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攻城日:2024年10月26日またまた半年前のイベントネタで恐縮ですが、この日は東京都福生市にある"しろうたカフェ"さんで行なわれたイベントに参加してきました♪イベントは午後からなので、ついでに攻城を...というコトで、東京都の山城の中では比較的メジャーながら何となく行っていなかった青梅市の"辛垣城"プラスα...というのがこの日のざっくりな計画でしたww↑南側からの遠景↑辛垣城は、鎌倉時代から戦国時代までの長きに渡って杣保(かつての青梅~奥多摩地区の呼び名)を支配
11月に続いて低山ハイクこの時期は高山は雪の心配もあるし、日の入りも早くて健脚揃いでないともしものときのリスクもあるし選択肢としてはどうしてもそういったあたりになってしまいます(夏場でも高山にガンガンいくメンバーではないんですけどwww)今回はその中でもたまたま行ったことのないルートだったから…というか下山後にビールが飲めるというのが決め手(自分の中では)スタートは軍畑駅1年くらい前に同じく“軽めのルート”という基準で選んだ高水三山に来たとき以来高水三山はそれなりに高低差もあるし、見
トップページ都道府県別索引へ辛垣城は青梅丘陵の中央部、辛垣山の頂上付近に主郭があり、東や南の尾根のかなり広い範囲に曲輪を連ねている。鎌倉時代からこの一帯に勢力のあった三田氏により永正年間に築城されたが、間もなく北条氏照の攻勢により落城したという。Wikipediaに記事がある。枡形山城から物見山のある尾根をたどっての訪問。まずは手前の名越峠を通過。ここへは二俣尾駅に降りる道があるようで、辛垣城ひとつだけを目標にするなら二俣尾駅からのピストン山行も良いかも知れない。もっとも
トップページ都道府県別索引へ枡形山城からは「ハイキングコース」とある道を辿って辛垣城まで行くことが出来るが、ここがなかなか面白く、2つの城を繋ぐ軍事施設の面影をかすかに留めているように見える。山塊の奥にある辛垣城を目指して、まずは尾根を北上する。枡形山城北端の堀切から出るとすぐ、道が二又に分かれている。どちらへ行っても先で合流する。合流するとすぐにこんな場所があるが…土橋状の土盛りに、右側の石積み…石は新しそうだし作り物なのだろうが、モルタルなどで固めた様子がない
青梅市枡形山城と辛垣城を一気に登城しました。ハイキングコースになっていますが、色んなルートがあるので色々楽しめると思います。海禅寺からスタート泉蔵院近く登城口登って行きます山神途中からコンクリートの道になります。鳥居の上は枡形山の山頂山頂手前の眺望山頂の枡形山城主郭跡主郭の祠枡形山からハイキングコースを進むと物見山に到着物見山を降りたところからの眺望辛垣山へ岩山の堀切。ここを過ぎると辛垣城主郭跡空垣城主郭辛垣城主郭奥から二俣尾コースに入り下山。ここが二俣尾登城口
大岡越前守宛(あて)の書簡(しょかん)には、『📨愛(まな)弟子(でし)悪遊に対する自死(じし)幇助(ほうじょ)の件、誠に遺憾ながら事実にて候(そうろう)。よって期日迄に出頭し、真実を申し述べる所存。奉行殿からの、お沙汰(さた)に従いにて候。竹本座座主近松門左衛門📨』双丸(ふたまる)は、正直なところ。岩(いわ)志(し)から預かった、御奉行様の文面にも。近松門左衛門から
東京都青梅市の辛垣山にある山城跡辛垣城(からかいじょう)。山中にあるので、青梅側から歩いて登っても軍畑側から歩いて登っても1時間半ほど時間を要します。私は青梅駅から歩いていきました。青梅側からのほうが傾斜は緩やかに登れます。尾根沿いを歩いていくと現れる矢倉台。青梅の街並みを見下ろせます。矢倉台から歩いていくと辛垣城跡登り口の表示が出てきて急登が現れます。距離は短いのですが、なかなか。。辛垣城(からかいじょう)のある辛垣山手前。門があったのかもしれませ
2021年1月7日🚗青梅市柚木町の青梅市吉川英治記念館へ。お庭も素晴らしく吉川英治さんの書斎や、中に入って見学できる母屋もあり、スタッフにお話も聞けてとても素晴らしい施設でした。養蚕農家の屋敷を購入して、時々執筆で滞在していましたが、戦火の迫った1944年に港区から引っ越し、1954年までくらしていました。生涯約三十回の転居をした中で、最も長く暮らしたのが青梅。吉野村公民館の建設費なども寄付するなど地元住民に慕われていました。青梅市名誉市民です。アンケートに答えて
という事で青梅丘陵をサクッと行きますと雷電山に着きますそう!頭の中ではイイ感じに流れてますよ鬼滅のキャラで「我妻善逸」というキャラがいるんですが、雷の呼吸の使い手奈良だったかな、、、雷に由来している神社に聖地巡礼方が多いとか特に眺望が良い所ではなかったでしたここまで(1時間15分)おじいちゃんおばあちゃんにリンゴと柿を頂きすぐ折り返し途中、辛垣城跡(からかいじょうあと)にも寄り急な石垣を登ると開けて
少し前のことです。八王子のお墓参りに行ったついでに奥多摩の方に足を向けてみました。遠くからでも目立つ「へそまん」の看板陽が傾きかけていたこともあり、目的の釜飯屋さんとおそば屋さんはすでに営業を終えていましたが、代わりに目についたのが「へそまん」です。へそまんはその名の通り、まんじゅうの中央がおへそのような形をした饅頭で、この辺りの名物のようです。「へそまん総本舗」店舗ここは「へそ饅頭」だけを製造販売しているお店ですが、絶えることなくお客が入ってきます。昔ながらの薄皮のつぶ餡
病後の体力回復と健康増進のため、週に数回はバス・電車を乗り継いで遠くまで出かけ、神社仏閣等をお参りしながら歩いていましたが⋯新型コロナウイルス感染拡大の状況ですので、基礎疾患のある高齢者の身としてできるだけ公共交通機関の使用は控え、自宅近くをほぼ毎日5,000歩以上を目標に歩いています⋯東京都とは名ばかりの田舎ですので3密の心配はありませんが、念のため他の人とすれ違う時にはマスクをし、立ち話では距離をとるように心がけています⋯新型コロナウイルス、早く収束(終息)してほしいですね⋯
枡形山城から物見山を経て辛垣城へと向かう道では、トレッキングやクロスカントリーの皆様と沢山すれ違いました。この文章を書いている今現在はまだまだコロナウィルス禍の影響で人手も少なくなっていることと思いますが、日常が戻ればまた多くの方が訪れることでしょう。山城を歩いていてこれだけの人とすれ違うのは、私の記憶の中では八王子城と辛垣城くらいでしょうか。当然のことですが、クロスカントリーの皆様はみんな走っています。のんびり歩いていると彼らの邪魔になりかねないので、前後をよく見ながら歩かないといけませんね。
枡形山城自体が歴史の表舞台に出ることはほとんどなかったようですが、尾根続きの辛垣城とワンセットで機能していたことはほぼ間違いないでしょう。「別城一郭」なる用語が一般名称として使えるのであれば、辛垣城と枡形山城は別城一郭の関係にあるお城です。ハイキングコースとして整備されていますので、比高が高い割には比較的すいすいと登ることができるのもありがたいですね。登り口はいくつかあるようですが、私は二俣尾駅北口からすぐのところにある長泉院の脇を通るコースから入り、辛垣城に続く道から右に分かれて登り始めました
※昨日の続きです⋯病後の体力回復と健康増進のため、週に数回はバス・電車を乗り継いで遠くまで出かけ、神社仏閣等をお参りしながら歩いていましたが⋯新型コロナウイルス感染拡大の状況ですので、基礎疾患のある高齢者の身としてできるだけ公共交通機関の使用は控え、自宅近くをほぼ毎日5,000歩以上を目標に歩いています⋯東京都とは名ばかりの田舎ですので3密の心配はありませんが、念のため他の人とすれ違う時にはマスクをし、立ち話では距離をとるように心がけています⋯新型コロナウイル
光明寺さんのPを利用させて頂きまして…散策開始お寺さんの裏にまわり、uが潜入したのはこちら配水場の前です結果としては…裏墓地脇のここから潜入するのが良いここを発見できなかったのは…軽トラのおじさんがここにとめて作業してまして…この道が見えなかったのであーる順を変えて記すのは頭がこんがらがるので歩いた通りに記しておく先程の案内板から敷地内に進むと藪藪だらけなエリアと、開けたエリアが見える藪藪は歩く気にならず、普通に遊歩道を進むしょうぶ公園の方に向かう気はなく、目指すは本
桝形山城から尾根伝いを進みこの辺りからいよいよ城エリアに入ったのかな少し歩くとあっと郭エリアに潜入おぉぉぉテンションをあげてくれる深さ見下ろす6郭、みたい持参した縄張り図を確認しながら進む進むここは5郭見下ろす先の突き当りがゴールだな岩がゴツゴツしたエリアにやって参りましたテンションあがるぅ苔むし子もいいねが、足場はこんな岩だらけ6と5郭の間でズルっとコケたので慎重に登る見上げたらやばいっかっちょええ好みの城塞苔むし太郎もいいパチパチって疲れち
自粛我慢の限界につき散策へが、さすがに遠出をするには気がひける足指骨もまだ癒えてないので、とりあえずさくっと巡れそうな奥多摩へGO都内移動は電車がいいんだけどね…電車怖いまずはこちら7時30分いざーーっ癒されるねぇけど遊びのない上り道でして…ひと休みひと休みしながら進みました体が随分と…鈍ってるって、ここでシカさん2匹に遭遇しばし固まる改めて、熊ベルを振りながら進む約15分で三郭下の鳥居に到着ナイスviewだ振り返って撮った1枚が、これ堀切を抜け郭に
青梅を通って調布に向かいました。あちこちにへそまんじゅうの看板。これはなんだか気になって。お店の隣に観音様手を合わせていざお店へ買ったら出来立てをおまけに。暖かいお饅頭。美味しい。あんこが特に美味しい。お土産で家に持って帰るのが楽しみになりました。このまんじゅうの起源は永禄6年1563年とても昔からある由緒あるお饅頭なんですね。美味しいはずです。
R2年2月10日(月)昨年12月に山友7人で軍畑から青梅迄の青梅丘陵を歩いて下山は梅岩寺方面に降り青梅駅に出た思い出のハイキングコ―ス。今回はTHDの企画に参加。多摩川の北側に連なる青梅丘陵。今回は矢倉台からの下山だけど軍畑駅から矢倉台迄はアップダウンの山道で筋トレには最高😃⤴️⤴️かも。参加者は34名凄い軍畑駅から鎌倉街道を歩いて平溝橋に出ます。昨年12月行った高水三山のへの分岐場所を過ぎて榎峠まで進みます。スタートから30分で榎峠に到着です。青梅丘陵の西側の登山口です。登山道から
今日は青梅丘陵。昨日ブログに辛垣山[からかいさん]の城跡の事を書いていたら、また歩きたくなった。関東の低山を歩くと、あちこちで山城や砦跡を見る。建物は残っていないし、山城なので、簡単な堀や土を盛り上げて塀にした跡があるだけだ。中には、小田原の屏風山の城跡のように、最近になって見つかった砦跡もある。屏風山には何年か前に、バンビちゃんと歩いたが、山頂なのに大小の石がゴロゴロしたところがあり、不思議に思っていたが、案内板に砦跡と書いてあり、納得した。
前回御岳渓谷を歩きましたが、今回はその続き青梅丘陵を歩きます。青梅丘陵は青梅市街の北に連なる低山です。御岳渓谷の遊歩道から青梅街道に出て500メートルほど歩き、軍畑(いくさばた)大橋を左方向に進むと軍畑駅への上り坂。駅より踏切を渡り進むとまた車道に出たので間違ったと思い戻ったのですが、途中の細道は民家のよう。地図をよく見ると車道を進むのが正解でした。渓谷から行く場合は軍畑駅方向でなく、大橋から左方に入った車道をそのまま進んでもいいようです。急な道をどんどん登ります。途中高水三山への分岐
青梅市柚木町3丁目にある文殊山花公園(もんじゅさんはなこうえん)<平成29年5月5日撮影>忠堂院の山側に、色んな花々が咲き誇っている。まずは、「つつじ」シャガ(著莪(しゃが))しゃくなげここ「文殊山花公園」は、地元の方々が将来のためにと手入れをして10数年が経ちます。なかなか、ボランティアで維持していくのは大変なものです。しかし、こうして愛でることができると楽しみになってきます。柚木の素敵な場所になってきています。山の中腹