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次男の希望で、今回はタコ釣りに行く予定でした。子供たちと一緒に釣りをするため、たくさん準備をしてきました...ところが、雨予報のため、残念ながら釣りは中止になりました。雨が降り出すまでの間、自転車に乗って遊びました。長男が自分の願望を、AIで加工していました。先月の遊園地が、よっぽど楽しかったようです。次男は、初めて羊を見たそうです。子供たちと一緒に植えた、紅まどんな・すだちが、今年もたくさん実を付けました。今回は、紅まどんなの袋かけと、すだちの収穫を、子供たちに手伝ってもらいま
2024年2月上旬。長男が幼稚園を卒園する間近の頃でした。元妻(バセドウ病)は、いつものように何も言わずに子供たちを置いたまま、どこかへ行ってしまいました。私は子供たちを連れて、本来入学する予定だった小学校までの通学路を確認するため、一緒に小学校まで歩きました。長男は、これから通うことになる小学校へ向かって、ウキウキした様子でした。次男は途中で歩き疲れてしまい、私が抱っこして歩いたことを覚えています。その道を、一人で夜中に歩きました。あの日、連れ去られる約20日前に、子供たちと歩い
元職場の方の親戚の船に、乗せてもらいました!子供たち用に、ジップロックに入れて冷凍しておきました。今月の親子交流の時に、キジハタ・鯛と一緒に食べてもらおうと思います。子供たちと1ヶ月以上会っていないが、生きているのだろうか。
調査官調査が入ることになった。「調査官調査」とは、家庭裁判所の専門職員である調査官が、親権争いや面会交流などの家事事件において、子どもの生活環境や意向などを調べる手続きです。私、妻、そして息子。それぞれと個別に面談します。弁護士の同席もOKです。子どもの気持ちや意向も聞きます。当時息子は12歳、小学6年生でした。小学6年生は自分の気持ちが言える年齢と裁判所も調査官も判断しました。調査官との1回数十分の面談で、これから先の私たち親子の人生に大きな影響を与えるこ
2022年7月某日の私の手記より同じ子の親同士で親権者争いをしても不毛だと思うが、どちらか一方が親権者、非親権者となる選択しかない状況である*。子どもを連れ去られ、今現在も子どもに会えない私は子と会える保証がないのが今日現在の事実です。子どもにとって対等であるはずの両親が親権の有無により非対等になる。婚姻外では強制的に一方の親権が剥奪され弱者が作られ、いつでも切り捨てられる状況になる。これまでの調停では会えない状況の改善の話はされず、婚姻費用、離婚、親権の話しばかりされ
2022年5月某日第3回目の調停のために家庭裁判所に向かう。前述の婚費が不成立となったため、裁判所から審判が下りた。夫氏は妻に月額7万円を支払えと。審判に納得がいかなければ「不服申し立て」ができることはこのブログでも以前説明したとおり。ただ、息子が連れ去られてからすでに6カ月が経過している。あなたは自分の子どもがある日突然連れ去られて半年もその所在がわからず連絡が取れない状態が理解できますでしょうか?いえ、理解はできるでしょうがこれは体験してみないとわか
妻側の主張書面には、離婚を考えた経緯、面会交流について、同居時の父子関係、母子関係について書かれていた。そこには初めて知る妻の気持ちもあったし、私からすれば捏造のような主張もあった。もちろん事実も書かれてはいるが、それは妻側から見た真実であって、私の真実ではない。まあだから主張をぶつけ合うのだろうけど。ただ私が思ったのは「言ったもの勝ちかよ」ということです。なにか先手先手を取られているようで、腹立たしさを感じていた。妻の主張の真偽は誰にも
2回目の調停が終わり、次の調停まではまた1カ月以上の日を待たなければならない。その間に「主張書面」というものが往復している。主張書面とは、調停や裁判などで自分の主張や意見、相手方の主張に対する反論などを分かりやすく整理して裁判所に提出する書類のこと。その主張書面が妻側から裁判所に提出された。そのコピーをこちらも読むことになる。そこには妻が離婚を考えた経緯や、同居中の私の態度。子供との関係性などが妻目線で書かれている。2026年になったいま、4年前の主張書面に
次男が9月の親子交流では、「タコ釣り(YouTubeの影響)がしたい」と希望したため、約10年ぶりにタコ釣りに挑戦しています。しかし、これが全く釣れません!YouTubeなどを見ながら、タコの釣り方を研究しています。そんな中、元職場の同僚の方に誘っていただき、久しぶりにボートでの鯛ラバに行ってきました。タコ釣りもやってみましたが、今回も当たりなし…。鯛ラバではチャリコが多数釣れました。その中から、子供たち用にチャリコ2匹と、25cmほどのキジハタ1匹をキープしました。持ち帰って下処
夏休みのため、1泊2日の親子交流です。記録として残しておきます。7月に長男が「遊園地に行きたい」と希望したため、あれこれ調べて、今回は「みろくの里」に行くことにしました。長男は、将来ユンボを購入するらしい。遊園地では、大道芸も見ることができました。大道芸人という仕事があることを、子供たちは初めて知ったようです。長男は、海賊船の「スーパーバイキング」に3回も乗りました。子供たちは、ゴーカートが一番楽しかったようです。帰る頃には、「9月もみろくの里に来たい」と話してくれました。翌日
私は、父親として味わえるはずだった子育ての喜びの多くを経験できませんでした。当時の私には、そのように感じられていました。私は、息子と同じ部屋で寝たことがありません。妻が息子と一緒に寝ており、私が一緒に寝る機会はありませんでした。私は、息子と一緒にお風呂に入ったこともほとんどありませんでした。何度も「一緒にお風呂に入りたい」と伝えましたが、その願いが受け入れられることはありませんでした。子どもの成長過程の中で、一緒にお風呂へ入れる時間は、本当に限られています。だからこそ、その時間
私は息子の子育てにもっと関わりたいと思っていました。一緒にお風呂に入りたかった。休日には一緒に出かけたかった。学校行事にも参加したかった。習い事についても話し合いたかった。息子の成長を、父親として一緒に喜びたかった。でも現実には、私の思いが実現することは多くありませんでした。私が何か提案しても、受け入れてもらえないことが少なくありませんでした。学校の行事を知らないまま過ぎてしまうこともありました。習い事も、私の意見が反映されることはほとんどありませんでした。
第2回調停が終わってから、心の中にモヤモヤしたものが消えなかった。調停で話を聞いていると、どこか「親権は母親にあることが前提」で話が進んでいるように感じてしまっていた。もちろん、それが実際にそうだったのかは分からない。でも当時の私は、「このまま息子を失ってしまうのではないか」という恐怖でいっぱいだった。もう一度、弁護士のS先生に自分の思いをしっかり伝えよう。そう心に決めていた。もう一つ、自分自身を苦しめていたものがあった。妻に対する強い憎しみだった。あまりにも苦しくて
月に一度の面会交流で、次男から聞いた言葉に落胆しました。忘れないよう、ここに記録しておきます。次男は、父親である私に手紙を書こうとしたそうです。しかし、その時に元妻から、「ひいばあちゃんに書いたら」と言われ、私に手紙を書くことができなかったと話してくれました。私は、この話を聞いて非常に残念な気持ちになりました。離婚調停でも、子供たちとの交流が交渉材料のように扱われ、「言うことを聞かなければ子供たちに会えない」と感じる場面が多くありました。そのような経験があったからこそ、今回の出来
調停2回目は、婚費について。調停のゴール(着地点)は、成立・不成立のどちらか。不成立の場合は、「審判」がおります。調停における審判とは、当事者同士の話し合いで合意がまとまらないときに、裁判官が強制的に結論を下す手続きのことです。私は妻から婚費を請求されていますが、これがまとまりませんでした。不成立です。不成立になりましたので、審判がおります。裁判所の審判は「夫は妻に月額7万円を支払いなさい」ということでした。そんなアホな。私の同意も得ず、一方的に子
第2回目の調停は、2022年4月19日に決まった。2026年7月の今、当時書き残していた手記を読み返している。ページをめくるたびに、あの頃の感情が鮮明によみがえる。息子に会えない苦しみ。話し合いができないもどかしさ。そして、自分では抱えきれないほどの恨みと憎しみ。今の私は、当時より少し冷静に振り返ることができる。それでも、この手記には、当時の私が本気で感じていたことが、そのまま記されている。(以下、2022年4月、調停前に書き残した手記)私が最も納得できなかったのは、私への
2022年4月の当時の日記より4月4日(月)S弁護士と打ち合わせ。もうこの先、息子と一緒に暮らすことはないんだと思うと胸に穴があいたようだ。4月6日(水)もう死んじゃってもいいかな。4月7日(木)朝起きると腰痛。普通にあるけないレベル。まずい。なんのために生きているんだろう。なぜこんな思いをさせられるのだろう。私の死が、妻への抗議になるだろうか。このころはそんなことを考えていたと思います。
2022年3月某日初回調停が終わって数日後、役所から手紙が届いた。「児童手当・特例給付受給事由消滅通知書」という文書。息子の児童手当の受給事由が消滅したことの通知。消滅の理由は「監護なし」勝手に息子を連れ去られて、僕の知らないところで勝手に行政の手続きが進んでいる。まだ調停で何も解決していないのに。とやるせない気持ちになる。ある日突然、何の同意もなく息子と引き離されて、一緒に暮らしていない事実だけが一日一日重なっていく。
夏休みのため、今回は1泊2日での親子交流でした。6月の親子交流で子供たちと約束した「大きなプール」に行くため、県内をあちこち探し、長い滑り台と流水プールのある施設を選びました。事前に、マリンシューズやラッシュガード、ワニの浮き輪、ジンベイザメの浮き輪などを準備しました。元妻の実家に子供たちを迎えに行き、約1時間かけてプールに到着しました。流水プールでしばらく遊んだ後、楽しみにしていた長い滑り台へ向かいました。ところが、次男の身長は利用条件まであと2cm足りず、滑ることができませんでした
結婚する前は、釣りクラブに入っていて、船釣りを教わっていました。結婚後はクラブを退会しましたが、今でも毎年1回ほど声をかけていただき、イサキ釣りやアジ釣り、青物釣りに参加しています。今回は、約1年ぶりのイサキ狙い釣行でした。釣果は、イサキ約30匹とウマヅラハギ1匹。たくさん釣れたため、8:20には能竿でした。たくさんのイサキを持ち帰ることができました。今月の親子交流で、子供たちと一緒に食べられるよう、イサキは丁寧にさばき、塩焼き用と、干物にして冷凍しました。また、子供たちが「大
このブログはある日息子を連れ去られた2022年の出来事を、2026年の今書いています。これから書くのは2026年現在、今思っていること。「嫌われたくない」という思いは、ときに反作用のように相手との距離を空けてしまうものかもしれません。あるがままの自分で愛されること。それは理想のようですが、世の理は諸行無常。人の気持ちも移ろいゆくものです。だから恋人たちは愛の中に永遠を探します。永遠に変わらない愛など存在するのでしょうか。シンプルに
妻と妻の弁護士、私と私の弁護士が交互に調停室に入り意見を述べる。それが2~3往復。初回調停は90分ほどで終わった。息子を連れ去られて、すでに60日以上が過ぎていた。私はその間、息子は妻から毒を与えられていると思っていた。少々過激な表現かもしれないが、当時は本当にそう思っていた。人間のカラダが食べたものでできているのであれば、人間のココロは聞いた言葉でできていると思っているからだ。おそらく息子は、妻から様々な私に関する言葉を浴びているであろうことは容
調停は当事者同士(私と妻)が直接顔を合わせることのないようになっている。調停室に妻側(妻と妻の弁護士)と私側(私と私の弁護士)が交互に入退室をする。当然控室も別々。妻側の離婚理由をこの日はじめて聞いた。彼女の気持ちなので、ここでは具体的な言及を控えるが、同席していた私の弁護士が失笑するくらい「そんなこと理由にならない」ものであった。彼女の本意は今もわからないが、とにかく難癖をつけて私と離婚したかったのだろう。そして、私がこの日とても驚き落胆したことは、妻が私に断りなく
息子を連れ去られて約2カ月。ようやく調停が始まった。妻が息子を連れて突然出て行って、理由もわからずひとりぼっちにされた2カ月だった。私はこのとき、自分がどうしたいのかがまだわかっていなかった。妻との関係を修復したいのか息子と一緒に暮らしたいのか3人にとっての最善最高はなんだろう。調停に臨む前はとにかく妻の気持ちと理由が知りたかった。裁判所に到着した。自分の人生で裁判所に当事者として訪れることがあるとは思ってもなかった。そうそう、「調停」と「
月に2〜3回、子供たちが小学校から下校する時間に合わせて、その姿を見に行っています。不審者と思われないよう、車は少し離れた場所に停め、目立たないように見守っています。長男は、父親だと周りに気付かれないよう、いつもこっそりと手を挙げてくれたり、こちらをちらっと見てくれたりします。1年生の次男は、そんなことは気にせず、大きく手を振ってくれます。今日も、子供たちは元気に歩いていました。ほんの数秒、お互いに手を振り合い、「元気だよ」「見てるよ」という気持ちを通わせることができました。
私が痛感したのは、日本では、子供の意思に反して実子誘拐・親子断絶を実行した側が、結果として有利な立場になってしまうケースが多いという現実です。子供と継続して会うためには、実子誘拐犯と高葛藤にならないよう、被害者の父親側が理不尽なことにも耐え、下手に出続けなければならない――私は、そのような構図を経験しました。面会交流調停では、私は一貫して「子供の意思を尊重してほしい」と訴えました。しかし、元妻からは「子供の意思ばかり言ってくるな」と反論されました。日本では、たとえ子供自身が「父親に会いたい
月に1回の短い面会交流です。私は、「面会交流」という言葉に違和感があります。犯罪者でもない父親が、なぜ子供と「面会」なのでしょうか。私は、「親子交流」と呼ぶ方がふさわしいと思っています。もっとも、法律上「面会交流」という言葉が使われているため、現実にはその名称に従うしかありませんが。私は、元妻に子供たちを先に連れ去られ、親権を奪い取られた父親です。それでも、子供たちの父親であることには変わりません。5月の親子交流では、「6月は釣りに行こう」と子供たちと約束していました。島へ船で渡
2022年2月10日S弁護士から電話があり、調停が3月1日に決まった。決まったけど約3週間後。いよいよだけどまだ先。息子と離れて生きる1日1日は重たい。妻への憎しみ苛立ちに毎日さいなまれる。調停、どうなるんだろう。私は、どうしたいんだろう。
近所のドラッグストアに買い物へ行った時のことです。5歳くらいの子供を連れた母親が、子供に向かって発した言葉に、私は思わずハッとしました。買い物を終えた子供が、商品を袋に詰める台の上に乗ろうとしていました。すると母親は、「いらんことするな。ADHDか!」と、強い口調で子供に言いました。子供は何も言わず、そのまま店の外へ出て行きました。その光景を見て、私は元妻のことを思い出してしまいました。元妻は、自分の思い通りにならないことがあると、すぐにイライラして激昂する特徴があります。長男が1