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手をかざしてーいまでも憶えている「あたたかさ」ー|あんべさん♪明日1月27日はおばあちゃんの祥月命日です(๑¯人¯)ナムナム✧そういえばおばあちゃんは大相撲が大好きでしたが当時は「輪湖時代」でおばあちゃんは横綱輪島のファンでしたただおばあちゃんは耳が遠くてテレビ音声はよく聞こえていなかったせいもあって輪島は「横綱」と呼んでいましたがもう一人の横綱北の湖は「太った人」と呼
輪島大士(わじま・ひろし)大相撲第四十五代横綱本名輪島博(わじま・ひろし)昭和二十三年(1948年)一月十一日石川県七尾市生まれ。金澤高等学校・日本大学で相撲に励み、学生横綱に輝く。昭和四十五年(1970年)大相撲花籠部屋に入門し、初場所幕下付け出し力士として初土俵を踏む。最初の四股名は、本名そのままに輪島博であった。昭和四十六年(1971年)初場所新入幕を果たし九勝六敗の成績で勝ち越す。昭和四十七年(1972年)夏場所十二勝三敗で初の幕内
当方は所謂「栃若時代」「輪湖時代」からの相撲ファン故に、今日の白鵬退職会見を見て一言云いたくなった。栃若=若乃花(45代横綱)+栃錦(44代横綱)輪湖=北の湖(55代)+輪島(54代)宮城野部屋で、2022年7月に元前頭北青鵬の暴力事件が起き昨年発覚したが、白鵬親方は暴行の事実を把握し乍、力士への口止め工作をし協会に報告しなかった。其の為、更に暴力が常態化し2年近くも続いた。此の暴行問題を発端に監督責任を問われ部屋は閉鎖され、昨年4月に伊勢ケ浜部屋に転籍と
事の起こりは昨日「5時に夢中」をぼーーっと見てたら、こちらの映画の宣伝になってまた河崎実監督のバカ映画だーって思って見てたら、出演者に・・・輪湖チロル!!!こちらの方のようですが。ええ??輪湖って、大相撲の輪島と北の湖の時代、輪湖時代それでしか存在しない単語と思っていたら、そんな名前の人いたとは!!??まさか本名じゃないよねーって思ってたら、他にもサッカー選手輪湖直樹って方出てきた!!こちらはたぶん本名だよね。輪湖なんて苗字あるんだ!!ちなみに、上述2人は「
久しくお休みしていた大相撲の話題を復活しています。今日の動画は、昭和の大相撲を振り返るシリーズの第二弾です。輪島と北の湖が鎬を数った輪湖時代を中心とした名勝負の数々をお楽しみください。令和の現在の大相撲との相撲内容の違いに驚かれる方も多いことでしょう。
久しくお休みしていた大相撲の話題を復活しています。このシリーズの前回と今回では、私が生まれた頃からの1978年頃までの大相撲の名勝負の数々を振り返ります。今日の動画は、1976年から1978年にかけての記録です。輪島と北の湖が毎場所のように千秋楽結びの大一番で優勝をかけて対戦していた輪湖時代の大相撲の様子をお楽しみいただけます。前回に続いて、無駄な肥満体系ではなく、引き締まった筋肉質の力士が多かった、昭和の大相撲の見応えある相撲内容を堪能できると思い
輪島大士(わじま・ひろし)大相撲第四十五代横綱本名輪島博(わじま・ひろし)昭和二十三年(1948年)一月十一日、石川県七尾市に生まれた。金澤高等学校・日本大学で相撲に励み、学生横綱に輝く。昭和四十五年(1970年)大相撲花籠部屋に入門し、初場所幕下付け出し力士として初土俵を踏む。最初の四股名は、本名そのままに輪島博であった。昭和四十六年(1971年)初場所新入幕を果たし九勝六敗の成績で勝ち越す。昭和四十七年夏場所十四日目(
輪島大士(わじま・ひろし)大相撲第四十五代横綱本名輪島博(わじま・ひろし)昭和二十三年(1948年)一月十一日石川県七尾市に生まれた。金澤高等学校・日本大学で相撲に励み、学生横綱に輝く。昭和四十五年(1970年)大相撲花籠部屋に入門し、初場所幕下付け出し力士として初土俵を踏む。最初の四股名は、本名そのままに輪島博であった。昭和四十六年(1971年)初場所新入幕を果たし九勝六敗の成績で勝ち越す。昭和四十七年(1972年)夏場所十二勝三敗
手をかざして|あんべさん♪(ameblo.jp)今日1月27日はおばあちゃんの祥月命日です(๑¯人¯)ナムナム✧そういえばおばあちゃんは大相撲が大好きでしたが当時は「輪湖時代」でおばあちゃんは横綱輪島のファンでしたただおばあちゃんは耳が遠くてテレビ音声はよく聞こえていなかったせいもあって輪島は「横綱」と呼んでいましたがもう一人の横綱北の湖は「太った人」と呼んでいました
笑顔創造って、エーちゃうん!のエーちゃんです。昭和のプロレスっていいですね。大人になって初めていろいろなことがわかってあの頃の輝きを増します。さわやか恋人1年生!キジフゲルーシのプロレス解説さんの動画紹介します。『輪島、水を飲む』【史上初!敗北者インタビュー】放送席が不穏試合…実況アナウンサーの振りを無視するキラー馬場~タイガー服部がオトリになってラリアット?タイガージェットシンと輪島の女房役は誰?!わけのわからない振りをするアナウンサーに放送事故寸前!放送席でキラー馬場が…天龍源
昨日(7月23日)の当ブログで、7月16日に亡くなった「若三杉」関(元横綱・二代目・若乃花)から、「逆鉾」関、「北尾」関など、ここ何年かで若くして亡くなった元力士について書きました。2018年の10月8日には、輪島博(元・横綱、輪島大士)さんが70歳という若さで亡くなりました。僕は昭和の少年の多分にもれず相撲が好きで、よく友だちと所かまわず相撲をとったりしました。(最近は相撲をとってる子供を見なくなりましたねえ)一度、友だちのN君と四つ相撲になり、吊りをかまそうとしてN君のズボンのループ(
古い話で恐縮だが『栃若時代』(栃錦・初代若乃花)や『輪湖時代』(輪島・北の湖)からの相撲ファンの私が、朝青龍や白鵬が横綱になる迄は結構大相撲は観ていたが、モンゴル勢が台頭し、暴力事件等様々な不祥事を起こし、一方で取口がまるでプロレスか、K-1かと思わせ、日本の伝統的相撲ではなくなったので、すっかり興味を無くした。【昭和30年代の栃若時代】【昭和50年代の輪湖時代】昨日の千秋楽、白鵬50秒近い睨み合いの後、右肘を使って照ノ富
岩波がいっぺんに出て十両満山を押し出し。黒姫山、ぶちかますも大寿山下がらず、十分の右四つに組み止めると、黒姫下手投げで逃れるのを上手から押し潰した。大錦、麒麟児の突っ張りを受けつつ、あまり積極的に出てこないと見ると、自分から突き放して出た。荒勢、体当たりから右四つで出る。残した鳳凰が寄り返すのを上手投げで体を入れ替え、そのまま上手投げ気味に寄り倒した。飛騨ノ花突き放すが、青葉山に右を差され、小手に振って掛け投げで回り込もうとするも足は掛からず、掬い投げで返された。も
元横綱輪島が亡くなった、学生相撲出身横綱は長い歴史の中でも彼一人だけ。その出世の早さといい、現役時代も引退後も、とにかく破天荒、波乱万丈の人生だった。これで私が一番夢中になっていた頃の看板力士が全て天国に召されたことになる。まずは元大関貴ノ花と元横綱輪島、確か大関には同時昇進だったと記憶している。彼ら二人が三役で活躍していた頃には「貴輪時代」の到来と言われた。しかし、貴ノ花はあまりにも体が小さかった、その体重は公称で105kgとか、おそらく100kgはなかったんじゃないだろうか。それ
大相撲の元横綱輪島さんがお亡くなりになりました。・・・何年か前にガンの手術で声を失っておられたのですが・・・とにかく大相撲に登場された時は、強いそんなイメージでした。・・・小学校低学年の頃、大相撲をテレビでよく見るようになりました。そう、ちょうど横綱大鵬関の連勝がストップした頃です。大相撲は子供にもルールが分かりやすかったですね。個人的には福の花関が好きでした。・・・そんな時に登場したのが、学生横綱の輪島博特別に幕下付け出しで各界デビューまだ髷も結えないのに、とに
きょうの「朝日新聞」38面(きのう夕刊で既報)。♥︎元横綱・輪島70歳で死去「黄金の左」輪湖時代築く大相撲の第54代横綱・輪島で、歴代7位の優勝14回を誇る輪島大士(わじま・ひろし、本名輪島博)さんが8日、咽頭がんなどで死去した。70歳だった。通夜は14日午後6時、葬儀は15日午前10時から東京港区南青山2の33の20の青山葬儀場で。喪主は妻留美さん。(後略)♨︎まずぁ、お悔やみ申し上げる。横綱、お疲れ様でした。横綱についちゃあいろんな人がいろんなコトを言ってっが、アタシゃコレが
【訃報】54代横綱輪島さん70歳これまでの功績と○○に残した言葉に涙が止まらない・・・是非チャンネル登録よろしくお願いします!→http://www.youtube.com/channel/UCi4kZfAKuIhE_qFuNVZ-mwA?sub_confirmation=1【おすすめの動画】元貴乃花親方の引退後の動きに進展!衝撃の一言に一同驚愕!八角理事長も涙が止まらない・・・【れの】https://youtu.be/5IOtYqjD4F0貴乃花が政界進
元横綱・輪島輪島大士氏が死去gooニュース大相撲の第54代横綱で、北の湖とともに輪湖時代を築いた輪島大士氏(本名・輪島博)が死去したことが9日分かった。70歳。石川県出身。大相撲元横綱・輪島NiB長崎国際テレビ大相撲の第54代横綱でその後、プロレスでも活躍した輪島大士さんがなくなった。70歳だった。日本大学相撲部で2年連続学生相撲で横綱となり、1970年に...元横綱の輪島さん死去黄金の左、「輪湖時代」築く朝日新聞大相撲の第54代横綱・輪島で、北の湖とともに輪
皆さんこんばんは。今日、第54代横綱輪島の輪島大士さんが亡くなられました。地元石川県出身の横綱で本名で横綱を張った唯一の横綱です。私が小中学生の頃の横綱で、亡くなられた前理事長の第55代横綱の北の湖との「輪湖時代」と言われた最も相撲が面白かった時代(私個人の意見ですが)でした。輪島と北の湖の対戦は、昭和47年名古屋場所から昭和56年初場所まで52場所の間に44回実現していて、輪島の23勝21敗でした。特に昭和50年9月の秋場所から昭和53年1月の初場所までの15
大相撲、元横綱輪島さんが亡くなりました。オイラが小学生の頃、相撲協会前理事長の北の湖さんと激戦を繰り広げ「輪湖時代」と呼ばれていました。とにかく強い北の湖さんに果敢に攻め行く輪島。テレビに釘付けになったことを思い起こします。今日のニュースで輪島関の土俵入りの様子が流れていますが、「随分小柄だなぁ」と言うのが正直な感想・・・。しかし、数年前ホテルのロビーでご本人とすれ違った時・・・、「うわッ、でかい」と思ったのを覚えています。現役中、そして親方になってからも
昭和五十二年名古屋場所千秋楽1977年7月17日愛知県体育館輪島すくい投げ北の湖西横綱輪島大士は初日から十四連勝の快挙を成し遂げ、三度目の全勝優勝・十一回目の幕内最高優勝を目指します。東横綱北の湖十三勝一敗で追走し、逆転優勝への望みを結びに賭けます。輪島・北の湖両者全盛の昭和五十二年です。初輪島・春北の湖・夏若三杉が優勝しました。名古屋に輪島は強いです。昭和四十九年は横綱輪島十二勝二敗、大関北の湖十三勝一敗で千秋楽結びの一番で激突