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4/4になりました。もう旅も終盤です。紫波の道の駅からいつも通りお散歩。当初の予定からルート変更となりましたが、それはまた別途まとめます。写真でも確認できますが、この日はレストランのリニューアルに際したプレオープン初日。多分地元のローカル局だと思いますが、取材に来ていました。レポーターの女性の顔が白すぎてちょっと引いてしまいました。色白を通り越していましたから、塗り過ぎなんじゃないの??でもTVに映ることを考えるとそのくらいがちょうどいいのでしょうか。素人には分かり
感謝です。小学生の時、遠足で、訪れました。常光寺で伐採された樹齢300年の杉の大木|愛LOVEもりおか~徒然日記~かにかくに渋民村は恋しかりおもひでの山おもひでの川
同級生に読書家の女子がいた。此れ面白いんだよ。図書館で黒い背表紙の文庫シリーズを教えてもらった。横溝正史江戸川乱歩なんかキモくてお耽美で、JUNEを愛読していた腐ったおれは乱読した。内容は憶えておらぬ。だが、アオヌマシズマだーーー\(^o^)/スケキヨーーー\(^o^)/漫画Toyで読んだ時の衝撃のほうが大きかったが。考えてみると同じ図書館で2階の児童書を読み、1階で耽美推理小説、自宅で漫画やJUNEを読む中学生時代がおれの基礎工事。世界名作全集みたいな分厚い児童書で、美女と
おはようございます。人生順風満帆、うまく行きすぎて逆に怖いくらいの幸運児トリです(加齢なるギャッツビーと呼んでください)。自慢するわけではないが、思えばこれまで、挫折の連続であった。英語はもとより、ロシア語やフランス語、ハンガリー語など色々な言語を学んだが、どれ一つとしてものになっておらず、学問も武道もベランダ園芸も中途半端だ。仕事では当然結果を残していないし、そもそも正規雇用になったことがない。このように、挫折しかしたことがないので、それが平常運転であるともいえる。しかし、
今日でミラノ・コルティナ五輪が閉幕するようです。この約20日間ほど、テレビはオリンピックだらけでした。スポーツ好きなのでかなり見てはいましたが限度が・・・金曜ロードショーで「ゴールデンカムイ」が放送されました。「ゴールデンカムイ」って全然知らなかったのですが去年だったか、職場で雑談している際に「アイヌ関係らしい」と知って、アイヌにはとても興味があるので見てみました。出だしから、何だか「鬼滅の刃」臭が異常に強かったしキャラ設定はほとんど「
昨日午前、私たちの周辺地域に突然の地震があった。私は仕事で建物の中(1階)を歩いていたせいかまったく揺れに気付かず、机の下に潜る社員の人たちを見て連絡なしの避難訓練かと思ったほどであった。その後もしばらく揺れが起こり、職場のある2階に戻った際に起こった横揺れは、あの地震特有の気持ち悪さを体感したものであった。自分自身普段の危機管理には疎い方なのだが、昨日の地震を例にした生命を脅かす体験があると、流石にしばらくは最悪の場合を考えてしまう。夜中に起こったら…、家族を守りきれるのか…
12月18日(木)こまつ座の「泣き虫なまいき石川啄木」を観に行ってきた。場所は新宿南口の紀伊国屋サザンシアター高島屋。南口に行って高島屋に行った。サザンシアター高島屋はさらに南の建物でその7階にある。最近歩くのが苦手になっているので、そこまで行くのが大変だった。それでも12時半開演で12時に着いたので、高島屋本館に行き、ベンチに座って待っていた。お芝居は13時開演。前半はところどころ寝てしまったようだ。ストーリーも、登場人物の会話もよくわからないが、最後まで観た。わからないまま見たので、隣
☆2025年12月12日(金)マチネ紀伊國屋サザンシアター「頭痛肩こり樋口一葉」など、井上作品の評伝なので、見てみたくて行ってきました。キャストは石川一=啄木(西川大貴)・石川節子(北川理恵)・石川一偵=啄木の父(山西惇)・石川カツ=啄木の母(那須佐代子)・石川光子=啄木の姉(深沢)樹)・金田一京助(眞島秀和)。節子が亡き啄木の日記を読み始めるところから劇は始まり、啄木の晩年2年間の出来事が再現されていきます。仕事が長続きしない啄木、両親は別居し、母(姑)は同居
こんばんは。昨日は東京に観劇に出かけてきました。紀伊國屋サザンシアターでこまつ座公演「泣き虫なまいき石川啄木」を鑑賞してきました。こまつ座は井上ひさしを座付き作者とする劇団です。井上ひさしの死後も作品の上演を続けています。私は長きにわたりこまつ座の公演を観てきましたがこの作品は未見で、今回チケットを取ってみました。26歳で亡くなった啄木の短い生涯。その最後の二年間を描いた作品です。啄木の、というより家族の物語ですね。妻、両親、妹、それぞれの激しい
おもて表紙うら表紙窓拭き掃除?小学生?今では考えられない❗危ないですね‼️【教科書で覚えた名文】発行元文藝春秋福沢諭吉の名前が‼️金田一京助湯川秀樹はやく読みたいワクワク‼️在りし日のピカソ暑い時寒い時
金田一京助は、日本の言語学者・国語学者です。特にアイヌ語研究の本格的な創始者として知られ、また親友である歌人・石川啄木の生涯にわたる支援者としても有名です。主な業績は以下の通りです。アイヌ語・ユーカラ研究:アイヌの叙事詩「ユーカラ」の言語学的研究の基礎を築き、『ユーカラの研究』などの著書を執筆しました。国語辞典の編集:国語辞典の編集にも携わり、日本の国語学の発展に貢献しました。石川啄木の研究と紹介:盛岡中学時代からの親友である石川啄木を生涯にわたり支援し、没後は彼の作品の紹介と普及に努め
11月14日が命日・忌日の有名人・著名人565年満82歳崩御(?)ユスティニアヌス1世陛下東ローマ皇帝669年(天智天皇8年10月16日)55歳没(?)藤原鎌足さん飛鳥時代の廷臣、藤原氏始祖871年(貞観13年9月28日)55歳崩御(?)藤原順子陛下仁明天皇女御、皇太后藤原冬嗣の長女976年(開宝9年10月20日)49歳崩御(?)趙匡胤陛下北宋の初代皇帝1282年(弘安5年10月13日)60歳没(?)日蓮さん日蓮宗各派の祖1726年(享保11年10月2
北海道大学の池知里幸恵明治36年(1903)登別生まれアイヌ語を残すことに命をかけたアイヌの少女享年・19歳アイヌ語に文字はありません。アイヌの物語(ユーカラ)は全て口伝えです。この伝えられている物語を金田一京助の勧めと援助でローマ字表示し、おばあちゃんから聞いた叙事詩「ユーカラ」に日本語の訳をつけて後世に残しました。旭川で暮らしていた15歳のとき、言語学者の金田一京助と出会いその勧めで口承文芸の執筆を始めます。大正1
「音痴」という言葉の起源私の「妻の人」は大変な方向音痴,かつ決断力がある。誰しも初めていく場所には地図アプリや周りを見ながら多少は迷いつつ進むものだけれど,ためらわず勘で方向を決め,確率8割で違う方向を選ぶ。驚くことに帰りはもっと酷く,9割以上違う方向に進む。左右どころか,上下さえ間違う。理解に苦しむが,どうやら彼女の頭の中では,位置の記憶と「ここは右」「ここは階段を登る」等の動きが記憶されるのだろう。帰りはそれを180度ひっくり返さなければならないが,なぜかそれをせず,「ここは右
図書館で書架から何げに手に取り借りてきた本ユーカラって何だったかな?程度で借りてきてあーアイヌの、、って気がついてみると「おー!タイムリー、私、今週末から利尻礼文の旅3泊4日じゃん!(友人4人で)」ってびっくりするってなんだろうね(笑)Amazonのページから「ユーカラを書き記すことは、私が生まれてきた使命なのだ」絶滅の危機に瀕した口承文芸を詩情あふれる日本語に訳し、今も読み継がれる名著『アイヌ神謡集』。著者は19歳の女性だった。民族の誇り。差別との戦い。ユーカラに賭ける情熱。短く
「不来方のお城の草にねころびて空に吸われし十五の心」啄木石川啄木歌集「一握の砂」より1955年秋金田一京助書「不来方」は「こずかた」と読み盛岡を指す古い地名だそうです。さて、これどこにあったでしょう?文京区立図書館から借りた本を返す区役所の一階のブックポストの隣の木のベンチです。ベンチは二つあり一つには腰掛けている人もいましたし私は同じデザインだと思って一つだけ撮影しましたが上の説明の写真を見るとデザインが違
盛岡市の中心地に近いところに「啄木新婚の家」というものがある。表記のとおり石川啄木の新婚時代の家を残してある建物だ。この頃の啄木は、旧制中学を二回のカンニングで中退処分を受け、まわりのものに助けられ教員をしつつ念願の初恋の女性と結婚できた時期だ。啄木新婚の家盛岡市公式ホームページwww.city.morioka.iwate.jp東京メトロ丸の内線の茗荷谷駅からやや都心方面に向かってからしばらく行って左に折れると、啄木終焉の地という石碑がある。そして隣のビルの一階が啄木の資料展
さて、続きだ。前回、金田一京助、春彦旧居の脇の路地を入ったところで終わったが、この近辺は明治文学の濫觴の地であって、それにちなむブログの数も決して少なくはない。ここではそうしたブログにない話題を少々取り上げてみたい。金田一旧居に鐙坂をはさんで対面するのは、2棟の「団地」。関東財務局の真砂町住宅だ。都内各地に散在する財務局官舎でも、古いものに入るのではないかな。路地に戻る。奥へ進んでどん詰まりのあたりで、かなり急な石段に出る。階段上からの見下ろしを撮影し忘れたが、この梯子は初出かも(笑)
2年前くらいまで、本郷というと東大に銀杏の黄葉を見に行くくらいだったんだけれど、最近になって鰻屋の鮒兼に通いだして、にわかに付近を探索しはじめた。まず鮒兼で冷酒を飲んであとは成り行き。行先は調べない。和菓子の喜久月。以前も紹介したが、その時は店の人がいっこうに出てこず、あきらめて帰った(笑)。幸い今回は先客がいたので外で待つ。3人入るといっぱいいっぱいだ。商売っ気があるのかないのか、こんなポスターが。おかあさんの前の木製レジスターに注目(笑)。ちなみに「雁」「おぼろ月」は絶品だった。
横溝正史の産んだ名探偵金田一耕助は、これは私だけどね🤣言語学者で辞書編纂者だった金田一京助からその名前を取ったのですが、岩手県にある温泉地で、妖怪座敷童子が出ることで昭和の時代には有名だった緑風荘があった金田一の読みは、濁点が付かない「きんたいち」です。金田一駅を背景に。ここが緑風荘。金田一京助の歌碑がありました。駅入場券。緑風荘に泊まりました。座敷童子には会えませんでしたが、お茶菓子は食べました😋ですからこちらは私ですってば🤣
こんばんは予報通り冷えてますね大阪は今日も雪がチラチラ明日はもっと寒くなるんやろね暖かくしなきゃさぁ秋の遠足の続き千光寺山頂展望台からいい眺め文学のこみちテクテク降りて行きます徳富蘇峰さん正岡子規さん物外さん矢印の方へ凄い木十返舎一九さん金田一京介さん巨石の間をテクテク志賀直哉さん林芙美子さん巌谷小波さんそろそろかな?到着ですテクテクテクテクつづくおやつ雪苺娘今だけ苺クリーム入り
簡単に目を通しただけメモとして芸能再刊第一号(1959年02月)アイヌの話(金田一京助)沖縄の演劇(戦争被害やアメリカ文化例えばコカ・コーラの浸透を例に)戦時下の映画人・・・例えば小津安二郎の中国での作業姿にハッとなる気持ち、この文章を書いた人は終戦を知ったとき「ざまあみろ」と叫んだと記しているこの間名を知った草壁久四郎の文章モスクワ芸術祭についてレポート(戸板康二や小道具・藤浪与兵衛談。接した彼らの独特の熱量を感じる)国立劇場設立のこと、難題なども細かに掲載歌舞伎、狂言の
菊坂通りから本郷台地へ上がる本妙寺坂をいわゆる、住宅街の路地裏へ石川啄木ゆかりの地巡りとなる袋小路に、「本郷菊富士ホテルの跡」碑この辺り旧本郷菊坂町高台からは富士山を眺めることも出来たそうでもともとこの地に菊富士楼という下宿屋を開いていたが大正の初めに西洋館ホテルとして開業いつの間にか、作家・文化人・芸術家が長期滞在する下宿ホテルに昭和19年(1944年)に営業は終了建物は昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲により焼失してしまったそうで、稼働は30年程
久しぶりに「奇人列伝」の第7弾をお届けします。前回ネタ元にしました「昭和超人奇人カタログ」(香都有穂(こと・ゆうほ)ライブ出版)から、引き続き3人をご紹介します。いずれ劣らぬ変人、奇人、(なかには)超人ぶりをお楽しみください。★南方熊楠(みなかた・くまぐす)(1867-1941)★超人的学識と奇行で知られた民俗学者、博物学者です。キノコ、コケ類、粘菌の研究分野で、世界的な業績を残しています。数限りない奇行エピソードを残していますが、驚異の記憶力、天才ぶりに絞ってご紹介します。
次に向かったのは、報恩寺の近くにある、「岩手」の地名の由来になったとも云われている、三ッ石神社の鬼の手形👹✋ここは、ランチを食べた初駒さんでも「人気の最強パワースポットですよ♪」とオススメされていたので、楽しみにしていましたが・・・三ッ石神社は、想像していたのとはだいぶ違う、住宅地の一角にひっそり佇む小さな神社でした昭和12年(1937年)に30人の有志により奉納されたという、立派な石鳥居を抜け、一番最初に目に入ってきたのは・・・想像とは更に違った赤鬼の顔抜きパネルでした❗️Σ( ̄
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」という歌をうたいながら人間の村を見下ろすと、昔の貧乏人がお金持ちになり、昔のお金持ちが貧乏人になっていた。💙この美しい序文で知られる「アイヌ神謡集」を書いたのは、アイヌ民族の知里幸恵。幸恵は登別生まれだが、6歳で旭川に移り、旭川女子職業学校に通った。この写真は女学校に通っていたころか。「アイヌ神謡集」とは、アイヌ民族の間で謡い継がれてきた「カムイユカㇻ(神謡)」の中から13編を選び平易な日本語訳を付して編んだもの。
国語学者の金田一春彦さんの言葉ですこの子はお父さんのようになれるかな私が小学生の一、二年の頃私の父の弟の一人が私の顔を見ながら言った言葉ですお父さんとは金田一京助のこと外から遊びほうけて帰ってきた私を見て発した何気ない言葉だったようですがこれが私の頭に深く刻まれました私は長じてから一度は父とはまったく別の方面に進もうと志しまたそれを諦めて父と同じ道を進んでからも絶えず父の影響を受けることを拒んだのもこの言葉が頭の中にあったからでしたアメブロ以外にも個人ブログしてい
毎週月曜18:30~19:00MIDFM76,1「魁TOPインタビュー」の今夜のゲストは元鶴舞中央図書館長大沢純子さんです図書館ファンクラブの竹内栄造さんと竹中詠子さんもご一緒、コメンテーターは大橋省吾社長社長です今夜は3月末で鶴舞中央図書館長を退任された大沢さんに本のこと、図書館のことをお聞きします子育て中の親世代の皆様は図書館案内:なごや子ども応援文庫onoono(オノオノ)|名古屋市図書館ホームページ(city.na
おはようございますいつもお読みくださりありがとうございます一晩中風が吹き荒れて今朝もまだつよいです無事に過ごせますように🙏💦さて『一の糸』とても面白く夢中なのですが謎に勿体つけながら読みすすめていて😅昨日はこちらを読了しました角川ソフィア文庫アイヌ童話集金田一京助荒木田家寿解説:中川裕講談社文庫として1981年刊行されたもの。金田一のまえがき(1963年付)と荒木田のあとがきも収録(1962年付)荒木田家寿は金田一京助の実弟だそうです私のアイヌ文化への親しみ
カムイのうたを観た。本作のモデル知里幸恵については調べた事があり、こんな亡くなり方なら映画に出来ると考えた事があった。完成した本作は、上映時間が長い上に緊張感がなく物語に本筋しかない。こういう作りでは映画が薄くなる。そして重要な場面の芝居を、役者のアドリブに任せてはいけない。それが出来るのは監督人生で1回だけだ。登場人物は悪人と善人に完全に描き分けられていて膨らみがない。主人公北里テルを演じた吉田美月喜の映画のようだが、実は"ユーカラ"を見事に歌う島田歌穂の映画。ベテラン上野彰吾のカットは、どれ