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30年ほど前、閉塞方式の調査のため訪れて以来?その後丸型ポストを撮りには来ていましたが、あまり記憶にありません。港へ通じる道から端部を。左手には2024年にオープンしたコンテナホテルがあります。港に泊まれるなんて最高です。お風呂は?と思いましたが、シャワーが共同棟にあります。構内にはDD200が休んでいました。2021年3月改正から置き換わったようです。先に進むと大きな跨線橋があり、構内が一望できます。これも記憶がないので、当時はなかったかも知れません。左手が駅舎。日曜
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線酒田港線酒田港駅を所管駅としていた専用線晩年は東北東ソー化学酒田工場専用線となっていた2008年3月まで使用されていたらしい西側へのびていた構内線末端車止めが残るここから奥にむかって構内線がのびていた線路のあったとこにはなんか建っているタンク車が置かれている置かれているとこが構内線跡か?他社線との合流点左は広島燃料興業線跡東洋曹達線は右からここへのびてくるこのへんでテルナイト酒田
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線酒田港線酒田港駅を所管駅としていた専用線および、そこから分岐していた貨物線廃止は1985年頃かトラックの左が構内線跡写真左端が小野田セメント線末端セメントサイロ手前に線路が引き込まれていたサイロの配置は昔と変わっていない訪問時は太平洋セメントになっている小野田セメント線から分岐していた線の終端雑草生えてるとこが廃線跡酒田港駅方面を見る貨車はリサイクル業者の壁として置かれているもので、そこに線路
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線酒田港線酒田港駅を所管駅としていた専用線および、そこから分岐していた貨物線廃止は1985年頃か広島燃料興業線から分岐、西埠頭へのびていた線の跡ここが末端末端から酒田港駅方面を見る草生えてるとこが廃線跡ここに二線の線路があった踏切跡防護柵が残るレールも残る踏切跡から西埠頭末端方面を見る同じく酒田港駅方面を見る雑草に埋もれるレール二線の分岐点広島燃料興業線は左へカー
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線酒田港線酒田港駅を所管駅としていた専用線廃止は1985年頃か左の草むらは山形県線跡米田物産線はここで右へ分岐していた道路をななめに横断踏切の跡が残る分岐点方面を見る米田物産線は植え込みの右へ続くタイヤ置いてるとこに線路があった奥へ続く米田物産線踏切跡アスファルト舗装の部分にレールが敷かれていたと思われるここには二線の線路があった橋梁跡レールのあった部分だけへこ
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線酒田港線酒田港駅を所管駅としていた専用線山形県公共臨港線から分岐していた廃止は1985年頃か山形県線との分岐点日新電化線は右へ分かれる右が日新電化線踏切跡草むら部分が廃線跡レールが残る日新電化への進入口工場内(訪問時は東北東ソー化学西工場)を見る構内のレールも残っている
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線(酒田港線)酒田港駅を所管駅としていた専用線山形県公共臨港線から分岐していた廃止は1985年頃か左のレールは山形県公共臨港線花王線はこのへんで右に分岐していた花王線はここを通過ガードレールが途切れているのは線路の名残か道路をななめに横断線路を埋めた跡工場方から踏切跡を見る花王への進入口線路の通過していた部分だけ側溝の造りが異なる小石を練りこんだコンクリートは工場開設時の
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線((酒田港線)酒田港駅を所管駅としていた専用線食糧庁酒田政府倉庫専用線という名で呼ばれたこともある廃止は1985年頃か※酒田港線/酒田港駅は現役左の線路は山形県公共臨港線食糧庁線はポイントの位置で分岐、奥へ直進していたここに食糧庁線があった食糧庁線は山形県線の右を通過このへんに線路があった踏切跡踏切跡から酒田港駅方面を見る同じく政府倉庫方面を見る政府倉庫への進入口立ち入り禁
探索日2018/05/01羽越本線貨物支線(酒田港線)酒田港駅を所管駅としていた専用線正式な廃止年月日は不明1983年時点では現役1986年の空中写真を確認したところ、線上に貨車は見当たらない※酒田港線/酒田港駅は現役左へ曲がっていく線路が山形県線、右は酒田港線このあたりは引き上げ線かなんかで使用されている踏切も稼働中現役なのはこのへんまでここからは完全な廃線公?線20両停目停目は停止位置目標の略か遮断
久しぶりに模型ネタです。タンク車の沼シリーズタキ5450を模型で。タキ5450は、液化塩素専用貨車で黄色いタンク体が特徴です。全長10.2mと短いながらも形式はタキです。総数697両が製造され、全国の貨物列車で見られました。Nゲージの完成品では、TOMIXとポポンデッタから製品化されています。こちらはTOMIXの古い製品で紙箱仕様です。現行品はプラケースに入っているようですが持ち合わせていません。こちらはポポンデッタの製品です。ポポンの製品は各社の仕様が発売されています
撮影日2018/05/01羽越本線貨物支線(酒田港線)酒田港駅一応言うとくけど、酒田港線は現役バリバリやからなJR貨物DE10形ディーゼル機関車DE101728手前はコキ104形貨車コキ104-631駅終端ここにあったレールははがされたかつてはこの先、酒田市みなと市場のあたりまで線路が続いていた
今回はタム8700です。15トン積み塩化パラフィン専用車です。1965年から1968年にかけて合計3両製作されました。ただ、後継の形式は、1968年後半に、二軸タンク貨車製作禁止になった以降に登場したボギータンクタムが出たきりで新車の荷重拡大車は出てきませんでした。これは余剰の石油タンク貨車を転用して臨時扱いで輸送していたからのようです。塩化パラフィンとは何ぞやの解説から・・・まず、パラフィンの解説から。常温では白色の固体ないし透明な液体で、石油製品の代表的な物質
今回は予定を変えてタム5000にします。15トン積み塩酸専用車です。1938年から1968年の間に348両が製作されました。これに他車の改造が追加され、総数両は366両になります。塩酸は小口の輸送が多く、他の化成品が早々と30トン、35トンに進化したのに比べ遅い方でした。タンク体は鉄タンクですが、腐食の激しい積荷のためゴムで内部をコーテイングしてあります。タンク体の劣化も激しく、大半のタンク貨車は一度は取り換えています。30トン車はこちら35トン車はこちらタ
こんばんは、とうとう風邪がひどくなって熱でモウロウした状態で書いてます今回は、タキ4200です。35トンカセイソーダ専用貨車はタキ4100なるものが先行して出ておりますが、本格的量産になったのはこの4200です。30トン時代はゴムコーティング(ライニング)の有無、保温キセの有無によって形式を分けていましたが。35トン車の4200以降は全てまとめられています。(保温キセなしのは流石に無かったようですが…ライニングなしは北海道に多かったようです。)今回は東北東ソー化学です。