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長浜鉄道スクエアの前にある「慶運館」慶雲館で盆梅展開催中私は疎いので入らず庭だけ見せていただきます庭に立派な盆梅この門の奥が慶雲館のようです所々に盆梅と雪吊この梅はこれからのようです盆梅展開催中の慶雲館の玄関賑わってました玄関をぐるっと回って力士像明治時代の大横綱常陸山谷右衛門の像だそうせっかく来たのに琵琶湖を見とかんとね生憎視界が悪く対岸が見えません長浜城「長浜
豊太閤生誕地と言われる「太閤山常泉寺」に建つ「豊太閤の像」です。その当時の尾張中村村の様子を、司馬さんの「豊臣家の人々、大和大納言の章」から見てみましょう。「天が広く、野がびょうびょうとして海のきわみまで広がっている。この風景に変化を与えるものは雲だけであり、山は近所になかった。しかし、川や溝は縦横に流れており、しじみや鮒が多い。秀吉も、そのようなものをとって幼童期を過ごした。……。」実父の弥右衛門が病死し、母のお仲は、隣家に住む竹阿弥と一緒になります。秀吉は
歴女蘭のお城探訪今回は秀吉の長浜城夕闇の長浜城にこの天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにした3層5階建ての鉄筋コンクリート建物復興天守。市立長浜城歴史博物館ここは足軽から始まった秀吉が初めて城持ち武士になった城。今で言えば平から課長、部長と進み、初の「社長」(まだ子会社の・・・だけど)となった場所。ちなみに今日はコンタクトじゃなくメガネ女子琵琶湖畔にあります。京の大津口まで船なら一直線。重要な場所をまかされたんですね、出世頭!秀吉と同じ景色を見ていた・・
長浜城歴史博物館2025年12月20日〜2026年2月8日没後45年にしてはやや古風な孔雀の絵にひかれて見てきました。山元春挙弟子のマニエリスムって感じ?婿いって、北海道行って、長浜帰ってきて、結構波乱万丈。この人が画家でいられた長浜あたりの湖北の経済力と文化力を感じる。ちゃんと顕彰されてるし、地元?に集めてる人もいるってことよね?孔雀は大体マクジャクだけど白いのはインドクジャクって知ってるぽい。「阿蘇雲海図」、解説に「真景図」とあって、まあそういいたくなる画風ではある(江
上の動画しか見てません(^_^;)
こんにちは😊夫婦でめぐるお城シリーズ、今回は「長浜城」です!実はこの日、メインの目的地は伊吹山だったんです⛰️なので長浜城は、ついでに立ち寄った感じだったのですが…🏞️目の前は琵琶湖!ロケーション最高お城のすぐ目の前が、なんと琵琶湖!キラキラ光る湖と、お城のコントラストが美しくて…気づいたら、しっかり写真大会「え、ここめっちゃいいじゃん!✨」って、テンションがじわじわ上がってくる感じでした。🍰彦根のカフェで〆が最高すぎた!そして旅のラストは、彦根にある
今回はいきなり(1月22日撮影)えっ?ここは何処?いきなり飯食ってるし…。巻き方ヘタクソ~。部屋から見えるのは長浜城(長浜城歴史博物館)です。空は曇っていますねー。暫くしてライトアップされましたが風が吹き始めて屋根に積もった雪が舞い上がっていました。翌朝外を見ると対岸は少し青空が見えていますね。この後すぐに出られけるように荷物をまとめて朝食を摂りに行きました。パンケーキとご飯て…日頃はこんなに食べませ
長浜港から街の中心部に向かって歩いていると「奥琵琶湖」の看板が、目に飛び込んできました。郷愁を誘う店構え。こちらは、樋口酒店さん。地元のお酒を扱うお酒屋さんです。朝日橋の向こうに見える和洋折衷の建物は「長濱浪漫ビール」。江戸時代の米蔵を改装したものだそうです。クラフトビールやクラフトウィスキーが楽しめます。お店の側に、長浜城外堀跡の石碑がありました。長浜城は、秀吉が最初に築いた居城です。秀吉出世城として知られています。長浜市の中心部を流れる「米川」。この川が、お城
こんにちは。年が明け、1月も終盤になり、ようやく2026年の記事が出すことができます。今回は、先週末に伺った北近江=長浜からです。旅の目的は、、、・地元大河を迎えた長浜の街の様子を感じる。・ずっと行きたかった国友鉄砲の館に初参陣する。・久々に竹生島詣を敢行する。こんなところでしょうか?焼き鯖そうめんも真冬に食べたらどんな感じなのかとかもありますし、なかなかのミニ旅行をしてきました。今回はダイジェスト版でいっときます。コメント少な目ですが、よろしくお願いします。まずはココから
最強の城24弾。1月1日に放送されました。今回のテーマは、豊臣兄弟ゆかりの城。2026大河ドラマ豊臣兄弟豊臣秀長大阪城豊臣秀吉の居城豊臣時代と徳川時代に壁が塗り分け豊臣石垣館赤い石垣は、炎に包まれ焼けた跡。豊臣時代の石垣を埋めた大阪城の極楽橋が、琵琶湖にある竹生島に移築。国宝に指定大和郡山城豊臣秀長の居城五輪塔、墓石が石垣に利用一箇所には、お地蔵さんがあります。*テレビ見た人は多分見に行くんじゃないかな?大和郡山城と大阪城は水路で繋がる秀長、大和郡山城で病死
天正地震が起きたのは天正12年11月29日(1586年1月18日)の夜中のこと。27日にも巨大地震が発生しており、後者は天正越中地震と呼ばれています。天正地震については、天正大地震、あるいは各地の被害によって長浜大地震、白山大地震、木舟大地震、天酉地震とも呼ばれています。本日は阪神淡路大震災発生から31年目の日ですが、旧暦では440年前に起きた天正越中地震の日と重なっています。新暦で考えても、明日の18日と、一日しか違いません。その長浜大地震とも呼ばれるほど被害の大きかった長浜では、
敦賀から米原へ戻る途中、長浜駅で途中下車。ここでは初詣とは関係なく、ただ興味本位で訪れただけ。今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』若き日の秀吉が初めて城を構えたという長浜城へ。雪が雨に変わって、時雨るという最悪の天候…悴む手を擦りながら、カメラにおさめました。もとは『今浜』と呼ばれていたこの地が長く栄えるように名付けたことが『長浜』の由来なのだそう。長浜城には歴史博物館があって、有料で施設見学ができますが、時間がなかったため断念。外から眺めるだけに。
二年前からだと思うのですが、新年早々にビワイチ(北湖だけのキタイチですが)を敢行しています。フォローさせてもらっている「にも」さんに影響されました。寒い時期だし、日の出は遅いし日の入も早いので、条件としては厳しいですが、まぁ今現在の自分のロングライドの実力を確かめておきたい、の気持ちが強いです。『新年のビワイチ(北湖だけのキタイチ)あちこちショートカット版』昨年末に「2024年を振り返って」的なblogを書きました。年末恒例ですね。1年を振り返っていると、冬場にもビワイチ(キタイチ)やっ
大阪城と京都の豊国神社にお詣りに行った翌日に長浜市の豊国神社にもお詣りに行きました。長浜は秀吉が織田信長に仕えていた頃に初めて与えられた領国内の今浜を長浜と地名を変えて長浜城を築城した地になります。以降、本能寺の変のあとの清須会議で長浜が柴田勝家の領国になるまで秀吉の拠点となった場所でもあり、そもそも秀吉が居なければ「長浜」という地名もなかったのです。これらの縁から、秀吉の三回忌である慶長5年(1600)には豊国社が建立されたのですが、江戸幕府によって社殿は取り壊されました。江戸中期にな
いよいよ本日からNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」がスタートしますね〜前評判が良く、特にNHKでは大々的に事前の番宣を発信すると共に、他局でも「豊臣兄弟」に関するネタ番組が組まれていて、このシリーズへの期待度の高さの表れではないでしょうか。「戦国時代」好きの国民が待っていたネタなんでしょうね〜すでに「豊臣兄弟に所縁のあるお城」もテレビ等マスコミで沢山紹介されていますが、本日は、私が過去に投稿した中で、これから始まる大河ドラマでも紹介されるであろう「豊臣兄弟ゆかりのお城」色々を下記に
初めてを思い出すBIWA100ウルトラウォークを翌日に控えた10月31日の夜既にスタートの地滋賀県長浜市に入り準備は済んでいた。降り続く雨──予報が発表されるにつれ回復の時刻が前倒しになる。6年前と一緒なんだよな……『雨予報!イラつくびわ100前夜を収める女神、次女』びわ100の1週間前から、テレビ📺にネット💻に天気予報が出るたび滋賀をみつめ、ため息をつく。10月19日☂のマークが消えないその一方、20日の予報は、日が進む…ameblo.jp初めての100キロウォーク
[国立公園鉄道の探索]北条水軍の拠点・長浜城跡を訪ねる(富士箱根伊豆国立公園)駿河湾の最奥部に位置する内浦には、戦国時代・後北条氏の水軍の城がありました。北条水軍の拠点として活用された長浜城跡は、戦国時代の遺構も多く残され、国の史跡に指定されています。15世紀の後半に築城された長浜城が、北条水軍の発進起点としてフル活用されたのは、1579(天正7)年、甲斐の武田氏が駿河国に侵攻して、狩野川河口に城を築き北条氏と対峙した時であったと伝えられています。
『おばあちゃんを追いかけろ!(山本山のオオワシ)』11月29日(土)の山本山『おばあちゃんが飛んだ!(山本山のオオワシ)』11月29日(土)再び湖北野鳥センターへ!『山本山のおばあちゃん(オオワシ…ameblo.jp山本山のおばあちゃんを撮りに行った11月29日(土)せっかくだからと、長浜城まで足を伸ばしてみた着いたら、けっこう日が傾いていたけど夕日に照らされるモミジってのもいいもんだ長浜城も夕日で赤く染まってる
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
11月30日黒壁スクエアへ行って、その後こちら長浜城へ寄って来ました♪上からの景色
北条水軍の本拠へこの城郭は、戦国時代関東一円を治めた北条氏の水軍根拠地、重須湊を守るための城と考えられている。北条氏の祖、伊勢新九郎盛時(北条早雲)は、興国寺城から堀越公方足利茶々丸の館を急襲し、韮山に城を構え戦国大名としての第一歩を踏み出した。その後小田原を手中におさめ、二代氏綱・三代氏康の頃には領地を武蔵から下総まで広げ、里見氏と激しく対立した。北条氏は三崎や浦賀を根拠地とする三浦水軍を組織し、江戸湾から里見氏の勢力を駆逐する一方、今川義元亡き後の駿河に侵入してきた武田氏に対しても、伊豆
お部屋からの景色起きて直ぐに長浜城までお散歩ホテルに戻って朝食(ビュッフェ)食べてホテルに車を置いて豊国神社参拝黒壁スクエア散策長浜別院大通寺(あせび寺)まで行って来ました巨大万華鏡彦根城へ移動ひこにゃん可愛かったなぁー旧大名庭園玄宮園みたらし団子食べて休憩後夢京橋キャッスルロードブラブラ2万歩以上歩きましたーヘロヘロそして、地元に戻ってまたまた飲んじゃいましたテヘックリスマスオードブルディナー豚ひれ肉のローストポーク約360g肉柔らかおせち
名称:長浜城別名:今浜城城郭:平城築城年:1573年築城主:羽柴秀吉主要城主:羽柴氏、柴田氏、山内氏、内藤氏所在地:長浜市公園町10−10指定文化財:市指定史跡
続きですランチを終えた後は再び長浜散策とても風情がありりますねと、ここで黒壁プリンさんを発見❣️ブルーのソフトクリーム🍦はインパクトがありさてと、どれにしようかな折角琵琶湖に来たので琵琶湖ブルーパフェにしましょうか😊実物は更にインパクトありあり綺麗✨爽やかな味が美味しい駅の反対側に行ってみました驛という文字がレトロっぽくていいな豊臣秀吉が築城した長浜城を見学しましょう紅葉🍁が綺麗雨が上がった青空にとても映えますお城からは琵琶湖が見えます山の名前は忘れました😅
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています滋賀と岐阜ひとり旅③のつづきです近江八幡から大阪へやってきました大阪で所用があるので大阪で宿泊します▶続きはライブドアブログに掲載しています滋賀と岐阜ひとり旅④大阪の夜とサラダパン:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~滋賀と岐阜ひとり旅③のつづきですシリーズ①はこちら滋賀と岐阜ひとり旅①お市の方と浅井三姉妹前回はこちら滋賀と岐阜ひとり旅③八幡山からの琵琶湖近江八幡か
午後に竹生島に行かなければならないので、賤ヶ岳へはリフトを利用して上った。宿泊したホテルからの眺め。長浜から木ノ本へJRで移動した。駅から徒歩で田舎道を30分ほど歩いてリフト乗場に行った。琵琶湖の絶景を眺めながら、リフトおり場からさらに登る。こちらは余呉湖。余呉湖を挟んで羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が対峙し合戦した。賤ヶ岳に秀吉の本陣があった。柴田軍は破れ、敗走した北庄城にて勝家はお市の方とともに自害した。賤ヶ岳山頂。長浜に戻り、観光船
歴史が好き。皆さん、こんにちは!歴史好きブロガーのキムです。秀長のことを書いているうちにふと、秀吉の土木工事の多さに疑問を抱きました…。戦国時代、一介の足軽から天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。彼の残した功績の中でも特に目を引くのが、その「築城数」(かかわった築城)です。題して!💥なぜ秀吉は城を建てまくった?関わった城は生涯に100城以上!?天下人の驚異の戦略と裏側墨俣城や長浜城といった初期の拠点から、絢爛豪華な大坂城、聚楽第、伏見城まで……。さらに合戦の度に築かれた臨時の砦(陣
今日は手芸の会のメンバー5人で長浜へ旅行。最寄り駅から長浜まで近いので10時半前の電車内で待ち合わせ。今日は暖かく良い天気です♪長浜駅は太閤秀吉のゆかりの地です。ぶらぶら歩いて、ランチはもみじ屋でのっぺいの予定でしたが、まさかの定休日💦翼果楼にて鯖そうめんを頂きました。少し並んで2階席に案内。ディスプレイの鯖が紛失したらしく、鯖返して下さいの紙が置いて有ります😅食べて出て来たら長蛇の列でした。豊国神社にてパチリ。暑くてダウン脱いでます。長浜城へ向かいます。長浜城は鉄筋の博
名古屋に転居したので、関西、北陸方面が近くなり、行きやすくなった。今回は琵琶湖の北東地域に1泊2日の旅行をした。新幹線から冠雪した伊吹山が見えた。『長浜城』羽柴秀吉(豊臣秀吉)が、浅井攻めの功により、今浜(長浜)の旧浅井領を信長より拝領しこの地に築城した。町の名前も信長の長の一字をもらい長浜とした。長浜市街地からは伊吹山(標高1,377m)がよく見える。百名山の一つで実際の標高より高い印象をうける。駅前で電動自転車を借りて小谷城址、姉川の合戦場などを観光する。