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前回の続きです・・・・・掛川市の前方後円墳を見学した後は掛川城にやって来ました。🏯大井川の西部に位置する、昔で言えば遠江(とうとうみ)と呼ばれるエリア。戦国時代は軍事拠点で今川、武田、そして徳川が対峙しています。現在に続く掛川城を整備したのは小田原攻めの後に入城した山内一豊です。一豊がこの地を治める前は長らく今川氏の領地でしたが、今川滅亡後は家康が配下の石川氏に城を守らせていました。そして小田原攻めで北条が滅亡した後秀吉の命を受けた一豊は城郭を整備し
本当は、金谷宿で終わろうかと思ったんですけど、次の島田宿まで約5キロで、まだちょっと時間が早いし、2時間くらいで歩けるかな~と思って、予定変更で島田宿まで歩いて行きました大井川鉄道の踏切を渡って真っすぐ進みますすると、金谷宿川越し場跡がありますいよいよここから、大井川を越えて行きます昔は、ここからこんな感じで↓川越人足が、蓮台という梯子のような乗り物を担いだり、肩車をして、川を越えて行ったそうです料金は、最も水位が浅い場合で、川越人足1人雇うの
遠江とおとうみまたの名を遠州えんしゅう静岡県西部の旧国名です。とおとうみという音がはるかかなたまで青々と広がる湖を思わせますまずは新幹線や電車で次女の最寄り駅まで行き車で拾ってもらう目指すは井伊谷いいのやにある龍潭寺りょうたんじ。お寺の駐車場で長女と合流。早速境内へ。山合いにあってひっそりとしたたたずまいです。山合いとはいえ、4、5キロ行くと浜名湖が広がっているのですが。井伊谷は2
11月8日(土)、横浜から、JR京浜東北線・横浜線の快速列車で、新横浜へ出て、定刻の9時45分より6分延発の東海道新幹線東京発名古屋行「こだま713号」に乗車。定刻の10時47分より1分延着迄回復した静岡で下車し、11時00分発のしずてつジャストラインバス特急静岡相良線新静岡発相良営業所行に初乗車。定刻より9分遅れの12時17分着の相良本通で下車し、近隣の和ダイニングで、地産地消牧之原勝負メシ「はみ出る!タチウオ天丼と自然薯とろろ茶そば」の昼食。さて今回の目的は、江戸時代中期に
新居町の荘境石を見つけた件でブログを書きたいのだが、前振りがあれこれと必要だと分かってきた。先ずは遠州地方の荘園・御厨について知った事を順に書いていく。その次に四至牓示/傍示/立券について触れたい。で、それらを踏まえて新居町の「荘境石」の記事に繋げてゆきたい。本日はザックリと書いていく。(1)新居の荘境石今年5月に命山「今切の丘」がどんなものに仕上がったのかチェックしに行った。その近くで見つけたのがこの石碑だ。荘園と言えば1000年くらいは昔のモノ。それが残っているのにビックリしたと同時に
〇遠江の隠れた古城勝間田城は静岡県牧之原市の内陸部…どちらかというと東海道新幹線や静岡空港から近い位置にあります。そしてこの城、間違いなく遠江の隠れおススメの名城であります。・戦国期前半期の国衆の城であること・非常に整備されており、今も遺構が豊富に残されていること遠江はそれこそ戦国後期の武田VS徳川期に築かれた(もしくは改修された)城が多いですが、その中にあって、それ以前の築城された城の面影を色濃く残しているのが特徴。一度でいいから訪れてみることをお勧めします。ただ、ここ公共交
〇時間短縮の悪手で失った時間武田家は信玄以来の西進策で駿河→遠江→三河→美濃と織田・徳川領の多くの地域を制圧していき、そこに武田流築城術の粋を集めた名城を築城・改修してきました。しかし、長篠の敗戦以降これらの諸城の多くは失陥していきます。そんな武田家にとって遠江最後の砦となったのが静岡県榛原郡吉田町にある小山城。ここは武田にとっての重要な地域となる駿河へは国境河川となる大井川が間近となるまさに遠江最後の武田城郭です。ここもまた牧之原台地の南東端に位置し、大井川の渡河点と海岸沿いの街
滝堺城は遠江においては貴重な100%武田の城です。築いたのが武田家ならば、その城の役割も武田家の戦略目的のため、そして武田の遠江支配が終焉するとその役割も失われ、以降使用されることもありませんでした。遠江まで勢力を拡大させた武田家はこの遠州灘の海岸に位置する高天神城攻略の為に拠点を構築します。まずは駿河との国境に近い小山城を改修、さらに前進拠点として築いたのが滝堺城です。その狙いは遠江南部の要衝にして武田の死命を決することになる高天神城攻略のためでした。元亀二年(1571)遠江侵攻の
さてここまでは遠江の城郭は全て戦国期の城郭でしたが、今回紹介する城跡は(戦国時代にも存在した城ですが)近世城郭。そして一人の「城主」の存在がクローズアップされる城でもあります。今年の大河『べらぼう』でもナベケンが好演した田沼意次相良は長らく譜代の小大名の陣屋しかありませんでしたが、9代将軍徳川家重によって大名に取り立てられた田沼意次がこの相良1万石の大名として出世していきました。10代将軍家治の信任厚く様々な経済政策を行った意次についての評価は未だに定まっていません。一頃の凄まじい汚職政
黒田代官屋敷は静岡県菊川市にある江戸時代の代官屋敷です。代官といってもその名の通りここの代官屋敷の主は黒田氏といい、戦国時代まで国衆として今川家臣だった家であり、いわば戦国以来の領主が代官として統治し続け、近代にあっても元々の地元の自治体であった小笠町(菊川市と市町村合併)の町長も務めたという名家。その屋敷は現在も国指定重要文化財となっており、現在もその屋敷が史跡として見学できる施設となっています。江戸後期に築かれた長屋門及び主屋、米蔵や土蔵倉庫などが良好に保存されており、駐車場と資
天方城は遠江北東部に位置する山城です。現在の自治体名に直すと静岡県周智郡森町であり、ここ自体もかなりの奥地にあります。城跡まで公共交通機関でのアクセスとなると天竜浜名湖鉄道で天竜二俣駅から掛川方面へ行き、戸錦駅から徒歩50分(解説本より)とあまり現実的ではありません。今となっては戦火の場所と想像するのも難しい長閑な場所であり、天方城は元々はここの国衆であった天方氏の居城であったのですが、かつて徳川と武田で激しい遠州争奪戦が繰り広げられた頃にこの城もまた戦火の中で強化改修され、今ではその城
〇井伊谷を一望できる天然展望台さて井伊谷城はかなり古い時代の城…というよりは館のような存在。本格的な戦闘になった場合には井伊家がもう一つ用意していた山城がありました。こちらは標高467mという本格的な山であり、ハイキングくらいの登りが要されます。こちらはまさに堅固な山城。それだけにこっちは時間には要注意。何しろこの日は1日で浜名湖の北から遠州灘沿岸~掛川までのかなりの広範囲をカバーしないといけない。さてどうなるか。三岳城への登り口は麓の三岳神社までが車で来訪できる距離。大体井伊谷地域から
さて今回からは2023年2月の大規模遠征の記録を基に城巡り紀行を始めます。静岡県西部の旧遠江国の地域は戦国期には今川→徳川→武田と東海の諸大名の係争地。その為に数多くの城が築城され、あるいは古くからあった城館をより実戦向けに強化改修して戦国の歴史に名を残す多くの城が生まれました。幸いこの地域は東海道沿いは交通の大動脈ではありますが、それでも多くの城跡の遺構が残されています。今回は浜名湖の北の山々から遠州灘の海沿いに至る広範囲を1日かけて城巡りしていく紀行。当然、鉄道・バス乗り継ぎでは
fishbowl・さくまる。合同リリースイベント開催日時2025年05月30日(金)18:30場所タワーレコード新宿店9F出演fishbowlさくまる。静岡つながりでの合同リリースイベント。仕事の電話対応をしてたら予定より30分くらい出遅れて、でも19時開始にはなんとか間に合うか、と思ってたんだけど実は18時半開始だったことに途中で(御茶ノ水駅で)気づいた。快速に乗り換えて45分に駅到着。もちろん、さくまる。ちゃんが先。スペースは後ろまで人でいっぱいだったけど隙間か
新宿タワレコにてfishbowlとさくまる。合同リリイベさくまる。とは?浜松のご当地アイドルらしい、どういう活動してるんだろーか?遠江と書いてとおとうみと読む、の?曲はテクノポップ的な感じfishbowlはいま絶賛ツアー中、順調に売れてるっぽいまた機会があれば、なんだがなかなか推し決められない病つづく
西光寺2014年にお邪魔しました😌磐田市の西光寺。遠江四十九薬師49番札所になっています😌
松原健之こころの旅投稿日記2025年2月2日遠江国一宮小國神社にて節分祭が行われ今年も浜松市出身の俳優筧利夫さん、同じく宝塚女優の天玲美音さんそして我らの遠州の宝松原健之さんが奉仕者として拝殿で一年の開運祈願を…。そして何よりも忘れてはいけない能登の一日も早い復興を祈願…。ここ遠江国一宮小國神社の創設は555年で今年で創建1470年古代の森と言われる所以(ゆえん)です当日の小國神社の拝殿では奉仕者94人による一年の開運祈願とわっはっはの福笑いを済ませて15時より烏帽子に
たまたま近所で陸軍用地石柱を発見戦中、この辺りは遠江射場だったと聞くのでその痕跡だろうか良いものを発見できた場所はこの辺ですhttps://maps.app.goo.gl/M3aLf9b8LvMCTSH19
ジェット編です2005年前期ver.LEVEL11道場2名鑑3永瀬莉子(タレント)LEVEL24暖衣飽食5平滑筋6遠江(静岡地名)LEVEL37白倉碧空(タレント)8邪慳9端倪FINAL10鞐
こんにちは!みんなのトリガミの時間です。丸数字は、午後1時現在の人気順です。【遠江ステークス】中京第11競走15:30発走ダート1400m16頭◎6⑦シゲルソロソロ鮫島○7⑭エイシンレジューム藤岡▲8⑥ラブコメディ坂井△11④ヘルモーズデムーロ△16①コンクイスタ川田△15②ローズスター団野ワイド15点6-7、8、11
★タンザナイトS★朝日杯FS★阪神C★りんくうS★ベテルギウスS★京都金杯★万葉S★すばるS★淀短距離S★シンザン記念■関西11レースは2枠か8枠★遠江S2枠・8枠?
2025年1月18日遠江S中京ダート1400m3勝クラスの一戦読めませんでした「とおえ」で変換できず(トオイとエで打てばいいだけ…)調べてみると「とおとうみ」滋賀県に住んでいたこともあるし近畿圏の人なら「近江(おうみ)」は読める琵琶湖と浜名湖(諸説あり)で都から近いから遠いからしい漢字とか英語を競馬で覚えることが多いww2025年の遠江Sはヘルモーズダートのマイル以下では馬券圏外に崩れたことなく今回は2ヶ月振りの昇級戦だが枠も程よい中枠引いたしまだダートの短距
潮騒橋を後にしてやって来たのは、今回の放浪の主たる目的地「遠江國一宮小國神社」2025年の初詣になります。さすがに平日にもかかわらず人は多め。徳川家康のお気に入り?らしい?主神はこちら。おみくじをひいてみましょう。なんと「大吉」じぁありませんか!あまり「大吉」を引くことは少ないんだけど今年はイイ事あるかな?
磐田市見付にある、遠江総社淡海國玉神社。遠江総社。すごい響きこの神社にお詣りすれば、遠江の神社すべてにお詣りしたことになるそうです。さすが見付!!奈良時代の遠江の中心!!奈良時代に国のえらい人が遠江に来た時は、まずは総社であるここにお詣りしたというすごい神社!!と一人熱くなっているのは、この前歴史講演会に行ったからです御祭神が大国主命なので、狛犬じゃなくて狛兎です。かわいい手水舎のとこにも、何やらうさぎが。なんだろ。この前来た時より、お供が増えている写真には門松がうつ
衆議院議員の小山展弘さんの本を読みました。小山さん、今川了俊の歴史講演会を開いた人です。地方のフリーペーパーで歴史コラムみたいなの書いてるので、時々読んでます。そして、母がこの本を買ったので冬休みに借りて読みました。興味深かったのは、神社仏閣について書かれた章での二之宮。遠江国(今の遠州地方。静岡県西部)の一宮は、森町の小国神社。二之宮は、磐田の鹿苑神社とのこと。さらに、この鹿苑神社の奥宮が春野町にあるらしい。奥宮というか、そもそも春野町にあった神社を磐田に動かしたみたいです。
先日、磐田市で、佐藤典子先生監修の「遠江・舞・語り」が上演され私も行ってきました。佐藤典子先生を囲んで出演者、関係者の皆さまと。遠州の七不思議として語り継がれる民話、そして、遠江の国府であった磐田市には古くから伝わる歴史の物語があります。そうした歴史がはぐくむ文化の証を先人からの大切な贈り物ととらえ舞あり、語りあり、講演あり、、、多彩な趣向で楽しませてもらいました。佐藤典子先生がおっしゃる「思いを馳せればその時を生きた人々の息づかいが蘇ってくる」という言葉。心は時を越え
この前の歴史講演会でもらってきたパンフレットたち。行きたいなー
最終決戦の遠江で、徳川軍を攻める。天下は目前だ。これに勝てば…。勝った…。まだある💦…ちょっと、予想していたけど。今度は美濃の斉藤が独立…。何だよ、これ?💦すぐに独立していく。島津はもう72才…。寿命がすぐそこに。とりあえず、ここでセーブしておこう。次の季節…。ほら、命脈が尽きた💧あふねぇ。60才を過ぎて「そろそろワシも…」というコメントが流れたら、“老衰フラグ”みたいだ。だが、ここで諦めるはずがない。なりふり構わずセーブデータから再開。徳川撃破直後からだ。
武田軍との“天下分け目”の合戦。勝った!💫天下統一だ!遂に、日本全土を制したぞ!…ん?統一してねぇ💧💧💧武田の本拠地(甲斐)を落としたら、全武田領が獲られのでは?何故、大名が残っている?独立?どうなったの、これ?甲斐の武田の代わりに、美濃の斉藤が旧武田領(美濃、三河、駿河)を引き継いでいる?仕方なく、美濃の南の尾張に島津全軍を移動。改めて、斉藤(美濃)攻めだ!道三ではないのか?なら、勝てる今度こそ、天下統一だ!ここまで来たら余裕🎵兵力が違うんだよ。斉藤勢を押し切
磐田市歴史講演会に行ってきましたまずは、教育長の挨拶。雰囲気を出すために陣羽織を着せてもらっているので、緊張しちゃう。と言っていたのが、なんだか可愛らしかったです教育長の挨拶が終わり、いよいよ歴史講演会スタートはじめは、静岡大学名誉教授の小和田哲男先生です。徳川家康と磐田ー中泉御殿を中心にー関ヶ原の戦いより前の時代の徳川家康と、磐田の関係についてお話を聞きました。静岡西部というと、今は浜松市のほうが有名でにぎやかな気がします。政令指定都市だし、新幹線も停まるしねでも、奈良時代