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いつも社会科見学に行く3人のうち、ひとりが足の手術をしたため1月はお休みし、2月が今年初の社会科見学となりました日本橋高島屋見学は崎陽軒のシウマイ工場くらい予約が取りにくく3回目でやっと取れました10時55分集合15人のグループで、男性が5人年代は似たりよったりということは、わたしたちより年下が大半先ず外に出て道路の反対側からの説明裏側にまわります22年間で4回、増築されてるそうですガラスブロックになってるところが増築のつなぎめ外壁には彫刻がはめこまれてますへ
2025年暮れの12月27日(土)と28日(日)にかけて、千人同心街道歩きの第三回として、前回ゴールの高坂から東行田の区間を歩いた徒歩旅の記録、その2です。歩いたルートは↓の地図の通り、歩いた距離は初日5km前後、二日目17kmくらいで、寄り道も併せてトータルで23~24㎞くらいでしょう。その1では、都幾川の南手前側の水路に架かっていた石橋をしげしげと眺めた後、新東松山橋で都幾川を渡り、次の目的地、将軍塚古墳を見つけたところまでをご紹介しました(↓再掲)。まだ将軍塚古墳までは
滋賀県甲賀市を訪れた続きです甲賀市(B001)のマンホールカード配布場所甲賀市ひと・まち街道交流館、マンホールカードの蓋を見に行きましょう先ほど歩いてきた旧東海道を、戻っていきますまっすぐ東方向に歩いていくと近江鉄道の踏切その先に架かる小さな橋が「石橋」駅名の名前の由来で、東海道に架かる歴史のある橋らしい橋を渡ると、道が三筋に分かれる場所真ん中の道が旧東海道ここに「曳山」を模したからくり時計がありますすぐ
「送水口などなど街歩き」の「などなど」部分です。ちょっと凝ったアーケードのメインゲート恐竜もいます。翼竜か。「とうふ」の下の字、変体仮名かと思っていたのですが処の旧字「處」の草書のようです。これも草書かな。佐々奈美。読めませんね。日本ピクトさん学会の会長で都市鑑賞の達人、内海慶一氏の案内で街歩きの第二部へ。案内していただかなければ絶対に見つからないようなビル内の物件。メールシュート。おまけに、過去に見たメールシュートを載せておきます。東京の3件。大手町ビル日比谷市政会館の金ピ
千葉県佐倉市を訪れた続きです鹿島川に架かる鹿島橋を渡って、そのまま、国道を歩いていきましたやや北寄りの東方向にまっすぐです左側に、お地蔵様近くには、「市営菖蒲園跡」の石碑昭和33年(1958)から昭和50年(1975)まであった菖蒲園で多くの市民に親しまれたそうです現在は、城址公園内に菖蒲田があり「菖蒲」は佐倉市の花になっています右に大きくカーブです信号交差点が見えてきました歴史博物館交差点で、国立歴史民俗博物館の出入口
日本橋の北詰西側には『元標の広場』というのがあります。で、、、、その『元標の広場』には、、、、、かつての、、、、、1️⃣街灯型の東京市道路元標と↘️ともに、2️⃣台座にはめ込まれた『日本国道路元標の複製』が↘️あります。(文字(揮毫)は当時の、佐藤栄作首相によるものです)3️⃣昭和47年、都電廃止後の日本橋改修の際、橋上にあった『東京市道路元標』を北西の袂に移設すると同時に、、、路上には『日本国道路元標』が埋め込まれました。4️⃣本物は、
広島市安芸区畑賀(はたか)の畑賀小学校南東角に設置されている「畑賀村道路元標」です。現在、畑賀小学校の南東角に設置されています。この元標は、高さ≒80cm、幅≒25cmの石柱です。明治期に畑賀村の道路の中心として村役場前に設置されたものでしょうが設置の詳細は不明だそうです。<・・2008年別冊に編集していましたが、今回いまのHP「広島ぶらり散歩」に移した頁です。(裕編集の)畑賀村道路元標7y32畑賀村道路元標masuda901.web.
兵庫県たつの市を訪れた続きです龍野うすくち醤油らーめん“桃栗さんねん柿はちねん”また、食べに行きたいですね店のすぐ先には、大きな橋が架かっていました龍野橋です下を流れる川は、揖保川、兵庫県の南西部を流れる一級水系の本流で、たつの市内を北から南へ流れていますこの大きな建物は、“うどんスープ”でも有名なヒガシマル醤油第一工場、たつの市を代表する風景のひとつです橋を渡った先に信号交差点が見えてきました交差点の角付近に注
地場産品埼玉県熊谷市の北部に位置する妻沼(めぬま)地区の大和芋(山芋)は、知る人ぞ知る「ブランド野菜」だという事を皆さんはご存知でしたでしょうか?利根川流域の肥沃な大地で育まれており、まろやかでコクがあり粘りが強いのが特徴です。大和芋は乾燥に弱く、肥沃な土壌と特定の気候条件のもとでしか育たないのだそうですよ!今回は国道407号線沿いにある「道の駅めぬま」で、この地場産品である大和芋を繋ぎに使った「やまいもサブレ」というお菓子を見つけたので、思わず衝動買いしちゃいました♪
茨城県土浦市を訪れましたJR常磐線土浦駅を下車します乗ってきた列車は、この駅終着の普通列車E531系5両編成でした土浦駅は、茨城県土浦市有明町土浦市の中心駅です西口に出てきましたここに設置されている蓋に注目してみましょう土浦市が登場するアニメ「機動警察パトレイバー」デザインの蓋の一つで警視庁特殊車輌二課“後藤喜一隊長”と背景に土浦駅西口の風景が描かれています西口の向かい側の建物は土浦市役所が入っているURALA
あまり需要がないかもと思いますが(それはいつものことか)、パリ市内を徘徊した記録です。CDG空港からのバスを降りたオペラ座からモンパルナス駅近くのホテルへ向かう途中に見たオーステルリッツ記念柱なんか浮いてると思ったらパリ五輪の聖火台なのですね。ほとんど見てなかったのでこんな形の聖火台だったという記憶がありません。何の建物か分かりませんが屋根のカーブが素敵。教会の建築様式とかの知識が無さ過ぎて何もコメントできません。街並みの建物群についても同じですがため息は出ますね。ホテルに荷物を
・日本橋(橋梁):中央区日本橋一丁目~日本橋室町一丁目日本橋川に架かる橋(国指定重要文化財(建造物)・日本国道路元標について:「日本橋(橋梁)は、1603年に初めて架けられ、翌年には五街道(東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道)の起点と定められる。明治9年、この橋の中央が国道の起点と定められ、今も日本橋(橋梁)の中央に「日本国道路元標」の銅版が埋め込まれており、国道一号線など主要国道7路線の起点標にもなっている。(橋の北西詰の「元標の広場」にあるのは複製)・現在の橋は、明治44年
いよいよ最終日です。昨日は石碑三昧でしたが今日はどうでしょうか?あいにくの小雨です。今回はまもなく出発するスペイン巡礼の予行演習を兼ねた4日間の歩きでしたのでこういう日もあっていいでしょう。カメラこそ置いてきたもののリュックは本番と同じものを背負い無駄にいろいろ詰め込んできました。採れたて新鮮明治天皇金澤行在所址と諏訪郡金澤村道路元標道路元標に郡名まで書いてあるのは珍しいかも?青面金剛の庚申塔は久しぶりかな。三猿もくっきり。そして左の悲しそうな像。なんだか即身仏のようなミイラ感
東京都心から秩父地方へ行くルートと言えば、池袋駅から秩父市の中心市街地に位置する「西武秩父」駅まで直行特急電車が運行されている西武線を先ず想起する人が多いですが・・・JR武蔵野線を巧く絡ませることが可能な地域に住む人にとっては、北朝霞駅で東武東上線「朝霞台」駅・「寄居」駅経由で秩父鉄道へ乗り換えたほうが、実は料金が安く済むみたいですよ!窓口で発券そんな訳で今回は、以下の特徴を持つ「東武鉄道×秩父鉄道SAITAMAプラチナルート乗車券」というフリー切符を朝霞台駅の自動券売機で探す
ちょうど一年前、昨年のお盆休みに歩き始めた『北国街道』ウォークの4日目。今年に入りすっかり北国街道から遠ざかっていましたが、お盆休みの初日、日帰りで久々に信州へ足を延ばしました。東京から北陸新幹線・敦賀行「かがやき501号」に乗り長野駅午前7時半到着。気温23℃涼しい空気の中、西光寺かるかや山に健脚祈願、そして善光寺へ。善光寺宿本陣跡の藤屋、その隣に唐辛子で有名な八幡屋、店舗裏手には・・・(↑)その先の善光寺の信号には「長野市道路元標」。ちょっとだけ善光寺を参拝
「お遍路」と言えば四国が有名ですけど・・・東京近郊にも文暦元年(1234年)3月18日に開創された「秩父札所34観音霊場」があり、札所1番から札所34番まで一巡約100kmの自然豊かな巡礼道が最近知られるようになりました!※西国三十三所、坂東三十三観音と共に日本百観音の札所にもなっているとの事しかしながら、34か所のうち1つのお寺だけ「御朱印を貰いに行ったら怒られた」というGoogleレビューで悪評価が目立っていて、秩父札所連合会の公式HPでも注意喚起されている状況・・・27
今回も2時間ほどのプチ散歩です。一般的にWaTashiBakayoneの略とされるWTB蓋が踏切付近にありました。時々こんな土蔵のような古い建物がありますね。東京ではおなじみのK蓋。警視庁のKとも警察のKともいわれます。別バージョンのWTB。そういえば主流のワタシバカヨネ説以外にはWaterTernminalBox(水道電気防食)説もあります。線路わきのように電流が地下を流れることで水道管が電気腐蝕しないような電気的対策装置が埋まっているという都市伝説です。電気つながりで
にゃおすけさんのブログの劣化コピーを続けます。整った常夜燈岩出渡場跡街道風情があります。鉄塔の背比べ僧兵が警備中の岩出町道路元標和歌山縣良き路地。「車は急に止れない有田屋百貨店」変則送り仮名と貨の異体字大和街道踏切「特殊な設備がしてありますから」どんな設備がしてあるのだろう。設備をする?「す早くお渡り下さい」漢字の使い方が珍しい。「素早くお渡りください」立派な石塀と凝ったコンクリ塀遍路シールのような⇐シール右こか王わ)へ二り半いせかうや道文
2014年10月18日、夜の時間帯に日本橋に行きました。橋の左右には、横浜、大阪、千葉、仙台など、主要地点の距離が刻まれていました。そして、日本の国道の道路元標も橋の上とは別にもう1つあり、歩道からも見ることができます。日本橋は日本の道路の起点でもあります。おわり。
朝一番にお接待でコーヒーバッグをいただきました。ご自身の休憩用に用意されていたものをいただいたのかなとも思います。ありがたく頂戴しました。おそらくこれが最後のお接待でしょうね。うれしい。バスで戻ってきた白鳥神社に戻ってきてスタート。電話寄附昭和七年旧白鳥郵便局。こちらも良き建物(貧語彙)赤鳥居。門前町もここまで白鳥神社の領地だったそうです。ナショナル電池の廃自販機500円硬貨使用できます。読めません。一番下は「道」でしょうか?もしかして右白登利道?(登利は変体仮名)ダイ
日本橋は国道の起点。そこで、日本橋の道路中央には「日本国道路元標」の銅版が埋め込まれています。ただ、これは車の往来が危なくて撮影できません。しかし、橋の脇には「日本国道路元標」のレプリカがあります。レプリカと言っても、材料までまったく同じものだそうです。揮毫は当時の総理大臣でノーベル平和賞も受賞した佐藤栄作。なお、日本橋の橋名は、徳川第15代将軍慶喜公の揮毫によるものとのこと。揮毫というのは、文字を書いた、ということですね。また、いろいろな都市への距離も示されており、その単位は「粁」。キロ
タカシのファンクラブ|「Solars.」BULLETTRAIN10thAnniversaryTour2022「Progress」の開催を記念して、SDR公式アプリ「+KIRARI」にメンバーソロファンクラブとして、超特急のメンバーのアカウント開設が決定!メンバー主導型でのソロファンクラブとなりますので、超特急オフィシャルファンクラブ…fanicon.net
鹽竈神社遍路石ですがお大師さんに花が供えてありました。「外務大臣中曽根弘文」ってどんな人だったかなと手前の新しい石に気を取られていましたが、奥の小屋に何か書いてあることに気付きました。真念さんのことが書いてあるようです。黄色い地図ではこのあたり(鹽竈神社の南東)に真念旧墓とありますが前の記事書いたようにお墓があったのは鹽竈神社よりも手前(北西)にあったのでこれは間違いでしょう。ちょっと調べてみたら昔の記事にここの説明がありました。あの小屋のようなものは休憩所だったのですね。そして真念さんが
あえてを入れて撮影駐車場じゃないんだけれどこういう身勝手な人が多いように思ういかの駅、やっと時短営業が終わり夕方17時まで営業けれどレストランは未だ休業中結局ゴールデンウィークに間に合わなかったみたい奥能登散歩次は上戸駅穴水、金沢方面珠洲、蛸島方面幽体離脱芸術祭オブジェ夜になったら発光塗料で光ります成仏せず、駅舎は今もしっかり駅前広場は・・・防火水槽が少し浮き上がってました人ごみが見えたので立ち
屋島遍路みち案内ケーブルカーが描かれていますが運行を停止しています。翌日、登山口の駅に行ってみたのでそちらの記事に写真をアップする予定です。鳥ばかりではアレなのでたまには蝶を。ジャコウアゲハ?「香」マークと制水弁。香川県営水道の文字がカッコいい。☞八栗寺茂兵衛さんの道標の背の低いバージョン。壹百四十三度目。須崎寺せめて案内板をちゃんと読んでおけばよかったのですが、この写真だけ撮って境内には入らずに通り過ぎてしまいました。石材屋さんのサンプルに埋もれた遍路石。☞右やくり道☜亥
潟元駅から出発です。サルサルサル植木鉢に水やり中の人間のお爺さんから元気な挨拶「あ〜おはようございます。気ぃつけて登ってよ」ありがとうございます!この「左」とある道標を見て写真奥の道を右へ進んでしまいました。おかしいと思って戻ってきました。実際はこの四国のみちの道標のある道を左でした。急登↗21%!猪が出ます。鉢にも注意車は通ってはだめ!というか無理でしょ。奥のほうにあるお地蔵さんも道標。道が少しずれたのかな?加持水ちょっとぼけてしまいましたが「東宮殿下御
茨城県土浦市を訪れた続きですJR常磐線土浦駅西口、市役所庁舎、URALAの北側の道を西方向に歩いていきましょう右側は、店舗が軒を連ねる場所ですうなぎ屋さんの前に設置されている蓋に注目してみましょうマンホールカードの蓋です土浦市が登場するアニメ「機動警察パトレイバー」デザインの蓋の一つで「シャフト・エンタープライズ・ジャパン」企画7課内海と黒崎、背景に、霞ケ浦の観光帆引き船が描かれていますその先の信号交差点から国道12
"前回の続き"です『それにしても・・・』この道路は国道155号線ですが通行する車は極めて少なくて歩きやすいのです少し余談になりますが知多半島の南部に向かうほとんどの方は"西知多産業道路"を利用されると思います"西知多産業道路"の開通当時交通事故が絶えなかった事もあってか"女性の〇〇が出る"と噂になっていました先に進みます"小根"の交差点には"八幡町道路元標"があります八幡町ですが所変われば呼び方も変わるここの場合は"やわた"と読みますさ
みなさん、こんにちわ。GW連休祭りの最終日、6日の休日の日記ですよ。さて。前日に京都市から新潟市までR8トレースしたワタシ。新潟市内のホテルに宿泊しましたよ。んで、この日の朝。前日に撮影会を開催できなかったR8トレースのゴールである本町交差点の撮影会を開催することにしました。つーわけで、ホテルからてくてく歩いて本町交差点に到着。R8を走ってきた方から本町交差点を撮影。もちろん、コチラ側のキロポストと共に、反対車線のキロポストが入るしぷらっと本町商店街のアー
栃木県鹿沼市を訪れた続きです鹿沼市睦町にある旧帝国繊維西工場石蔵、現在は、アフタヌーンティー専門のカフェとなっているようで完全予約制だそうです鹿沼市文化活動交流館は、多目的創作工房、ギャラリーがあり芸術文化作品の発表や鑑賞の場となっています中に入ってみましょう入館無料の郷土資料展示室もありました展示室に入ると鹿沼彫刻屋台が展示ガラス越しでないのでとても見やすくいいですねー下材木町と麻苧町の2台の屋台を見るこ