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日本各地には、巡礼のための霊場があります。遠州地方にも多くの霊場があり、遠江三十三観音霊場、遠州三十三観音霊場、遠江49薬師霊場が知られています。遠州33観音、遠江33観音に続いて遠江49薬師霊場巡りも38番札所油山寺で始まり油山寺で結願(令和5年2月23日~令和6年2月9日)となりました。油山寺薬師本堂遠江49薬師霊場は磐田市の国分寺を第一番札所とし右回りに浜松市、袋井市そして最後は磐田市の長泉寺まで番外を含む51か所の札所(その後早出薬師堂が追加)があります。その約150kmの
遠江四十九薬師霊場遠江四十九薬師の巡礼が始まったのは江戸中期の享保17年2月だとされています。享保17年に奉納された御詠歌の板額が複数現存しているが昭和に入り多難な時代が続いたことから、忘れ去られていました。昭和46年大東町の元中学校長の鷲山氏が眼病平癒を願って全札所の所在地や沿革などを調べました。昭和52年7月油山寺の鈴木住職が初代会長として「遠江四十九薬師奉賛会」が発足しました。薬師如来は遥か東方の地面が瑠璃(るり)で出来ていている国の教主です。その名の通り医薬を司る仏
遠江49薬師霊場巡り、番外札所早出薬師堂です。早出薬師堂浜松市宗派ご本尊薬師如来薬師堂〇御詠歌早出町薬師如来はおよそ350年前に細島町から現在地に移し祭ったと云う記録が残っております。以来350年にわたり町民の護り本尊として信仰を集め、町の繁栄の祖として護り続けられてきた早出町の貴重な財産であります。そのお恵みは近郊近在にも広く知られ、線香の煙が絶えることが無かったと聞き伝えられております。このお薬師様も一時期信仰
遠江49薬師霊場巡り、第25番札所白華寺です。赤池山白華寺浜松市宗派黄檗宗ご本尊薬師如来薬師堂×扁額〇御詠歌末の世の五濁ににごる赤池のるりの光にすめる月かげ田村麻呂将軍と赤蛇とのロマンを秘めた話が伝承する白華寺は、武天皇の時代(794~796)、菊川市の潮海寺の薬師如来を勧請し、開創したと伝えられています。白華寺は開創当時、真言宗広儀山潮海寺の末寺であり、赤池山光福院と称していました。室町時代頃までは光福院も無住のよう
遠江49薬師霊場巡り、第24番札所少林寺です。華木山少林寺浜松市宗派臨済宗ご本尊薬師如来薬師堂×御詠歌ときわなる花木の山の高林中に秀でる薬王寺かな織田信長の弾圧によって荒廃していた少林寺は、天正7年(1579)大通院から天秀自性大和尚が来られ開山し、真言宗から臨済宗方広寺派の禅寺となりました。最初は松隣庵と称していましたが、九世無学和尚の時に花の木から現在地に移転し、寺名を少林寺と改めました。移転前のお寺は薬師堂と
遠江49薬師霊場巡り、第23番札所天林寺です。真徳山天林寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊釈迦牟尼仏薬師堂△御詠歌もらさじと御法の舟にさおさしてるりの浄土へわたる池川天林寺は文安2年(1445)傑堂義俊禅師が引間城近くに小庵を建て、開創したのが始まりです。最初は亀鶴山方歳院と号していました。永正8年(1511)、お寺を現在地に移しました。その後、鶴亀山大安寺、鶴亀山天徳寺と名を改めていますが、天正13年(1585)、徳川家康が浜松在城の時現
遠江49薬師霊場巡り、第22番札所心造寺です。先照山心造寺浜松市宗派浄土宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂△御詠歌浄瑠璃の国にあゆみをはこぶ身は清水が谷であらうよくあか心造寺は天正8年(1580)徳川家康が浜松城主の時、側室西郷局の発願によって開かれたお寺です。西郷の局は天正7年4月、長丸(2代将軍秀忠)を生みましたがこの年の8月正室築山御前を殺害(自害との説あり)させ9月に長男信康を二俣城で自刃させています。
遠江49薬師霊場巡り、第21番札所宗源院です。宝蔵山宗源院浜松市宗派曹洞宗ご本尊釈迦牟尼仏不動殿御詠歌春は花夏は松風秋は月庭はこんごうるりの砂山宗源院は応永23年(1416)在天弘雲大和尚によって開創されました。弘治2年(1556)に今川義元より300石の寺領を賜り七堂伽藍が建立されました。今川氏の庇護を受け広大な寺域を誇り城郭としての重要性を持った寺であったと言われています。明治7年の調べによると寺域は75,000余坪(
遠江49薬師霊場巡り、第20番札所福厳寺です。天王山福厳寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂〇御詠歌松山の寺とたずねて来てみればるりの光ぞ浄土なりけり武田信玄の旗下で侍大将を務めた北簡元寿和尚を拝請して開山したお寺です。天正9年(1581)高天神城落城の際に池新田に落ち延び東泉寺の開山春芸和尚(龍巣院10世)について得度し、僧侶となりました。寛永5年(1628)龍巣院十二世住職となり、以後30年間在住する間に福
遠江49薬師霊場巡り、第19番札所大厳寺です。白王山大厳寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂△御詠歌朝日山のぼりて見れば御仏のちかい普く大いなるらん大厳寺は天文元年(1532)広沢町の普済寺に輪住していた是秀和尚は南東の方向に光を放つものを見つけ翌朝行ってみると阿弥陀像が一体あり調べたところ慈覚大師の作であることが分かりました。喜んだ是秀和尚は本堂を立てこの阿弥陀像を祀り西生山大厳寺と名付けて開創しました。(後に白王山に改
遠江49薬師霊場16番札所富春院の薬師堂は小沢渡町の富春院から東に約200mほどの所にあります。『遠江四十九薬師第16番富春院』遠江49薬師霊場巡り、第16番札所富春院です。長松山富春院浜松市宗派臨済宗ご本尊延命地蔵薬師堂〇御詠歌松風や音は…ameblo.jp昨年12月の巡礼時には富春院本堂に祀られてある薬師如来像にお参りして御朱印を戴いてきました。遠江49薬師霊場巡りも終盤となったので、気になっていた薬師堂を訪れてみ
遠江49薬師霊場巡り、第9番札所松雲寺です。長福山松雲寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊釈迦牟尼仏薬師堂〇御詠歌ただための後の世かけていのる身のゆくえをてらするりの光を松雲寺は享禄3年(1530)開山されたと伝えられています。徳川家光公から御朱印4石を賜っているが、これまで幾多の災難に遭ってきたお寺で戦争や地震、天竜川の氾濫など大被害を受けています。大正14年に寄付を募って本堂が再建されました。昭和55年3月に開基450年
遠江49薬師霊場巡り、第27番札所光正寺です。小松山光正寺浜松市宗派臨済宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂△御詠歌松風やるりのまさしき光にて四百四病も治する御仏寺伝によると、光正寺は貞治4年(1365)臨済宗方広寺派の禅寺として路庵智正禅師によって開創されました。薬師堂は明和4年(1767)に再建されたものです。白隠禅師との法縁を伝える「光正寺」の寺号額は本堂内に掲げられています。本堂内左側にある薬師堂には小さなお薬師様と十二神将、観
遠江49薬師霊場巡り、第26番札所真光寺です。薬王山真光寺浜松市宗派臨済宗ご本尊薬師如来薬師堂×板額〇御詠歌今までは外と思いしるりの玉真の光内野にぞある真光寺は寺伝によると慶長元年(1596)開創されたと伝えられ、開山したのは三州出身の三径益和尚です。本堂に掲げられている御詠歌の板額は享保17年(1732)に奉納されたもので当時をしのぶ貴重なものです。明治初年頃、臨済宗南禅寺派の所轄となり、明治36年臨済宗方広寺派が設
遠江49薬師霊場巡り、第4番札所宗安寺です。萬松山宗安寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊十一面観音薬師堂△御詠歌萬松の鐘のひびきもみ法ぞと市野薬師はひかりかがやく境内に三重塔が聳え立つ宗安寺は寺伝によると室町時代末期の永禄元年(1558)に創立されたと伝えられています。宗安寺は明治維新まで24か所の末寺がありましたが、現在は10か所となっています。宗安寺は第4番札所の旧少林寺(豊田町)が無住であったため、平成11年に
遠江49薬師霊場巡りの復活です。最初は昨年巡礼時、不在だった第十番札所安正寺です。薬師堂にも行ってみましたが・・・遠江49薬師霊場巡り、第10番札所安正寺です。古真山安正寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊地蔵菩薩薬師堂〇→×御詠歌二世のためたのむ仏は薬師村みちびき給えるりの浄土へ安正寺は平安時代の中頃に大日堂に大日如来が祀られていることから真言宗のお寺として開創されたと伝わります。天正年間(1573~1592)に曹洞宗
今日は大晦日です。今年も、つまらない当ブログにお付き合いいただきまして有難うございました。恒例の漢字一文字を書くとしたら・・・変世の中に変化の兆しが見えてきたと感じる1年でした。政治問題安倍一強、自民党一強の時代から脱却できそうです来年は政界再編(改革)に繋がれば良いのですが・・・経済問題黒田日銀総裁が推し進めてきたゼロ金利政策からの脱却来年は植田現総裁による物価安定への道筋がどうなるのか不正問題複数の大手企業の不正が明るみに出てきました。来年は企業
遠江49薬師霊場巡り、第18番札所二ッ御堂です。東光山観照寺二ッ御堂浜松市宗派臨済宗ご本尊薬師如来南堂御詠歌極楽もるりの浄土もよそならず二ッ御堂へ参る身なれば観照寺山門観照寺本堂二ッ御堂(北堂&南堂)北堂(阿弥陀如来)南堂(薬師如来)観照寺は臨済宗方広寺派のお寺です。浜松市の地図を見ると八幡神社を挟んで、西側と南側に観照寺が記載されています。そして、南側の観照寺の位置に国道を挟んで二ッ御堂がありま
遠江49薬師霊場巡り、第17番札所広隣寺です。大徳山広隣寺浜松市宗派臨済宗ご本尊釈迦牟尼仏薬師堂△御詠歌万代に福寿さかゆるしるしには松のみどりの若林村広隣寺は明応4年(1495)秋陽禅月大和尚によって開山されたと伝えられています。お薬師さまは以前観音堂に祀られていましたが、現在は本堂左側に安置されています。このお薬師さまは若林の萬福寺に祀られていたものですが、廃仏毀釈で廃寺となった萬福寺と耕田庵が広隣寺に合併した時に移され
遠江49薬師霊場巡り、第16番札所富春院です。長松山富春院浜松市宗派臨済宗ご本尊延命地蔵薬師堂〇御詠歌松風や音は御法のひびきにて小沢の水はるりの海かな富春院は弘治元年(1555)に開創され、明治の中頃に東江院、泰龍寺の3寺が合併し現在に至っています。富春寺の本堂には多くの仏像が祀られています。本堂中央に本尊延命地蔵菩薩像が手前に釈迦苦行像と四天王、さらに二体の頭仏像が安置されています。本堂右奥に入ると薬師如来座像な
遠江49薬師霊場巡り、第15番札所地蔵院です。護法山地蔵院浜松市宗派臨済宗ご本尊延命地蔵半増堂△御詠歌神通や御法の枝に咲く花はいつもさかゆるせいようの春地蔵院は明徳元年(1390)に開創され、開山は元道円蜜和尚です。本尊延命地蔵菩薩のお腹には徳川家康の正室築山御前が守り本尊として肌身離さず大切に持っていた地蔵尊が腹籠りとなって安置されています。半増堂に半増坊や弘法大師とともに祀られているお薬師さまは昔、米津の漁師の網にか
遠江49薬師霊場巡り、第14番札所成金寺です。寶林山成金寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂△御詠歌東漸の御法流布せるしるしにはちとせのみどりしげる霊松成金寺は寺伝によると可睡斎二十四世貴外霊育大和尚によって開山草創され、開山法地は寛政元年(1789)に示寂された可睡斎三十三世道山守堅大和尚とされています。天台宗のお寺から曹洞宗に改宗されています。縁起の良い成金寺(じょうきんじ)の寺名は当寺に葬られている戦国時
遠江49薬師霊場巡り、第13番札所神宮寺です。三島山神宮寺浜松市宗派曹洞宗ご本尊阿弥陀如来薬師堂〇御詠歌あしの葉のしげる三島に跡たれて御法涼しき神宮の森舘山寺温泉に行く途中、遠江49薬師霊場巡り再開です。最初に立ち寄ったのは13番札所神宮寺です。三島山の山号は伊豆の三島から移り住んだ神官の土屋筑前守が前住地のように神社(浜松神社)の裏にお寺を立てたことから始まります。文明18年(1486)開山されました。神宮寺の薬
遠江49薬師霊場巡り、第12番札所頭陀寺です。青林山頭陀寺浜松市宗派真言宗ご本尊薬師如来薬師堂×御詠歌金色の光うつろうるりの地は草木も青木林なりけり頭陀寺縁起西暦六八〇年の頃、遠州灘で一人の漁師が、網にかかった瑠璃石の薬師像を丁寧にお祀り供養したところ、豊漁が続くようになり、妻の病気は全快し、家も大いに盛えました。大宝三年(七〇三)、文武天皇の正夢に薬師如来が現れ、「我は遠江国におり、我を奉安、祈念すれば
遠江49薬師霊場巡り、第11番札所龍谷寺です。瑠璃山龍谷寺浜松市宗派曹洞宗本尊虚空蔵菩薩薬師堂〇御詠歌法の雨飯田にそそぐ竜の谷るりの色なる雲のたなびき9番札所松雲寺及び10番札所安正寺では住職さん不在だったので御朱印は戴けませんでした。(後日ご紹介予定)浜松市飯田町にある11番札所龍谷寺は、1180年平安時代後期に真言宗のお寺として創建されたと言われ、天正8年(1580年)、現在の浜松市南区飯田町の稲
遠江四十九薬師霊場巡り、第8番松林寺です鶴翁山松林寺浜松市宗派臨済宗本尊地蔵菩薩薬師堂〇御詠歌たのもしや千とせを松のはやし寺行くすえながくいのる身なれば全国旅行割で舘山寺温泉に行く途中、遠江49薬師霊場巡りをしました。袋井・磐田地区は既に完了しているので、天竜川を渡った浜松市中野町にある松林寺からの再開です。薬師如来を祀る薬師堂は、徳川家光の命で建立された。代々の将軍自ら信仰し、御朱印を授け遠
遠江四十九薬師霊場巡拝も袋井市、磐田市が完了したので浜松市を残し中締めとします。不在だった5寺院の御朱印を押して戴きに油山寺に行ってきました。第1番札所参慶山国分寺第六番札所土石山林昌寺第三十二番札所城谷山蓮台寺第三十四番札所医王山建福寺第四十七番札所招宝山東昌寺前回訪れなかった第三十八番札所医王山油山寺の薬師如来が安置されている本堂にも行ってきました。掛川城から移された山門を抜け本堂目指して沢沿いの道を進みます
今日よりは我も徒卒の数ならん四十九院を巡る身なれば遠江四十九薬師霊場第一番国分寺国分寺は薬師堂だけを残し無住です。大伽藍のあった跡は特別史跡に指定され公園になっています。天平13年(741)聖武天皇の勅願によって日本全国に64か所建立されました。静岡県内では遠江、駿河、伊豆に建立されています。宗派真言宗本尊薬師如来御詠歌国を分けしるしに植えしさかい松木かげ涼しき瑠璃の浄土やこれで遠江49薬師
遠江49薬師霊場巡り、第47番招寶山東昌寺です御朱印は油山寺で戴きました招宝山東昌寺磐田市宗派曹洞宗本尊薬師如来御詠歌うろくずも誓いもらさぬこの里はるりの浄土にうかぶ貝塚カーナビの案内に沿って東昌寺に行くと今にもぶつかりそうな狭い路地を案内される。それだけこのお寺には歴史があるということだろう・・・本尊の薬師如来像は本堂に安置され、遠江四十九薬師の巡礼が始まった江戸中期の享保17年に奉納された御詠歌の板
遠江49薬師霊場巡り、第49番大梅山慈恩寺です大梅山慈恩寺磐田市宗派臨済宗本尊観世音菩薩御詠歌ふし拝む四十九番のるりこうじ二世安楽と祈りおさむる慈恩寺の開創は応永年間(1394~428)と伝えられる。塔頭だった瑠璃光寺の廃寺に伴い本尊は慈恩寺に移された。合祀本尊として多門寺の毘沙門天、瑠璃光寺の薬師如来が慈恩寺本尊の聖観世音菩薩とともに本堂に祀られている。応永29年(1422)に建立された瑠璃光