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自民大勝、安定多数、第二次高市政権が発足するのは確実となっています。出雲氏族が長である政権は、日本国にとっては望ましいのではあるが、実はそうも喜んではいられないのであります。『高市氏族と天皇論・2』高市早苗さんが、この度、自由民主党の新総裁となったことで、日本初の女性首相が誕生することになりました。誠におめでとうございます。日本国のために頑張ってほ…ameblo.jpかつて、菅直人氏の方が、東出雲王家・野見(富)宿禰→土師氏→菅原氏→菅氏で、まさに純出雲直系だった
「錦糸町開業130周年記念ラスト駅ハイ北斎の故郷を歩く甘いひととき」で、「ポイント8墨田公園」から「ポイント9ショコラティエ川路」へ向かいますが、その途中でも素敵な景色を見ることができました。墨田公園のすぐ横の枕橋からは、とても奇麗にスカイツリーが見えました。ちょうど東武伊勢崎線の線路には、スペーシアX(特急)が走っていました。東武伊勢崎線(スカイツリーライン)の浅草〜曳舟間は北十間川に沿って走り、特にとうきょうスカイツリー駅周辺では、高架下に商業施設「東京ミズマチ」や親水テラスが整備
今回も相撲観戦が終わり国技館から錦糸町に向かう途中に、野見宿禰神社に立ち寄りました。野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)は、相撲の始祖とされる野見宿禰を祀る神社です。両国国技館の近隣に所在し、日本相撲協会により管理されています。今回、国技館に行った際には、相撲博物館内で、野見宿禰神社の御守りが販売されていました。神社境内には、歴代横綱の名前が刻まれた石碑がありました。
資さんうどんから5分くらい歩いて到着野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)『日本書紀』に登場する相撲の神様野見宿禰を祀っている神社です。手水舎には水が無かったので手や口を清められませんでしたが、お参りを…今年も大相撲がもっともっと面白くなりますように…そして大怪我する力士がいませんように境内には歴代の横綱の名前を刻んだ石碑がありました。私が知っているのは第五十二横綱北の富士さんからで、相撲好きだった母の影響で小学生の頃から大相撲中継を観ておりました。(北の富士さんは初めて好きになっ
日本独特のスポーツ文化大相撲について、調べてみた。大相撲の歴史的起源相撲の起源は、「日本書紀」に記載されている。紀元前23年(垂仁天皇7年)に、野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)が天皇の前で力比べをしたことが起源。この戦いは、野見宿禰が相手を絶命するまで執拗に攻撃を加えていることから、相撲というよりは死闘だったが、この2人が相撲の始祖とされている。
相撲発祥の地・山の辺の道11日から始まった初場所毎日午後1時からテレビ観戦を楽しんでいます。20年前の思い出綴りR165を天理から桜井方面へ向けて、帰る時上のような❇「相撲発祥の地相撲神社」案内板が目につきました。その案内板に惹かれて「相撲神社」へと車を走らせました。家にいる限りは、テレビ観戦をしていますので「あ・そうそう。」「相撲発祥の地」をこの機会に、この神社を訪れた時のことを綴っておきたくなりました。国道165からすぐに走ると見つかるもの
みなさんおはようございます~(^_^)本日は住吉大社の初辰参りです、実は2の辰ですが1月は今日ですよいかないけどね(^_^)三光神社はなぜか寿老人を祭る、ここでは寿老神になっている大きなクスノキがその雰囲気を醸し出す顔出しパネル、猿飛佐助がいる、真田十勇士やね七福神参りはここからスタートこんなに簡単に書いてるがまあまあ歩くよきっと4番あたりで嫌になるかも?見て~寿老神でも祭神の三光でもない、真田幸村?因みに絵馬も外にありますがここ、真田幸村となんにも関係ないからねこ
風神日々一歩前進!!へようこそこんばんは!かーとです昨日は毎年恒例のこれバズが発表されましたね!これバズはバズリズムの企画でネクストブレイクのアーティストをランキングにするもの今年の1位は…kurayamisakaCDJにも出演してたし名前は知ってるけど個人的には意外だった、これを機会に聴いてみるか2位はCLANQUEEN、これは大納得すぎる!!!CDJのときほんとによかったもん、、、まさにこれバズ。3位は終活クラブ!去年サインももら
両国(都営線)駅[A3]徒歩4分野見宿禰神社は、相撲の神と言われる野見宿禰(のみのすくね)を祀る神社かつてこの東側に相撲の高砂部屋がありました。明治十八年(一八八五)に親方の高砂浦五郎が、津軽家上屋数の跡地であったこの地に、相撲の神様として知られる【野見宿禰】を祀ったのが、この神社の始まりです。石垣の石柱には、力士や相撲関係者の名前が刻まれており、本場所前には必ず、相撲協会の神事が行われます。境内には、昭和二十七年(一九五二)に相撲協会によって建てられた歴代横綱石碑があり、その一基
今回は出雲市から松江市まで戻りまして。まずは出雲大神こと天之磐座・宿禰岩因みにこちら、神魂神社から更に奥へ進み立正大学淞南高校の敷地内です。1961年の開校後、学校の裏山で遊んでいた学生が謎のケガをするという事例が頻発。実はこの地は大庭宮山の禁足地であり、巨石は古代出雲の磐座ということが判明。急ぎ参道や拝殿が整備され、磐座を丁重に祀ったという経緯だそうです。こちらが拝殿こちらが祀られている古代出雲の磐座天之磐座とも宿禰岩とも言われている巨石。ここは野見宿禰が当麻蹴速
Thisisoureconomy.2025/12/04高校生のブログ彼ら支配者はむかーし❗️からの儀式を守り鉄の団結を維持していますメキシコ🇲🇽アステカより古い<海賊の歴史>https://www.youtube.com/watch?v=5-H0_l3SZYw古代の死のカルト大摩邇(おおまに):子供の予防接種、慢性疾患にして、ビッグファーマの生涯顧客にするためだと思い始めていますgenkimaru1.livedoor.blog
ご訪問有難う御座います。三連休、とても天気が良いので、毎日紅葉狩り🍁に出かけていました。まず土曜は毎年楽しみにしている龍野オータムフェスティバル。今年はオカリナのコンサートがあると知って、間に合うように早く家を出ました。会場に着くと、こんなファイルが置いてあって、この中からリクエストでオカリナを演奏してくれます。ユメフウセンという仲良しさんのデュオです。手を挙げた人のリクエストを8曲くらい、演奏してくれました。こんなにレパートリーがあるってすごいです。仲良しさんだけあって、息がぴ
十二柱神社こちらは、奈良県桜井市の出雲という地名の集落の中にあります古代、出雲国から人々が移り住んだため、出雲という地名がついたと伝わります島根県出雲市と友好都市でもありますちょうど氏子さんたちの掃除が終わったタイミングで訪れました🧹20人くらいいらしたかなお疲れ様です拝殿屋根の上で、後足をぴーんと伸ばす飛び狛さんたちと龍こちらは日本最初のお相撲さん野見宿禰(のみのすくね)ゆかりの地です野見宿禰は、當麻蹴速(たいまのけはや)と日本最初の展覧相撲を行って勝利し、
さぁ!今回から群馬に入ります。最初の調査地域は藤岡で、この藤岡を西へと進むことになります。■土師神社・・・群馬県藤岡市本郷168神流川は山中から迸り出るとほぼまっすぐ北上します。氾濫時はすごい勢いだったことでしょう。西の独立丘と東の神流川に挟まれた微高地に土師神社は建っています。現在の土地利用から想像できる、古代の低湿地を半透明青で塗りつぶしました。土師神社のある村(コロニー)が独立しているのが分かります。そのコロニーのアイデンティティを保持する神社なのでし
武内大田根の異母兄弟に、額田彦(ぬかたひこ)がいます。彦布都押之信と紀国造の山下陰姫との子が、武内大田根であり、彦布都押之信と尾張家の高千那姫との子が、額田彦で、額田宿禰から甘美内宿禰(うましうちのすくね)と改名します。尾張家も海部王朝の子孫であり、その額田彦が、垂仁天皇の第二次物部東征の際に、武内大田根の招きにて近江から東征準備に参加することになります。武内大田根と共に甘美内額田彦は、崇神天皇の都万国、豊国の豊玉姫(卑弥呼)に従って活躍しますが、崇神天皇が没して、次いで豊玉姫
當麻寺の近くに當麻蹴速塚がありました。野見宿禰と並ぶ相撲の神様、相撲ファンにははずせないスポット。遠くロンドンの地で公演をした大相撲一行を神様たちは見守ってくれたことと思います。當麻蹴速について当麻蹴速(たいまのけはや、たぎまのけはや、タエマクエハヤ、當麻蹶速、生年不明-垂仁天皇7年7月7日)は、垂仁天皇の時代に勇名をはせたと伝わる人物です。『日本書紀』によると、蹴速は大和国の当麻邑(たいまのむら、現奈良県葛城市當麻)に住み、強力を誇って生死を問わない勝負をする者を欲していたため、これ
相撲神社と大兵主神社
相撲の神様=野見宿禰再びJR総武線の北側に出て、野見宿禰神社にやってきました。1885年に津軽家上屋敷跡地に相撲の神様として知られる野見宿禰(のみのすくね)を祀りました。今回も横綱大の里関の土俵入りが狭い境内で行われ、テレビで報道されました。すみだ北斎美術館が見えます。南割下水の説明がありました。明暦の大火後、大きな運河とは別に雨水を川へ導く掘割が造られました。その一つが南割下水で、昭和初期に埋め立てられました。次の相撲部屋は高砂一門の錦戸部屋です。残念ながら現
国立競技場の外周を40分ほど散策する。青山門近くに、1964年東京オリンピック大会に使用した炉火台と東京2020オリンピック・パラリンピック大会で使用した聖火台が野外展示してある。前者は、焦げ茶色に重さを感じる。後者は、白銀色の輝きが失われていなかった。Fゲート近くに「メタルプラザ」が設営されていたむ。これは大会期間を通じて、メダル授与式を行う会場。前回ブタペスト開会の取り組みを継承した試み。観戦チケットを持たない人、ファンも表彰式を観覧し祝福できるというメリットがある。一方スタジアムの観
やっほい三連休!しかも最終日の梵字講座以外、予定が全くないって言う。私としては珍しい休みです。暑さで少しバテ気味だったのでねたまにはこんな休みが有っても良いかと思った次第です。あっやっぱり退屈な🥱ブログの更新でもしようかどもども味醂です{明日はどっか行こうかな。。暇過ぎて無理だwさてさてまだ7月のお話雲と山のコントラストが暑っ!!夏の色✨️ここは日本最古の道の一つとされる奈良県は山の辺の道ここは相撲神社(すもうじんじゃ)ふと、ば
石津太神社(いわつたじんじゃ)和泉国大鳥郡堺市西区浜寺石津町中4-12-7(社前の公園に停めてもいいのではないかと思われます)■延喜式神名帳石津太神社の論社■旧社格村社■祭神蛭子命八重事代主命天穂日命[配祀]天照大神(靭大神宮)[合祀]建御名方富命「石津川」河口右岸、大鳥郡石津郷に鎮座する社。「石津浜」まではわずか500mほど。そのさらに500mほど先には石津神社が鎮座します。社前には「紀州街道」が走ります。石津神社を「上石津社」、当社を「下石津社」と区分けする
石津神社和泉国大鳥郡大阪府堺市堺区石津町1-15-21(境内に駐車可)■延喜式神名帳石津太神社の論社■旧社格村社■祭神八重事代主命大己貴命天穂日命[相殿]誉田別神伊邪那美神白山比賣神水分神高野神高龗神「石津川」河口右岸、大鳥郡石津郷に鎮座する社。「石津浜」までは1kmほど、その中ほどに石津太神社(現在記事改訂作業中、リンクには飛びません)が鎮座します。当社を「上石津社」、石津太神社を「下石津社」と区分けすることも。◎「石津」という地名は「和泉国大鳥神社流記
[大和国城上郡]相撲神社「角力」が行われた試合会場とされ、野見宿禰を祀る。■表記*紀…野見宿禰*記…(記載無し)*「播磨国風土記」…土師弩美宿禰(ハジノノミノスクネ)*「新撰姓氏録」…野見宿禰*「出雲国造伝統略」等に記載の襲髄命(カネスネノミコト)と同神とする説有り■概要天照大神の第2子とされる天穂日命の14世孫、土師氏の祖とされる神。紀には史上初めての天覧相撲を行ったこと、陵墓へ殉死者を埋める慣習をあらため代わりに埴輪を立てることを進言したこと、この2点が
お越しいただきありがとうございます今回は第11代垂仁天皇と第12代景行天皇が築いた宮跡です倭姫旅No.109纒向珠城宮(まきむくたまきのみや)垂仁天皇宮跡奈良県桜井市巻野内2017年1月28日珠城山古墳群手前に垂仁天皇纒向珠城宮跡の碑が建てられている以前は200mほど西にあったのが移転されたんだとかしかし何でこんな場所に碑が建てられているのでしょうかね、ここしかなかったのだろうか第10代崇神天皇の宮は大神神社の南側で、こちらは別の機会にお
7月5日土曜日〜その8式典ラストが私の出番。(写真)名誉館長として、當麻蹴速と野見宿禰闘いの絵図解きを申し述べる。
7月5日土曜日〜その59時、當麻蹴速塚の前での『現役力士安全祈願並びに物故力士追善法要』が開式。(写真提供・まさよさん)相撲館けはや座名誉館長・葛城市観光大使として列席いたしました。(写真)一般的には、野見宿禰と當麻蹴速の順番で紹介されますが、私が役職に就任してからは、各地各所で古代相撲のお話をする時には、地元の英雄當麻蹴速を先に紹介するようにしております。
6月26日の一読は「野見宿禰(のみのすくね)」でした。この神様は古事記にも出てくるようですが、詳しくはわかりませんでした。ただ相撲の起源となったのと同時に知恵の神様だというところに惹かれました。あとこんな漫画もあるようなので、タイミングがあれば深掘りしてみたいです。古事記巻之三蚤の王野見宿禰-安彦良和著|中公文庫|中央公論新社四世紀初め、第十一代垂仁天皇の治世下、土師氏の開祖・野見宿禰の一代記。宿禰は殉死をやめ、土人形(埴輪)の埋葬をもって、殉死にかえることを提案した。www.ch
2024年03月04日23時00分00秒|名所めぐりつい先日、両国へ出かけ、ここ↓を訪れました。野見宿禰(のみのすくね)神社。野見宿禰は「日本書紀」の登場人物で、相撲の始祖と言われています。垂仁天皇の命により当麻蹴速と角力(相撲)をとるために出雲国より召喚され、勝ったとされています。↑当麻蹴速と角力を取る野見宿禰(月岡芳年『芳年武者无類』より)同じ名前の神社が、兵庫県たつの市にもあります。両国国技館の近隣に所在し、日本相撲協会により管理されています。本殿。
今日から大相撲の夏場所が始まりましたね〜私は相撲ファンで確か2015年くらいから両国場所にはほぼ毎場所観戦に行っています。が、しかし今回はチケットが取れなかった(といっても、いつも私の分までチケットを取ってくれるのはMちゃんですが…ありがたや~)ということでMちゃんから提案。Mちゃん:こうなったら名古屋場所行っちゃう?こけら落とし場所だからチケット取れるかわかんないけど。私:行く!というわけで、来場所は名古屋へ遠征だチケットが取れたらの話だけど相撲の神様野
実家の方のお彼岸のお墓参りで近くまで来たので、せっかくなので道明寺天満宮の梅まつりに行ってきましたちょうど9割咲きくらいで見頃でした〜他にも散策してきたのでご紹介させてください。道明寺天満宮の梅まつり、ポスターでは12日までですが、梅の開花が遅れたので18日まで延長されています。本殿の裏に梅林があって、真ん中に橋が架けてあり、橋の上からの眺めがとてもきれいです。(梅林入場300円、普段は無料)金曜日はとても気持ちよく晴れていて、梅林の水彩画を描かれている方がたくさんいらっしゃいました。道