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今週は80年前の「終戦記念日」がやって来ます80年前人としての信念を貫いた独りの外交官の物語彼の発給した通過ビザでシベリア鉄道を東に向かいそして約6000人がウラジオストクから日本に脱出今日のスクエアリトアニア発行の切手「杉原千畝」
新婚当時住んでいたので、地理には明るい京都。住んでいた当時は、いきなり知らない土地で、ろくな仕事もなく、不満ばかりだったが、あれからウン十年たった今、まったく外部の人間として訪問する分には楽しめる。京都は、住むところ、ではなくて、訪問するところだ。紅葉にはまだ早かった。温暖化のせいか、平地の紅葉は12月の方がいいみたい。さて、このお寺(永観堂)に行ったとき、どうにも聞きなれない言葉を話す一家に遭遇した。外国語って、聞いていると大体「〇〇語っぽい」という識別ができること
注私は歴史学者ではありませんので、実際にこれが歴史的事実かどうかはわかりませんが、少なくともイスラエルに行った際、ある一つの事実を確認したという内容です。杉原千畝というのは、歴史的評価が難しい人物ではありますが、少なくとも、外務省の訓令に逆らって6,000人ほどのユダヤ人にビザを発行して(通過ビザです)、命を救ったということで、日本のシンドラーといわれています。もちろん、単純なものではなくて、外交官が国の方針に反することをしていいのかということもありますし、さまざまな評価があるかと思います
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閑話休題。今日はコアなラグビーファンであるこの旅のアドバイザーにとっては特別な日。10月13日(日)そうですラグビーW杯日本大会で決勝トーナメント進出をかけた日本対スコットランドの対戦日なのです。現在ここリトアニアは午後3時、日本時間の19時45分にキックオフなのでそろそろノーサイドの時間のはず・・・前半は21対7でリードというところまではWebでチェックしたのですが小心者の旅のアドバイザーは結果を観るのが怖くてスマホをOffにしていたのでした。
こんにちは(*^_^*)台風接近により雨の予定だったけど降りませんでした。今日は横浜までホロコースト展を見に行って来ました。昔アンネの日記を読んでこんなむごい事ってこの世の中にあるんだろうかと思った事があります。今回、横浜で開催されてる「勇気の証言ーホロコースト展アンネ・フランクと杉原千畝の選択」をどうしても見てみたいと思ったのです。ホロコーストの歴史ユダヤ人絶滅、多量虐殺という狂気にどの様に民衆が動いていったのか。学校や教会などで「ユダヤ人は我々の最大の敵、ユダヤ人から
いや〜読みました(ㆆㆆ)و✧世界の路地裏を歩いて見つけた「憧れのニッポン」(PHP新書)950円Amazonななめ読みできませんでした。知らないことが多すぎて。ノンフィクション作家となってますが、各国の庶民の目に映る「憧れのニッポン」像は日本人が知らない「世界と日本」を教えてくれた……心が温まり、そして深く考えさせられる感動の紀行エッセイと、中扉より抜粋。12章からなりますが、満州、モンゴル、ルーマニア、チェコ・ポーランド、バルト三国、旧ユーゴスラビア、ト
どーもともですまた久しぶりになってしまった心に余裕がないと続けるのって難しいなぁともの次のトラベルはスペイン🇪🇸なのですが乗り継ぎでロシアに行くので乗り継ぎ時間長いフライトにしてロシア観光を計画しております『ロシアビザ申請』とかで調べた情報を元に(今の時代って誰かしたらわかりやすく記事まとめてくれてるから本当便利だよね)ロシア大使館に行ってみたわけですしかも月火木金の9:30-12:30しかやってないとのことだったので。。。{ともよりやる気なっ早起きして向かったのです
難民遺族、感謝の来日「杉原は家族全員救った」4/14(日)12:46配信岐阜県八百津町出身とされる外交官・杉原千畝が発給した「命のビザ」によって生き延びたユダヤ人難民の遺族女性が11日、同町の杉原千畝記念館を訪れた。女性は父が残した「命のビザ」を持参、「杉原は父だけでなく、我々家族全員を救ってくれた。とても感謝している」と述べた。ユダヤ人難民の関係者が「命のビザ」を携えて記念館を訪れたのは初めてだという。(伊藤幸典)この女性はイスラエル・ラマトガン在住のインテリアデザイナー、ルーテ
ウズベキスタン、タシケントでトルクメビザ申請をしました。2018年6月の内容です。中央アジアの北朝鮮とも言われるトルクメニスタン。簡単には入国させてくれないし、決して予定通りビザが発給されるわけではない。予定狂わしの大本命。そんな国のビザを取りに行った記録🖋*************取ったのはトルクメニスタンの通過ビザ。滞在制限5日で、超過すると1日400ドルくらい取られるらしい(笑)◆必要書類・パスポート(ホールドはなし)・トルクメから抜ける国のビザの
1日目(8/12(日))本日より2018夏旅をレビューいたします。今夏はCIS諸国の未踏国からベラルーシとウクライナへ向かう。ウクライナはノービザですが、ベラルーシもビザがいらなくなったというライトな情報だけで飛行機予約してしまって失態。ベラルーシビザ無しは条件付きで、ロシア以外からの入国で、ミンスク空港から入国する場合だけ5日ビザ無し可能というもの。今はこれが30日までOKになってます。S7という聞いたこともないロシアのLCCが安くて、時間は掛かるものの、ノボシビルスク経由と
キルギスでやること。沈没。そしてアゼルバイジャンビザの申請。キルギスの後はキルギス→ウズベキスタン→タジキスタン?→トルクメニスタンの予定。この行程で1番厄介なのはそう...トルクメニスタン大先生🇹🇲🇹🇲🇹🇲中央アジアの北朝鮮の異名を持つトルクメニスタン。入国するには、観光ビザか通過ビザのどちらかが必要。(ビジネスもある気がする)観光ビザを取得するには現地のツアー会社を通すことが必須。そうすると滞在は毎日ガイド付きになりビザ代もたった数日で200ドルオーバー。ありえない。非
<第四次ビザ交渉>日高ら一行が欧州に旅立った日でもある一九四三年二月二十六日、佐藤駐ソ大使から谷外相宛てに電信が届く。「日高大使一行の査証解決。残余の我方の通過査証申請者四十九名、ベレコウプ号乗組員三十二名と関連せしめ解決方を詰めたき。ついては我方四十九名の順位を、電報にて連絡されたし」日本側にも交渉のカードがあり、電文はどこか明るさを含んでいる。希望者全員の帰国が出来ない中、この優先順位は今回の交渉では大きな意味を持ってくる。日本は大島大使に向け同じ質問を発する。それに対し大島は「機微
<郵便>日本参戦後、欧州に向けた最初の風穴は郵便であった。一九四二年一月二十三日逓信省は「欧州一部へ郵便物再開」として、シベリア経由でトルコ、ブルガリア、スペイン、ポルトガルへの郵便物を二十四日より受け付けると発表した。日ソ間で郵便物交換の取極めが成り立ったからであった。知らせを聞いた欧州邦人は喜んだものの、どのような経路で配送されるのかまだ半信半疑であった。逓信省からドイツに派遣されていた山岸重孝事務官は知らせに接し、大島大使の名前で「取扱いを開始するにあたり、郵便物の種類、取
おはようございますSEIです。今日のBudapestは天気が良く風が強くて寒いですwてことで、出かけることにといってもWi-FiのあるカフェにBudapestはあちこちにカフェがあるので便利です仕事がはかどらないって時は外へ出て気分転換ができますさて、今日はエアロフロートについて書きたいと思います。エアロフロートと言ったら、ヨーロッパ行き格安航空会社で有名ですよね。旅行の際にみなさんとどこにお金を賭けますか?ホテル・交通機関・買い物・食べ物と人によって重要
ご無沙汰しておりまーす!!!!ミドリ、1ヶ月の休みを使って、只今コーカサス地方を旅しています。あ、コーカサス地方って言っても、分からない人多いので場所添付します。そう言えば、世界一周してた時、ポーランドのクラクフで会った出稼ぎのおっちゃんが、アブハジア出身って言ってたな。ちなみにアブハジアやナゴルノ=カラバフは未承認国家です。地図にもちゃんと出て来ません。最初聞いた時、地図にも出てこないし、地図見せてもおっちゃんこの辺としか言わないから、何でこの人自分の出身国がうまく答えられないんだろ
暑いですね~(´Д`)このまま秋になるのかと思ったら、また夏?!お洗濯はすっきり乾くので気持ちいいんですけどねー💦そういえば夏休みの終わりに、長女が大学の寮へ戻る前にと、成人式の振り袖の予約をしてきましたよ(^_^)/まだ1年以上先の話ですが、もう予約がちらほら入ってるそうです。今年の成人式は、は○の○という振り袖レンタル業者が、当日に連絡がとれなくなる事態が発生しましたね(T-T)20年育ててきた我が子がそんな目にあったらと思うと、怒りがこみ上げてきます(ノ`△´)ノもう二度とそ
ドイツに迫害されたユダヤ人達は杉原千畝の書いた通過ビザを手に、米国のユダヤ人団体の依頼に応じたJTBと日本郵船のスタッフに導かれて、シベリア鉄道、日本海、日本国内、そして米国やオーストラリアなどに渡って行った。JTBなどの旅行会社は、お客様の全員のリストを作成し、シベリア鉄道、日本海を渡る船、日本国内の宿舎、そして太平洋を渡る船などの切符を手配し、案内することことが仕事であった。ところで、杉原千畝がカウナスの日本領事館を退去した1940年9月以降、41年2月までに計492通の模造ビザが作成され
命のビザで6,000人のユダヤ人を助けた、杉原千畝すぎはらちうねと、アンネ・フランクについて、その時代とともに紹介する展示会に、子どものリクエストで出かけました。勇気の証言ーホロコースト展アンネ・フランクと杉原千畝の選択ホロコーストが、ナチス・ドイツのヒットラーの政策により、600万人ものユダヤ人が命を落としたことだとは、実はぼんやりとしか知りませんでした貴重なヒトラーの文書や、収容所で使われたものなどが、無言で悲惨さを伝えていました。600万人の1人であるアンネ・フランクは
中央アジアの予定をすべて終えウズベキスタンタシケントからドイツベルリンまで移動します今回の中で最大4回乗り継ぎおよそ24時間かけて移動しますワンワールド世界一周航空券を利用しての移動ではこの地区ではロシアのS7航空のみの利用となりますワンワールド世界一周航空券のルーティングには地域や回数の細かなルールがありますその中で最大無駄のない効率の良い使い方をするためにタシケントからもう一度アルマトイに出てここからS7の利用でアルマトイ→ノボシビルスク→モスクワ→ベルリン
杉原千畝(すぎはらちうね)の生誕の地、岐阜県八百津町。杉原千畝といえば、6000人ものユダヤ人の命を救った外交官である。記念館の入り口。館内は撮影禁止。館内には、心痛む内容が展示されていた。<少し紹介します>ポーランドからリトアニアへナチスドイツの迫害から逃れて来た難民となったユダヤ人達が、閉鎖間近となっていたリトアニアのカウナス日本領事館に、日本を通る通過ビザを求めて殺到。なぜ日本を通過しなければならなかったかというと、シベリア鉄道を使ってシベリアを横断し、ウラジオストクから日本の駿
遂にキター!!ロシアビザ申請完了し、パスポート戻ってきましたロシアビザって、何かスタイリッシュねこれまで行ったビザ申請が必要な国(昔昔はオーストラリアも必要だった。バリに行った時にはアライバルビザ、カンボジア、ブラジル)のビザとは何か違うー今はインドネシアはビザ要らないんだよね、確か?あとは今週の水曜日にベラルーシの通過ビザの申請に行く予定ベラルーシ大使館って、仕事が遅い、みたいなブログ見たけど大丈夫かな…ま、何とかなる!!運は強い方だから(笑)寝台列車の予約、初日のモスク
愛のトンネルまで運転手さんが降ろしてくれた場所から15分ほど歩きます(・∇・)ほぼ一本道なので迷うことはないでしょ♪道中甘酸っぱい木苺やサクランボをつまみながらテクテク歩くっ(´∀`)❤️旬やわ〜おいしいわ〜╰(*´︶`*)╯♡愛のトンネルメインなのかつまみ喰いメインなのかわからなくなってきた(笑)10分ほどで線路が見えてくるので踏切を渡ってさらに進みま〜す✨おみやげ物屋を営むおばあちゃん軍団が出演したらそこが入り口(*´ー`*)これが愛のトンネルの入り口の立て看板✨も
20:00夕食の準備が出来たので食堂へ麦ご飯にチキンとトマトソースジャガイモのスープとパン🥖見た目と盛り付けセンスゼロですが味は美味しい♪22:30完全に色んな希望や願いを絶って寝ることに…朝も絶対出航してない気がする…((__))..zzzZZ翌朝7:00窓を開けるも景色は同じ…やっぱりか…(。-_-。)いつ出るんだ…いつ出るんだよ…これだけの時間があれば相当数の観光地へ行けるのに…なんでこんなつまらない場所でこんなに拘束される❓何故出航予定から12時間以上も
冷房効きすぎのターミナルで凍えながら過ごした一夜…寒すぎて熟睡出来ず…夜が明けて本を読んでいたら昨日のトルコ人のおじさんがやってきた(^ω^)メシ食うぞ〜❗️ハイ❗️行きま〜す✨ターミナル内に売店ぐらいあるかと思ってきたけど何もなくてホテル棟の方にほんの少し売ってるだけ…そのうち充実するでしょうけど( ̄▽ ̄;)カフェテリアに行くんだと思ったらおじさんがトラックの方へ←超大型トラックの運転手さんでした🚛アルゼンチンで運転したの思い出したわ(笑)ナント❗️側面にミニキッチ
メルブ遺跡観光の前に食べた中央アジア最初で最期のシャシリク❗️みんなで食べない時はロクな物を食べてないからお肉達は私にとって最上級のご馳走(❤️❤️)マンティ←餃子スープバージョ✨白いのは甘くないヨーグルトよく混ぜて食べると酸味があって美味しいよ🎵さ本日は朝からアシガバートの駅へ🚉今夜の夜行列車の切符を買いに行くつもりでした💧ここでは当日券のみ取り扱いしていますアシガバート駅の右横にあるチケット売り場へ🎫←でも大抵の日本人旅行者達は前日にここで購入しているので外国人は