年11月26日ニスモフェスティバル
超リアルチョロQUNISIAJECSSKYLINE#3GT500'99ALLJAPANGTCHAMPIONSHIPエントラントはハセミモータースポーツ。ドライバーは長谷見昌弘/田中哲也。1999年は未勝利、ランキングは17位となかなか厳しい成績でした。ボンネットオープンギミック長谷見さんはカッコいいカラーリングのマシンが多いですねトミカ『チョロQzeroスカイラインスーパーシルエットフォーミュラGr.51982』SKYLINESUPERSHIHOUET
ニスモフェスティバル限定チョロQG'ZOX・SSR・ハセミZ#3GT500JGTC2004ドライバーは金石年弘/エリック・コマス組。ランキングは4位。エントラントはハセミモータースポーツ。2006年仕様のハセミZとハセミモータースポーツいろんなカラーリングがあっていいね。ハコスカとユニシアカラーとも欲しくなる。
AIMLegend’sClubCup2024インタープロト開幕戦ではレジェンドドライバーによるエキシビジョンレース「AIMLegend’sClubCup2024」も開催された。レジェンドの中にはドルフィンが活躍期を知らないお方もおられた。鈴鹿では2019年のサウンド・オブ・エンジンでも行われた事がある。マシンはVITAでKYOJOとシェアする。エキシビジョンとはいえ豪華メンバーが❝レースをする❞のだから是非とも観ておきたいッ!観ておきたいのだが、この日の最終
こんにちは!ボブです。今回も番外編です。紹介するのはGZOXSSRハセミZです。2004年シーズンに引き続き2005年シーズンも走りました。あまり良い活躍ができなかったが黒が多いデザインなのがとてもかっこいいです。監督は長谷見昌弘さん。ドライバーは金石年弘/エリックコマスです。次回も引き続き番外編です。
こんにちは!ボブです。今回も引き続き番外編です。紹介するのはGZOX・SSR・ハセミzです前年までgt300で参戦し、前年のgt300チャンピオンのハセミモータースポーツがgt500に戻ってきました。監督は2000年に引退され、シルエットフォーミュラを運転された長谷見昌弘さんです。ドライバーは金石年弘/エリックコマスです。次回も番外編です。ご期待ください。
なかなかレアな、スギヤマ日産R87Eですよ。翌1988年にむけて長谷見昌弘選手組に、最終戦から杉山不動産のスポンサードが急遽決まったんですよね。もともと長谷見組にはスポンサーがついておらず、トリコロールカラーで走っていました。エンジンはそれまでの3リッターV6ツインターボのVG30から、同じく3リッターながらV8ツインターボのVEJ30へと換装。対して星野一義組はニチラから社名変更した、カルソニックがダブルネームでついています。そのためか、ル・マンではゼッケン32の長谷見組にもニチラ(
1976年のレースド・ニッポン(筑波じゃなくて富士なのよ)でのひとコマ。オイルショックに伴う不況、排気ガス問題に端を発した環境問題(あんま今と変わんねえな)のために、夏の鈴鹿1000kmも距離を短縮させられたこの頃、富士での耐久レースだというのに3時間と短くなっていました。距離的には優勝車で100周余りなので、450km程度でしょうか。不況やら環境問題やらでスポンサーが集まらなかったのか、軒並みRクラス(ほぼGCマシン)やGTSクラス(ほぼフェアレディZ)は台数が激減。主役は数が減ったとはい
今回紹介するミニカーはトミカリミテッドヴィンテージNEOから"JECSスカイライン(92年式)"です。トミカリミテッドヴィンテージNEOのグループA仕様のスカイラインGT-Rでは初めての"92年式"です。長谷見昌弘さんが前年91年にチャンピオンになってチャンピオンNo.1がゼッケンとなりました。92年もチャンピオンになりましたね。リーボックカラーも嫌いではなかったけどJECSカラーも悪くはないですね。長谷見昌弘さんのチームと星野一義さんのカルソニックチームでスカイラインGT-Rの年間チ
久しぶりのcheese&oliveのサンドイッチこの日はベーコンエッグにしました。具材たっぷりでこんなに大口開けたのいつ以来だろ、と笑うと「コロナでマスク生活になってから口周りの筋肉落ちたよね(^_^;)」それそれ(´-ω-)σところでじくちょーとあおっぴがランチトークかましてるこの空間は私たちの周り以外はサイン会場となっておりました。マスターのお兄様、長谷見
女優・高島礼子さんが、いすゞのジェミニでレースに出ていたそうで。僕、この頃鈴鹿に行ってましたけど、ジェミニのレースなんて知らないんですよ。おそらく何かのビッグレースのサポートレースなんでしょう、純正ホイールを履いてるのでN1程度のワンメイクレースだと思われます。グランドスタンドの横断幕に「長谷見昌弘」の名前がありますが、1987年当時長谷見さんはF3000・GC・耐久・グループAと馬車馬のような忙しさでしたから、鈴鹿でやってないGC以外とはいえ特定は難しいですね。JAFモータースポーツの
1981年に発売された6代目スカイライン。R30型ですね。『スカイラインの系譜(6)6代目R30系』私が大好きなスカイラインの歴代をイラストにして系譜をたどっています。今回は、1981年8月発売の6代目スカイライン、型式はR30型です。広告のキャラクターにポ…ameblo.jp若い方はほとんどご存じないとは思いますが、1980年ごろのサーキットでは「シルエットフォーミュラ」というカテゴリーのレースが大人気でした。正確な表現ではありませんが、まあ、市販車の面影を残したレーシングカーのレース