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飛島村体育館で練習試合をして来ました。練習試合といっても、全部で6チーム。A戦9ゲーム、B戦3ゲームをこなします。その時点で、既に立派な規模の大会です。しかも、体育館は全館冷房です。車椅子ツインバスケットは、ほとんど冷暖房付きですが、ミニバスケットは真夏でも冷房なしが当たり前です。先週でようやく幕を閉じた県大会も、湿気と暑さでぐったりです。それなのに、飛島体育館へ来ると、練習試合でも冷房でひんやり快適。その冷房も、いまをときめく輻射式です。壁の中に輻射パネルの放射板がたくさん仕
車椅子ツインバスケットのフェニックス杯に行ってきました。名古屋フェニックスは、ツインバスケットの黎明期から続く由緒正しいチームです。かつては強豪チームとして鳴らしました。しかし、昨今は人材不足に悩み続けます。この状況はどのチームにもいえますが、とりわけ名古屋フェニックスは深刻です。今回もメンバーが揃わず、主催チームでありながら混成のメンバーで組まれています。それでも、毎年フェニックス杯が催されるのは、ひとえに代表Oさんの力に依るところが大きいです。参加選手を集めたり、運営費を工
文部科学大臣杯争奪日本車いすツインバスケットボール選手権大会に行ってきました(墨田区総合体育館)神奈川JUNKSが優勝!2連覇おめでとうございます✨準優勝したHorsetailも最後までくらいついて全力でプレーする姿があり決勝戦は白熱したとても面白い試合でした🏀車いすツインバスケットボールは四肢に麻痺のある選手を対象にしたスポーツで、より障害の重いプレイヤーも参加できるようにとバスケットのリングの他に低いリングの2つのリングを使用しています。是非みなさんにも知って貰えたら嬉しいで
ドラッグストアーで買い物をしました。レジでの会話です。「お願いします」「ポイントカード作りましょうか」「いりません」「はい失礼しました」今日、妻以外の人と話をしたのは、このレジのお姉さんだけです。土曜日曜はミニバスケットや車いすツインバスケットをしているので、いろんな人と活発に会話をします。しかし、平日は家に引きこもっているのです。朝から晩まで、誰とも顔を合わせない日もあります。家で何をやっているかというと、まずは、ブログを書きます。毎日原稿用紙2枚分です。調子が良いと二、
三重国体車いすバスケット審判養成講習会へいってきました。あの有名なK審判を迎えての講習会です。僕はKさんのファンなので、直接お話ができるだけでもありがたいです。今年は福井国体へ出かけました。三重県と同じような状況で審判養成を始めたそうです。つまり、ほぼゼロからのスタートということです。結果は7人の公認審判が生まれ大会に出場しました。三重県も福井県に倣って、7人を目標にしているみたいです。ところが、当日の参加者は7人です。しかも、うち3人が初めての参加。講習会は養成の単なる入り口
車椅子ツインバスケットチームには、それぞれ何人ものマネージャーがついています。スコアブックの記入や練習時のタイマーなど、通常のマネージャーの仕事ばかりではありません。車椅子の積み下ろしやタイヤの脱着など、車椅子バスケットならではの仕事も多いです。また、自分では車椅子の移乗ができない選手の手伝いも、なくてはならない重要な役目です。さらに、ツインバスケットの選手は手にも障害があるので、サポーターやテーピングのお世話もします。汗をかけない選手も多くいるので、霧吹きで体温調整します。ド
来年の車椅子ツインバスケット選手権に出場するための、東海ブロック最終予選が行われました。当日会場では、ゲームに先立ってルール改正の説明をしました。内容は「ユニフォーム以外に身につけるものは、ユニフォームと同系色および白または黒とする。着用するチームメンバーは、全員同じ色のものを着用すること」に関する具体的な説明です。ルールは文章を読んでも分かりにくいことが多いです。そこで、審判が噛み砕いて選手に伝えるものです。分かりやすくするためには、具体例を示すことが一番です。ユニフ
車椅子ツインバスケットの津大会へ行ったその日の夜、久しぶりに足がつりました。ふくらはぎがカチンカチンに引きつって激痛が走ります。こむら返りというやつです。そば屋をやっていた頃は、しょっちゅう足が痙攣しました。仕事は立ちっぱなしだし、休日はバスケットで走りまくるし、足を休める日がなかったせいでしょう。主に前脛骨筋がつりました。弁慶の泣き所の横です。時には、膝の裏から爪先まで引きつります。長い時は30分くらい激痛が続きます。脂汗タラタラ、息も絶え絶えの状態です。歩ける時は風
車椅子ツインバスケット津大会会場のサオリーナの床は、ツルツルピカピカでまぶしいくらいでした。ツルツルといって思い出すのは、頭のことではなくて大須スケートリンクです。子供の頃は貧乏でしたが、なぜかスケートは足しげく通いました。瑞浪や多治見の屋外リンクもよく行きましたが、名古屋の大須スケートリンクが一番多いです。普段は氷面が凸凹で、溝に引っかかって転びそうになる時もありました。しかし、一度だけ鏡のように美しいリンクで滑ったことがあります。大須でフィギアスケートの世界大会が開催された
車椅子ツインバスケットボールの審判であちこちに出かけます。近いところは日帰り、遠いところは泊まりです。選手権などは二泊の時もあります。ビジネスホテルが用意されます。一人一部屋です。ツインバスケットの審判を始めたのは50才頃です。それまでは、一人で泊まるという経験がありません。家ではもちろん、旅行でもいつも美しい妻と一緒でした。初めて泊まったビジネスホテルは、静岡の古びたホテルです。お化けが出そうです。もともと、世の中で一番怖いのはお化けです。一人でいると出そうで怖いです。
サオリーナで車椅子ツインバスケットボールの津大会がありました。サオリーナはレスリングの吉田沙保里選手の名前にちなんで付けられましたが、沙保里さんの寄付で作られたわけではないようです。前日はバレーボールの高校生大会があった為、バスケットコート設営は大会終了を待ちます。サオリーナに到着したら、決勝戦が始まるところでした。熱戦もさることながら、応援には圧倒されました。両校で千人を超える応援団が隣り合わせで陣取ります。ブラスバンドに合わせ、一ポイントごとに割れんばかりの声援を繰り広げま
可児市ふるさと広報大使の塚本明里さんは車椅子で移動します。しかも、リクライニング車椅子です。でも、痛々しいという言葉は似合いません。溢れんばかりの笑顔です。筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群、線維筋痛症、脳脊髄液減少症の三つの難病を抱えています。病名だけで抱える障害の重たさが伝わります。それでも、全然へこたれません。先日の可児市車椅子ツインバスケットボール中学生大会でも、にこやかに来賓挨拶をされました。その美しさに思わず近寄って声をかけ、症状を伺いました。首をあげていられる
車椅子ツインバスケットボールの審判を始めたのは、50才頃のことです。高校の同級生光夫君に誘われました。審判が足りなくて困っているから、助けてくれるとうれしいなという雰囲気です。若い頃、光夫君に信条は何かと聞きました。即座に「思いやり」と答える人でした。障害者スポーツに関わるのも、むべなるかなと思います。試しに大会を見に行ったら、その魅力にとりつかれました。当時は毎週日曜、ミニバスケットのコーチに出かけていました。ツインバスケットの大会と日程が重なります。しかし、若者コーチが4人
以前「へこたれない人」ランキングを発表しましたが、またへこたれない人を見つけました。岐阜ご当地タレント・モデル塚本明里さんです。可児市ふるさと広報大使の活動もしています。先日の可児市車椅子ツインバスケット中学生大会で、明里さんは来賓として招かれました。リクライニング式の車椅子を利用しています。挨拶の時は背もたれを起こして話します。リクライニング車椅子は、介護施設で働いている時に見慣れています。座ることもままならぬ程の状態の人が使います。それなのに、明里さんは満面の笑みで挨拶しま
本日は、可児市広見地区センターにて行われた車いすツインバスケットボール中学生大会に出席致しました私は開会式にて、可児市ふるさと広報大使として挨拶をさせていただきました。その後…エキシビション→練習→試合を拝見させていただきました。岐阜唯一の車椅子ツインバスケットボールチーム「岐阜エクスプレス」の皆さんを交え、可児市内の中学生の皆さんが車椅子ツインバスケットボールで対抗戦を行います。この大会は、平成7年度から“障がい者に対する理解を深めること”そし
福井国体へ行ってきました。正式名称は「福井しあわせ元気国体」です。僕が参加したのは車椅子ツインバスケットです。こちらは、「福井しあわせ元気大会」といいます。どこが違うか分からないですね。最後の「国体」を「大会」と言葉を変えて、一般の国体と障害者スポーツ大会との違いを表します。オリンピックとパラリンピックを分けるのと同じ理屈です。陸上でもバスケットでも同じ会場でしますが、わざわざ期間をずらします。分けないで、一緒にすれば良いのにと思います。少年、青年、障害と続けて進めれば良いので
ミニバスケットの大会がありました。会場の観客席には、たくさんの垂れ幕が下がります。応援旗と呼んだ方がいいでしょうか。各チームのモットーや選手を鼓舞する文句が入っています。ほとんどのチームは、卒業生や親御さんたちから寄付を受けたそうです。我がチームの垂れ幕は、近所の郵便局がお金を出してくれました。多度郵便局寄贈と名前が入っています。20数年前、多度町には5つの小学校がありました。ミニバスケットチームは小学校ごとに1チーム。なぜか、地元の小学校にはチームがありませんでした。そこで、
先週、長野まで出かけて、車椅子ツインバスケットの審判をしてきました。地元で審判員が揃えば、それに越したことはありません。高い交通費やホテル代を支出することもなかったのです。それができないのは、審判が不足しているからです。人材不足は、長野に限ったことではありません。三重県でも、車椅子バスケットの審判を養成しようと躍起になっています。三重国体のためですが、一筋縄ではいきません。ミニバスケットも同様です。先週もミニの大会があったのに、僕が長野へ行ってしまいました。現状では、チームの帯
美しい妻が仕事でオーストラリアへ出かけました。その間、1人でどうやって過ごそうかと不安でした。平日は専業主夫です。探せばいくらでもやることはありますが、妻がいないとやる気が出ません。ただ、土曜日曜はミニバスケットや、車椅子ツインバスケットで忙しいです。大勢の人と触れ合うことができるので楽しいです。家に帰ると1人っきりですが、さして気になりません。先日、妻を亡くした友人の家を訪れました。男やもめはうじがわくと言いますが、実に清潔感あふれる独り住まいをしています。彼も友人が多いです
車椅子ツインバスケットの審判は、交通費とお弁当に加えて手当がもらえることがあります。それにひきかえ、ミニバスケットボールのコーチや審判はお弁当だけです。交通費も出ないほうが多いです。同じボランティアでも、お金に関しては随分待遇が違います。お金をもらったのではボランティアじゃないという人がいますが、それは浅はかな考えです。お金の有無で貴賤の差はありません。有償ボランティアと無償ボランティアがあります。どちらも、大切なのは献身的であるということです。ミニバスケットの子供たちにも、
直腸ガンの手術で直腸を取っちゃってから、丸3年たちました。トイレへ走る回数は1日平均7回のままです。0回の日も、10回の日もあります。今でも一時間に5回の時もあります。一時間に5回もトイレへ行くと、お尻が痛くなります。そんなわけで、ウォシュレットがないトイレは辛いです。平日はほとんど家にいますから、何も問題はありません。土曜日曜は、ほとんどバスケットボールをしています。車椅子ツインバスケットの審判は立派な体育館で行うので、ウォシュレットがついています。でも、ミニバスケットのコー
娘がステーキ屋さんを予約しておいてくれました。目のまえで実演してくれるお店です。美しいグランマの還暦祝いということです。日本では息子家族に、ハワイでは娘家族に祝ってもらいます。そういえば、職場でも祝いの宴を設けてくださり、花束を持って帰りました。今回は三度目の還暦祝いです。娘が遠く離れて暮らしていることは、決して面倒ばかりではありません。スープの冷めないどころか、肉の入ったスープは持ち込めない国でさえ、こんないいこともあるのです。昼はワイキキビーチ
昨日は、車椅子ツインバスケットの審判を免れて実況解説にまわりました。審判仲間が、僕の膝の痛みを気づかってくれたのです。おかげで回復も早まると安堵していました。ところが一転して今日は、3ゲームも審判をしてしまいました。飛島で開催された、アイチミニバスケットボールフェスティバルです。2日間2会場で参加チーム36、全48ゲーム。気の遠くなるような数です。僕たちの参加する会場は、飛島南部体育館8チームで12ゲーム。チームは3ゲームを予定していますが、審判の割り当ては2ゲームです。悲しい
BLEAGUEの三遠ネオフェニックスVS西宮ストークスを観戦しました。2メートル100キロの選手たちが、ドカンドカンぶつかり合う迫力に圧倒されました。BLEAGUEの醍醐味は、速さと高さと押しの強さです。ただし、それは特別なバスケットボールの話です。バスケットボールには、一般とミニと車椅子と車椅子ツインバスケットがあります。同じバスケットですが、それぞれ違いがあります。その違いは、それぞれが楽しく遊べるためのものです。選手の特性が十分活かせるように、ルールを変えてあります。
先日の車椅子ツインバスケットボール東海大会では、車椅子に乗ってウイングアリーナ刈谷の中を歩き回りました。二つのアリーナにまたがって開催されたので、歩く距離はずいぶんになります。大会前日は、会場設営から中学生の体験ゲームの審判に至るまで、一日中車椅子で過ごしました。膝の痛みが引かないので、足を引きずって歩くよりもはるかに快適でした。大会当日も、会場へ入るとすぐに施設の車椅子を借りました。会場がバリアフリーなので、慣れない車椅子でも何不自由なく移動できました。ただ、審判控え室が狭い
今日は車椅子ツインバスケットの東海大会の審判をしました。昨日のように車椅子でやりたかったのですが、まだまだ動きが悪いと選手からダメ出しがありました。本番はもう少し練習してからにします。開会式には毎回いろんなアトラクションが用意されています。今回はチアリーダーの演技でした。太鼓やダンスはその場限りですが、チアリーダーはその名の通り応援もしてくれます。ゲームが始まると二つに分かれて、それぞれのチームを応援します。ゴールが決まるたびに、黄色い声援が飛び交います。観客席では、チアリーダ
明日は愛知県のウイングアリーナ刈谷で、車椅子ツインバスケットの東海大会があります。今日は会場準備に午前中から駆り出されました。3週間前に痛めた膝が痛いので、体育館の車椅子を借りました。バイクでやってきて車椅子に乗り換えるという、世にも不思議な来館者です。僕らの仕事は機材の設置です。コードの接続やゴール設営は体育館ごとに違うので、毎回のように戸惑いながら進めます。今回もコードが足りなくて、何度も係りの人をてこずらせました。電光掲示板にチーム名を打ち込むパソコンも、ず
昨日は車椅子ツインバスケットボールの練習試合の審判をしました。練習試合といっても、京都サンクローズと滋賀のアンフィニの合同チームがやってきます。それを愛知ツインとKINGSが迎え打ちます。そこで、優秀な公認審判を二人招くことになったのです。一人は東海地区の審判長ですから、本当に優秀な審判です。もう一人はかくいう僕のことです。僕が優秀というのはまゆつばものですけどね。公認審判は、練習試合でも規定通りの服装をします。レフリーカッターは黒と灰色、あとはズボンもベルトも靴も靴下も黒ずく
車椅子ツインバスケットの選手権で、ここ数年TO委員をやっています。テーブル・オフィシャルのことです。準備は一ヶ月前の講習会から始まります。あちこちの大学まで出向いて、ボランティア諸君に説明をするのです。この仕事は大変重要です。めまぐるしい動きの中で、反則した選手や得点した選手を記録します。スピード感溢れるゲーム中に、間髪を入れずタイムアウトのブザーを押さなければいけません。以前は、中学生のバスケットボールチームに頼むこともありました。でも、なれない車椅子ツインバスケットのオ
車椅子ツインバスケットの審判をしているので、頚椎損傷の友達が大勢います。みんな生死の境目を経験しています。そして、そこから立ち直ってきた不屈の人たちです。ある人は、恐ろしい体験を笑って話してくれます。どうやって首の骨を折ったのか平気で教えてくれるのです。不運を嘆く様子はみじんもありません。事故のおかげでまともな人間になれたと言い放つ人もいます。交通事故が原因の人も多いです。ほんのちょっとした運の悪さで事故が起き、後一歩のところで踏みとどまって死を免れるのです。そんな人たちの話を