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名称:長勝寺構別名:禅林街、津軽氏城跡城郭:出城構築城年:1615年築城主:津軽信枚所在地:弘前市西茂森1-23-8指定文化財:国史跡津軽氏城跡土塁茂森町桝形黒門跡禅林街太平山長勝寺山門本堂庫裡(大浦城台所)嘉元鐘長勝寺構津軽氏城跡松前徳広墓所跡
名称:大浦城城郭:平城築城年:1502年築城主:大浦光信主要城主:大浦盛信所在地:弘前市五代字早稲田城跡土塁、堀跡移築城門(法源寺中門)移築台所(長勝寺)縄張図
日蓮宗長勝寺池上本門寺の東側にあります、お寺です。⛰️山門⛰️寺号標門を潜って参道です。⛰️本堂⛰️灯籠と猫の石像があります。お堂内
あの日の朝地方紙のタウンニュース”古寺に映えるモミジ”見た瞬間に今日はここにしよう潮来長勝寺(1185年創建建造物約300年)初めて行くところなのでワクワク感も頂点に最初に見えてきた鐘撞き堂のまわりにも紅一点みつけ帰途は違う道へ思い付きで急旋回北浦の方へ北浦大橋が震災後新しく建造されたとニュースで知っていましたのでスナップ写真ランキング
昨夜は我が町、市野倉町会にある「覺應山長勝寺」の御会式に参加をしてきました最寄りの交通機関は「東急バス税務署前」です19時頃の開始私は18時過ぎについたのでまだ静かです出店は2件参道もひっそりとしています一心講の面々もまだリラックス状態長勝寺境内の万灯講中参道も賑やかです参加の皆様お疲れ様でした
旅行の続き話です。長勝寺に行きました!なんとここも35年ぶり、、、(´;ω;`)懐かしいとか久しぶり、とか言うレベルじゃない。初めて来たのは家族でGWに。その後は修学旅行で。長勝寺といえば私の中では津軽承祜さまのミイラ、、。車を降りた後、私は御朱印もいただきたかったので中から出てきたお寺の奥様らしき方に聞いたんですよ。「あのー普通はお参りしてから御朱印いただくものとは思うんですが、最近お参り前に出してくれというお寺さんも多いので、、こちらはどうすれば、、(´▽`)」
鎌倉の彼岸花を観て周りました。旧華頂宮邸報国寺覚園寺東慶寺浄光明寺妙本寺長勝寺
鎌倉で弘通を始めた日蓮に幼くして弟子入りした日朗上人が、示寂の際、「松葉ヶ谷で荼毘に付せ」と遺言した荼毘所跡の存在により安国論寺は草庵の最有力地となったわけです。しかし疑い深い私と美月ですから、「松葉ヶ谷の草庵=安国論寺」説に対して幾つかの疑問を挙げて『日蓮は鎌倉の何処に?』を終わりたいと思います。安国論寺では、日蓮が前執権北条時頼に建白した『立正安国論』を執筆した岩穴(法窟)の側に、日朗上人が安国論窟寺を建てたのが始まりと伝えています。しかし松葉ヶ谷の草庵は1260年の『立正安国論』建白
さて、鎌倉へ進出した日蓮が布教のため建立した松葉ヶ谷の草庵ですが、その霊跡・由緒寺院候補の三山目は妙法華經山安国論寺(あんこくろんじ)になります。既読頂いている通り、松葉ヶ谷の草庵があった位置は現在も不明であり、隣接する石井山長勝寺と楞厳山妙法寺の間で江戸期より比定地争いが続いて来ました。ところが長勝寺と妙法寺の中間に位置する安国論寺は、この論争に加担することなく、泰然として松葉ヶ谷の草庵であることを主張しているのです。これはかつて安国論寺が松葉ヶ谷の草庵だったと誰もが納得する論拠があるか
さて、松葉ヶ谷の霊蹟・由緒寺院の三山、石井山長勝寺の次は、楞厳(りょうごん)山妙法寺について調べて行きましょう。現代においては、松葉ヶ谷の霊蹟よりも「苔寺」として人気がある妙法寺ですが、実質的な開山(1357年)は後醍醐天皇の子である護良親王の遺児、日叡です。日蓮の没後、松葉ヶ谷の草庵跡には本勝寺が建立されたと伝わり、日静上人がこれを京都へ移して日蓮宗の大本山本圀寺となります。その松葉ヶ谷の跡地に護良親王の菩提を弔うため日叡が妙法寺を建立し、室町期に隆盛を極めたものの、江戸期に入ると無残な
陽射しが強いと、体感温度も更に高く感じてしまいますね。足立区長勝寺さん、そんな今日の風景です。木々の緑色が鮮やかに映えます。周囲の木々が、ちょうど本堂前に影を落としてくれていました。涼しげな木陰は、この季節の癒しですね。以前に長勝寺さんにお邪魔した際の記事はこちら↓『長勝寺(ちょうしょうじ)足立区住宅街の中に静かに佇むお寺』寿福山長勝寺〔竹ノ塚墓苑〕東武伊勢崎線(スカイツリーライン)「竹ノ塚駅」から徒歩圏内、閑静な住宅街の中にあります。もみじの下
さて、日蓮宗でも所在を明示していない松葉ヶ谷の草庵跡ですが、現在の石井山長勝寺はその候補地である可能性は全く無いのでしょうか?鎌倉名越にあった初代執権北条時政の館は、従来は材木座海岸から離れた釈迦堂切通しにあったと言われて来ました。ところが近年の発掘調査から、かつて北条氏と縁が深い寺院(現在は廃寺)が築かれた弁谷(べんがやつ)にあったとする説が浮上しているようです。当時、材木座は海に開けた商業地であり、座で働く下層民や流浪民も含めて、雑多な人々が暮らしていたと考えられます。これは私が愛す
「私の百寺巡礼」と題し、作家の五木寛之さんが訪れた「百寺」を追いかけてきた中で、現在までに「三十二」のお寺をこのブログでご紹介することができました。この旅を通じて見えてくるものは何なのか。「訪ね切ることを目標にせず」に一つずつ。どこまでたどり着けるかを楽しむ「ライフワーク」です。「十寺」ごとに「リンク集」を作成していましたが、「二十寺」のところで止まっており、整理が進んでいませんでした。さらに、参拝は終わっているものの「未紹介」となっているお寺もまだあります。そこで本日は、新
未だ所在が特定されない日蓮宗の大霊跡、松葉ヶ谷(まつばがやつ)の草庵ですが、まずは位置関係を地図でご確認下さい。JR鎌倉駅から南進すると日蓮宗の本山・由緒寺院である本覚寺があり、すぐ東に位置する比企谷(ひきがやつ)には霊跡本山の妙本寺が鎮座しています。(妙厳山本覚寺:この後、日蓮の佐渡配流で取り上げます)(長興山妙本寺:この後、日蓮の直弟子となる日朗との関連で取り上げます)更に妙本寺から材木座海岸へ向かって南へ歩くと、「ぼたもち寺」として有名な常栄寺があり、鎌倉八雲神社を通って大町大路(
今回は長勝寺に行きました日蓮宗石井山長勝寺石井藤五郎長勝が日蓮のために結んだ庵タイサンボクの花が咲いてました枯れた後。この真ん中の雄しべから実が沢山出てくるそうです。結構怖いので、興味のある方は検索してみてくださいさ、本堂にきました。帝釈尊天とあります。中に、恐らく帝釈天がいるのかもしれないですがこの隙間からはよく見えませんでした。その代わり本堂前にドーン!!と日蓮聖人大きい!日蓮聖人の周りをこれまた大きな四天王が守ってますとにかく大きい。こんな大
お陰様で半月に及ぶ入院生活を終え、6月24日朝、無事娑婆へ戻って参りました。娑婆(しゃば)は仏教用語で、苦しみを耐え忍ぶ忍土(にんど)を意味しますが、現在では反対に拘束が無い自由な世界をイメージして使われる向きが強いようです。(これは我が家の極楽浄土です)本日27日、退院後初めて会社へ出勤しましたが、蒸し暑い陽気も相俟って、かなり体力が落ちているのを感じました。働かざる者喰うべからず・・これも娑婆の倣いです。前回書きましたが、「スマホから流れる私の声を聞いて鳴きながら探してくれた愛猫慈
海雲山長勝寺は、茨城県潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院です。潮来あやめ園から近く徒歩8分程度の距離です。また桜の名所としても知られています。長勝寺は、文治元年(1185)に源頼朝が創建したといわれ、その後水戸藩主の徳川光圀が堂宇を修築しています。境内には元禄時代のものと見られる堂々とした唐様建築の本堂(仏殿)は、茨城県の有形文化財に指定されています。また、銅鐘は鎌倉幕府執権の北条高時が寄進したもので、国の重要文化財にも指定されています。#長勝寺#潮来市#茨城県Yo
その日の鎌倉お寺巡り、最後は長勝寺でお参りしました。帰ろうと振り返るとあれっ?と思いました。何か人らしきものを踏みつけている姿が、恐る恐る前に回って見ると・・・どうやら四天王が邪鬼を踏みつけている姿のようです。長勝寺へはもう何度もお参りに来ていますが、初めて気づきました。人の心に常に潜んでいる邪鬼、そんな人の弱さを四天王は怒り、邪鬼が暴れ出さないように、踏み敷いているのだそうです。
初めて行った「水郷潮来あやめ園」🌸『あやめが見頃「潮来あやめ園」』なんかいつもより混んでる?と思ったらキムタク動画で大バズりらしい丸亀ちゃん(丸亀製麺)へ、本日も行ってまいりました。丸亀ちゃんに行きすぎて来店ポイントたまりす…ameblo.jp6/7(土)ちょうど見頃で最高の時期に行けましたで。「あやめデジタルスタンプラリー」の続き。潮来エリアの残りのスタンプ箇所を攻めちゃおう🎵というわけでランニング再開。まずは「長勝寺」立派おごそか的な。そしてお祭り?の準備してる方
ご訪問ありがとうございます千葉県富里市温熱×整体×ヨガ心も身体もポカポカめぐる温活サロンお肌と人生にハリと潤いを血流めぐり姫/温活トレーナー内山恵深めぐみです【動画】自己紹介&ウェーブリングレッスンの様子はこちらから(10分程)👇👇👇https://youtu.be/EskHYuXhTmk【年に一度のお楽しみ♪】6月は夫の誕生月ということで、家族で毎年のコース〜長勝寺でお抹茶〜潮来あやめ祭り〜あじ
6月7.8日くらいが満開だった。潮来の伊太郎」の銅像お母様の介護をご夫婦で一生懸命してご本迄出した橋幸夫さん、認知症は切ないねえ。堤防から眺めた利根川、観光船が見える。源頼朝創建と言われる長勝寺は、黄門さまも訪れたそうで、禅宗様(ぜんしゅうよう)の荘厳な建築だ。文治梅お釈迦様が悟りを開いたと言われる菩提樹、厳密には種類が違うようだが、丁度満開で高木にしたからそのお花を見
鎌倉名越の松葉ヶ谷(まつばがやつ)を美月と遊行した話の続きです。日蓮は鎌倉布教のため松葉ヶ谷に草庵を開くのですが、その候補地とされる一山が石井山長勝寺とされています。この長勝寺、本堂前の日蓮大聖人像を四天王像が囲むように守護しており、その四天王像は迫力がありながらも造作が精緻で見る者を圧倒するばかりです。「何で日蓮さんを四天王が囲んでいるの?」と美月がいつもの如く聞いてきます。「四天王は仏法の守護神。特に毘沙門天と持国天は法華経の守護神だよ。だから大曼荼羅には四方に持国・増長・多門・広目
6月1日(日)は、前日の雨も上がったので美月と鎌倉へ遊行に出掛けました。今年2月以降中断している『日蓮宗関連寺院(一)』の続きを書くため、日蓮が鎌倉で最初に開いた名越松葉ヶ谷(まつばがやつ)の草庵を実地検分しようと思い立ったからです。(千葉県茂原市の法華宗本門流鷲山寺レリーフ)ところが日蓮が18年にわたって起居し、『立正安国論』を執筆し、四大法難の「松葉ヶ谷の法難」を受けた大霊跡にも拘わらず、未だ草庵の場所が確定していないのです。楞厳山妙法寺、妙法華經山安國論寺、石井山長勝寺の三山が、草
鎌倉十井散歩の7本目は、銚子ノ井を紹介したい。鎌倉に伝わる、古い井戸であるから、駅前や繁華街の、わかりやすい場所には存在しない。スマホの地図アプリを使用するにしても、あるていど、町中を探す覚悟は必要となる。ただ、この銚子ノ井の場所は、比較的わかりやすい。私は、鎌倉の寺院めぐりには、レンタサイクルをよく使ってる。特に狭い道が多く、慢性に渋滞する鎌倉市内では、クルマで移動するのは得策ではない。電動アシストの自転車なら、坂道のわりと多い鎌倉でも、お寺を探しながら
昨日は、温浴施設を併設した某公共ホテルに泊まりました。お願いした食事時間は、勝手に変更されるは、依頼した事は無視されるはで、完全に「従業員ファースト」のホテルでした。宿泊施設も、いろいろです。さて気を取り直して、昨日の終了地点から出発し、国道7号線で峠を下って行きます。途中に「小坂方面に向かう、坂梨峠」との追分や、津軽藩の「折橋番所」「旧街道の残道」があったそうですが、その場所や残道は、不明でした。かっては、追分や番所のあった「国道7号線・追分橋付近」国道を、どんどん下り「
おはようございます!小豆島は時々です。予想最高気温20度です。今日はこどもの日ですGW後半ですが、うちは仕事デーです観光の島では、多くの方が働いています。みなさんの感謝ですさて、昨日もイベントたくさんな小豆島でした。昨日はこちらの2つに行ってきましたどちらも今日まで開催しているので参考にしてくださいここは土庄町長浜にある小豆島霊場第70番長勝寺大石内蔵助ゆかりのお寺としても有名なお寺です。昨日と今日、こちらで開催してるのはにゃん神様in小豆島
TOP-神社・仏閣-青森県-弘前市-長勝寺(ちょうしょうじ)神社仏閣めぐりで青森県弘前市の「長勝寺」を訪れた。山号・寺名太平山長勝寺宗派曹洞宗御本尊釈迦如来所在地青森県弘前市西茂森1-13-8Google地図緯度,経度40°35'55.5"N140°27'04.4"E40.598761,140.451212創建年享禄元年(1528年)開基(開山)大浦盛信、菊仙梵寿御真言御詠歌参拝日2025年(令和07年)04月28日
寿福山長勝寺〔竹ノ塚墓苑〕東武伊勢崎線(スカイツリーライン)「竹ノ塚駅」から徒歩圏内、閑静な住宅街の中にあります。もみじの下につつじという植栽の組み合わせが素敵ですね。皆様の安心と和みの心を、永久にお護りしていただけるお寺、一般墓、夫婦墓、永代供養墓、納骨堂、墓石の移設など賜っております。夫婦墓、各種サイズのお墓など様々なプランもございます。↓↓↓寿福山長勝寺〔竹ノ塚墓苑〕|中山石渠日当たりの良い墓域全てがフラットなバリアフリーとなってお
妙本寺から海の方向に進み、長勝寺へ。ここまで来ると観光客は居らず。道中、鎌倉三大海棠の一つ安国論寺の海棠を見に行ったんだけど、境内を探してもないの。去年も訪れたのに、海棠の記憶がないんだよ。どうやら、枯れちゃったみたい。額縁の風景。参道の桜並木。このお寺は枝垂桜が多いの。そんで、ほとんどが若い木なので、将来が楽しみ。見頃ぐらいかなぁ。葉っぱが出始めてる散り始め。枝垂桜が綺麗なので、長勝寺には二回も来ちゃった。緑色の葉が加わると、桜も栄えるね。山桜も綺麗だったよ。四天