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昭和28(1953)年5月。人気童謡歌手・近藤圭子もお整理箱を手にニコニコしてしまう、2大ふろくつき少女クラブ(講談社=110円)6月号の新聞広告。「お整理箱」ではない2大ふろくのもう一つは「少女スター総出演青い鳥劇場」とあるから、別冊の小冊子かな?2年後には、かの有名な『パン売りのロバさん』を歌唱し、6年後には『豹の眼』(KRテレビ)で清王朝再興を目指す「青竜党」を率いる少女・錦華を演じ、7年後には『快傑ハリマオ』にて拳銃少年・太郎の姉・令子を演じ、挿入歌『南十字星の歌』を
レーベル、どっかで見たようなやつら(パクリ)
歌詞付きのきれいな盤を入手しました。早速聴いていきます。
近藤圭子(,1943年3月18日(79歳))は-о主な作品оテレビドラマо『豹の眼』1959年(16歳)-1960年(17歳)о『快傑ハリマオ』1960年(17歳)-1961年(18歳)-出演。★近藤圭子(,1943年3月18日(79歳))出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』近藤圭子(こんどうけいこ、1943年3月18日-)は、日本の元童謡歌手、女優。東京府(現・東京都)出身。精華学園女子高等学校卒業。来歴・人物7歳よりキングレコ
ロバのパン工房ロバのパン黒糖蒸しパンです。まずはこの曲をお聴きくださいもちろんスルーしていただいてもかまいません。またリンク切れの節はお許しください。近藤圭子さんでパン売りのろばさんでした。この歌では、焼きたてのロールパンやあんぱんなどを売りに来るのですが、実在のロバのパンは蒸しパンです。ということはこの歌にヒントを得てロバ車で、パンを売ることを考えたということでしょうか。前置きはこの辺にして、ロバのパンを食べました。食べたのは黒糖の蒸しパンです。現在では、ロバ車に代わってこんな
1おくを手に入れるあまたのつかいかた
ロバのパンでお馴染みの歌、ちょっとボロい盤ですがやっと見つけました。実際はロバではなく小型の木曽馬だったみたいです。今は軽ライトバンにパン積んで回っていますね。ちょっと盤がボロいためか、街宣車みたいな感じの音になりましたね笑本当に車から流しながら走ってるみたいだ。♪チョコレートパンもあんパンも何でもありますチンカラリン♪
居間で扱いやすくするため、うちの卓上型は台車に載せている。新入りのコロムビアにも作ってやったぞ。載せてあるだけだから骨董品としての価値も損ねない。使わない時は簡単に隣の部屋へ移せる。こういう良さげな機体で童謡かけると「何かもったいない」って言われたりします。ま、わからんでもない(笑)でもこういう童謡好きな人は高そうな蓄音機さわっちゃいかんのかい?一度、蓄音機があるカフェで童謡盤かけてもらおうと持ち込んだら「店の雰囲気壊れるからやめて」って拒否られた時は怒りを越えて嵐を呼んだ(意味深
元童謡歌手で女優の近藤圭子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。近藤さんには、苦労や家族縁に注意。自我が強い。才能や知恵があり、名誉も富も得る。五行の三才配置は、大凶。といった暗示があります。常盤英文です。皆の幸せを願います。また、どこかで。
白昼銀座の大通りで急ブレーキをかけた男は、何か轢いた気がしたが何もおらず、やがて車体の下から男の遺体が浮かび上がってきて、男は透明人間部隊の生き残りだった。男の遺書は透明人間の生き残りがもう一人いることを示唆しており、マスコミは透明人間のニュースで大騒ぎを始める。すると透明人間を名乗る強盗団が現れて立て続けに事件を起こし、最初の自殺を目撃した新聞記者の小松は、襲撃を受けた現場を取材していると、気になるピエロの男を目撃。男はキャバレー黒船の専属ピエロで、小松は男を尾
「海ほおずきの歌」の裏側。せっかくなんでこれも聴いて楽しみましょう。東ドイツの蓄音機であそぼう。最初、おとなしめだけどすぐ元気いっぱい。花嫁がひとりで暴れているみたい(笑)
長い間探していた一枚、やっとうちに来ました。時期的に45rpm盤の方が多いらしいが、確実に78rpm盤で存在するのがわかっていたのであきらめずに探していた努力が報われました。あの近藤圭子さんの看板曲とも言える名曲。後の彼女の行動を見るに、どうやら自分を投影させて愛唱していたらしく「お化粧させられて」「うたうたい」をさせられていたとも取れるかも。現在は海外在住らしく、懐かしの童謡番組に出ないかと打診しても「もうそっとしておいて」だそうで。もう日本に帰って来るつもりはなさそう?ま、とにか
よく考えたらHMV101で童謡かけた動画アップしたかな?近藤圭子さんは好きなんで、きれいで安かったら比較的積極的に拾っています。割と似たような童謡歌手が多い中、独特の輝きを放ってましたが、本人は歌うのは好きではなかったみたい。
2/7ウドちゃんの“旅してゴメン”で再放送(サンテレビ)S.2年、京都で始まった「ロバのパン屋」。ロバの車·馬車で蒸しパンを売り歩くスタイル。ピーク時は170もの店舗があり岐阜にあった店舗も昭和と共に終わりを遂げましたが現在の一恵庵ロバのパン工房社長·専務が中心となり平成21年に復活!昔と同じ歌を流して岐阜市内を回ると懐かしんで駆けつけパニックになったとか。❈原曲は「パン売りのロバさん」矢野亮·作詞、豊田稔·作曲、近藤景子·歌キングレコードより1955(s.30)年発売https:/
作詞:矢野亮作曲:豊田稔歌唱:近藤圭子ロバのおじさんチンカラリンチンカラリンロンやってくるジャムパンロールパンできたてやきたていかがですチョコレートパンもアンパンもなんでもありますチンカラリン赤いくるまをチンカラリンチンカラリンロンひいてくるジャムパンロールパンあまくておいしいいかがですチョコレートパンにアンパンにどちらにしましょうチンカラリンいつもにこにこチンカラリンチンカラリンロンこんにちはジャムパンロールパンさあさあみ
ソノラで童謡聴いてみる。キング花64近藤圭子さんは神です。残念な事にもう歌うつもりはなさそうで、日本に帰らず海外暮らしを続けておられるそう。状態の良い童謡盤はお宝。歌詞があまりにも悲惨過ぎる。恐らく、もう母には逢えないでしょう。ソノラ、いい仕事してますねー。今まで何年も動いてなさそうなお前、ゆっくり起こしてやろう。多分大丈夫、ソノラだもん。
キング花64久しぶりに近藤圭子さん拾いました。状態めちゃ美盤。ミッキーフォン、3本脚のターンテーブルなので小さい盤だと安定した回転にならない時がある。そんな時は10インチ盤をターンテーブル代わりに使う。近藤圭子の夕日、何か切ないね。
第二部の日本編から-о“白装束に変え、額に村上源氏の紋章を付けた「#笹りんどう(ささりんどう)#」を名乗るモリー”-が馬に跨って登場、оおもしろくなった-と思う。◆豹の眼(1959年)出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』#『豹の眼』(ジャガーのめ)#は、高垣眸の小説作品、およびこれを原作とする映画、テレビドラマのタイトル。目次1概要2映画版2.1キャスト3テレビドラマ版3.1作品概要3.2スタッフ3.3主題歌3.4
まっかな太陽燃えている果てない南の大空にとどろきわたる雄叫びは正しい者に味方するハリマオハリマオぼくらのハリマオ空のはてに十字星きらめく星のそのように七つの海をかけめぐり正義に結ぶこの勝利ハリマオハリマオぼくらのハリマオ怪傑ハリマオこの歌をご存知の方は60代後半くらいでしょうか。私が6~7才の時の夜に観た30分のTV番組です。勧善懲悪の番組でした。30分で完結したかは定かではありませんが。ターバンにサングラススレンダーな身体で
キングACー100176809D機種を変えて再アップ近藤圭子、探すと案外見つかりません。しかしこの高音質、ヤバくないですか?実は私、幼い頃この歌がとても恐怖でした。幼いながらこの歌に内包された南国の原住民のリズムを感じていたのかも知れません。この歌、戦前は確か「土人のお祭り」とかいうタイトルでした。戦後GHQからの指導によって改作されたとか聞きましたが、どうもそこら辺があやしく最終的な作詞者がぼやけているとも。ここでは一応、レーベル表記に従っています。ちなみにこれが旧動画。
シルク製品、持ってる?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようシルクは持ってないです。ブログスタンプの絵柄、やはりシルクロードといえばこんなイメージになりますかね?
なつかしいロバのパン屋さん。私は車で売りに来てたのは知ってますが、ロバが引いてるのは見たことがありません。なんと、ロバのパン屋さんの本部は京都市にあるんですよ。パン好きの京都らしいなあとも思います。株式会社ビタミンパン連鎖店本部が正式な名前で、蒸しパンの行商を行っているチェーン店です。もちろん、今でもあります。近藤圭子さんが歌った「パン売りのロバさん」がイメージソングになり、車のスピーカーから流されました。なお、この歌ですが、近畿放送ラジオ(現在のKBS京都)の深夜放送『日本列島ズ
(キングACー10174)久しぶりに近藤圭子さんの童謡を見つけました。クラシックが続いていたので気分転換になったかな?蓄音機で聴く童謡はいいですよねー。
(キングAC-10264)あまり有名な歌ではないと思いますが、個人的には結構好きで思い出したように聴いています。何かね、本当にラクダと砂漠を旅しているような気持ちになりますね。間奏が旅の過酷さと新しい朝の訪れを表現しているかのようです。ひさしぶりに思い出したのでアップしてみました。実は近藤圭子さんの「海ほおずきの歌」を探しているのだが未だ見つかっていません。見つかるといいなぁ。拾った動画ですけど参考までに貼っておきます。
(キングAC-10017)今日は大サービスでもう一曲アップしちゃおう。これも結構有名な部類の童謡ですが、この歌は「汽車ポッポ」と同様に戦後になってから歌詞とタイトルが改変された事はあまり知られてないと思います。戦時中は「土人のお祭り」というタイトルで南方の島(パラオ島)の原住民の事を歌ったものでした。敗戦後、GHQの指示により歌詞が改作され現在の形になったそうです。メロディは戦時中ほぼそのままなのでよく聴くと伴奏のリズムとかどことなく南の島のお祭りとか儀式を連想させませんかね?ち
こんにちは、今日は朝小雨でしたが今は太陽が出ていますが、そんなに暑くないです。そんな土曜日私は仕事しかも夜勤、と言う事は明日8月最後の日曜日、半日は寝る事で潰れてしまいます今日の「昭和の歌謡曲」は私の子供の頃に夏休みになると、朝ドラマ映画を毎日観ていました、そんな中とても気になっていた曲がありその曲を紹介します。『快傑ハリマオ』この主題歌は、「三橋美智也」さんが歌っていて私の年代の方ならほとんどの人がご存知だと思いますがテレビ映画の内容を少しだけ。太平洋戦争直前の