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ちょっと愚痴先日勤務先のお店でおばぁちゃまがめまいですってんころりんして後頭部を打ち付けて大きなこぶを作りました。意識はあったので心配なので救急車呼びますねと了解を得て救急車🚑を手配。周りにはたくさんのお客さんがおり起こすの手伝いますとかゆっていただけましたが頭をぶつけているので動かしませんと静止あたまぶつけたから救急車案件と叫ぶ人が1人一緒に様子を見守ってくれた人2人(最初に気がついて声をかけに来てくれた人)起き上がりたいとゆうので座った状態で水分も取っても
宮川、渡会橋から再び伊勢外宮へ戻りました詳細は差し控えますが、初対面の親切な方がわざわざ自家用車で外宮前まで送迎くださって大変感謝です☺️外宮前から古い街並みが残る商人の街、河崎まで歩きました勢田川沿いにあるこの街はかつて水運を利用して発展した問屋街伊勢神宮への参拝客のための物資を運ぶ拠点で「お伊勢さんの台所」だった場所ですその一角にある伊勢うどんの名店「つたや」このお店は以前、伊勢に詳しいブログ友さんから教えてもらったこともあり行ってみたかったお店しかもこの
は~い、こんにちは✋飛田新地の歩き方、管理人ですわ~~👍8月入ったな・・・今年も終わりまでのカウントダウンがスタートしたわ。正直ここ最近は暑さにもやられているが日本全体とても色々あるしな・・・まあ色々あるとは思うけど同志たちもただ見てくれてるってやつも一緒に頑張って行くか✋原点回帰といっとこかな✋この夏飛田新地デビューを控えているであろう同志たちにも飛田新地って実際どんなもん?ってのも知ってもらいつつ楽しんでほしいからな✋飛田新地とは?まず飛田新地い
伏見中書島新地湯さんの前まで来た。中書島のランドマーク的な・・・1931年(昭和6年)創業の、洋館風のレトロな外観が特徴的な歴史ある銭湯中書島遊郭時代にも存在したようだ。新地湯という名前が遊郭を物語っている。。かっこええやん!!中書島はメインストリートの横にはいると砂利道がある。
野毛おでんで珍しくほどほどで切り上げた後に向かったのは、今回の目的であるホッピー仙人へ。この店はテレビ東京のアド街にも登場するなど有名店です。場所は、おでんやから数分歩いた川沿いの2階にあります。ディープな・・としか言いようがない怪しい店が軒を連ねます。近くには遊郭もあり昭和な雰囲気が満載です。階段を上り、狭い通路の先にホッピー仙人がありました。"ホッピー仙人"というからには、気難しいヒゲの爺さんを想像してましたが、実際はやたらとフレンドリーなよく喋るオジサンでした(笑)有名人も
伏見旧遊郭の街から南へ・・・子楽園ってネーミングがなんか不気味。。。あの遊具は何??水路を渡る...三十石船乗り場水路の近くに・・・ここも民泊??寺田屋さんの前まで来た。坂本龍馬の定宿として名高く、お龍の機転で龍馬が難を逃れた襲撃事件や、薩摩藩士の同士討ちなど、「寺田屋事件」の舞台として知られている。10年以上前に見学したとき、武田鉄矢が訪れた写真があったわ。。。武田鉄矢、もうええわ。。。今も現役の旅館であるようだ。素泊まり6500円らしい・・・
伏見旧遊郭の街をウロウロ・・・ええ感じのトタン塀酒は黄桜酒造なんやね。ええ雰囲気・・・ひばりさん乙女さん中書島の旧遊郭の街で渋すぎる中華料理屋さんの前まで来た。絶妙なロケーションやん!!!揚子江さん腹減るわ!!尖った呑み屋さんっぽい・・姉妹さんヴィ―ナスさんタイマ。。。濃厚な街やね。。。
伏見中書島の旧遊郭の街をウロウロ・・・中書島旧遊郭の街でスナックと旅館の法則?の前まで来た。スナックとかラウンジが多い・・・地元の政治家・・・吞み屋街には酒屋さんはマスト。。。旅館がある。。旅館ってここに観光客が泊まるのか???金蛇精は精力剤。。。ここは吞み屋さんが入るビルか・・・ここも!!そしてその奥に旅館。。。精力剤スナック旅館何かの法則。。。ね。工事中は地蔵さんがいない。。。知らんけど・・・・・・・
滝沢英輔監督による日本の文芸映画。出演は三橋達也、新珠三千代、芦川いづみ。<あらすじ>軍隊に入ったことで貧乏を味わった鰐口貫太は、以後金儲けに走り遊郭を経営した。3人の女を雇ったが、やがて問題が噴出してくる。死人まで出るが、それでも彼は金儲けにのめり込んだ。<雑感>なんだか不愉快な作品。ドラマとしては面白いのかもしれないが、金儲けに憑りつかれて遊郭経営、女たちが悲鳴を上げているのに無視、自分も女に手を出し妊娠させるのに一向に改心せず、妊娠している自分の女にまで客を取らせ、しまいに死人
伏見の街歩きです。中書島駅前・・・旧遊郭の街に似つかわしくないビルが建設されている。。。中書島で旧遊郭の雰囲気探してええ感じ建物の前まで来た。この道の雰囲気がええね。ダクトマニアにはたまらない!!ファミマと薬ヒグチのコラボ店・・・夜の街やね・・・ええ感じのラウンジ!!旧遊郭の街の雰囲気あるわ!!!ここも渋いわ!!
伏見中書島界隈をウロウロ・・・吞み屋が多いわ・・・ここも遊郭の雰囲気あるわ・・・ゆうパックの看板か・・・少し道幅が狭いエリアへ・・・ダクトマニアにはたまらない!!旧中書島遊郭の建物をそのまま改装した居酒屋さんの前まで来た。かつての置屋の遺構を色濃く残している。ふじわらさん売春防止法施行後に歌舞の稽古場として使われていた時期の木札が残るなど、中書島遊郭から花街へと辿った歴史を肌で感じられる。飛田新地の百番さんの前にも訪れたが、伏見にもあった・・・
江戸時代の国際都市・長崎に残された全145冊の「犯科帳」を紐解き、殺人や心中、偽銀作りといった当時の犯罪記録から、江戸のリアルな社会情勢を分析した一冊。犯科帳とは何か、長崎の存在と江戸幕府、酒、男と女、喧嘩口論、累犯者たち、社会の中の犯罪者たちの実像を描き出すような犯科帳。その罪とは、長崎特有の外国船とその乗組員を巻き込んだ抜荷である。そして、罪を犯すのは無宿、非人原、遊郭の人々であり、出島と唐人屋敷がその舞台となる。
花魁(おいらん)とは、江戸時代の遊郭、特に吉原遊郭にいた最高位の遊女のことです。単に美しいだけでなく、教養や芸事にも優れ、まるで芸術家のような持て囃された存在でした。(GoogleAIより引用)花魁😸でありんす花魁言葉は彼女たちの出身地の訛りを隠し、上品で艶っぽい雰囲気を出すために使われました。田舎😸田舎県に住んでいる😸おやじは、東京近郊で働いていた時には方言で目立った存在であったり、馬鹿にされる対象であった。花魁言葉は合理的だと考える。以下はその一例です。以下、すべてGoogleA
「鹿児島に、ちょんの間と呼ばれる場所はあるの?」「甲突町には、昔どのような歴史があったの?」このような疑問から、「鹿児島ちょんの間」「甲突町」と検索している方も多いのではないでしょうか。鹿児島市の中心部に位置する甲突町は、かつて遊里として発展した歴史を持つ地域です。明治期には沖之村遊郭として整備され、その後は時代の変化とともに常盤遊郭、戦後の赤線地域へと姿を変えていきました。現在の甲突町は、一般の住宅や事業所が並ぶ静かな街です。昔のような歓楽街ではありませんが、路地の形や古
高知県には、かつて歓楽街として栄えた歴史を今に伝える場所があります。その一つが、高知市旭町周辺にある「玉水新地」です。「高知ちょんの間」や「玉水新地現在」と検索して、この地域が今どうなっているのか気になった方も多いのではないでしょうか。玉水新地は、明治時代に遊郭として認可され、昭和初期には高知を代表する歓楽街の一つとして栄えました。現在はかつての役割を終え、静かな住宅地へと変化しています。ただし、周辺には昔ながらの建物や細い路地、歴史を感じさせる街区が残っており、高知の近代史を
この日は天王寺駅で下車、ここから大阪中心部を歩きました元々、「天王寺」は近くにある「四天王寺」の略称で平安時代に使われていた名称だそうですあべのハルカス300mを超える超高層ビルは建設当時日本一でしたが現在は東京の麻布台ヒルズ森JPビル325mに抜かれています20分ほど歩き、大阪で最もディープなスポットとも言われる飛田新地へ大正時代、昭和初期の飛田遊郭は当時の日本最大級の遊郭と言われた場所戦後はいわゆる赤線として営業を続け、売春防止法成立以降は「ちょんの間
≪新吉原に働く女性たちが、犬猫のように捨てられた!浄閑寺(投込寺)!≫浄閑寺にやって来ました。山号:栄法山院号:清光院宗派:浄土宗本尊:阿弥陀如来別称:投げ込み寺寺には悲しい歴史がある。明暦の大火(1657)の後、新たにできた遊郭、新吉原に働く女性たちが、たたまた近くにあったこの寺に犬猫のように捨てられたのだというのである。住所:東京都荒川区南千住2丁目1-12お坊さん!!投込寺(浄閑寺)たくさんの遊女が、投げ込み同然に葬られた
前回紹介した普賢寺境内の宇賀社・金比羅社のすぐ後ろに建っている、松尾芭蕉の句碑と一字一石塔について記します。▲一字一石塔(中央)と句碑(右)▲芭蕉の句碑正面から撮影していますが、岩の表面が風雨に削られて、文字がほとんど見えません。芭蕉の句碑という前知識があるから、何とかわかりました。「古池や蛙飛こむみずの音」▲句碑(右側面)「寸呂庵一源建」と建立者の名が刻まれています。▲一字一石塔
今回の動画では曽根富美子先生の『親なるもの断崖』について語りました。正直に言うと、楽しい漫画ではありません。読んでいて苦しくなる場面も多いです。しかし、それでも最後まで読まずにはいられない力を持った作品でした。物語の舞台は昭和初期。青森から北海道・室蘭の遊郭へ売られた少女たちの人生が描かれます。梅。松恵。武子。道子。4人それぞれが過酷な運命を背負いながら生きていきます。この作品の凄いところは、単なる悲劇の物語で終わらないことです。遊郭という場所を描きながら、その背景にあ
2308)NHK天城越え今回のドラマで遊女ハナは28歳の設定。ハナが育った環境は極貧。ハナによれば、遊郭は男にとって天国、女にとって地獄。ライト兄弟の初飛行は1903年12月17日。アメリカのノースカロライナ州キティホークで、弟のオーヴィルが有人動力飛行に成功した。1902年(明治35)は、富国強兵による近代化が進む一方で、国民の多くは貧しい農村社会に暮らし、深刻な経済格差が存在していた。この時代、東北地方の記録的な大凶作や、最富裕層が所得の約20%を占める超格差社会が大きな社会問
こちらは、初めての作家さん家康が幕府を開いて三年目の慶長十一年江戸はかつてない賑わいにあった傾城屋(遊郭)の五位鷺太夫は江戸で三本の指に入る美人の売れっ妓であるその妹女郎の雀はまだ客をとらずもっぱら五位鷺の身の回りの世話をしているある日、呉服屋の主が辻斬りに殺められた五位鷺は雀に事件を調べるように命じる五位鷺は、年寄や奉行が事件について話し合う寄合衆にお茶汲みとしてとして参加しそこで自分の推当(推理)を披露することで実力者に気に入られようと企てていたのだ
は~い、こんにちは✋飛田新地の歩き方、管理人ですわ~~👍えー・・・・・・・・・暑い。7月入っても今年の夏ちょっといつもよりマシか?と思ってたがwww全然そんな事なかったわ・・・一気に暑くなったな・・・若干熱中症気味な日もあるぞ!!!!!同志たちもしっかり対処するの忘れるなよ!!!!最近は仕事も忙しい分ちょっと色んな事に割く時間が減ってはおるからな・・・(新地に行く時間だけは確保してるwwww)まぁ飛田新地に興味あれば適当に読んでってくれ👍飛田新地の
お裁縫好きな私にお裁縫に関わるオファーがありましてその段取りや準備で苦手な作業をしていたらあっとゆう間に時がすぎました。そして旅にでてまた次の旅の準備と下調べ。ほかにも色々あってキャパオーバーじゃない?っておもったり。さて、御坊市南新地です。ラスボスとでもゆうべきかです。ほっそい路地はいったとこに佇むこちら。写真でわかるのかどうか2階の天井めちゃ高そうなんですよ。そんでもって掃き出し窓なん?玄関側勝手口ですね。そしてこちらはお向かいに建ってた鑑札のつ
風俗がバレて、一年目。夫に風俗の説明を求める度、夫は自分のことを「馴染み客」と言った。続けて「親密だった」とも。それが、ものすごく嫌だった。もう、どうにかなりそうだった。馴染み客…慣れ親しんだ客…つまり、長く店に通い、一人の嬢に慣れ親しんだ…一人の嬢の体を知り尽くした…私にそう連想させた。「オレは馴染み客だった」と言われる度に心が抉られ、◯された。何度も何度もナイフで刺されて、悶え苦しむよう
土曜日に鉄の棺桶に乗って公務をほったらかしてイスラエルに五日間も出かけていた市長がおられる岐阜市へ行って参りました。わざわざ市税で買った高級救急車を寄贈してイスラエルに胡麻をするあたりがなかなか憎い市長ですが、ユダヤ教に改宗したいのでしょうかね?そんなのに投票する市民のいる岐阜市。もう終わっているのは間違いない(笑)朝からクソ暑い中、ジョーシンには長蛇の列が出来ていましたよ。ご苦労様!久々にやって来た問屋町は雰囲気がちょっと変わっていました。いきなりベトナムのお店が出てましたよ。
Myふぁーむ”酔瑠團農園”っす。花いんげん豆に真っ赤な花が咲きました!花いんげん豆は別名”花魁豆”とも呼ばれてます、この艶やかさまさに、遊郭のおいらんのごとし・・・・・・ってか・・・!?土手の草刈りもしたのだ。って言いながら、今日のメインはモトクロス!!。
天城越え生田絵梨花萩原聖人奥野瑛太岡田結実末次寿樹杏子波岡一喜高木勝也佐々木春香篠原ゆき子若村麻由美岸谷五朗前編あらすじ昭和31年。印刷会社で働く望月次郎(萩原聖人)は、定年間近の刑事・田島貞藏(岸谷五朗)から、ある古い殺人事件の捜査資料の印刷を依頼されます。資料には、かつて起きた「天城土工殺人事件」の詳細が記されていました。その名前を見た瞬間、望月の脳裏に31年前の記憶が鮮明によみがえります。物語は、14歳だった少年時代の望月次郎(末次寿
高知市には、近代の歓楽街文化や都市の発展を今に伝える歴史的なエリアがいくつか存在します。その中でも「玉水新地」は、明治時代に誕生した遊郭を起源とし、150年以上にわたって街の歴史を見守ってきた貴重な場所です。現在は当時の役割を終え、静かな住宅街へと姿を変えていますが、古い旅館建築や街区の名残、鏡川沿いの落ち着いた景観など、往時を感じさせる要素が今も残っています。近年では、近代史や建築史、都市文化に関心を持つ人々から注目され、歴史散策の目的地として訪れる人も増えています。この記事では、玉水
「鹿児島ちょんの間」「甲突町」と検索している方は、かつて存在した遊里の歴史や現在の街並みについて知りたいのではないでしょうか。鹿児島市甲突町は、江戸時代から続く遊里文化の歴史を持つ地域です。明治時代には沖之村遊郭として発展し、戦後は赤線地域として鹿児島の歓楽街を支えました。現在は当時の賑わいこそありませんが、昔の面影を残す建物や路地が点在し、歴史や近代建築に興味を持つ人々から注目されています。全国には飛田新地(大阪)や信太山新地(大阪府和泉市)、渡鹿野島(三重県)など、かつ