ブログ記事665件
モラージュ柏の北にある野馬土手(庚塚)。航空写真で見ると、野馬土手が削られた先にも緑地帯が続いています。どうなっているのか見たいけど、反対側の東の道からは見られません。そうだ、ロイヤルホームセンターの駐車場から見えるかも。まず屋上へ。塀が高くて、木の頭しか見えません。ウロウロしましたがあきらめて、二階。板の隙間からは、正面しか見えません。でも、見える所を探して。ああ、こんな感じか。もっと見たい、野馬土手跡でした。
年に一度、松戸市の森の中に入ることができる、オープンフォレスト。野馬土手のある、紙敷石みやの森、野うさぎの森、紙敷みなみの森に入れるのは、今年は5月16日、17日です。天気に恵まれ、整備し、案内してくれるスタッフさんたちのおかげで、楽しく見て歩きました。まず、石みやの森。美しい野馬土手。そして、野うさぎの森。詳しい方の解説付きで、行きます。隣の畑から光が漏れてくる森の中。堀に落ち葉などが積もって低い土手になっているけれど、立派な二重土手。それが合流して、折れて、
野馬土手を発見したと教えてもらった場所に、やっと、行ってきました。地図を見ると藤心の野馬土手のそばです。まず、東武野田線逆井駅を降りて、グーグルナビで、藤心の野馬土手を目指しました。開発の勢いがすごい。果たして無事か。見る影もないです。上の木が切られて、砂利がせまっています。でも、残っていると言える、かも。うん。そばの五差路。お目当ての道を見つけ、行きます。森の中に、ありました。そばまで伐採がせまっています。木々の間から、藤心小学校のグラウンドが見えま
以前、柏駅と豊四季駅の間にあった、柏競馬場前駅の跡地に土手がある、という話を先日、青木更吉先生に伺いました。駅のホームは、元は野馬土手だった。なんて言葉に、じっとしてはいられません。まず気象大学校へ。ゴリラの見つめる先にあります。土手っぽいのが嬉しい校庭。中高層というのが建つ?敷地に?土手っぽいですが、かつての駅はもう少し柏寄りのはず。でもこの辺り、線路のそばに行きにくい。なんとかマツキヨの線路側を撮影。土手はわかりませんでした。東葛高校のあたりも土
野馬土手ファンのバイブル、「野馬土手は泣いている」その著者、青木更吉先生のお宅におじゃまするという幸運に恵まれました。野馬土手の研究者の方の訪問に便乗させてもらったのです。著書に書いてある住所で現地に行き、お宅の前をうろうろしたことはありますが、ついに中へ。もちろん本にサインをもらいます。そして、それまで研究していた子供民俗がすたれた後、野馬土手を研究したところ、夢中になり、どんどん調査範囲を広げて行ったお話など、聞かせてもらいました。私が聴いてもらったのは、柏
柏市発掘調査報告書を見ると、いつも見ている野馬土手や野馬土手跡の道の説明が読めます。狭い範囲ですが、野馬土手ラインが見られるのでたどります。駒木橋を渡って野馬土手があった上り坂へ。「これ野馬土手ですか」と聞いて、「違う」と言われた場所ですが、野馬土手があったはず。左側には低いけど土手らしきものが。野馬土手は右へ。「柏市の行政財産」高田の野馬土手。L字形にクランク、擁壁設置工事、野馬堀部分は現在も市道として機能、そんな16年前の調査報告。L字を北東へ。
日ハムの二軍選手もお参りするという千葉県鎌ケ谷市の神社。私にとっては、境内に野馬土手がある、ありがたい神社です。馬年だし、馬のお守りなど欲しかったのですが、お正月に売り切れたそうです。拝殿でお参りしたあと、その左の野馬土手サイドへ。残っていてありがたいです。神馬も、います。林の間の道から、中の野馬土手を見学。買えたのはこれ。神馬、ですよね。
図書館の書架に無い発掘調査報告書をお取り寄せできることを知ったので、ルンルン気分でお取り寄せの日々。とりあえず出かけよう。報告書にある野馬土手ラインの場所へ行こう。まずくら寿司だ。北へ向かうと通る、高田の野馬土手。柏市所有なので、看板もばっちり。短いですが野馬土手。柏の葉公園を通って、くら寿司のそばの野馬土手が、縦横斜めあった場所へ。十余二小学校の西。野馬堀まだあります。西に折れる野馬土手。最近まであった場所。洋麺屋五右衛門
三年前に行ったときは真夏で、目が開けられないくらいの虫が飛び交っていた、いちかわ市民キャンプ場。まだ涼しい四月に再訪しました。市川市と船橋市の境目に野馬土手、それも二重土手があります。前回来た時よりも草で隠れています。よく見えないけど、ある。前回は200mと、ブログに書いたのですが、今回は、目視できる部分だけでも、300m位確認できました。木々や草に隠れて、さらに続く感じです。南限の、船橋法典高校が見える場所。北限は。前回はここにゴミがいっ敗あって、ここまでかと思
都心に一番近い森の町、千葉県流山市(ながれやまし)の断捨離®トレーナー鈴木なおこですポチッと1回ずつ、応援をいただけるとブログを書く励みになりますにほんブログ村にほんブログ村ありがとうございます!野馬とは、野原に放牧されている馬のことです野馬土手(のまどて)は、子どもの頃から身近(柏市と流山市の境)にありました。広い牧場で飼育するので、逃げないようにするため、また、農地に入ってしまわないように築かれ
ヤマダ安心会員なので、2か月に一度は500円券を使いに行きます。夏っぽい空に葉桜。野馬土手がある森を見てしまうと、そばに行きたくなります。高田・松ヶ崎の野馬土手。ヤマダ電機で掃除機の紙パックを500円引きで購入したあとは、野馬土手(庚塚)看板が立てられて、大事にされています。シートがかけられていますが、保存してくれていて、嬉しい。端っこも見学。なごみの米屋の、なごみるく、が気になります。青少年センターの庭にあった野馬土手は、まだあります。野馬土手(やすだ)
昨日の嶺岡牧エクスカーション、東牧馬捕り場の次に連れて行ってもらったのは、まず、刀洗い井戸。湧き水豊富な嶺岡牧。馬が暮らせる山地です。下って行く山中にも野馬土手があります。道に出ました。道路から見える野馬土手は珍しいのだそう。この手前側に続きます。やっぱりまた山の中。振り向くと、石垣付きの土手が続きます。グーグルマップでは、野馬土手(曽呂仲町)山の斜面に馬頭観音。馬も土手も、観音様も山の中の嶺岡牧。みんなみの里で買ったおみやげ。長狭枚を買ったつも
いつも千葉県の北の方の小金牧を巡っていますが、今日は、南の牧、嶺岡牧を訪問しました。馬だけでなく牛も放牧し、日本の酪農の発祥地です。嶺岡牧を知って活用を考える会の、エクスカーションに参加。まず、東牧馬捕り場跡に連れて行ってもらいました。グーグルマップでは、野馬土手(東牧馬捕り場北側)とあります。嶺岡牧は山地にあり、蛇紋岩が野馬土手の表面に付けられているということですが、いきなりの高低差。下の遠くに蛇紋岩の土手が見えています。馬を選別する馬捕り場。土手で3つのマスに区
神崎川上流部のゴミ拾いを実施しました!参加してくださった皆様、ありがとうございました。毎年この時期に行っていて、その都度参加してくださる方が居て…済んでいる地域の為に活動しようと思ってくださる方がいらっしゃることを嬉しく思います。ゴミ拾い前には、八幡溜の野馬除土手も見学しました。皆さんなかなか知る機会のないお話に興味津々でしたね学芸員さんのお話が分かりやすく、ゴミ拾い後のアンケートにもこれまでは存在を知らない人が多かったものの、野馬除土手のお話について書いてくださる方が多くい
諏訪神社が十万坪あった頃の跡地の地名のひとつ、向神山。しまむら豊四季店の西に、向神山遺跡があると、柏市発掘調査報告書で知りました。縄文時代の土器、石器が出てきたそうです。遠くに見える赤い看板が、しまむら。この道はしまむらの北側です。振り向いて、続く道を見ます。県道柏流山線と並行した道。風情があって、好きです。この右側一帯が向神山遺跡。今は、駐車場、住宅、畑、があります。出土したのは、大規模な集落ではなく、散漫な遺構だそう。のちに、諏訪神社の地に選
千葉県柏市の埋蔵文化財調査報告書によると、TOPPAN柏工場の南側は、笹原遺跡となっています。縄文時代から奈良、平安時代の住居跡、ということですが、興味がなくても報告書をスルーしてはいけません。なぜなら遺跡位置図には野馬土手ラインも出ているのです。柏市と流山市の境目を、土手見しつつ行きます。この辺りは笹原遺跡。発掘したっぽい。野馬土手ラインを見に行っても、この松ヶ丘の野馬土手(グーグルマップに今は、南柏松ヶ丘野馬土手緑地と出ています)の先端があるくらいか。遠くの塀の
河津桜が咲く松ヶ埼城跡へ。土塁と桜が楽しめる幸せいっぱいの場所。こんなににぎわっているとは。「幸せ絶好調」とか言いながら、写真を撮る人々。桜を見るのも嬉しいですが、嬉しそうな人々を見るのもお花見の醍醐味です。帰り道、大堀川レクリエーション公園に謎の土盛り発見。その東、あけぼの三丁目の野馬土手の下を通り、二重土手?土手見も楽しいです。桜の春が始まっています。
今日は4連休初日朝8:50~映画を観てきました教場Requiem2時間30分長かった・・・ある意味裏切られました平日の朝8:50の上映にしては入場者が多い!?鑑賞後、自宅まで散歩しながら帰宅しますこんなもの見つけました野馬土手適当に散歩しているとこんな発見もあるのですね!初めて知りました、勉強になりましたこんな近くにも知らないことがあるのですね利根運河・利根川方面曇り空が灰色です利根運河・
発掘調査報告書というものはありがたいです。ピンポイントで野馬土手の場所がわかります。そのコピーを手に、お散歩。ビニールハウスとその手前の塀の間に野馬土手があったということですが、痕跡は無いです。篠籠田の野馬土手。年々土手が削れて行っています。梅林の向こうが、かやの町。野馬土手があるのは、他人様の土地。周辺の駐車場から堀が見えます。他人の敷地をのぞきながらうろうろする不審者、野馬土手子。そんな土手子に僥倖が。中から人が。野菜を買えると看板があるので、くださ
石垣島で人々は、Tシャツ一枚で外を歩いていました。そんな島から帰った翌日の千葉は雪。雪の日はあまり散歩をしませんが、選挙なので投票しに行きました。柏市のバス停、三間のそばにある、うなぎ道(手賀沼発)の木戸跡の土手に雪。美しくて、うっとり。ちょっと解けてますが、雪の木戸跡、素敵でした。
今年も、千葉ロッテがキャンプをしている石垣島へ。そこから離島へ向かうのが常なのですが、初めて与那国島へ行きました。日本最西端。「仮面ライダーアギト」の敵、アンノウンの発祥の地、比川浜。Dr.コトーもいた場所です。海底遺跡を、半潜水型観光船で見たのですが、意識もうろう。そんな中、テキサスゲートへ。島には4か所のテキサスゲートがあり、野生で暮らす馬と住み分けているのだそう。その一つの東埼テキサスゲート。道にスノコみたいな溝が作られ、馬の通行を妨げています。自転車が溝に
「野馬土手は泣いている」には田中北小学校の南東、とか西とだけ書かれていた野馬土手。流山市研究第7号に、地図が出ていたので、それを頼りにまた、行ってみました。今の田中北小学校は常磐自動車道の南ですが、2023年移転する前は北。「野馬土手は泣いている」は2001年、流山市研究第7号は、さらに古い1900年発行。名残はまだあるのか。かつてあった野馬土手の場所も出ているので、やはりここは土手のあった場所だ。うんうん。そうだよね。土手跡。この堀沿いにもあった。土手跡沿い
どこもかしこも開発中。元高田台牧の緑は減って行きます。この向こうにある野馬土手は無事なのか見に行くことに。まず熊野神社にお参り。今年も野馬土手を歩けますようにと。神社の土手。道を隔てて、二重土手は健在です。堀の真ん中に木が生えています。東へ延びる野馬土手。左側の森には家が建つ予告看板が。右側は野馬土手とともに緑も残るのか?春めいていました。
野馬土手に踏み込むには絶好の季節。美しかった野馬土手が無くなった野々下。でも、そこから続いていた野馬土手はまだあります。ひもが張ってある手前まで踏み込みます。草が刈れて、見やすい野馬土手。一応。うろうろしていたら、ご近所に住んでいるという人に声をかけられました。以前はずっと森だった。この野馬土手は地主さんが売ることはないので、大丈夫、と言っていました。長崎。住宅が押し寄せる中、残っている野馬土手。ここでも、近所に住んでいる人とお話しができました、以前は住
名称:小金下野牧捕込別名:捕込(とっこめ)設置年:1596年~1615年築造主:江戸幕府所在地:船橋市咲が丘1丁目小金下野牧捕込大込(おおこめ)捕込(とっこめ)小金下野牧捕込跡
こんばんはソラです今日は烈風吹きすさぶ荒れた日曜でした!※青森5連隊が営所を出たのは1902年(明治35年)1月23日1月中頃の荒天…といえば「八甲田山の雪中行軍」の映画を思い出しますあの「八甲田」の映画…何回も見ましたが、そのあとで新田次郎原作「八甲田山死の彷徨」も読んでみました今は亡き高倉健さんの徳島大尉と北大路欣也演じる神田大尉の二大スターは今も色あせません!夏休みに現地に行ってみたことありますが…緑豊かで八甲田の山ものどかでとても美しい高原で
名称:下野牧二和野馬土手別名:野馬土手(のまどて)設置年:1596年~1615年築造主:江戸幕府所在地:船橋市二和東指定文化財:市指定史跡野馬土手(市指定史跡)
はま寿司に行こう、と姉に誘われ、喜び勇んで行きました。十余二店は、野馬土手密集地帯のただ中にあります。食後にまず、ひかり隣保館。土手っぽいです。しかし本格的な野馬土手は建物の向こう側です。柏市特別支援学校。大隈重信邸跡地に建てられた学校に野馬土手が残っています。なぜ大隈重信がここに、というと、牧跡を開墾した農民が小作料に苦しみ、三井に対して裁判を起こした際の賄賂にもらったから。おとなりの隣保館の敷地にも野馬土手。県道47号線沿いに野馬土手。流山ホークスグラウン
名称:中野牧野馬除土手別名:野馬土手(のまどて)設置年:1596年~1615年築造主:江戸幕府所在地:白井市冨士151-2指定文化財:市指定史跡野馬除土手(市指定史跡)
名称:下総小金中野牧別名:野馬土手(のまどて)設置年:1596年~1615年築造主:江戸幕府所在地:鎌ケ谷市東初富1-20指定文化財:国史跡野馬土手(国史跡)