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踊りは、終わる。音も止まり、身体も静止する。けれど、それですべてが消えるわけではない。何かが、残っている。形ではなく、記憶でもなく、もっと奥の、静かなところに。思い出そうとしても、うまく思い出せない。言葉にしようとしても、どこかが違ってしまう。それでも確かに、消えていないものがある。それが、余韻。バレエは、その一瞬のためにあるので
奈良【奈良市】ピアノ・声楽・ソルフェージュEiMusica音楽教室西浦まゆ美です。HPはこちらをクリックしてくださいお問合せフォーム個別のご質問はこちらへGWもついに終わりを迎えましたが天候が安定しませんね。私の教室でも体調を崩す生徒さんたちも出ているようなのですが皆さまは健康にお過ごしでしょうか?さて、私の教室でもこの春にまた新しい生徒さんたちがたくさん通って頂く事となりましたがそのレッスンについてです。声楽、ボイストレーニングと聞くと、発声練
よく歩くようになりました。好きな道は路地や畦道、川沿いだとわかってきました。旅するわけでもないし、歩くのが目的でもないし、毎回同じで飽きるかなと思いましたが、同じ道は二度とないことに気づきました。一日の時の移ろい、季節、天気、世情、心情、一つとして同じ道は無いのです。誰もいない時は裸眼で歩いてみました。(視力0.01くらい^^;)なんだか身軽で視界が広がる気がします。視力が悪い分、聴覚、嗅覚、触覚は人より敏感です。初夏は若い草木の良い匂いが満ちていますね。地方民なので車
舞台を観たあと、「美しかった」と感じるあの感覚。思い返すと、正確な振付を覚えているわけではないのに、なぜか“強く残っている瞬間”があります。それはまるで、目に焼き付いたような感覚。このとき私たちの中に残っているものを、あえて言葉にするなら——それは“残像”なのかもしれません。■一瞬は、写真のように残るたとえばアラベスクの頂点。その一瞬は、確かに一枚の絵のように記憶に残ります。けれど実際には、・そこに至るまでの流れ・保た
最近、「AIで自分の分身を作る」という話をよく見かけるようになりました。映像や動きを学習させれば、もう一人の“自分”が、まるで本物のように動く。まるで昔の忍者の「分身の術」のようですが、これはもう空想ではなく、現実に近づいています。もしこの技術がバレエの世界に入ってきたら——自分がバリエーションを踊り、もう一人の自分がそれを見てチェックする。・ここは良い・ここはタイミングが遅い・腕の使い方が甘いそんなふうに、客観的に分析できるようにな
・聞く:(スペイン語)・escucharは、「注意して聞く」、oírは「聞こえてくる。」Noestabaescuchandoenlaclasse.(彼は授業を聞いていなかった。)・他に;「忠告などを」聞き入れる(例:escucharunaviso),「耳を澄ます」などにも使う。(例:Escuchadetrásdelapurta彼は、ドアの後ろで聞き耳をたてている。)・oírは、「聞こえてくる。」不規則変化動詞:直説法現在(oigo,oyes,oye,oímos,o
大雨ですね🫠気をつけて参りましょう✨今月の身体表現ワークショップは、29日夜19:15-21:001回3000円@大久保、中野坂上付近(ご参加の方に詳細お知らせ致します。参加ご希望の方は、前日15:00までにkashion32@gmail.comこちらまで連絡をお願い致します。身体表現未経験でも、年齢も関係なくできるクラスですので、ご興味ある方はどなたでもご参加できます。初めての方も大歓迎〜お待ちしてまーす👼🏻今月も健やかに〜香照音
偶然が重なることがある。北欧の静謐なバレエについて書いた直後、一冊の本の存在を知った。『鏡の中の私へバレリーナ西野麻衣子の軌跡』そこに描かれていたのは、単なる成功物語ではない。異国の地で、自分の身体と向き合い続けたひとりのバレリーナの思考の軌跡だった。異国で「主役になる」ということ西野麻衣子は、15歳でイギリスへ渡り、その後、ノルウェー国立バレエ団に入団。そして25歳で、東洋人として初めてプリンシパルに抜擢される。この経歴だけを見れば、「努力が
こんにちはヒペです!7年ぶりの開催めちゃくちゃ待ち望んでおりました!今日は1『自分の作品に対する思い出』2『マイムすごー!と思ったきっかけになった出演者』3『ぜひきてくださいませという思い』でお送りします。1『自分の作品に対する思い出』僕は前回のVol.11とvol.10に出演して、色んな作品に関わらせていただきましたそれこそ作品作りの産みの苦しさを何度も体験しましたが、どれも良い思い出でございます。スタジオでオールした日もありました。写真が若い(笑)『写真
バレエは、動きで見せるものだと思われている。高く跳ぶこと。強く回ること。大きく開くこと。確かにそれらは、美しさの一部です。しかし、舞台の上で本当に印象に残るのは、必ずしも“動いている瞬間”ではありません。むしろその前後にある、わずかな「静けさ」だったりするのです。動かない時間に、何が起きているのか例えば、一歩踏み出す前。腕を上げる直前。視線がどこかに向かう、その一瞬。身体は止まっているように見えて、実は内側では多くのことが起きている。
ここからは録画やディレイビューイングを観た後で少し頭が纏まった後に思った事です。(といっても相変わらず上手く言葉にはできないけど)会場で見ていた時には気が付かなかったのですが、後で気がついたのは「言葉が使われていない」という事でした。2部には言葉や文字が全く出て来ない。(最後のエンドロールを除いて)映像と音楽しか背景にない。これまでのアイスストーリーでは、羽生くん自身の思いやストーリーのあらすじ、登場人物の会話など、沢山の言葉や文字が並んでい
言葉にならない様々な想いを体全体で表現したくなるから身体表現しています。私にとっての体という媒体がある人には絵とか詩とか歌とかになり、あらゆる文化芸術になるのでしょう。表現に興味がない人でも仕事とか遊びとか生活とかに自然と表れます。人それぞれの表現で生きているのですね。表現する行為は不断の覚悟で続けていくものだと考えています。どんな形になってもこれからも身体表現をしていくつもりです。ものづくりも同じく、いつの時代も必要なものだと考えているので、どんな形になっても次
こんにちは♪放課後等デイサービスこどもサークル土浦です本日の活動は「雲スライム作り」&「リトミック」を行いました☀️午前中は「雲スライム作り」をしました洗濯のりやシェービングクリーム🪒etcをま〜ぜま〜ぜ混ぜると「わ〜〜❣️」「ふっわふわ☁️☁️」☁️雲スライム☁️⛈️の出来上がり☀️午後は「リトミック」を行いました🎵みなさんのリクエストに応えて音楽を流しましたよみんな身体全体で音楽を受け止めて💕りら〜っく
なんや昨日のライブ[タナカえん(身体表現)+あたしよしこ(打撃ギター,vo)+puyo(as)]えんさんと初の共演。えんさん、独自の空気感をまとっていて、表現をし始めると、その空気の影響を受けるなあ。えんさん、決して急がず、空気をゆっくりと流していくのだね。そこへ、あせらず、委ねていくといい空気感の世界が出来上がっていく。心地よくて楽しい。あたしさんとの関係も、この日は穏やかで、よかったなあ。三人ともいい感じでいれた。
「語りて候2026」公演リハーサル後に向かったのは横浜、石川町のgallery/studioCHARLOTTE.USAGIさん。オンライン会議での打ち合わせを経て、実際のギャラリーに伺い打ち合わせを行いました。金澤眞さんがCHARLOTTE.USAGIの金子さんとのご縁を繋いでくださりました。「朧と一閃」の森澤碧音さんと初めて会ったのも眞さんのお芝居での演奏がきっかけです。今回はAUGUSTELUさんの作品展「静寂と息吹の
今日は東京都現代美術館にいきましたそれまでの概念にはない新しい視点新しいアイデア新しい形で世界をとらえるというのが現代アートの作品には多い。しかし現代アートにかぎらずアートの示唆する方向アートのメッセージは結局「この世界(いま)をちゃんと観よう、生きよう」だと思っていて観るとはいま世界の中に生きていることをこの身体感覚で感じとることだと思っている。現代アート作品は見たことがない新しいイメージで世界を考えなおさせるために過去の考え方に対してのアンチテー
昨日はセッション練習でした。相方も言っていたけれど、久しぶりにストーリーのあるものを踊り、踊りやすいなぁと感じています。4人がとても合っていて、踊りやすく充実した時間を過ごしました。私が単純バカなのかもしれませんが、感じていること、思ったことを相方がビシバシ言語化してくれるので、有り難い限りです。思えば即興セッションはまだ8年しかやっていません。半世紀近く振り付けを踊ってきたし、毎日毎日反復して年単位で練習するのが当たり前の世界からガラッと変化しましたが、より本質に
朗読劇を見て(聞いて)10年くらい経ちます。ふぉーすてーじの朗読劇の誘いを受けて高田べんさんが出演されていた公演を聴きに行ったのが始まりです。演劇と朗読劇会話の中で人の感情をどのような情報が刺激するか。メラビアンの法則では、視覚情報55%聴覚情報38%言語情報7%と言われています。演劇では、どのように台詞の喋るかは考えますが、身体表現の割合が高くなりがちで、朗読劇のレベルと比較し、喋り方がおろそかになりが
鳥の囀りで目が覚めて夜が白々明ける様を眺めながら朝が始まりました。新玉、夏みかん、駿河エレガンス、タケノコご飯のお裾分けに預かり春の味覚を満喫しています。川縁をお散歩するようになって桜の枝や蕾が色づき、ほころび、盛り、を味わってきました。既に葉桜になりつつあって躑躅が咲き始めています。体の使い方はやればやるほど成果があり、興味は尽きません。表現の方は技術を磨くというよりはどれだけ常識を超えて感じることを出せるかを探究しています。場をつくること、自分事で取り組むこと、
身体感覚とはとても面白くそれは体の可能性や心の観察感情の観察意識の放ち今とは。そんないくつもの感覚が身体を通して存在する。立ち方一つでもいくつもある。立っているのに浮いているように立つことや表は動いてないのに内面がゆっくり動くことやそんなさまざまな身体表現が面白い。蝶は飛んでないのに飛んでるように花に立つ。今日の稽古は剣の扱いを稽古したのだが、女性の振る舞いの剣の扱いを稽古した。男のようにどっしりとした剣使いではなく、サラリと気がついたら剣が動いている。そんな無欲の動
土日は身体表現にどっぷり浸かって過ごしていました。各パフォーマンスの進捗とやることの整理をし、衣装決めと衣装を着た練習。場所の下見と周辺の散策をして街の雰囲気を感じていました。私にとって即興とは把握と構築と練習あってのものです。一番の苦手は髪も含めて衣装決めですね。今回は長襦袢を使うので持ち運びや支度も練習のうちです。動きやすくて見栄え良くて場に相応しいものはいつ考えても難しいものです。あそこは風が吹くだろう、暗やみがあって静かだろう、長閑な空間だけど日射がきつい
奈良【奈良市】ピアノ・声楽・ソルフェージュEiMusica音楽教室西浦まゆ美です。HPはこちらをクリックしてくださいお問合せフォーム個別のご質問はこちらへ4月の新学期も始まり、そろそろ皆さんの生活も安定した頃でしょうか?桜もそろそろ終わりそうなのですが、未だにちょっと肌寒いのはなぁ…さて、教室にもまた新しい生徒さんたちが来て下さっています。小さな生徒さんから大人の生徒さんまでどの生徒さんもやりたい事、希望に胸を膨らませてキラキラです。ピアノの生徒さんもまず基
ずっとスタグフレーションになると思い言ってきたし実際数年前から私はそうだったのですが、やっと一般状況も追いついてきました。現実は想像をさらに追い越していき、刻一刻と変化するので全体像は後世から見ることになるでしょう。ジワジワと変化していた意識や常識の枠も大きく変わることになりそうです。今までの枠組みで眺めないようにしたいですね。興奮してパニックになり、理性が吹き飛んだ人ほど怖いものはありません。そうならない為には心が安らかになることが大切ですが、為せるのは己自身だけです。
道理が通るものだと思っていましたが、世の流れというのは理屈ではないのだとしみじみ思います。情報操作や投機などで大衆心理を操作される場合もありますが、それにしても複雑に絡まって時代は動いていきます。ネットで情報が拡散する現代では事実と私見と思惑がランダムに流れてきます。情報に踊らされず、さりとて盲にならず何を取り入れてどう判断し行動するかそれぞれで決める時代ですね。どんなに冷静に行動しても時代の波に呑まれてしまうかもしれませんが身体や表現は個人に残ると思っています。もし
真のわからないって何がわからないのかがわからないってことですね。わからないことは何でも聞いてねとか、ちゃんと調べなさいとか言います。ところが、ほんとうにわからない時って何がわかっていないのが把握できていないので、質問する段階に至っていないのです。明確に質問したり調べたり出来るようならもう解決したも同然です。わからないという言葉より先に来るのが感情でそれを先ずはキャッチすることから始めます。意味なく落ち込んだり怒ったり羨んだりその感情はわからなさの裏返しだったりします。な
年度末が終わりました。経営は引き継ぎでまた渡していくもの。状況次第で思うようにいかないことだらけで精神的負荷が大きいですが、自分のものではないこともまた事実です。自分で決めて行動できる身体表現があることは生きる救いになりますね。正解も間違いもなく試行錯誤だらけですが自分で歩いている実感があります。いろんなプロジェクトが同時進行しています。まとめて連絡するもの、衣装と所作を考えていくもの、衣装と展開を考えるもの、色々あって幸せですが噛み締めている場合ではなく本腰入れてい
ケガは私の人生の伴侶みたいです。身体表現する上でも金網屋としてもケガと付き合ってきましたが、ケガはシグナルでもあります。身体表現する上でのケガはこの使い方無理があるよとか、今のルーティンはおかしいよとか教えてくれます。金網屋としてのケガは落ち着いてないよとかボーっとしてるよとか不注意や雑なことを教えてくれます。ケガをするときはほんの一瞬で治すのは長い道のりになります。治るまでは信じられないくらいパワフルで頑張り屋になったりするのですが、あれは一種の興奮状態なのでしょ
経営も表現も異なるようで似ていることがあります。人が交流して循環していること気で覆われていて人々はそれに左右されることです。理屈やら技術やらよりもよほど非論理的なもので成り立っているのです。気に呑まれて振り回されないように用心していきましょうね。現状バイアスで茹でガエルになったり井の中の蛙大海を知らずも困りますけどね。最悪を想定しつつ冷静に図太くなるのが経営者としては必要でしょう。表現者としては見栄も体裁も捨ててインスピレーションに素直に向き合っていきましょう。周
ミニマリストの楽天ROOM【町田樹さん】2014年フィギュアスケートの世界選手権で銀メダルを獲得するなど活躍し、現在は國學院大准教授を務める町田樹さんのトークイベントに今回参加しました。フィギュアとは『創作物の単位』であり失敗とは隣り合わせの芸術作品。しかし競技に使われる音楽や映像などの“著作権”の存在がアーカイブ、すなわち“知のインフラ”に至るまでの道は険しく、町田さんが提供できる本人が写された競技選手時代の写真がたった2枚しかないという点に驚かされます。そしてパフォ
2月に「ひびきのあわい・ライブ編」「ひびきのあわい・スタジオパフォーマンス編」を主催されたダンサー・身体表現の森澤碧音さんと次に向かっての打ち合わせでした。森澤碧音さんとは、身体表現と二十五絃箏の異色ユニット『朧と一閃』DUOとして活動再開いたしましたが、森澤碧音さんは10月16日、17日に都内にて森澤碧音プロデュース「ひびきのあわいproject公演」を企画されています。喜羽美帆も演奏させていただきます。打ち合わせには、”惚れる写真”を撮ってくださったBOSSさ