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愛しい人達の顔を思い浮かべながら新しい曲達を仕込み始めた。とりあえず4曲。覚えの悪い頭だから間に合うかどうか不安だけどだからといって何もしなかったら物事は先に進まないものね。基本的に腰の重い私が日頃から心掛けていること”まずは行動”だってさ動かなかったら何にも変わらない。いや、変われないもの。さて今日の一曲はMoniqueMorelliの曲から
速いなあ。日の入りも、ピークを過ぎて、15分早くなった。日差しは頂点を過ぎて斜めに陰っている。暑い、暑い酷暑といわれていたけれど、ワタシは、秋を、だいぶ前から感じている。楽しく過ごそうが、悲しみに暮れようが、文句を言って生きようが時は、時は、「時は過ぎていく」金子由香利さんのシャンソンのようにーー。後悔の無いように、丁寧に生きる事。良い夏を、過ごしたいものです。🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀さて、生まれつき『
青江三奈さんがクラブ歌手をしていた頃に出演していたお店が、銀巴里だからねぇ〜💖✨️1951年にオープンして、1990年のまつに閉店。銀座7丁目にあった日本初のシャンソン喫茶。大人の世界だなぁ~💖✨️青江三奈さんの他に、美輪明宏さん、戸川昌子さん、古賀力さん、金子由香利さん、戸山英二さん、大友康子さん、長谷川きよしさん、宇野ゆう子さん、嵯峨美子さん、クミコさんなどを輩出。三島由紀夫さん、なかにし礼さん、吉行淳之介さん、寺山修司さん、中原純一さんらが集って演出に尽力。
1920)シャンソン歌手•金子由香利本名•高橋民子1981年から1990年の閉店まで、伝説のシャンソン喫茶「銀巴里」のステージに立つ。囁くような美しい歌声と物語を語るような表現力で高い評価を受け、1987年には『NHK紅白歌合戦』にも出場。再会金子由香利ーーーーーーーーーーーーー
昨日は昼間は立川のCRAZYJAMにて隔月開催のシャンソンセッション夜はYouTubeから酔いどれ配信をお届けした。お集まりくださいました皆さまCRAZYJAMのつるみ店長ピアニストの今井由美子さんPA担当のぱんくろうmg皆々様に盛り上げていただき幸せな一日となりました。心からの感謝を!さて今日の一曲をAlainBarriereの曲から”街角のアヴェ・マリア(PetitAvePourRay)”
お馴染み『犬神家の一族』のテーマ曲に歌詞があったなんて。。。!1976年「愛のバラード」作詞山口洋子作曲大野雄二歌金子由香利金子由香利って、シャンソン歌手というぐらいの認識しかないねんけど。。映画の中の世界観が見事に表現されているなぁとただただ感動「犬神家の一族」と言えばやっぱ、このシーンしょ!。。。そして、スケキヨの足と言えばスケキヨスプーン♪(実用性がないわりに度々登場w)冷やし甘酒季節モノの「酒粕」販売終
探し物をする時間が増えている。ほとんど毎日何かを探しているような。寄る年波、認知能力低下、物忘れ増加はしかたのないところ。もはや残り時間が少なくなってきているのに、無駄な時間?ばかりが増えている。数日前、パソコンが壊れ、たまたま一台使えるけれど使っていない古いパソコンがあったので、ソイツを引っ張り出して使うことに。無事起動できたのはよかったが、仕事で使うのに必要なソフトが入っていない。そのオリジナル版とバージョンアップ版がどこかにあるはずなのだが。クラッシュしたパソコンに入れたのが10
明日のラジオ番組。シャンソンのナンバーより、金子ゆかりさんで「愛の幕切れ」、中村さだひひこで「She」。そして、番組のリスナーさんからのリクエスト曲で、鹿内たかしさんで「想い出のブルーレイン」。この3曲をお送りします。お楽しみに♪♪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー番組:中村さだひこのおとなのTokyoライブラジオ局:ラジオ日本AM1422FM92.4日時:2026/5/17(日)21:00pm-21:15pmーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最近、共演は少ないのだけどピアニストの徳山みえ子さんとよく電話でお喋りしている。楽譜作成ソフトのことでご相談をいただくのだけどそこから脱線してあれやこれやと長話になる。”熊に気を付けてね”と、みえ子さんがいう。ああ、そうだった今週から東北が始まる。あの辺りも熊が頻繁に出没する地域だわ。充分に気を付けてだけど目いっぱい楽しもう♪さて今日の一曲はMonique
↑↑↑私のだ~い好きな映画音楽。母をひとりで看病している時、あと4年とドクターに言われ、その夜、ひとり布団をかぶって泣きました。そして、金子由香利が歌う「愛のテーマ」を聴きました。今も、この旋律を耳にすると、涙が出ます。音楽って、映画だけじゃないんですのよ、人の人生をも映画にしてくれるのです。死んではいけない「愛のバラード」|成澤弘子のブログ詩人は黙っていられない!大野雄二がお亡くなりになったって~~~、私、ビックリ致しましたわ。私、大野雄二のサンバをピックアッ
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beイブ・モンタン歌-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beイブ・モンタン歌-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや
るそんべえです。1987年の第38回紅白歌合戦は、いろんなジャンルの歌い手が参加したようです。クラシックから佐藤しのぶ、シャンソンから金子由香利、ロックから竜童組や小比類巻かほるが、それぞれ初出場。そして、紅組司会が和田アキ子、白組司会が加山雄三と色がはっきりしています。このあたりから、紅白のカラーが変わってきたのかもしれません。そんな中、アリスでも出たことなかったのに、個人として谷村新司が、昴(すばる)で、出場しています。後にスペシャル的なところでは、3度アリスで出場してい
眠くて眠くて仕方ない。昔から時々こういうことがある。だけどこういう時って何かが大きく変わることが多い。シャンソンと出会った時旅を始めた時師匠の元を飛び出した時楽譜を書き始めた時コロナ禍をきっかけに動画の投稿に気合いを入れた時…その前にはいつも”やたら眠い時期”があった。あとMOONRIVERが流れたり。そしてどの変化の時も良い方向へ進んでいった。今度は何だろう。
ジョルジュ・ムスタキシャルル・アズナブール加藤登紀子金子由香利佐藤しのぶ島田歌穂安田祥子・由紀さおりこれは私がコンサートに行った歴史です。もしかしたら忘れている名前もあるかもしれないなぁ。そういえば金子由香利さんのコンサートだけは夫と一緒に行ったけど、あとは全部一人で行きました。やはり基本的に私は一人が好きなんですねえ。
昨日は血液検査の結果を聞きにいつものカフェ(病院)へ。コツコツと食べたお肉が功を奏したようですべての項目が正常範囲内となっていた。心配だった貧血の値もずっと足りていなかった総蛋白にアルブミンもみんな正常値になっていた。こんなに綺麗な検査結果なんて30代前半以来かなと思う。やっぱり私に足りなかったのはたんぱく質だった。それも動物性たんぱく質。肉食女子このまま継続しますぜぇ♪
昨夜は大阪法事本部からYouTube生配信をお届けした。現地にも画面の前にもお集まりくださいました皆さまZIGZAGのスタッフの皆さまピアニストの一色洋輔ちゃんPA&私のお世話までぱんくろうmg皆さまのお力で楽しいひと時となりました。心からの感謝を!さて今日の一曲はCharlesAznavourの曲から”おお我が人生(Ôtoi!lavie)”金子由香利さんが歌われた日本語バージョンでお届け
地元に帰ってきた。息子のちょたが髪を切ってきたようですっきりした笑顔で迎えてくれた。お風呂を溜めてくれたからゆっくりと浸かる…狭いお風呂だけど心地いい。やっぱり我が家はいいね。さて今日の一曲をAlainBarriereの曲から”街角のアヴェ・マリア(PetitAvePourRay)”フランス語版とはまったく違う日本語で作詞された金子由香利さんバージョンでお届けします
さて本日の一曲金子由香利愛は燃えている金子由香利日本のシャンソン歌手ウィキペディアにも大した情報が何もなし‥日本シャンソン界のレジェンドだと思うのですがちょっと驚きです愛は燃えている空に浮かんだ雲の毛布冬がやって来るのさ寒さなんか怖くないあったかいわあなたの傍はこの時期にぴったりななんともほっこりする一曲ですwaxpastelsA4ケント紙では又♪
昨夜は酔いどれ配信だった。お集まりくださいました皆さまPA&私のお世話係までぱんくろうmg今回もマニア達に集まっていただき笑いの絶えない楽しい時間になりました。心からの感謝を!さて今日の一曲はMoniqueMorelliの曲から”過ぎ去りし青春の日々(Maintenantquelajeunesse)”金子由香利さんが歌われた日本語バージョンでお届けします。ピアニストは徳山みえ子さん
昨晩は、銀座『蛙たち』に出演させていただいた。日本最古のシャンソニエである。théâtreParisKidoriを初めた時、他のシャンソニエはやめてしまったので、唯一の定期的な外部出演である。初めて、ワタクシをゲストにしていただいた、シャンソニエ。すでに50代だった。先輩たちは、もっとお若い時に、ゲストになられている。ただ、ただ、シャンソンが好き、それだけで歌ってきた。そんなワタクシをゲストにつかっていただいている、感謝しかない。自分の店でも緊張するが、
探しものをしていたら、思いがけない写真を見つけました。わたし、24歳。隣は毎日新聞の編集委員だった石川泰司さん。社内で名文家として知られ、『消えた男たちドラフト20年』などの著書があります。「サンデー毎日」のデスクだった鳥越俊太郎さんの取材に同行したことでカタールで初の日本週間に招かれ、カイロ、パリと旅をし、わたしは帰国したばかり。「時は過ぎてゆく」を歌う金子由香利のディナーショーに連れて行ってと、なついていた石川さんにせがんだのでした。そう書くとなにやら華やかで、目いっぱい着飾っていま
足の病院へゆくと私が恐れていた治療ではなく別の治療を提案して頂いた。私の主治医は本当に頼りになる先生でご自身の専門外のことでも親身になって話を聞いてくださって驚くほどテキパキと信頼できる先生に繋いでくださる。前回も別の病院で治らなかった症状にすぐに気づいてくださってササッと手配くださったおかげでわずか3日で治った。私は人生そのものはおおよそツイていないけれど”先生”と名のつく職業
==========================一時期、金子由香利さんに引き込まれていました。日本人であり、日本語の歌であっても、歌われる内容と、淋しげな歌に、引き込まれました。しばらくの期間は、そこに居ることから抜け出せぬままでした。それでも、ジャズ、ブルース、ロック、そして中南米のリズムに、いつの間にか戻ってもいました。音楽と向かい合うことが、これほどまでも魅力的だと、痛切に感じました。そしてまた、金子由香利さんのシャンソンに戻ってもいきました。移り気だと思われ
懐かしくてリブログしました。シャンソンに嵌っていた頃たまたま友達に誘われて出かけたのが金子由香利さんのライブ場所は銀巴里では無かった気がする。金子由香利さんの歌は囁くように歌われます自分が主人公になったように心に感情移入してしまいます。今日も聴いていて思わず泣いてしまった。まだお元気だろうか?。懐かしい時が甦りました。
私にはできないJenepeuxpasフラグソンFragsonこの楽曲は、英国生まれでパリで活躍したフラグソン(Fragson)が歌った。作詞は、トレビッチ(Trébitsch)とクリスティネ(Christiné)が共作し、フラグソン自らが作曲した。1910年というから、ベルエポックの終わりに近い頃で、楽しく陽気な恋愛小噺となっている。日本では、金子由香利が日本語歌詞で軽快に歌っている。原詞と比べてみたが、ほぼ同じ内容となっている。内容を詳しく書きたいところだが、
思い出を共有できるって素晴らしいことだなぁと思う。喜びはもちろん悲しみの思い出だって、そう。昨日は配信のご常連のEさんの投稿に思わず涙が零れた。それはいつの日か私の中にもあった悲しみだった。そういう思いを共有できるって嬉しい。悲しみは温もりを知っている人にしか味わうことの出来ない感情だもの。それを共有するというのは愛を分け合うことに似ていると思うんだ。さて今日の一曲はMo
昨年のパリ祭にも出演した岩崎宏美は、20代の若さで「再会」や「18の彼」などのシャンソンを歌い始めている。ベテラン歌手になってからシャンソンに出逢う例は多いが、どうして彼女は若い頃から歌い始めたのだろうか?それは、山口百恵(その頃には引退していた)や谷村新司から「すてきなシャンソン歌手がいる。」と教えてもらったことがキッカケだったそうだ。その人は、金子由香利だった。すぐにコンサートに行き、とても感動したのだそうだ。それで、彼女が歌っていた楽曲を自分のコンサートでカヴァーする
昨年末に大きな手術をしたマブダチに連絡してみた。元気にやっていて少しずつ仕事にも戻り始めたという。良かった!近いうちに会おうということになった。”なんかうまいもんでも食いに行こうぜ”料理人のマブダチにあの旺盛な食欲が戻って来たんだと思うとめちゃくちゃ嬉しい。人の3倍くらいペロッと食べるのにガリッガリのマブダチと人の半分くらいしか食べないのにわがままボディな私。私たちは
笑わないでToiquitemoquaisフィリップ・オリビエPhilippeOlivierフランスでは有名ではない歌手のシャンソンが日本語ヴァージョンでは知られているという例が時々ある。ウィキペディアのフランス語版でフィリップ・オリビエを検索すると、政治家の別人が出て来る。アップル・ミュージックでは、アコーディオン奏者が登場する。Youtubeで漸くレコードジャケットの音源が登録されている。一方で、日本語カヴァーの方は、岸洋子と金子由香利、そして他の歌手の方々がアップ
昨夜は滋賀県の湯元舘にて七夕コンサートを開催して頂いた。お集まりくださいました皆さま湯元舘のスタッフの皆さまPA&私の面倒までぱんくろうmg皆さまとご一緒に素敵な七夕の夜を過ごさせて頂きました。心からの感謝を!さて今日の一曲はYvetteGiraudが仏語で歌唱したカンツォーネで金子由香利さんが日本語で歌われた”Adieu(アデュー)”shot&cocktailJoe'sBarでのライブ動画から