これは要するにこの学問に携わる人々の心がけがよくなかったからと言う外はない。高邁深遠なる運命学を以って、単なる方術、乃至は手段に用い極めて小乗的に考え、その応用方面も比較的低級卑俗に止まっていたのが最大の原因と見るべきで、かの近世の易聖とまで称された新井白蛾すら児戯に類する当て物に熱中していた事などは嘆かわしい次第である。それが、真勢中洲に至って、やや易の高邁さが見られ、高嶋嘉右衛門氏において漸く国家社会の諸問題に易を応用し、いわゆる易学中興の祖と仰がれたのだが、今だに大宇宙の大に帰入し、天地の