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血曼荼羅を観にトーハクの平成館へ高野山の坊さんからご祈祷を受けることができる企画や、世界文化遺産登録などで、盛り上がっていた当時、ガラケー用の蒔絵シールのグッズが懐かしい。運慶、快慶という仏師の作った仏像が好きで仏像を観覧するようにしていました。(血曼荼羅への注意書に人間の頭蓋骨に血を注ぎ描いたものではないと当然書いてあります。お猿さんの頭蓋骨で、、塗料の種類はちょっと覚えてないけど、その赤い色の塗料の中から何らかの成分が出たのか、、、見上げるほど大きな曼荼羅を眺めて、ごちゃごちゃと考えた記
HP/コンセプト/プロフィールSHOP/スピリチュアルメッセージこんにちは、VanillaSky・スピリチュアルコンサルティングサロンの昌美です。Literallylife記録大変楽しみにしていた、トーハクの空海展へ。なんと、なんと、なんと、46年間お世話になり続けている故郷のお寺の観音様が展示されていてびっくり。まさか上野でばったりお会いするなんて。嬉しい。こんなに間近でじっくり拝見できる機会はなかなかないので、失礼なくらい眺めさせていただきました。
同じ事何回も間違える何でなんだろう😕😕康尚と康勝。康尚(こうじょう)平安時代中期。定朝の父康勝(こうしょう)鎌倉時代初期。運慶の息子。⚫︎康尚は藤原道長に仕えた先祖。貴族のために働く。定朝を生んだ日本仏師全ての祖!!⚫︎康勝は鎌倉時代の天才仏師運慶の息子、四男。代表的な作品は。。康尚作唯一の作品同聚院の不動明王坐像すごい大きな不動明王さん。藤原道長ゆかりです。他にも広隆寺、千手観音菩薩遍照院、十一面観音菩薩康勝といえば今私が朝活している東寺御影堂の
17持国天像興福寺中金堂所在の四天王像をベースとした像長5センチ程のフィギュアである。古くからある寺院の多くは、その歴史の中で盛衰を繰り返している。それに伴い、仏像も本来祭られていた寺院から、他の寺院に移る場合もあった。また、同じ寺院内でも、本来祭られていた場所から移ることもあったと考えられる。以上のことを踏まえて、この四天王像の本来祭られていた場所を考えると、やはり謎である。現在の興福寺には、北円堂、南円堂、中金堂にそれぞれ四天王像が安置されている。現在、中金
すんごい久しぶりに丸四年間働いてた某所へ伺いました受付のお姉様はぜんぜん変わってなくて相変わらずお綺麗でしたお目当ての国宝、法華経(運慶願経)と安倍晴明五行印由緒書を観れて満足ですー館内は撮影禁止私の勤務していた頃から国宝の展示替えがあるのでまた行きたいですが…在宅介護と仕事の隙間のみが私の自由時間です
HP/コンセプト/プロフィールSHOP/スピリチュアルメッセージこんにちは、VanillaSky・スピリチュアルコンサルティングサロンの昌美です。ポーラプレゼンツバレエザニュークラシック2026想像を超える素晴らしさ、胸が震えて、感動のあまり泣けちゃうくらいだった。ダンサーのそれぞれの個性が美しく圧倒的に技術に裏打ちされた自己表現が眩しく振り付け、衣装、音楽のアレンジ、演出全てがオシャレを極めていて、こんな素晴らしい舞台が国産で見られる日本はまだまだそん
13龍灯鬼・天灯鬼興福寺の天灯鬼像、龍灯鬼像をベースとした像長7センチ程のフィギュアである。運慶の子である康弁が、龍灯鬼像を1215年に造像したとの記録があることから、天灯鬼像も含めて康弁作と云われている。これらの像は、燈明を灯すための灯籠を備えているのが特徴である。静と動の対ではあるが、邪鬼独尊像は大変珍しい。仏像における鬼は、天邪鬼のように仏法の力で抑え込まれているイメージが強い。そんな中で、龍灯鬼像の上目遣いの表情を見ていると、鬼の気持ちも理解してほしいと語
12金剛力士像東大寺南大門の金剛力士像をベースとした像長12センチ程のフィギュアである。東大寺南大門の金剛力士像は木造の8メートルを超える巨像である。普通、金剛力士像は門外に向かって立つが、東大寺のこの像は向かい合って立つ珍しい形式である。その理由は不明である。運慶と快慶が、阿形・吽形をそれぞれ分担して造像したと、長い間考えられていた。そして、阿形・吽形どちらが運慶の作かと云われたものであった。しかし、1980年代に解体修理した際、阿形から快慶、運慶の銘が、吽形か
HP/コンセプト/プロフィールSHOP/スピリチュアルメッセージこんにちは、VanillaSky・スピリチュアルコンサルティングサロンの昌美です。ピアノの発表会おわりました。ほっと一息。今回は、わたしなりに表現したいと思う音を、をちゃんと出したい、をテーマにしたので、エモーショナルな楽曲と、掴みどころのない楽曲対極を選んで見ました。ショパン24のプレリュードから一曲とサティグノシエンヌから一曲人前で弾くのは、恐ろしく緊張するけれど、普段なかなかない機会
晴れ。36度の猛暑日。昨日読み始めた「龍華記」。すごく面白かった。今まで、治承・寿永の乱における南都焼打ちについて、自分は平家の重衡の視点から東大寺や興福寺が燃え上がるのを見ていたと思った。当時、強風に煽られて焼かれた奈良の寺院も民家も大変な被害を受け、貴重な大伽藍は大仏も含めて焼け落ちて、大仏殿の上に避難していた人々(平家物語では千余人としている)は焼死し、犠牲者は三千人以上におよんだ。この本は、平清盛が権勢を誇り、重衡が総大将として南都を焼き打ちするところから、平家の都落ち、滅亡、そ
<東山の御寺、泉涌寺(2)>大門から続く”降り参道”をおりた正面に建つのが「仏殿」、寛文八年(1668年)四代将軍「徳川家綱」によって再建された本堂だ。一見、重層建築のように見えるが、じつは多層にみせる<裳階(もこし)>が付いた一重入母屋造りの本瓦葺きで、大屋根の軒に扇垂木、組物は詰組・花頭窓などの唐様建築(禅宗様式)の建物である。(さっきのアノ広い道にはすっかり騙されたな・・・)白状すると、泉涌寺道をのぼっていく途中で左に伸びる広い道をみつけ、しめしめ
六波羅蜜寺:真言宗・智山派総本山は智積院(京都)江戸時代初めころは天台宗951年空也(空也上人903-972)が創建平安京では疫病が流行村上天皇は空也上人に病魔退散の祈願を命じる空也上人は、自ら刻んだ十一面観音像を牛車に載せ市中を巡って念仏を唱貴族だけの念仏を一般市民に広めた病気平癒を祈願道路、井戸などインフラ整備原点は西光寺:村上天皇の勅願963年に大法要「大萬燈会(だいまんどうえ)」を営弟子の中信上人?-1005が伽藍
⇧金剛力士像(阿像)⇧金剛力士像(吽像)東大寺金剛力士阿吽像奈良東大寺の南大門です。やっぱり見て圧巻なのは、【金剛力士像の阿吽像】ですね!全長8メートルの巨大な阿吽像が来訪者を睨みつけています。運慶、快慶らの作品です。個人の作品では無くて、運慶らの工房で造られました。寄木細工造りで、約3000パーツで出来ています。制作は、69日で作られました。下から見た時に強く見えるように見える様に上が大きく造ら
興福寺北円堂たまたま行った時期に興福寺の北円堂の特別公開をしていました。これは、見るしかないですね!日本に現存する八角円堂のうち、最も美しいと賞賛されるこの堂は、興福寺の創建者藤原不比等の1周忌にあたる養老5年(721)8月に元明・元正天皇が、長屋王に命じて建てさせたものです。興福寺伽藍の中では西隅に位置していますが、ここは平城京を一望の下に見渡すことのできる1等地で、平城京造営の推進者であった不比等の霊を慰める最良の場所
忍辱山圓成寺…『熊』出そうですけど境内も草木がよく茂っててちょっとオーバーかも知れませんが鬱蒼としてますなんか出そうです此処に来る途中『鹿』が畑で草食べてましたし『熊』も在るでしょうそんな『熊』出没の心配をしながら運慶作の『大日如来』をじっくりと鑑賞致しました《大和十三仏第十二番》−大日如来−−境内風景−本堂多宝塔大日如来楼門春日堂・白山堂(国宝)宇賀神本殿(重文)
運慶の流れを汲む、松本明慶工房展に行って来た。精巧で細緻な彫りであった。ただ、魂が入る前の仏という感じがした。しかるべきお堂に供えて、僧が魂入れの儀式をする、そうすれば仏らしくなるに違いない。どうしても仏像とは古いもの、そんな先入観はぬぐえない。今日の一句。あと少し人間でゐる更衣年をとると更衣の間だけでも生きているのかな、そんな気持ちである。朝日俳壇に先月に続いて入選した。でき過ぎだ。このあと、また1年間に1回の入選を目指してーいや、俳句を作
杉本寺奈良時代734年に創建された鎌倉最古の寺。奈良時代の高僧、行基が開山したと言われる。仁王像は、平安時代〜鎌倉時代の仏師、運慶の作。↓表情が力強い!ボディーの筋肉の形もかっこ良い✨(笑)仁王門て、像の周りを金網とかで保護されていることが多いけど、直接眺めることが出来て嬉しい。大蔵弁財天をお参りしてきました。↓金運が上がりますように🙏🙏✨✨池がありました。これも古来から自然にある池なのだろうか?弁天堂隣の福寿庵の庭↓弁天様の女神像が✨↓優美な表情が良いです!苔むした階段
歴史と信仰を感じる観音巡り知善院所在地;滋賀県長浜市元浜町29−10長浜駅;徒歩15分長浜IC;車15分宗派;天台真盛宗本尊;阿弥陀如来長浜六瓢箪めぐり重文;十一面観音坐像観音像は立像が多いが、珍しく坐像。伝;鎌倉時代の運慶の作2026.05.02長浜と言えば、観音巡りと豊臣秀吉。平安時代からの貴重な観音像130体以上が守り継がれている「観音の里」なんです。寺院廃絶後も村の守り本尊として観音像が受け継がれ、歴史的・芸術的価値の高い像が日常の生活に息づい
ジャパントラックショー2026🤗🌈🌟いつもありがとうございます🤗😄🎏🧝いつも感謝です🤗🦀🐮🦞今日も1日良い日でありますように🤗🌈🌟
・京都では時間の空いてるところで、国宝を展示しているミュージアムに行った。折りから龍谷ミュージアムで、「真如堂の名宝展」をやっていた。国宝は法華経(運慶願経)で、訪問時(前期)には巻第二・六の展示があった。・運慶が音頭をとって準備された写経(軸の木材は1180年に焼き討ちされた東大寺の木材が使われたそうだ・・)で、1183年に制作された。・個人蔵との事で、比較的目にしにくい文化財。国宝-書跡典籍|法華経(運慶願経)[真正極楽寺(真如堂)/京都]|WANDER国宝・真如堂
・橋本に一泊。翌日、早朝、高野山へ。霊宝館で「春季企画展」をやっていた。壇上伽藍も散歩・霊宝館には、4点の「国宝」があった。「又続宝簡集巻第61」(金剛峯寺)「中尊寺経大集経巻第25」(金剛峯寺)「紫紙金字金光明最勝王経巻第6」(龍光院)「続宝簡集56(丹生高野両所大明神表白)(金剛峯寺)・宝簡集・続宝簡集・又続宝簡集については、解説を霊宝館のHPに見つけた。「全298巻15冊(又続宝簡集七八巻阿弖河庄上村百姓等言上状)宝簡集・続宝簡集・又続宝簡集は、高野
今朝のランニングはオフ。朝風呂と朝食を堪能して、部屋でのんびり。昨夜の強風と大雨が嘘みたいな好天で青もみじが美しかったです。チェックアウトしてから2時間かけてあたりを散策。修善寺で暗殺された源頼家をお祀りした「指月殿」。チンギスハンになったという伝説を基にした、日本人離れした源義経像。おしゃぶり婆ほか、石仏たち。今はひと気がない山道ですが、かつてはこのあたりもお茶屋や宿があってにぎわっていたそうです。すがすがしい竹林の小径日枝神社ランチは「独鈷そ
初夏の陽気。ちょうどよい季節が短くなってきたように思います。もうTシャツです。長袖ワンピースを着ることがなく夏に乗りそうです。庭のバラがいっせいに咲き始めました。梅花空木も咲いています。みかんの花が咲いてアゲハチョウが舞います。実は、イタリアフランス旅で3キロ太りました。いかに、脂っこいものを食べたか!というか、肉と脂まみれになるしかなかった……ということで、ダイエットをスタート。太りやすく、痩せにくいのは、代謝が落ちた高齢者の特徴です。昨日は、ヨガ教室で、頑張りまし
私は落語が好きで、とりわけ「左甚五郎もの」は大好きな演目である。録音などが残されたものでは、桂三木助師匠、桂歌丸師匠のものは名演だと思う。左甚五郎に「三井の大黒」という噺がある。京都でブラブラしていた左甚五郎のところに「阿波の運慶先生に恵比寿像を彫ってもらったので対の大黒天像の彫刻を依頼したい」と越後屋から使いが訪ねてくる。ただし、仕事を受ける条件として「納期・完成の約束なし」と含ましたうえで依頼を受け、手付金を受け取る。とんでもない契約内容だが、名人ゆえになぜか成立する。
昨日は娘たちに母の日ランチに連れて行ってもらい(別記事で☝🏻)楽しいひと時でしたがよく歩いて疲れたのか😅晩ごはん後睡魔で1時間だけ横になるつもりが9時から夜中2時頃まで爆睡(わかってたけどね😅w)ちょっと起きててすぐ寝るつもりでしたがゴミ収集が気になり💦日の出を待ってゴミ出してから寝ました😆💧トータル8時間寝てるからまっいいでしょ😅💧今日はお昼過ぎから笑福亭生寿(せいじゅ)さんの落語会に行ってきましたウォーキングがてら歩いて会場へ🚶♂️➡️会場は
奈良旅行は猿沢の池から!マダムすみこです😊2月にバスツアーで伺ってから奈良に伺い続けております😊今回、2泊3日で奈良満喫のため奈良旅は一旦フィナーレとなる予定ですが…見落とした重要なものがあり、月内リベンジ決定です今回は名古屋駅から近鉄奈良駅に到着しホテルに荷物を預けて朝10時観光スタートです😊高校生の時古典で習った?猿沢の池懐かしいけど、どんな内容だったかは全く思い出せなくて懐かしいのは『猿沢の池』という名前だけ😅猿沢の池付近は繁華街として大変
前話は『ゴンげんくん』グッズだらけになってしまいましたが、ここは皆様のご寛容を以ってもうしばらくお付き合い下さい。奈良博『吉野・大峯―蔵王権現』展となれば、忘れてはならぬお方がもう一人、否、もう一組おられます。(特別展ショップで販売されている缶入りの洋菓子です)それは役小角と、役小角に夫婦で仕える前鬼後鬼(ぜんきごき)になります。向かって左で鉄斧を持っているのが夫の前鬼で、右側の後鬼は霊水が入った水瓶を持つ形で造られます。修験道の開祖と言われる役小角が何故鬼を使役しているかはいつか書く
友人に誘われて半蔵門ミュージアムに行きました。富士山を描いた絵画の展示。ポスターに描かれている片岡球子氏の絵画は初めて見ましたが、インパクトのある絵でした。運慶作と推定される大日如来坐像(半蔵門ミュージアムサイトより引用)常設展示のガンダーラ美術(半蔵門ミュージアムサイトより引用)も観ました。近くの「エリオロカンダイタリアーノ」を予約してました。11時45分開店でしたが、予約客と未予約客が混在して店の脇に並んでました。前菜のもち麦と小エビのサラダ仕立て、モッツァレラチーズのロール
奈良東大寺大仏殿蘊蓄その再建は芸術の諸分野に、新しい発展をうながしたのでした。1.日本で初めて運慶・快慶そして携わった仏師が、名前をその作に残したのでした。願主ではなく仏像を作った仏師自らが名を記した、現存最古の事例、いわば初めての著作権の主張のクレジット表記となりました。全国の仏師もその作品に名前を入れる事例が見られるようになります。2.寄木造(よせぎづくり)の技法を完成形にしたのでした。運慶・快慶がまずは人の背丈ほどの仁王像を彫り出します。その仏像を分解し